ロマンドール

たらこ飴

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66. ダニエル

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 1ヶ月が過ぎた頃、ある男性が撮影場所を訪れた。警官役として急遽映画に出演することに決まったというその男性の顔を見て驚いた。何故なら彼はあの銃撃事件の被害者だったからだ。

 彼の名前はダニエルといった。彼は私の顔を覚えていて真っ先に声をかけてくれた。

「撃たれたあと意識は朦朧としてたが、俺を撃った奴の車のナンバーと君が医者を連れてきてくれたことを覚えている。本当に助かったよ、ありがとう。君は命の恩人だ」

 彼はそう言って私の手を握った。筋張った逞しい大きな手だった。

「当たり前のことをしたまでです。それより……」

 私は躊躇いがちに次の台詞を発した。

「よく映画に出る気になりましたね、あんなことがあった後で……」

 ダニエルは笑顔で何度か頷いた。

「退院したばかりでリハビリがてら家のすぐ近くのスーパーで買い物をしていたときに、たまたま監督にスカウトされたんだ。俺のガタイと見た目が警官っぽいからだとよ。最初は断ったが、あんまりしつこいんで折れた。だがいい気分転換になりそうだ。家にいてもあの時のことがフラッシュバックして頭がおかしくなりそうだったからな」

 確かに筋肉質の身体と威厳のある雰囲気は警官役にピッタリではある。

「今もPTSDに悩まされてるよ。外に出るのが怖くてな。撃たれたときのことを思い出して夜中に飛び起きたり、突然傷口が痛むときもある。何で俺ばかりこんな目に、と絶望したよ。一生この経験を背負っていくのかと……俺の人生はあの犯人のせいで台無しになったと恨んだりもした。だがこの映画に誘われて思ったんだ。いつまでも被害者ではいたくない、まずは俺にできることをやろうと。それに元々警官役を一度やってみたかったんだ、悪を懲らしめるヒーローってやつをな」

 満面の笑みを浮かべて見せるダニエルはまさしく勇者だ。RPGに出てくる強い魔物ばかりの洞窟の中スウェット姿で一人戦う彼がいたら、私は真っ先に援護射撃をするだろう。

 バックダンサーの一般人はメキシコ系、アジア系、アラブ系など様々な人種の人たちが一様に介していた。一緒に歌ったり踊ったりしていると不思議と一体感が生まれ、性別も肌の色も職業も、一般人も映画関係者も関係なく打ち解けていくのが不思議だった。

 ある日はペルー人女性のサンポーニャの演奏に合わせて歌い、ジャグラー老人の神業に歓声を上げた。映画の撮影を通して出演者の間にありとあらゆる垣根を超えた不思議な絆が生まれつつあった。一人一人がお互いの違いを自然に受け入れ、ここに存在することが当たり前だという空気感はとても心地よく、この空気がそのまま映画から伝わっている気がしたし伝わっていればいいと思った。もし思い切ってミュージカルをやっていなければこんな経験をすることはなかっただろう。このアイデアを出してくれたタケオとジョーダンに感謝したし、できないと決めつけないで取り組んでみて本当に良かったと思った。

 撮影も後半に差し掛かったある日、休憩時間にブルーベルと2人で話す機会があった。彼女はルーシーのことを気にかけていたみたいだった。撮影場所で会うと2人は以前のように笑顔で話してはいたが、お互いに苦い感情を噛み殺しているのではないかという懸念があった。

「ずっと気になってたの、ルーシーのことが」

 ブルーベルは言った。私はペットボトルの水に口をつけながら彼女の言葉に耳を傾けた。

「ルーシーは強がりで一見明るく見えるけど、本当はすごく繊細で脆いところがある。私が振ったことで気持ちが落ちてないかすごく心配だった。メールをしようにも動揺させてしまうんじゃないかって思うとなかなか……。だけど彼女に会って話してみて、思ったより大丈夫そうで安心した」

「人って案外強いよ」

 この言葉は、私を取り巻くここ数ヶ月間の様々な出会いや衝撃的な出来事によって生み出されたものなのかもしれなかった。

「弱いようで強い。もうダメだ、限界だって思ってたとしてもノックアウト寸前で立ち上がれたりする。ルーシーはきっと大丈夫。もし大丈夫じゃなくなったとしても私が大丈夫にするから」

 柄にもないクサい台詞を吐いた私に、ブルーベルはほっとしたような笑顔を向けた。

「あなたがルーシーの近くにいてくれて本当に良かった。
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