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手紙⑤
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12月10日(土)
ソラの家に行った。出てきたのはソラのお母さんで、私の顔を見て一瞬驚いたようだったけど、すぐに安心したみたいに微笑んだ。ソラによく似た黒い髪をした、優しそうなお母さんだった。事情を知っているだろうから、てっきり怒られるだろうと覚悟していた分拍子抜けした。
「来てくれてありがとう。入って」
最初にリビングに通された。少しして温かいゆず茶とチョコパイが出てきた。フランスではゆず茶はあまり馴染みがないけれど、韓国ではよく飲まれている飲み物らしい。少し冷ましてから口をつけたら、甘酸っぱくて美味しかった。
ソラのお母さんは二階でソラと話しているみたいだった。間も無く戻ってきて、「着替えたいっていうから、あと少しだけ待って」と言われた。
「ソラから聞いていたわ。彼女はあなたのことをすごく特別に感じていたみたい。彼女のことであなたに辛い思いをさせたこと、すごく申し訳なく思ってるわ」
ソラのお母さんを謝らせてしまったことが、逆に申し訳ないと感じた。だから、「私の方こそ、ソラを傷つけてしまってすみませんでした」と謝った。ソラのお母さんは「いいのよ、年頃の女の子同士だもの。色々あって当たり前」と柔らかく微笑んだ。
十分ほどして、「いいよ」という声がニ階からした。
ソラの部屋に入るのは、一ヶ月ぶりだった。
相変わらずよく片付いていて、苺の柄の掛け布団がすごく可愛い。(G)-IDLEという韓国の女性グループのポスターが壁にかけてある。前にソラに勧められて聴いたら、すごくクールだったっけ。ソラはソヨンっていうリーダーの女の子にすごく憧れていた。ラップがすごく上手くて、作曲も歌もダンスも何でもできる凄い人らしい。
ソラに言われるまま、座布団の敷かれた床に腰掛けた。ソラは向かいのベッドに座った。ソラは躊躇いがちに私に微笑みかけたあと、尋ねた。
「手紙、読んでくれた?」
私は頷いた。
「読んだわ。あなたの気持ち、よく伝わった」
安心したみたいにソラは微笑んだ。私も笑い返した。
「告白された時、揶揄われたみたいな気持ちになって、頭に来てあんなことを言ってしまったの。あなたは傷ついたと思う。本当にごめん」
「ううん」とソラは首を振った。
「あなたが嫌がることをした私が悪いから」
オーシャンに言われた言葉がふと頭に浮かんだ。このことを、今日彼女に一番に伝えたかった。自分が楽になるためかもしれない。だけど、ソラの気持ちも楽になればいいと思ったから。
「どっちも悪くない。それでよくない?」
泣き出しそうな顔でソラは笑った。そして、涙を一度拭って言った。
「ずっと、あなたのことが大好きだったの。いつか振り向いてくれるかもしれないって思って好きって伝えてたけど、あなたは気づかなかった。当たり前よね、女の子同士だもの。恋愛感情かどうかなんて、言わなきゃすぐにはわからないし」
ソラの気持ちに気づかなかったのは、女の子同士だからというよりも私が超絶に鈍かったせいだ。もしも男の子が相手だっとしても同じ。
ずっと真っ直ぐに想ってくれていた彼女の気持ちに気づけなかったことが、すごく申し訳なかった。
「ごめん、女の子同士っていうより私が鈍感だったの。オーシャンにもよく言われるのよ、私は鈍いって」
「そうね、確かにあなたは鈍い」
私が吹き出したら、ソラも笑った。なんだかほっとした。気付いたら、すっかり前みたいな感覚に戻っていた。ソラが悪い子じゃないことも、悪気があったわけじゃないことも知っていたのに、どうして今まで意固地になって話そうとしなかったんだろう。何でも難しく考えすぎるといいことない。
最後に、彼女に返さなければいけない答えを伝えた。何を言ったって彼女は傷つくだろう。だって、すごく好きな相手から同じ気持ちじゃないと言われるんだから。
