ロマンドール

たらこ飴

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67. ラストシーン

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 そうこうしているうちに最後のシーンの撮影が始まった。真実を知ったポーラが港へ向かい、巨大なサンマ漁船に乗り込もうとしたゴンゾウと向かい合うシーンだ。ちなみにこのサンマ漁船はチャドが知人の漁師から撮影のためだけに借りたものだ。

 ポーラはゴンゾウを犯罪者と疑っていたことを謝り、ゴンゾウはそれを優しく受け止める。そして彼はサンマ漁船の看板の上からポーラに手を振る。だが出港直前に駆けつけた警官たちによって船が取り囲まれる。ダニエルをはじめとする警官たちが銃を構え車から降りてきて船内に突入し、人攫いの人間たちを外に引き摺り出し、異国に売られようとしていた若い女性たちを助け出す。

 その流れに乗じてゴンゾウはサンマ漁船から降りる。ポーラとゴンゾウはそこで亡き母の夢だった日本料理店を兄妹で開こうと誓い合う。

 最後ブルーベルの作詞作曲した"The Morning Comes"(朝は来る)という曲が流れミュージカルが始まる。テトラポットの影やらその辺に停泊されている魚船の中やら謎の小屋の中やら、あちらこちらから俳優たちと一般人がぞろぞろと登場し、港で歌って踊っての騒ぎになる。


朝は来る 

この街に日がのぼる

誰の心にも朝が来る

悲しみに暮れても

夜は明ける 

血が流されようとも

明日は来る

信じる心を失い

飢えに苦しみ

傷つき

恐怖に支配されても

遥か彼方

遠い国にも

朝が来る


 皆で歌って踊り、撮影が終了した時に思った。

 ミュージカルも悪くないなと。

 最終日は皆で記念撮影をし、個性豊かな一般人と一緒に広い屋敷の中でお祝いをした。少し前まで知らない者同士だった私たちの間には不思議で温かい絆が芽生えていた。讃美歌を歌う5歳の女の子の次にサンバを披露するブラジル人女性、火吹き芸を披露する大柄なハワイ人男性ーー。酔っ払いジョークを飛ばし合い騒ぐ人々、映画について熱く語るチャドとルーカスの脇で鼻から牛乳を飲んでみせるタケオ、酔ってジョーダンにうざ絡みしながら失恋について打ち明け泣くニコル。

 楽しい時間はあっという間に過ぎてゆく。

「もう終わりなんだと思うと寂しいわ、忙しかったけどすごく楽しかったから」

 私の横でルーシーは言った。

「そうだね、すごくあっという間に過ぎて名残惜しい」

 タケオの棒読みに何度も笑いかけたし、ミュージカルラストで揉めたり一般人たちと仲良くなったり、とにかく有意義で充実した日々だった。この賑やかな日々のことをしばらく夢に見るだろうと思った。

 撮影の全てが終わり、この自主制作の映画が試験的にYouTubeにアップロードされた。タイトルがずっと決まっていなかったのだが『リンク』に決まった。もちろん和製ホラー映画『リング』のパクリでもオマージュでもない。

 当初全く期待していなかったにも関わらず、『リンク』の再生回数は1日で1万回を超え、1週間で10万回、気づいた時には100万回を突破していた。コメント欄にはそれぞれ違う言語のコメントが書き込まれた。

『ゴンゾウが凄い棒読みで笑った』

『主役のメイドの子も怖がりの伯爵もいい味出してる』

『最後踊ってる一般人たちが濃い』

『面白い、期待してなかったがなかなかの良作だ!』

『皆頑張れ!』

 一部に批判や中傷はあるものの、心が温かくなるようなメッセージがほとんどで読むたびに励まされた。

「これはひょっとしたらひょっとするかもしれないぞ」

 ある日ジョーダンと私の家にやってきたタケオが、私のタブレットで映画のコメントをみて言った。

「賞取れちゃうかもね!」

 ジョーダンも目を輝かせた。

 このとき映画の再生回数は1億回を突破していた。
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