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5.前世のツガイは時折、執着が見え隠れします

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「ほら、千春」
「ん」
 翔真に声をかけられて、振り向くと一口サイズにちぎったパンを口の中に放り込まれた。レーズンとクルミが入っていて、パンのほのかな甘味が口の中に広がる。
 モグモグと口を動かしていると、絶妙なタイミングでコーヒー牛乳を手渡された。

「ありがとう」
「しょっぱいのはいるか?」
「しょっぱいのあるの?」
「しゃかりこ」

 それって俺の大好物なやつじゃん。と目を輝かせていると、一本口の中に放り込まれる。
 それを、ガガガガガガ……と勢いよく前歯で噛む。なくなる度にもう一本追加されるが、どんどんくれとばかりに食らいつく。

「しゃかりこがある世界に生まれてきてよかった♡」
「だな」
「おっと、悪い。俺が全部食べきるところだ」

 差し出されるしゃかりこを遠慮していると、木田が口を開けた。

「盛岡っち、俺の口にもあーんしてくれよ」
「「なんで?」」
「いやだ、この人達、木田くんに対して冷たくなぁい??」
「「普通だろ?」」

 ──という見慣れたやり取りは通常通りすぎて、それを見たクラスメイトも何も言ってこない。
 俺と翔真が前世ツガイだという本当なのかネタなのか。
 みんなそれなりに疑問は持っているだろうけど、木田が間に入ってツッコみやボケをするおかげで、木田以外にはツッコまれることは今のところ──ない。


 翔真と仲よくなるにつれ、よく食べ物をくれるようになった。俺も他の奴には甘えないけど、彼には自然と甘えてしまう。

 あ。だからって翔真も俺も木田を除け者にしているわけじゃない。同じくらい好きでも個別に合わせた対応を取ったりするだろ。それだ。
 翔真もほらと、しゃかりこが入った筒を丸ごと木田に渡している。


「あっ、そういえば、昨日、盛岡っちが告白されている現場を見ちゃったんだけど、付き合うのか?」
「……どの子の話だ?」
「黒髪ロングヘアの子だよ! ていうか、どの子ってそんなに告白されたのかよ⁉」

 流石ダンクを決めまくった時のヒーローはモテが違う。どうやら、昨日みかけたあの子以外にも告白されていたようだ。

 もっと驚きなのが、既にもう翔真には恋人が出来ていた。
 翔真は木田の問いに「あぁ」とか言って頷くだけで、それ以上何がどうなのかは言わない。他人の恋愛に興味がないから聞き返したことはなかったけど、よくそんなコロコロと恋人を変えられるものだ。


「翔真って告白されて、少しでも好きになれそうだと思うから、付き合うんだよね?」
「……」

 翔真がどの子とも長続きしないのは、告白されて付き合ってから好き嫌いを品定めしているんじゃないかって思う。
 暫く無言だった翔真だけど、小さく呟いた。

「……それでいいからと言ってくる子だけ」
「ふーん。そうなんだ」
「…………」

 翔真の付き合うは、みたいなものなのか。
 俺にはその感覚は分からないけど、恋愛観は人それぞれ。他人の恋に対して自分の意見を押し付けるつもりはさらさらない。

 木田は俺らを交互に見た後、「きゃは♡」といつもよりおちゃらけた声を出した。その後、何故か翔真の肩をポンッと叩いた。「コーラ奢っちゃる」と翔真だけを連れて自販機へ行ってしまった。
 お留守番と言われた俺は、一人教室で、残ったしゃかりこを食べる。

 話し相手がいなくなって、俺も付いていけばよかったかと思っていると、ショートカットの女子、川合さんが声をかけてきた。

 用件はなんだろうかと思っていると、翔真のことだった。
 なんてことはない。翔真に渡して欲しいと手紙を差し出されたのだ。

「ごめん、俺からは渡せない。アイツもう彼女いるし」
 彼女持ちにラブレターを渡すなんて、翔真の現彼女に失礼だろうと断ると、「もう⁉」と川合さんはショックを受けた。

「じゃあ、盛岡くんが恋人と別れたら、私に教えて欲しいの!」
「えぇえ……」

 まさかのとんでもない発言。
 どうして親友の破局報道をしなくてはいけないのか。
 勿論、そんなことは出来る筈もなく断ると、彼女は勢い余って机を両手でバンッと叩いた。