でも言わないと彼女は前に進めない。エイヴェリーだって、長い間ロマンを想って泣き続けていた。あの時は見ているのも痛々しいくらいだったけれど、ちゃんと気持ちを伝えたあとは、友達に支えられながら楽しい毎日を送っている。ロマンの気持ちは分からないままだったみたいだけれど、それはそれだ。
だから私は伝えた。前みたいにソラが塞ぎ込んでしまわないように、バスの中でずっと考えていた台詞を。
「あなたの告白への答えだけど‥‥‥私の答えとしてはNOなの。あなたのことは好きだけど、やっぱり友達としてで、それ以上ではない」
「うん」
ソラは頷いた。寂しそうな目をしていたけど、こう言われることをずっと前から覚悟していたみたいだった。
「でもずっと友達でいたいの。あなたが学校にいないとつまらないし、みんなでまたバンドの練習もしたいし」
「私もあなたとは友達でいたい。それが一番の願いよ」
私はソラを抱きしめた。ソラも私を抱きしめ返してくれた。もう私たちは大丈夫だと思えた。前のようにお互いの家を行き来して、エメラルドと三人で特製のレモネードを作って笑い合える仲に戻れると。
「それと、エイヴェリーのことだけど……」
彼女とは友達で、街で腕を組んで歩いていたことに深い意味はなかった。そう説明しようとした私の言葉を遮って、ソラが言った。
「知ってるわ、彼女のことが好きなんでしょう?」
前までなら、ここですぐにNOと答えられたはずだったのに、今日は言えなかった。返答に詰まってしまった私に、ソラは悲しそうに笑いかけた。
「やっぱり鈍いわ、あなたは。他人の気持ちにも自分の気持ちにも」
ソラはそれ以上何も言わなかった。その代わりに、「今日は来てくれて本当にありがとう。話せてよかった」と、いつもの柔らかい子どもみたいな笑顔を見せた。
帰る時、玄関の前で私は彼女に声をかけた。
「来れそうだったら、学校に来てね」
「うん。随分勉強も練習も遅れちゃってるから、頑張って取り戻さないと」
ソラの笑顔が戻ったことが、こうしてお互いの本音を伝え合えて、前みたいに話せていることがすごく嬉しかった。
何よりソラが生きていてくれてよかった。彼女がもしトーマみたいに自殺してしまっていたら、私はユーリみたく一生悔やんだだろう。私が彼女に言ってしまったこと、謝ることができなかったことを。
ユーリはトーマが死んで、あまりの悲しみと罪悪感で心を閉ざすようになってしまう。
思えばこの頃の私もそうだった。ソラを振ってしまい、クラスメイトたちから非難の目を向けられ、挙句ソラが死のうとしたことを聞かされ後ろめたさで心を閉ざしていた。何か聞かれても関係ないと突っぱね、誰も理解してくれないと決めつけて自分の殻に篭ろうとした。
ソラが死のうとしたことが悲しかった。私が彼女に言ってしまったことが原因だと分かっていたから余計。罪悪感に追い打ちをかけるみたいに周りの冷たい視線や無遠慮な悪意ある言葉が刺さって、私は余計に厚い壁を作るようになった。心を攻撃から守るために自分だけの要塞を築いて、そこに閉じこもっていれば安心と思えた。一部の人以外、誰のことも信じられなかった。
誰も助けてはくれない、みんな私を嫌っていると思い込んでいた。だけど違った。何があっても変わらず私を受け入れて、愛してくれる人はいる。オーシャンやエイヴェリー、そしてエメラルドなどバンドメンバーたち……。みんなにはすごく励まされて助けられたし、感謝してる。愛とか友情とは少し違うかもしれないけど、ルゥ先輩だってためになる助言をくれた。
もしかしたらトーマは自分の死によって、ユーリに愛とは何かを気づかせようとしていたんじゃないか。トーマみたいに自分を受け入れ理解してくれ、愛してくれる人はいるということ。
そして閉ざした心を解き放ちさえすれば、ユーリが傷付いたエーリクを支えたみたいに、他者を見返りなく愛することができると教えたんじゃないだろうか。
ルゥ先輩のことを鬱陶しいと感じていたけれど、私は彼女に感謝しないといけないのかもしれない。少なくとも、彼女がいなければ、あの漫画を貸してくれなければこのことに気づけなかったのだから。
