上 下
27 / 39
第4章 第3の事件へ

26話 母親の心境と永瀬警部補らの推理

しおりを挟む
 誘拐犯の指示通りに動いた母親の梓乃しのはからずも数か月前に廃工場となった豊科とよしな工業に警部達を置いて独りでやって来た。

 幾つもの工業用の機械が置かれた工場には、乱雑に数十mもある電源用ケーブルなどが床に幾重にも渡って敷かれていた。もう稼働する事のない機械達がほこりを被って静かに眠る中を、うぅーうぅーと藻搔もがく声が、母親の梓乃の耳に心無しかかすかに聞こえてきた。

「ねぇ、ひろ子なの? 此方こっちに顔を出しなさい」

 母親の梓乃はまだ中学生のひろ子が誘拐犯と共に過ごして不安である事を見越して安心させる為に、子守唄を歌うような優しく透き通るような声色こわいろで、ゆっくりと。だけども、その声に想いを込めて、勇気を振り絞ってこの廃工場に居るであろう探し人に向けてひたすら話しかけた。

(うぅー、うぅー)

 母親の梓乃の耳には先程よりは確かに大きなうなる声が聞こえてきた。梓乃の心臓の鼓動がドクンドクンっと高鳴りを見せた。やけに大きくなる心臓の鼓動音に精神力が限界まで削られていく。

 ──ここに犯人がいるかもしれない。又、ひろ子も無事じゃないかもしれない。どうか……。

 母親の梓乃の心は犯人が近くに居て、遭遇したら何をされるか分からない恐怖や娘のひろ子が無事かどうかひたすら心配していたかげりの中に、娘が見つかるかもしれないという安心として一筋の光明が見えていた。






※※永瀬警部補視点※※

 誘拐捜査特別チームが舩木ひろ子の誘拐事件の捜査にあたっている間、永瀬警部補らは第一・第二の殺人事件を捜査していた。

「やはり祐川勇司すけがわゆうじ豊科忠嗣とよしなただしの繋がりがである事は非常に大きな手掛かりだと思われます」
「で・す・な! 更に豊科工業は現在潰れていると言う事実。豊科工業の関係者の中に、被害者の祐川勇司と豊科忠嗣社長に対して殺さなければならなかった程の怨恨等があるやも知れない」
「豊科工業関連の怨恨か何かですか? だとすると……」
「怪しいのは、元従業員の青戸祐哉あおとゆうや赤城加奈あかぎかなの二人だ」
「確かにこの二人なら、勤めていた豊科工業が潰れかけており、仕事を辞めざるを得なかった事と給料の未払いで生活が決して豊かではなかった事から、豊科忠嗣社長に失職・退職の逆恨みで殺害した可能性がある。しかし、第一の殺人事件の被害者の祐川勇司の殺害動機が見当たらない」
「だとすると……。次に怪しいのは豊科工業との取引先でしょうか?」
「取引先? ほう、それで?」
「豊科工業の融資を行った岩越銀行の紫垣順也ですよ!」
「なるほど。推理を聞こうじゃないか」
「はい、二人の被害者の共通点である豊科工業を調べあげた結果。岩越銀行では三千八百万円程の融資を行っていました。新たな新事業開発の為の運転資金として」
「続けて」
「更に、その豊科工業・岩越銀行間の渡しをしていた担当者の名前が紫垣順也。彼は企業融資担当です。又、彼には黒い噂が流れており、何でも企業の機密情報の横流しリークをしていたとかで、豊科工業社長夫妻らが岩越銀行に押し掛けていた、と言う情報があります。まぁ、本人は否定していたようですが」
「成る程。その情報の横流しリークが事実なら、豊科工業と機密情報で揉めて手に余って、二人を殺害したと言う説が自然だな」
「良し、紫垣順也から話を聞こうじゃないか」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

どんでん返し

あいうら
ミステリー
「1話完結」~最後の1行で衝撃が走る短編集~ ようやく子どもに恵まれた主人公は、家族でキャンプに来ていた。そこで偶然遭遇したのは、彼が閑職に追いやったかつての部下だった。なぜかファミリー用のテントに1人で宿泊する部下に違和感を覚えるが… (「薪」より)

密室島の輪舞曲

葉羽
ミステリー
夏休み、天才高校生の神藤葉羽は幼なじみの望月彩由美とともに、離島にある古い洋館「月影館」を訪れる。その洋館で連続して起きる不可解な密室殺人事件。被害者たちは、内側から完全に施錠された部屋で首吊り死体として発見される。しかし、葉羽は死体の状況に違和感を覚えていた。 洋館には、著名な実業家や学者たち12名が宿泊しており、彼らは謎めいた「月影会」というグループに所属していた。彼らの間で次々と起こる密室殺人。不可解な現象と怪奇的な出来事が重なり、洋館は恐怖の渦に包まれていく。

特殊捜査官・天城宿禰の事件簿~乙女の告発

斑鳩陽菜
ミステリー
 K県警捜査一課特殊捜査室――、そこにたった一人だけ特殊捜査官の肩書をもつ男、天城宿禰が在籍している。  遺留品や現場にある物が残留思念を読み取り、犯人を導くという。  そんな県警管轄内で、美術評論家が何者かに殺害された。  遺体の周りには、大量のガラス片が飛散。  臨場した天城は、さっそく残留思念を読み取るのだが――。

伏線回収の夏

影山姫子
ミステリー
ある年の夏。俺は十五年ぶりに栃木県日光市にある古い屋敷を訪れた。某大学の芸術学部でクラスメイトだった岡滝利奈の招きだった。かつての同級生の不審死。消えた犯人。屋敷のアトリエにナイフで刻まれた無数のXの傷。利奈はそのなぞを、ミステリー作家であるこの俺に推理してほしいというのだ。俺、利奈、桐山優也、十文字省吾、新山亜沙美、須藤真利亜の六人は、大学時代にこの屋敷で共に芸術の創作に打ち込んだ仲間だった。グループの中に犯人はいるのか? 俺の脳裏によみがえる青春時代の熱気、裏切り、そして別れ。懐かしくも苦い思い出をたどりながら事件の真相に近づく俺に、衝撃のラストが待ち受けていた。 《あなたはすべての伏線を回収することができますか?》

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

声の響く洋館

葉羽
ミステリー
神藤葉羽と望月彩由美は、友人の失踪をきっかけに不気味な洋館を訪れる。そこで彼らは、過去の住人たちの声を聞き、その悲劇に導かれる。失踪した友人たちの影を追い、葉羽と彩由美は声の正体を探りながら、過去の未練に囚われた人々の思いを解放するための儀式を行うことを決意する。 彼らは古びた日記を手掛かりに、恐れや不安を乗り越えながら、解放の儀式を成功させる。過去の住人たちが解放される中で、葉羽と彩由美は自らの成長を実感し、新たな未来へと歩み出す。物語は、過去の悲劇を乗り越え、希望に満ちた未来を切り開く二人の姿を描く。

【完結】縁因-えんいんー 第7回ホラー・ミステリー大賞奨励賞受賞

衿乃 光希
ミステリー
高校で、女子高生二人による殺人未遂事件が発生。 子供を亡くし、自宅療養中だった週刊誌の記者芙季子は、真相と動機に惹かれ仕事復帰する。 二人が抱える問題。親が抱える問題。芙季子と夫との問題。 たくさんの問題を抱えながら、それでも生きていく。 実際にある地名・職業・業界をモデルにさせて頂いておりますが、フィクションです。 R-15は念のためです。 第7回ホラー・ミステリー大賞にて9位で終了、奨励賞を頂きました。 皆さま、ありがとうございました。

処理中です...