奴隷アルファに恋の種

モト

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 僕は本屋に来ていた。何冊か同じような題材の本を見て一冊の本を選んだ。本屋の店主が本と僕を交互に見てくるため、さらに羞恥心が増す。
 僕が買った本は性の指南書だ。教科書のような本は置いておらず仕方なく同性が睦み合う雑誌を購入した。表紙が悪いのだ。恥部が開けっ広げになっている。慎みがまったくない。

 少しでも性行為への悩みがなくなるように本を買ってみたのだが、この雑誌が参考になるかどうかはちょっと疑問だ。


「おや、グノワール家のリオン様ではありませんか?」

 早く帰りたい。と思っているのに、そういう時に限って声をかけられる。
 ちょっと遠出すれば知り合いがいないと思ったが、会う時には会ってしまうものだ。

 振り向くとそこには白い肌、金髪の髪の毛で長身の男性が立っていた。美しい藍色のスーツは細かい刺繍が施されている。その身なりから上級階級の者だろう。どこかで会った気がするが、僕は思い出せないでいた。

「私が分からないのも当たり前です。社交界で挨拶をしただけですので」
「至らないばかりに申し訳ございません」


 青年は自己紹介をした。名はプロセード・スコット。東の土地の辺境伯だった。名前を聞いても思い出せない。

「僕が管理する土地の工場でグノワール家の元奴隷2人が働いているのですよ。グノワール家の奴隷は皆頭がいいと評判だ」
「なんと! そうでしたか。スコット……、スコット様、失礼しました。今思い出しました」

 奴隷の働き口に確かに僕はスコット辺境伯の所有する土地の工場を選んだ。何故すぐに思い出さなかったのだろう。東の土地は労働者の待遇が良い。
 彼とは直接取引はしていないが、東の土地と聞いて、すぐに思い出すべきだった。

「どうぞ、プロセードとお呼びください。立ち話もあれですからお茶でもいかがですか?」
「え? いえ……」

 この本を持ってお茶はしたくない。断りたいがどうしよう。でも自分の失礼もあったことだし。

「──えぇ、では少しだけご一緒させていただきます」
「よかった」


 誘われるがままプロセードの馬車に乗り込んだ。
 彼が連れて来たのは貴族ご用達のホテルレストランだった。彼は手を差し伸べ、僕の腰に手を回す。女性にするようなエスコートに思わず溜息が出てしまいそうになる。

 プロセードは顔が広いのだろう。ホテル側の支配人が挨拶に来て、特別ルームに通された。装飾品も美しい一室だ。

 てっきり外のカフェテラスでお茶をするくらいだと思っていた。二人で個室など大丈夫だろうかとちらりと横目でプロセードを見て、早めに帰ろうと席に座った。

 意外にもプロセードの話は、貴族に流行りのゲームなどではなく政治寄りだったため、ひと時のお茶としては楽しめた。

「リオン様のような考えの貴族が東の土地にいれば、労働者ももっと働きやすくなるでしょう」
「恐縮です。プロセード様のお考え大変参考になります」
「今後も是非貴方の意見を聞きたい」

 会話からプロセードは向上心の高さが伺える。こういう話をガレともしたいものだ。

「えぇ。主人を含めて是非」

 主人と言った途端、プロセードの顔が強張った。にこやかだった彼が初めて見せた顔だったので、少し驚く。しかし、その顔はすぐに笑顔に隠れた。

「先日スパーダから連絡をもらったのです。まだ番にはなっていないようだね」

「スパーダが? 貴方様に?」


 番……、僕は首を手で触れた。外出時には必ず首を厚めの専用チョーカーを身に着けていた。
 番事故防止のチョーカー。
 番のいないオメガには必需品だ。ただ、周りからフリーのオメガだと受け取られることもある。
 しかし、赤の他人に番の有無を心配される覚えはない。

 スパーダが連絡したってことは、もしかしてプロセードがこの地に足を運んだ理由は僕?


「君と会話したのは一度だけだったけれど、社交界で何度も君を見かけていた。君は健気に奴隷達の働き口を交渉していたね。周りの馬鹿達に何を言われても平然としていた。君程美しい方に出会ったことがない」

「……いえ。本当に理解してくださる方も多かったので」

 急に居心地が悪くなる。社交界でよく向けられていた視線の一つのように感じる。社交界でセクハラに合う事はよくあったので他人の視線には敏感になっていた。敢えて、熱視線を感じる場所から遠ざかっていた。

 プロセードはその中の一人だったのか。


「君が早急に結婚を決めて本当に驚いたよ。でも、番になっていないのならば離縁が出来る。離縁後、あのガレリアと言う成り上がりには手を出さないように君を守ろう」

「いいえ。スパーダから何をお聞きになられたかは存じませぬが、僕には不要です。お気持ちだけ有難く頂戴致します」

 僕がその申し出が不要なことをきっぱり話すとプロセードは驚きを隠せないようだった。


「そろそろ僕は失礼します」

 そう言って荷物を持った時、ふっと強い香水の匂いがした。

 ゾクリと身体に悪寒が走った。
 発情期? いいや。僕の発情期は半年に一度。ベータ要因が強い僕は発情期の頻度が少ない。

 でも、この感覚はまさか……?