ソラの家に行った。出てきたのはソラのお母さんで、私の顔を見て一瞬驚いたようだったけど、すぐに安心したみたいに微笑んだ。ソラによく似た黒い髪をした、優しそうなお母さんだった。事情を知っているだろうから、てっきり怒られるだろうと覚悟していた分拍子抜けした。
「来てくれてありがとう。入って」
最初にリビングに通された。少しして温かいゆず茶とチョコパイが出てきた。フランスではゆず茶はあまり馴染みがないけれど、韓国ではよく飲まれている飲み物らしい。少し冷ましてから口をつけたら、甘酸っぱくて美味しかった。
ソラのお母さんは二階でソラと話しているみたいだった。間も無く戻ってきて、「着替えたいっていうから、あと少しだけ待って」と言われた。
「ソラから聞いていたわ。彼女はあなたのことをすごく特別に感じていたみたい。彼女のことであなたに辛い思いをさせたこと、すごく申し訳なく思ってるわ」
ソラのお母さんを謝らせてしまったことが、逆に申し訳ないと感じた。だから、「私の方こそ、ソラを傷つけてしまってすみませんでした」と謝った。ソラのお母さんは「いいのよ、年頃の女の子同士だもの。色々あって当たり前」と柔らかく微笑んだ。
十分ほどして、「いいよ」という声がニ階からした。
ソラの部屋に入るのは、一ヶ月ぶりだった。
相変わらずよく片付いていて、苺の柄の掛け布団がすごく可愛い。(G)-IDLEという韓国の女性グループのポスターが壁にかけてある。前にソラに勧められて聴いたら、すごくクールだったっけ。ソラはソヨンっていうリーダーの女の子にすごく憧れていた。ラップがすごく上手くて、作曲も歌もダンスも何でもできる凄い人らしい。
ソラに言われるまま、座布団の敷かれた床に腰掛けた。ソラは向かいのベッドに座った。ソラは躊躇いがちに私に微笑みかけたあと、尋ねた。
「手紙、読んでくれた?」
私は頷いた。
「読んだわ。あなたの気持ち、よく伝わった」
安心したみたいにソラは微笑んだ。私も笑い返した。
「告白された時、揶揄われたみたいな気持ちになって、頭に来てあんなことを言ってしまったの。あなたは傷ついたと思う。本当にごめん」
「ううん」とソラは首を振った。
「あなたが嫌がることをした私が悪いから」
オーシャンに言われた言葉がふと頭に浮かんだ。このことを、今日彼女に一番に伝えたかった。自分が楽になるためかもしれない。だけど、ソラの気持ちも楽になればいいと思ったから。
「どっちも悪くない。それでよくない?」
泣き出しそうな顔でソラは笑った。そして、涙を一度拭って言った。
「ずっと、あなたのことが大好きだったの。いつか振り向いてくれるかもしれないって思って好きって伝えてたけど、あなたは気づかなかった。当たり前よね、女の子同士だもの。恋愛感情かどうかなんて、言わなきゃすぐにはわからないし」
ソラの気持ちに気づかなかったのは、女の子同士だからというよりも私が超絶に鈍かったせいだ。もしも男の子が相手だっとしても同じ。
ずっと真っ直ぐに想ってくれていた彼女の気持ちに気づけなかったことが、すごく申し訳なかった。
「ごめん、女の子同士っていうより私が鈍感だったの。オーシャンにもよく言われるのよ、私は鈍いって」
「そうね、確かにあなたは鈍い」
私が吹き出したら、ソラも笑った。なんだかほっとした。気付いたら、すっかり前みたいな感覚に戻っていた。ソラが悪い子じゃないことも、悪気があったわけじゃないことも知っていたのに、どうして今まで意固地になって話そうとしなかったんだろう。何でも難しく考えすぎるといいことない。
最後に、彼女に返さなければいけない答えを伝えた。何を言ったって彼女は傷つくだろう。だって、すごく好きな相手から同じ気持ちじゃないと言われるんだから。
でも言わないと彼女は前に進めない。エイヴェリーだって、長い間ロマンを想って泣き続けていた。あの時は見ているのも痛々しいくらいだったけれど、ちゃんと気持ちを伝えたあとは、友達に支えられながら楽しい毎日を送っている。ロマンの気持ちは分からないままだったみたいだけれど、それはそれだ。
