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43. ハバネロチップス
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警官たちが帰ったあと、無言でベッドに横たわる私にルーシーが声をかけた。自販機でスナックを買ってきてくれたらしい。私の好物のハバネロチップスの袋を指で摘んでひらひらと目の前にちらつかせた。起き上がって受け取り、袋の口をあけルーシーにも食べるように促した。2人のポテトチップスを噛み砕くバリバリという音だけが白い壁に囲まれた病室に響く。
「さっきのあなたたちのやりとり外で少し聞いてたけど、よくあんなんで警官やってられるわね」
ルーシーは呆れたみたいにため息をついた。
「本当。世の中って腐ってる」
酔っ払い男が突然近寄ってきたとき、あの女性の目が恐怖に見開かれたのを確かに見た。彼女の抱いた感情を考えると胸が痛む。あの女性だけじゃない。誰だってあちら側にーー差別される側に立つことはあり得るのだ。私だってルーシーだって、タケオやジョーダンやケイシーだって。
「私がご飯に誘わなければこんなことにならなかったのに。本当にごめんね」
ルーシーが悲しげに俯いた。
「あなたのせいじゃない。たまたま私たちの目の前であの事件が起きたってだけ。それに、あなたが私を誘ってなきゃあの女の人は殴られてた」
私は今にも泣き出しそうなルーシーの冷たい左手をそっと握る。一体、心が温かい人は手が冷たいと最初に言ったのは誰だったんだろう。その人の言うことは当たっている。
ルーシーは涙で滲んだ瞳で私を見つめた。
「私はあなたのような勇気ある行動はできなかった。怖くて身が竦んで何もできなくて……ただ見ていただけだった。いつもそうなのよ。誰かと一緒に陰口を言ったり虐めたりしない代わりに、嫌われることが怖くて注意もせずただ傍観してるだけ。臆病で役立たずの自分がつくづく嫌になったわ」
ルーシーの表情にはこれまで彼女がとってきた行動への後悔と自責の念が垣間見える。
「大体の人はそうだし、私だっていつもはそう」
これまでの人生で見過ごしてきた理不尽なことの数々が思い起こされて、苦い気持ちが湧き上がる。私は祖父のように特別に正義感が強いわけでも、身を挺して誰かを守るような勇気があるわけでもない。心の強さを持たない私に人が救えるはずがない、それはそのような使命を担った別の誰かの役割で、きっと私ではないのだとずっと思っていた。過去の私だってあの警官たちと同じだ。目の前の危険や痛みを引き起こすような物事を避けることで、理不尽な世の中と向き合うことから逃げたかったのかもしれない。だがあのときカフェでとった行動は本当に咄嗟で、逃げるという思考の介在する余地などなく不思議と恐怖は感じなかった。
「あのときのあなたは、すごくカッコ良かったわ」
スーパーガールのようなヒーローになるつもりなど一切なかったけれど、ルーシーにこんな風に誉めてもらえるのは素直に嬉しい。
ルーシーが帰ったあとぼんやりとベッドの中で白い壁を見つめながら思う。この世の中はこじれている。色とりどりの思惑や感情が渦巻いて、問題を解決するどころかどこまでもややこしくしている。そんな世界で一体何を頼りに生きれば良いのか。その問いかけに答えられるようになるのはきっともっと先だろう。
「さっきのあなたたちのやりとり外で少し聞いてたけど、よくあんなんで警官やってられるわね」
ルーシーは呆れたみたいにため息をついた。
「本当。世の中って腐ってる」
酔っ払い男が突然近寄ってきたとき、あの女性の目が恐怖に見開かれたのを確かに見た。彼女の抱いた感情を考えると胸が痛む。あの女性だけじゃない。誰だってあちら側にーー差別される側に立つことはあり得るのだ。私だってルーシーだって、タケオやジョーダンやケイシーだって。
「私がご飯に誘わなければこんなことにならなかったのに。本当にごめんね」
ルーシーが悲しげに俯いた。
「あなたのせいじゃない。たまたま私たちの目の前であの事件が起きたってだけ。それに、あなたが私を誘ってなきゃあの女の人は殴られてた」
私は今にも泣き出しそうなルーシーの冷たい左手をそっと握る。一体、心が温かい人は手が冷たいと最初に言ったのは誰だったんだろう。その人の言うことは当たっている。
ルーシーは涙で滲んだ瞳で私を見つめた。
「私はあなたのような勇気ある行動はできなかった。怖くて身が竦んで何もできなくて……ただ見ていただけだった。いつもそうなのよ。誰かと一緒に陰口を言ったり虐めたりしない代わりに、嫌われることが怖くて注意もせずただ傍観してるだけ。臆病で役立たずの自分がつくづく嫌になったわ」
ルーシーの表情にはこれまで彼女がとってきた行動への後悔と自責の念が垣間見える。
「大体の人はそうだし、私だっていつもはそう」
これまでの人生で見過ごしてきた理不尽なことの数々が思い起こされて、苦い気持ちが湧き上がる。私は祖父のように特別に正義感が強いわけでも、身を挺して誰かを守るような勇気があるわけでもない。心の強さを持たない私に人が救えるはずがない、それはそのような使命を担った別の誰かの役割で、きっと私ではないのだとずっと思っていた。過去の私だってあの警官たちと同じだ。目の前の危険や痛みを引き起こすような物事を避けることで、理不尽な世の中と向き合うことから逃げたかったのかもしれない。だがあのときカフェでとった行動は本当に咄嗟で、逃げるという思考の介在する余地などなく不思議と恐怖は感じなかった。
「あのときのあなたは、すごくカッコ良かったわ」
スーパーガールのようなヒーローになるつもりなど一切なかったけれど、ルーシーにこんな風に誉めてもらえるのは素直に嬉しい。
ルーシーが帰ったあとぼんやりとベッドの中で白い壁を見つめながら思う。この世の中はこじれている。色とりどりの思惑や感情が渦巻いて、問題を解決するどころかどこまでもややこしくしている。そんな世界で一体何を頼りに生きれば良いのか。その問いかけに答えられるようになるのはきっともっと先だろう。
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