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63. 歪な正方形
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撮影が終わり帰り際、ニコルとウミが裏庭で深刻な雰囲気で話をしているのが目に入った。ニコルは何やら感情的に捲し立てているが、ウミはニコルに見たこともないような冷たい表情を向け、早くこの話を終わらせたいと思っているかのようだった。立ち去るニコルの目には涙が浮かんでいた。ウミは短めの髪を気怠そうに掻き上げ大きくため息をついた。
躊躇いながら近づいていくと、ウミはうんざりした顔で「こんなことばっかだよ」と吐き捨てた。
「モテる女は辛いね」
少しでもウミの気分を和らげようとミシェルと同じ台詞をかけたがウミは否定も肯定もせず、微かに顔を歪ませただけだった。
「彼女と付き合いたいわけじゃなかった。友達に連れられてパーティーにやってきて、連絡先教えろってしつこかったから教えた。言われるがまま仕方なく付き合ってみたけどやっぱり無理だった。好きでもない相手から求められれば求められるほど、重荷になって逃げたくなる。早くこんな関係終わってしまえばいいって思う」
聞いてもいない馴れ初めから別れるまでの経緯を話すウミの目は、全く興味のない集中講義を3時間聴かなければいけない時のように虚ろだ。
ウミを責める資格は、彼女と同じようなことを繰り返してきた私にはない。ウミの冷たさは内面の冷たさというよりかは、相手に対する関心の薄さから来ていることも理解出来る。一方で、わずかながらであるがニコルに対する同情もおぼえる。彼女のことが好きなわけでは決してない。だがお互いの矢印が重なり合わなかったというだけで、彼女は彼女なりに一途にウミを思っていて、その気持ちがウミにとっては重いと感じるような行動に繋がってしまった。結果ウミの心を余計に遠ざけることとなってしまったのだろう。
「あなただったら良かったのに」
ウミがつぶやく。彼女は遠くを見たまま言葉を紡ぐ。
「告白して来たのが、あなただったら良かった」
「何じゃそりゃ」
「だけど分かるんだ」
ウミはどこか悲しげな表情で続ける。
「あなたは私を好きにならないって」
言葉を返すことができずただ立ち尽くす私にウミの視線が向けられる。友人は諦めと悲しみの入り混じった表情で微笑んでいる。
「変だよな。自分が好きな相手には振り向いてもらえない癖に、興味のない人間にばかり好かれる。本当に欲しい物は手に入らない。例え相手のために全てを捨ててもいいと思うくらいに愛していたとしても」
ウミの言葉はただ胸を締め付けるばかりだ。なぜウミは私なのか。そして、私はなぜルーシーなのか。なぜルーシーはブルーベルで、そのどれもが叶わぬ恋なのか。きっとこれも、どれだけ探しても答えが見つからない問いの一つだ。
「あなたの気持ちへの答えになるのかは分からないけど……」
私は口を開いた。ここで何かを言わなくては、ウミは苦しい心を抱えたままだろう。
「あなたといると凄く救われる。あなたは私の同志だし分かり合える大切な仲間だよ。気持ちはすごく嬉しいし、逆に何で私なのかな? とも思う。でもそんなの誰にも分らない。分かってるのは、今あなたが伝えてくれた気持ちだけ」
ウミの瞳から涙がこぼれる。それは自分の思いが叶わぬことを確信した失望の涙なのか、もしくはこれまで抑えていた感情の結晶か。
ウミの両腕が私を強く抱きしめる。啜り泣きが耳の中で切なく木霊する。
「もう何も言わないでくれ」
言葉の続きを聞くことを拒否するように、ウミの震える声が言う。
ああ、私はまた人を泣かせている。この間は両親を泣かせて、ルーシーのことも泣かせて、今度はウミを泣かせている。子供の頃は誰かを泣かせることは悪いことだと思っていた。近所の子供を公園で意図せずに泣かせてしまったとき、見ていた母にこっぴどく叱られた。今回はきっと誰も悪くない。それなのに、こんなに罪悪感が湧き出てくるのは何故なのか。
きっと私もウミのことが大切なのだ。その大切はウミとは違う色と形をしているけれど。
ごめんという言葉が口をついて出そうになる。だがここで謝ることはかえって目の前の友人を傷つけることになりはしまいか。それならどのような言葉をかけることが適切なのか。
「私にも好きな人がいるんだ」
私は言った。ウミは私からゆっくりと手を離し、涙で滲んだ瞳を向けた。その瞳から発せられる悲しみの色は先ほどよりも濃い。
「だけどその人には忘れられない人がいる。つまり片想いなわけ。だけどそれでもいいの。カッコつけたことを言ってしまえば、その人が悲しんでなければそれでいいっていうか。私を笑いのネタにでもして楽しんでくれてればいいとすら思う」
「羨ましいね、あなたに思ってもらえるその人は」
ウミはまた寂しげに笑う。
「気持ちが交わることってなかなかないんだよ。交わるかどうかよりも、それまでの過程が大切なのかも」