「盛岡くんの次の恋人に絶対なりたいの。他の人とは違って、私、福地くんと仲よくしても全然大丈夫だから!」
「は?」
「男の友情に邪魔しないから!」

 彼女が翔真の次の恋人になろうがならまいが、俺にはどっちでもいいことで。そうじゃなくて、スルー出来ない一言を言った。

 “福地君と仲よくしていても”

「……」

 自分の名が挙がり、ギクリとする。
 翔真が恋人と長続きしないのは、前世ツガイとかいう設定を持つ自分のせいなのかもしれないと思ったからだ。

 木田以外にはツッコまれることがなかったし、冗談の一種みたいに周囲も笑っている。みんなそれなりに楽しんで流してくれているのだと思い込んでいた。

 一緒にいる時間なら、木田との時間の方がずっと長い。学校でもそうだが、下校も一緒。休みの日はたまに遊ぶ。
 対して翔真は放課後部活をしているし、下校までの間だけ。
 でも翔真の恋人が、という言葉を嫌がるのは、そりゃぁまぁ、そうだろう。

 猪突猛進ガールの一言にどう返事していいのか迷っていると、ぬぅっと大きな高い影が現れた。


「……千春に何してんの?」
「あっ、盛岡くん……」

 猪突猛進ガールの先程までの勢いはどうしたのか、モジモジし始めて、「ご、ごめんね! もう行くね」と同じクラスだけど教室を出て行った。

 でも、俺の机の上に手紙は起きっぱ。

(この手紙、どうするんだよ。……俺、これ渡したくないんだけど)

 捨てるわけにはいかないから渡すしかないのかと思っていると、翔真が前の席に座り直した。

「──どうするんだ?」
「ん? どうするって?」

 それを聞く翔真は無表情だけど、俺を見る目は強く鋭い。

「随分、さっきの女子に迫られていたよな。あぁいう強引で図々しいタイプは千春に相応しくないよ。千春が困っているのが見て分からない時点で最低最悪。付き合ったら何をされるか分かったもんじゃない」

 翔真がそんな風に他人の悪口を言うなんて初めてで、口をポカンと開けた。

「近づくなって言っておいてやろうか?」
「──えぇ……と、なんで?」

 彼女のことを言い始めると、無表情から徐々に眉間にシワを寄せた不機嫌な表情に変わっていく。背筋にゾクッと悪寒が走る。
 いつもと違う雰囲気に呆然としていると、「はいはーい」と木田が俺の横の席に座った。

「はーい! 盛岡っち、それは誤解だ。千春はそれほどモテないのだ。おそらくは、その手紙を君に渡して欲しいとでも頼まれていたのだろう!」

 木田は俺の机に置きっぱなしの手紙をひょいと持って、それを翔真の胸に押し付ける。翔真は封筒を開いて、手紙をその場で読み始めた。嬉しそうでもなんでもなく無表情でその手紙は確認するために開いた……みたいな感じ。

「あの、さ。翔真には新恋人がいるから、俺からは手紙を渡せないって断っていたんだ。結局置いていかれたけど」
「……そうか」

 翔真はその便箋を封に戻した。ちょっとまだ不機嫌オーラが残っているから、何故か俺が怒られているみたいに思えて口を噤んでしまう。それを見た翔真がハッとして頭を撫でてくる

「悪かったな。千春に迷惑がかからないように気をつけるから」
「迷惑ってほどじゃないよ。つーか、うーん。モテるのも大変なんだな?」

「そうなんだ。モテるって大変なんだ……、俺って罪な男」

 翔真に向けて言った言葉を木田がうんうんと頷いている。髪を手でかき上げて、フンッと鼻で笑い、格好つけているが、全然様になっていない。さらに自分の容姿やら性格やらを自画自賛をし始めた。

「細目のうすしお顔王子、木田友一! 総愛され目指してまっす」なんて言っているのを適当に聞き流しながら、チラリと翔真を見る。


「むしろ、俺が迷惑とかなら、すぐ言ってな?」
「それは絶対ないよ」
「そ?」

 顔を覗き込むと、翔真が奥歯を噛みしめたのが顎の動きで見える。少しまだ不機嫌そうに思えた。
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