奴隷アルファに恋の種

モト

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12 ガレ視点

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「クラベリン伯爵がオメガ?」

 社交界に入る事が許された俺に入ってきた情報に耳を疑った。同時に冷や汗が出た。
【クラベリン伯爵、リオン・グノワールはオメガ】
貴族に希少なオメガがいることは、社交界で持ちきりになった。さらにそのオメガが、とびきり美しい美貌を持つとなれば話題は冷めない。


 リオンがオメガ? ベータじゃなかったのか?

 アルファとオメガには、番という確固たる形が存在する。
 一度番になってしまえば、強い絆で結ばれるという。

 もし、リオンが首を噛まれてしまったら————……。

「……そうですか。それほど美しい方でしたら、俺も是非お目にかかりたい」

 悠長なことをしていられない。まだ自分の中でリオンに会う程、成り上がれてはいないが、彼に会うために急ぎリオンが出席する社交界に参加した。




 掃き溜めに鶴——……。

 そこに立っていた美しい元主人を見て、息が止まり動けなくなった。
 記憶のリオンはもっと幼くて可愛かった。愁いを帯び、あんなふうに艶やかな色気はなかった。
 ……ただ、その美貌よりリオンを見ることが出来たことを単純に喜ぶ自分がいる。動くリオンを目に追う事ができ、嬉しく感じる。

 それほどに俺は——……、馬鹿なのか。


「ガレリア殿も彼の美貌に目を奪われましたか。あれで性格も良いと聞きます。誰も彼もが彼の虜だ。ただ、彼にはよくない噂もあるんですよ」

「は?」

 そして、リオンのよくない噂に耳を疑った。

「何かの冗談でしょう。あの方が身体を売っている? 曲がりなりにも貴族ですよ?」

「し。声が大きいですよ。あの清純な見た目で淫乱な身体をしているようです。とてもいい声で鳴くようですよ。考えるだけで滾るではありませんか」

「っ!」

 卑しい目をした男の目を潰してやろうか。だが、この男だけでなく、あれもこれもリオンをそういう風に見ていた。
 グノワール家の財政悪化はずっと前から知っていた。俺からは拒否されているためすぐに助けることは出来ずにいた。

 何故、身体を売るほどならば、俺に助けを求めない。金ならいくらでも渡した。

 会えない、拒否、それを堪えていた分、嫉妬が込み上げて沸々と血が沸騰しそうになる。腹が煮えくり返る。あの身体に触れる男など許せるものか。


 ──急がなければ。

 リオンを自分の妻にする。嫉妬だらけの頭で計画を立てた。

 リオンが身体を売ってまで何をしていたか、調べればすぐに分かった。奴隷たち、彼等にまともな就職先を与えていたのだ。全ての奴隷の就職先を与えた今はその礼を兼ねて社交界に足を運ぶ程度。
 ──リオンらしいと思った。

 切なくなる気持ちと同時に何か引っかかる。リオンの屋敷に追い出されて以降、ずっと拭えない違和感。

「何か、俺は見落としている?」

 だが、今はその違和感に構っていられなかった。
 名だたる貴族がリオンに求婚を申し込もうとしていた。皆がリオンをけん制し合って手が出せない状況であった。
 しかし、ここで、東の土地の辺境伯であるプロセード・スコットがリオンに求婚するために社交界に足を運ぶことを耳にした。
 プロセードのことを調べれば、かつてグノワール家の奴隷が二名、あの土地の工場で働くと聞く。
 そして、プロセード自体、敵に回したら自分も潰されるほど力がある貴族だった。

 だが、運が巡ってきたと感じたのは、その日の取引相手であるヘルグレア伯爵家のミラン令嬢と出会ったからだ。

 全てのカードを握りしめ、婚姻届を持ってリオンの元へ向かった。




「貴方は俺と結婚する以外、道は残されていない」

 逃げ道なんて残さなかった。リオンには俺以外の選択はないのだと強く言った。
 リオンから、俺に対する言葉はなかった。
 用意した契約書に淡々と記入していく彼に拍子抜けする。

 リオンは俺だと気付いているはずなのに、何故何も言ってこない。いや、気付いていない? 俺は見た目も随分変わった。俺のことは忘れてしまったのか?


 でも、俺のことを忘れていない事は、彼が馬車に乗りこんで言った一言で分かった。ずっと分かっていたのに、好きだと何度も言った俺の前で他の男に腰を抱かれ仲良くしていたのが腹立たしい。


 俺を見てくれ。俺はこんなに貴方しか想っていないのに。

 そう思った瞬間、自分の中で溢れてくるのが分かった。発情コントロールが上手くいかない。
 リオンが頬を染めて、よく分からないような顔で俺を見る。その顔がどんどん俺に発情していくのが分かった。

 リオンが俺に発情している?

 我慢など出来なかった。
 馬車から自力で立とうとするリオンの足がもつれる。その彼を抱き上げ、すぐに自室のベッドに運んだ。
 リオンの匂いが増す。身体は熱く。吐息まで甘い。
 全部食べてしまいたい——……。

 その時、意識していなかったが、思わず首筋に歯を立てていた。

「──ぁ……ん」

 ゾクリとする声がして、ハッと意識が戻った。

 俺は、無意識に番にしようとした。……だが今度は自分の意志で、もう一度歯を立てた。
 このまま番になればいい。俺から離れられないように。

 歯を立てればブルリとリオンが震えた。
 ──震える? 恐怖?