「リオン、君は騙されている。こんなことはしたくはないけれど、優しい君が脅されるように結婚を迫られ、冷たくされているのを知るのは辛い。私なら絶対に幸せに出来る」

 プロセードがふらりと席から立ち上がり、僕の方に近づいてきた。彼との距離が近付く度、香水のような匂いがきつくなる。

 アルファ……、ガレ以外のアルファだ。この男は。
 希少なアルファに出会う確率は低く、油断していた。続けて同じことが起きるとは……。

 近付いてくるプロセードに手を前に出し、拒否を示す。


「僕はガレリアの妻です! 貴方には興味がありません!」

 言葉は冷静だが、行動は……早く! と慌ててドアの前に向かった。
 しかし、ドアには鍵がかけられていた。捻っても押してもガチャガチャと音が鳴るだけでドアは開かない。その間に匂いが益々強くなり、自分の体温が高くなるのを感じる。

「はっ!? 正気ですか……!?」
「私は君にずっと憧れていた。だが、触れるチャンスをことごとくガレリアに邪魔されていた」

 きつい匂いに口元を押さえて嗅がないようにする。なのに、オメガの身体が反応をし始めた。

「君もすぐに発情するよ。美しい君はどんな風に乱れるのだろう」
「──っ、っ!? はっ……っ」


 僕は自信過剰だった。
 どんな人からのアプローチも心が揺るがない。断れる自信があるから社交界でも平然といられた。でも、アルファのヒートは別だ。
 別次元で身体が反応してしまう。
 膝が笑い、腰が抜けその場に座り込んだ。四肢が重い。

「私と番になろう。グノワール家も君も私が守るよ」
「……嫌ですっ!」

 差し出された手を僕は思いっきり跳ねのけた。しかし、プロセードは僕を哀れんだ目で見つめて可哀想にと抱きこんでくる。
 僕の匂いを嗅いで、素晴らしい。もしかして君が僕の運命かもしれない、と。

 ふ——っ、ふ——っ!
 必死に発情から抗おうとして汗が全身から溢れてくる。
 首を左右に振る。

「僕の伴侶はガレリアです。……彼は素晴らしい人だ」
「どうやら、君は洗脳されているようだね。私といれば目覚めるよ」
「ち、がうっ!」

 癇癪を起したように僕は暴れた。軽く抱きこんでいただけの腕はすぐに離れた。急いで立ち上がり転ぶように個室のトイレに入った。
 親切なことにトイレには内鍵があった。ドアに背もたれし座り込む。

「————……っ、はぁはぁはぁはぁ」

 身体が重りのようだ。

 僕の身体はガレがヒートを起こした時と同じように反応している。
 ドンドンとドアを叩かれ、プロセードが何か言っている。


 前回ガレに発情を促された状況と同じなのに天と地の差だ。
 僕がガレを騙してもその逆はない。

 ますます苦しくなる身体を膝を抱えて赤子のように丸まった。













 ガレには素晴らしい才能がある。

 ガレには成長してほしかった。そのために邪魔な僕を切り離した。例えガレが望んでいなくても。

 見放した僕を恨んでいるか怒っているだろう。でも、僕はガレが大人になったら必ず会おうと心に決めていた。再会して、声をかけたら、きっと恨まれごとや罵声を浴びせられるだろう。そんな風なイメージをしていた。


 その日は突然来た。
 社交界の皆が注目している真ん中にガレはいた。大人になったガレは、記憶よりずっと雄々しく逞しかった。
 
 この煩い心臓の音は僕? 
 
 その場に立ち尽くして動けなくなってしまった。声をかけるタイミングが分からない。急に彼と話すのが怖いような気がした。

「────……ぁ」

 不安は急にやってきた。
 ガレの横には美しい人。彼女がガレの腕に触れて笑う。それを見てさらに不安が募る。見ていられなくて、一言挨拶を交わすことも出来ずにガレから視線を外した。

「リオン様、少しお話よろしいですか?」

 その時、どこかの貴族の三男が話しかけてきた。ガレのことで頭がいっぱいで、へのへのもへじ程度にしか見えない三男。
 三男も僕を女性扱いして腰に手を回して来た。
 その瞬間だ。僕に向けられた視線が強まるのを感じた。ガレからの視線だとすぐに気づいた。

「……」

 腰などに手を回す奴らは上手くはぐらかしていたけれど、それをやめた。


 だから、僕はこれっぽっちも優しくない。
 僕はガレに言葉や態度で示すよりも、ガレの視界に目立つように映りたいと思った。

 後々この馬鹿げた行動の理由を考えれば、僕は大人になったガレを見て、幼い頃とはまた違った恋の仕方をした。でも、恋が僕を臆病にさせる。

 見て……。どんなヒトより僕を見てほしい。

 君の視界に入りたいと卑怯になる僕を僕自身も知らない。
 こんな予定じゃなかったけれど、思った以上の効果はあった。

 ガレの心情は分からないけれど、婚姻話が持ち出された。僕は迷わずその場でサインした。この期を逃がしてはなるまいとガレの気持ちが変わらないうちに手続きを全て終わらせた。
 ガレの方も既に計画していたのか驚くほど手際がよかった。


 それで、あの時のヒートだ。

 ガレが、僕に?

 ガレが僕のことを発情させようとしてる。
 彼が僕を抱き上げて寝室に運ぶ。その腕の中がとてもいい匂いで身体中が満たされる気がする。願っていたことに、内心はわーいわーいとバンザイしていた。
 ベッドの上に下ろされて、首を甘く噛まれれば、もう何も動けなくなった。

 ガレが何度も抱いてくれるのが嬉しい。ガレのセックスは野獣みたい。強く揺さぶられて身体中変になりそうだった。でも、もっともっとと背中に手を回して離れないようにしたのは僕だ。 

 もうずっと離れなくていいんだ……。




「ガレじゃないと嫌だ……。ガレじゃない、と、いや」

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