恋愛についての自分の考えをこうして話すことになるなんて、半年前の私には考えられないことだった。そのあとで笑顔を作って締め括った。
「とりあえず、これからも仲良くしてちょうだい」
肩を強めに叩くと、ウミは痛い、と声を上げ少しだけ綻んだ顔を見せた。
躊躇いながら近づいていくと、ウミはうんざりした顔で「こんなことばっかだよ」と吐き捨てた。
「モテる女は辛いね」
少しでもウミの気分を和らげようとミシェルと同じ台詞をかけたがウミは否定も肯定もせず、微かに顔を歪ませただけだった。
「彼女と付き合いたいわけじゃなかった。友達に連れられてパーティーにやってきて、連絡先教えろってしつこかったから教えた。言われるがまま仕方なく付き合ってみたけどやっぱり無理だった。好きでもない相手から求められれば求められるほど、重荷になって逃げたくなる。早くこんな関係終わってしまえばいいって思う」
聞いてもいない馴れ初めから別れるまでの経緯を話すウミの目は、全く興味のない集中講義を3時間聴かなければいけない時のように虚ろだ。
ウミを責める資格は、彼女と同じようなことを繰り返してきた私にはない。ウミの冷たさは内面の冷たさというよりかは、相手に対する関心の薄さから来ていることも理解出来る。一方で、わずかながらであるがニコルに対する同情もおぼえる。彼女のことが好きなわけでは決してない。だがお互いの矢印が重なり合わなかったというだけで、彼女は彼女なりに一途にウミを思っていて、その気持ちがウミにとっては重いと感じるような行動に繋がってしまった。結果ウミの心を余計に遠ざけることとなってしまったのだろう。
「あなただったら良かったのに」
ウミがつぶやく。彼女は遠くを見たまま言葉を紡ぐ。
「告白して来たのが、あなただったら良かった」
「何じゃそりゃ」
「だけど分かるんだ」
ウミはどこか悲しげな表情で続ける。
「あなたは私を好きにならないって」
言葉を返すことができずただ立ち尽くす私にウミの視線が向けられる。友人は諦めと悲しみの入り混じった表情で微笑んでいる。
「変だよな。自分が好きな相手には振り向いてもらえない癖に、興味のない人間にばかり好かれる。本当に欲しい物は手に入らない。例え相手のために全てを捨ててもいいと思うくらいに愛していたとしても」
ウミの言葉はただ胸を締め付けるばかりだ。なぜウミは私なのか。そして、私はなぜルーシーなのか。なぜルーシーはブルーベルで、そのどれもが叶わぬ恋なのか。きっとこれも、どれだけ探しても答えが見つからない問いの一つだ。
「あなたの気持ちへの答えになるのかは分からないけど……」
私は口を開いた。ここで何かを言わなくては、ウミは苦しい心を抱えたままだろう。
「あなたといると凄く救われる。あなたは私の同志だし分かり合える大切な仲間だよ。気持ちはすごく嬉しいし、逆に何で私なのかな? とも思う。でもそんなの誰にも分らない。分かってるのは、今あなたが伝えてくれた気持ちだけ」
ウミの瞳から涙がこぼれる。それは自分の思いが叶わぬことを確信した失望の涙なのか、もしくはこれまで抑えていた感情の結晶か。
ウミの両腕が私を強く抱きしめる。啜り泣きが耳の中で切なく木霊する。
「もう何も言わないでくれ」
言葉の続きを聞くことを拒否するように、ウミの震える声が言う。
ああ、私はまた人を泣かせている。この間は両親を泣かせて、ルーシーのことも泣かせて、今度はウミを泣かせている。子供の頃は誰かを泣かせることは悪いことだと思っていた。近所の子供を公園で意図せずに泣かせてしまったとき、見ていた母にこっぴどく叱られた。今回はきっと誰も悪くない。それなのに、こんなに罪悪感が湧き出てくるのは何故なのか。
きっと私もウミのことが大切なのだ。その大切はウミとは違う色と形をしているけれど。
ごめんという言葉が口をついて出そうになる。だがここで謝ることはかえって目の前の友人を傷つけることになりはしまいか。それならどのような言葉をかけることが適切なのか。
「私にも好きな人がいるんだ」
私は言った。ウミは私からゆっくりと手を離し、涙で滲んだ瞳を向けた。その瞳から発せられる悲しみの色は先ほどよりも濃い。
「だけどその人には忘れられない人がいる。つまり片想いなわけ。だけどそれでもいいの。カッコつけたことを言ってしまえば、その人が悲しんでなければそれでいいっていうか。私を笑いのネタにでもして楽しんでくれてればいいとすら思う」
「羨ましいね、あなたに思ってもらえるその人は」
ウミはまた寂しげに笑う。
「気持ちが交わることってなかなかないんだよ。交わるかどうかよりも、それまでの過程が大切なのかも」
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「とりあえず、これからも仲良くしてちょうだい」
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