『ガレ、僕は君がとても大事だよ──……』


 こんな時に幼いリオンに何度と言われた言葉を思い出した。

 噛んで番にしてやる。無理矢理でも欲しい。もう離さない。
 ……だが、本当は俺だって、リオンのことを大事にしたいのに。

 俺は唇を離した。

「……ぁ、ガレ……」

 俺の身体に手を回された。その表情はうっとりと恍惚としていて、嫌悪など見えなかった。
 密着した身体から伝わる彼の熱……。

「……っ」
 今更だ。
 互いに発情した今更、身体を離すことは出来ない。
 どこに触れても柔らかく、甘い。リオンの下半身は既に勃ち上がり濡れている。その淫靡な姿に頭が焼けそうだ。
 濡れた身体の秘部に手を伸ばせば、ビクリと飛び上がり、指の挿入を拒む。よく濡れているのに。

 ──いや、まさか。

「狭い……」

 思わず言うと、リオンの頬が真っ赤になった。指で弄れば反応はいいが、明らかに愛撫に慣れていない身体、初心な反応。

 俺がはじめて……?

 発情期で拒めないことは分かっている。文句の一つも言えない状況なのかもしれない。だが……?


「ガレ……。ぁ、ん、ん、ガレ……ガレ……」

 甘い声が何度も俺を呼ぶ。

 この状況はなんだ?
 求められている? わからない。でも、頭が焼けそうだ。

 リオンが俺を見ている。
 この瞬間は、俺だけを求めていることだけ信じられた。
 狭いそこを押し拡げて、繋がって、揺さぶって、声が掠れていくリオンの身体をいつまでも離すことが出来ない。
 強く抱けば、その分、リオンの腕が強く巻き付かれる。







「どうかしていますよ」

 その二日後、高熱を出しリオンの主治医を呼んだ時に、主治医から軽蔑の目で睨まれた。
 リオンはこの街の良心だ。リオ様の代からの主治医はリオンのこともこよなく可愛がっていた。そして、俺が奴隷だったことも知っている。

 高熱でうなされるリオンに、医者の言う通りだと反省する。


 どうか、していた。
 本当にどうかした。
 自分もヒートを起こしていたとは言え、もう少し加減が出来ると思っていた。なのに、この様だ。
 リオンの真っ白な柔肌に真っ赤なうっ血がそこらかしこに浮かんでいた。俺を受け入れていた箇所は腫れている。

「リオン様は発情期も半年に一度とベータ要因が強い。さらに田舎じゃアルファはおらず、身体が過剰に反応したのでしょう」

 発情期があるオメガだが、周りにベータしかいない場合は自然と発情が少なくなる。リオンも発情期頻度が少なく過ごしていたそうだ。オメガで間違いないがほとんどベータと変わらない。
 そこに突然のアルファによる誘発。
 アルファがいない田舎のオメガに時折、このような発熱は起こるらしい。ただ、俺が無理をさせたことは身体をみればすぐに分かる。

「配偶者ならば大事になさい。一か月以上は性交渉を避けるように」

 まずは、アルファとの環境にオメガが馴染むことが大事。過剰な接触は控えるように医者から厳重に言い渡された。
 医者は薬を出して屋敷から出ていった。

「ふふ……。お医者さんって言うのは大袈裟に言うものだよ」

「起きていたのか? 身体の具合は……悪そうだ。水は飲めるか」

 目覚めたリオンの額に手を置くと、やはり熱い。リオンはウトウトとまた目を閉じ始めた。
 少しだけ迷った後、水を口移しで飲ませた。

 過剰反応……。医者の言う通り、高熱を出している今もリオンの身体からいい匂いが溢れている。

「……ん、ガ、レ」

 熱い吐息で俺を呼ぶ。ゾクゾクが止まらず鳥肌が立つ。
 理性を総動員させ、もう一度水を含み口づける。彼の口からツウッと流れた一筋の水を唇ですくう。彼の目がゆらゆらと俺を見ている。

「……」

 どうして……。
 今はともかく、どうして抵抗しない? 嫌がらない。この違和感の正体はなんだ。

 身体が熱い。このまま再び抱いてしまいたい。恐ろしい欲望があぶくのようにブクブクと溢れてくる。
 煮え滾る欲に葛藤しているうちに、彼は眠ってしまった。額の汗を拭いながら、もう一度口づける。


「俺は貴方を壊してしまうんじゃないか……」

 









 □□□


 早急にリオンと結婚したシワ寄せは、思った以上にすぐに来た。
 リオンに恋焦がれていた者達への嫌がらせが続き、それが仕事にも影響した。相次ぐ取引のキャンセル。
 すぐに倒れるほどの弱い企業ではないが、かなりのダメージがあった。
 結婚後すぐにこれでは会社への大きなイメージダウンになる為、家に帰る暇もなく働きづめになった。


 この事態の黒幕はプロセード・スコットだった。そのことを知り、ヘルグレア伯爵家の令嬢ミランに連絡した。
 かねてから令嬢とは互いの利益を求めて協力し合っていた。

 ──直に終息する。



「全てはそういうことだ。スパーダ。アンタの勘違いだ」

 丁度屋敷に訪問していたスパーダに白状させていた。スパーダはプロセードとリオンの仲を取り持とうとしていた。屋敷に来たのはリオンを説得する為だったそうで、リオンが留守でなければ攫われていたかもしれない。
「そうよ。私とガレリア様は何の関係もございませんことよ」
「貴方はミラン……様」

 プロセードの動きを知り、俺はミラン嬢に同行を頼んでいた。彼女の話を聞いたスパーダはスキャンダルの全てが誤報である事を納得した。
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