だから私は伝えた。前みたいにソラが塞ぎ込んでしまわないように、バスの中でずっと考えていた台詞を。
「あなたの告白への答えだけど‥‥‥私の答えとしてはNOなの。あなたのことは好きだけど、やっぱり友達としてで、それ以上ではない」
「うん」
ソラは頷いた。寂しそうな目をしていたけど、こう言われることをずっと前から覚悟していたみたいだった。
「でもずっと友達でいたいの。あなたが学校にいないとつまらないし、みんなでまたバンドの練習もしたいし」
「私もあなたとは友達でいたい。それが一番の願いよ」
私はソラを抱きしめた。ソラも私を抱きしめ返してくれた。もう私たちは大丈夫だと思えた。前のようにお互いの家を行き来して、エメラルドと三人で特製のレモネードを作って笑い合える仲に戻れると。
「それと、エイヴェリーのことだけど……」
彼女とは友達で、街で腕を組んで歩いていたことに深い意味はなかった。そう説明しようとした私の言葉を遮って、ソラが言った。
「知ってるわ、彼女のことが好きなんでしょう?」
前までなら、ここですぐにNOと答えられたはずだったのに、今日は言えなかった。返答に詰まってしまった私に、ソラは悲しそうに笑いかけた。
「やっぱり鈍いわ、あなたは。他人の気持ちにも自分の気持ちにも」
ソラはそれ以上何も言わなかった。その代わりに、「今日は来てくれて本当にありがとう。話せてよかった」と、いつもの柔らかい子どもみたいな笑顔を見せた。
帰る時、玄関の前で私は彼女に声をかけた。
「来れそうだったら、学校に来てね」
「うん。随分勉強も練習も遅れちゃってるから、頑張って取り戻さないと」
ソラの笑顔が戻ったことが、こうしてお互いの本音を伝え合えて、前みたいに話せていることがすごく嬉しかった。
何よりソラが生きていてくれてよかった。彼女がもしトーマみたいに自殺してしまっていたら、私はユーリみたく一生悔やんだだろう。私が彼女に言ってしまったこと、謝ることができなかったことを。
ユーリはトーマが死んで、あまりの悲しみと罪悪感で心を閉ざすようになってしまう。
思えばこの頃の私もそうだった。ソラを振ってしまい、クラスメイトたちから非難の目を向けられ、挙句ソラが死のうとしたことを聞かされ後ろめたさで心を閉ざしていた。何か聞かれても関係ないと突っぱね、誰も理解してくれないと決めつけて自分の殻に篭ろうとした。
ソラが死のうとしたことが悲しかった。私が彼女に言ってしまったことが原因だと分かっていたから余計。罪悪感に追い打ちをかけるみたいに周りの冷たい視線や無遠慮な悪意ある言葉が刺さって、私は余計に厚い壁を作るようになった。心を攻撃から守るために自分だけの要塞を築いて、そこに閉じこもっていれば安心と思えた。一部の人以外、誰のことも信じられなかった。
誰も助けてはくれない、みんな私を嫌っていると思い込んでいた。だけど違った。何があっても変わらず私を受け入れて、愛してくれる人はいる。オーシャンやエイヴェリー、そしてエメラルドなどバンドメンバーたち……。みんなにはすごく励まされて助けられたし、感謝してる。愛とか友情とは少し違うかもしれないけど、ルゥ先輩だってためになる助言をくれた。
もしかしたらトーマは自分の死によって、ユーリに愛とは何かを気づかせようとしていたんじゃないか。トーマみたいに自分を受け入れ理解してくれ、愛してくれる人はいるということ。
そして閉ざした心を解き放ちさえすれば、ユーリが傷付いたエーリクを支えたみたいに、他者を見返りなく愛することができると教えたんじゃないだろうか。
ルゥ先輩のことを鬱陶しいと感じていたけれど、私は彼女に感謝しないといけないのかもしれない。少なくとも、彼女がいなければ、あの漫画を貸してくれなければこのことに気づけなかったのだから。
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