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13.唇ツンツンされちゃうと前世のことを思い出しちゃう
しおりを挟む今年は値上げラッシュにどんどんスナック菓子が内容量を減らしている。
チョコレートがかかった甘くて細くて、カリカリとしたスティック菓子。こちらも例外ではない。
「───だからさ、翔真。これは俺にあげるのではなく自分で食べなさい」
俺が飲んでいるのはブラック珈琲、この甘いスティックが何より合うことを知っているが、NOと断わった。
コンビニの新商品も去年に比べると結構上がっていて、レジかごにポンポン入れていくと、三千円は軽く飛ぶ。
「そういうわけで、値上げなので。これから俺は菓子断ちをするよ」
「ひとりで一箱もいらないし、一緒に食えばいいだろ?」
「のんのん、帰りに食べなさい……」
───ツンツン。
翔真はホッキーの先っちょを俺の唇にあて、軽く突き始めた。
値上げなど全く気にしない彼は、俺の言うことなど無視だ。
(くちばし……つんつん)
その時、俺は唐突に前世を思い出した。
俺(ふくろう)が木の上でのんびりしているところに、エサを持ってきた翔真(ふくろう)がやってきて、くちばしで受け渡しするのだ。それからぴったりふわふわの翔真(ふくろう)に寄り添って……、
────まさか、ホッキーつんつんで、くちばしの感触を思い出すとは。
ふくろうの給餌っていうのは、求愛行動でもあり……。
「俺の指が千春の口に押し込むまであと、5、4、……」
勝手にカウントダウンを始めやがった。
そして、もし強引に突っ込まれれば、ホッキーでもかなり痛い。
「……分かったよ。一本もらうから」
手を出すと、翔真が俺の口に咥えさせたそうな雰囲気をしていた。今更ながら、その行動は前世の名残なのか?
彼は不服そうに一本手のひらに置いてくれる。
小さく口を開け、カリカリとホッキーを食べ始めた。一本食べ終わっただけで喉の渇きを覚えた俺は、ブラックコーヒーを一気に飲み干す。
横にいる木田が、「いいねぇ、いつもアンタ達はラブラブで」なんて嘆いていた。
そこの机に置かれている空缶が目に入り、俺の缶と一緒に捨てに行くからと立ち上がる。
すると、翔真もジュースを一気に飲み干して、俺の手から空き缶を奪って立ち上がった。
「そういえば職員室に来いって言われていたから、ついでに捨てといてやる」
「おう? そうか……、どうも」
翔真は三本の空き缶を片手で掴むなんて余裕で、もう片方の手で俺の頭をヨシヨシ撫でた。
教室を出ていく時、教室の入り口でちょっと頭を下げる。日本人の暮らしは190センチ越えの人間用には作られていない。
立ち上がってする用事がなくなった俺はまた着席した。
だらぁ~っと足の前に伸ばしただらしない座り方になる。
「ん? 千春、なんかおかしくね?」
「心の友には分かるかい?」
木田は腕を組んだが、三秒後には「分からん」と考えることを放棄した。
「もっと君の脳みそに俺を留めておいてはくれないかい。淋しいぜ」
「うん。やっぱりおかしいな?」
「……」
俺も自分のおかしさを自覚している。
いつ、どこで、なんでおかしくなったという点までしっかり原因追及出来る。そのおかしさは消えるどころか日を追うごとに増していくようだ。
俺がおかしくなったのは、今から10日前、大雨の土砂降りで翔真が家に泊まった日。もっと詳しく言うと、翔真と風呂に入り彼の手で扱いてもらってからだ。
あの日から、どうしても翔真のことが頭から離れない。
ふとした時に彼のことばかり脳裏に浮かぶ。
気持ち良かったから思い出すのだろうか。
でっかい手でちんちんを扱かれる快感は凄まじくって、あんなのは知らなかった。
性器同士が合わさる肉感は生々しくて……、初心者の俺には過ぎた快感だった。
だから、こんなに忘れられないのかな。
「あっ! 声!」
木田が言った言葉に身体がピクンと反応する。
「声ってなに?」
「今度、俺の推しアイドルちゃんが、声優するんだよ!」
「…………あ、そ」
声といえば──、あの時、俺ってば、翔真にちんちん扱かれて、喘いでいた。
「あん」ってさ。今思い浮かべても、その喘ぎ方はいかんと思う。
実のところ、自分で自慰する時もちょっと声が漏れる。
だから叔父さんがいる時は出来なくて、時間を見計らって発散する。そのため頻度も少なく、お粗末って感じの自慰。
女子でもないのに、あんな風に喘いでは気持ち悪いだろう。男の低い声で「あん」だもん。俺なら引く。
でも、翔真は全然萎えていなかった。
それどころかバッキバキに興奮していてさ……。
平常時からの興奮した時の変化──、あんなに人って変わるのだろうか。
興奮した表情は雄度が増し、男らしい色気を漂わせていた。女子ならもう色気だけで孕むんじゃないかってくらい溢れていてさ。
『千春』
その顔で俺の名とか呼ぶものだから、衝撃が強すぎて、胸がずっとざわついてしまう。
「──俺は今、十代の多感な時期特有の悩みを味わっているのかもしれない」
「なにその悩み方、格好いいな」
「まぁな、真似してくれてもいいぞ」
はぁっとため息を吐いていると、翔真が教室に戻ってきた。
もう休み時間は残り短いため、彼は自分の席に着席した。ちらりと俺の方を見て頷くから、俺も頷き返す。
◇
タラタラタラ~タラタラッタ♪
「いらっしゃいませ~……おう」
「おう」
俺に毎日裸の妄想されちゃっていることなど知らない翔真は、今日もコンビニにやってきた。また明日のおやつの菓子を手に持つ。バター醤油味。俺の好きなやつ。
彼はそれを買って、「いつも通り外で待っている」と言い、コンビニ外で俺の仕事が終わるまで待ってくれる。
今日みたいな熱帯夜は外で待つのは熱いだろうに。
窓ガラス越しに律儀な男の背中を見て、仕事終わりにアイススティックを二本買った。
「お待たせ」
ん。っと翔真にアイスを渡して、溶けない内にその場で食べる。
丁度そんな気分だったとアイスに豪快にかぶりつく翔真を横目に見ながら、俺もペロペロとアイスを舐めた。
あっという間にアイスを平らげた翔真は、俺が食べ終わるのを待ってくれて、ゴミをまたまとめて捨てに行ってくれる。
「じゃ行こうか」
彼は自転車のハンドルを持って、スタンドを足で上げる。足が長い。
帰路を歩きながら、沈黙のちょっとした息苦しさを覚えた俺は、映画館で食べるポップコーンは何味が好きかと翔真に聞いた。
彼は、オーソドックスなうすしお派なんだそう。
分かると同意する。
俺はキャラメルの甘さが好きなんだが、あの量のキャラメル味は食べきれない。というわけで自分はチーズかバター醬油だと伝えた。
そうしたら、「シェアしたらいいじゃん」という返事がきた。
シェアする相手がいるモテ男の発言だなと笑って、別の話題を振る。
おにぎりの具についてのアンケートを取っていると、うちの建物が見えて来た。
「千春、じゃ」
「うん、ありがとう。気をつけて」
玄関まで俺のことを見送った翔真は自転車に跨ぐと、あっという間にその背が見えなくなった。
我慢していたようにデカい溜め息が自分の口から漏れる。
────ずっと、ドキドキしているんだけど。
ハラハラすることもスケベなこともない、なのに、翔真が横にいるだけで動悸する。
心臓が彼といる時だけ、どうにかなったみたいだ。
玄関先でしゃがみ込み、頭を掻いた。
「やっぱり……好きなんかなぁ」
好きと言う言葉に同意するように心臓が熱くなって、親友への恋を自覚した。
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