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ラブソング
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翌朝、チャラ男は三人の仲間を連れてやってきた。肩には赤いギターがかけられている。ニット帽の男もいて、大きなドラムの後ろの椅子に腰掛けている。他の二人はキーボードとベースらしい。
「ケイティちゃんに向けて歌います、聞いてください!! "Only you!!"」
下手くそなギターの前奏の後、チャラ男はマイクに向かって大声で歌い始めた。私はいつものように、台所の窓からその様子を見ていた。
「♬ああ~俺のKaty、躊躇わないでlady、my sweet baby、君は僕のangel、アルプスで歌うのはヨーデル、俺が欲しいのはyour love、君はshy girl、だけど今すぐsay yes!!」
「うるせーんだよチャラ男!!」
寝巻き姿の姉がどすどすと歩いて行き、チャラ男の着ているシャツの後ろ首を掴んだ。他の三人は青い顔で呆然としている。
「誰だおめーは!! 俺が会いたいのはケイティちゃんなんだよ!! ケイティちゃんを出せ、くそったれ!!」
手脚をばたつかせるチャラ男と、チャラ男を睨みつける姉。何の騒ぎだと家から出て来る近隣住民たち。
「これ以上ケイティちゃんにつきまとうなら、私はお前を警察に突き出すぞ!! それでもいいのか?!え?!」
「突き出せるもんなら突き出してみやがれ!! 警察なんて怖くねー!!」
「お前な、自分がどんだけ近所迷惑になってるか分かってんのか?! 朝っぱらから下手くそな歌聴かせられるこっちの身にもなれ!!」
「下手くそだと?! この歌はな、俺がケイティちゃんのために魂を込めて作ったんだ!! 俺の愛の結晶なんだよ!!」
「二人ともやめてください!!」
そこに走っていくパジャマ姿のケイティ。私は母のサンダルを履き、慌てて勝手口から飛び出した。
「ケイティちゃん!! 待ってたよ、ケイティちゃん!! どうして今まで姿を見せてくれなかったんだい? 僕を焦らしていたのかい?!」
目をハートにして喜ぶチャラ男。彼を近づかせないように全力で押さえつける姉。
「チャラ男さん……気持ちは嬉しいんですが、私には好きな人がいます。なので、あなたの気持ちには答えられません。ごめんなさい」
「そんな……そんなああ~」
地面に頽れて泣き出すチャラ男。目からは涙が、鼻からは鼻水がドバドバと溢れ出している。
「だけど、チャラ男さんみたいに誰かに気持ちを素直に伝えられるのはすごいと思います。私はすごく臆病なので、羨ましくなりました。私なんかを好きになってくれて、ありがとうございます」
ケイティの言葉に、チャラ男はズビズビと鼻水を啜りながら泣いている。何故か後ろのバンドメンバー三人も泣いている。姉はその様子を顔を顰めて見ている。
「ケイティちゃん...。俺は君を諦めないよ、例え君に好きな人がいようとも君を...」
「オメーらさっさと帰れ!!」
姉に怒鳴りつけられた他の三人が逃げ出すも、チャラ男は未だ立ち去る気配はない。
「チャラ男さん、気持ちは嬉しいんですが、ここで叫んだり歌ったりするのは近所の人たちが困るので、やめてください」
ケイティに優しく嗜められ、チャラ男はむしろ嬉しそうに微笑んだ。
「うん、うん、分かったよケイティ。これからは君にだけ聞こえるように愛を囁くことにするよ、マイベイビー」
何かを勘違いしているらしいチャラ男は、「またねハニー」と手を振って去った。やれやれと言いながら家に戻る近隣住民たちと、立ち尽くす私たち家族。ケイティは「ご迷惑おかけしました」と日本式に頭を下げた。
「悪いのはケイティじゃないわ、あのチャラ男よ」
いつまでもケイティを諦める気配のないチャラ男に苛立ちながら、内心羨ましいと思っている自分がいる。彼は誰の目も気にすることなく、恥ずかしがるそぶりも見せず堂々とケイティに愛を伝えている。どうしたらあんなふうに素直になれるのだろう。私はケイティともう一年近く関わっていても、未だに気持ちを伝えられていないというのに。
「あーあ、朝から疲れた。飯、飯」
姉は肩をぐるぐる回しながら家に入っていく。
「ご飯にしましょう」
朗らかな笑顔で母が言って、「そうだな」と父も続く。
ーー参ったな。
何が参ったって、日本に来てからというもの、ケイティがやたらとモテてしまっていることだ。ケイティの魅力は私だけが分かっていればいいと思っていた。この柔らかいお腹も、触るともちもちして気持ちいい頬の感触も、癒し以外の何者でもないほんわかした笑顔もーー。私の前でだけ効力を発揮すればいいと。それが今や、トウマだけでなくチャラ男までもが夢中になってしまっている。トウマは私を応援すると言ってくれたからいいけれど、二人以外にも彼女を好きになる人間が現れないとも限らない。
あと、ケイティがさっき好きな人がいると言っていたことが無性に気になる。私じゃなかったとしたら、クラスメイトの誰かだろうか? 私以外でよく彼女の側にいるのはーーメグ? それともリアナ? まさかオーシャンだろうか? 考えていると目が回りそうだったので、家に戻ってご飯を食べることにした。
「ケイティちゃんに向けて歌います、聞いてください!! "Only you!!"」
下手くそなギターの前奏の後、チャラ男はマイクに向かって大声で歌い始めた。私はいつものように、台所の窓からその様子を見ていた。
「♬ああ~俺のKaty、躊躇わないでlady、my sweet baby、君は僕のangel、アルプスで歌うのはヨーデル、俺が欲しいのはyour love、君はshy girl、だけど今すぐsay yes!!」
「うるせーんだよチャラ男!!」
寝巻き姿の姉がどすどすと歩いて行き、チャラ男の着ているシャツの後ろ首を掴んだ。他の三人は青い顔で呆然としている。
「誰だおめーは!! 俺が会いたいのはケイティちゃんなんだよ!! ケイティちゃんを出せ、くそったれ!!」
手脚をばたつかせるチャラ男と、チャラ男を睨みつける姉。何の騒ぎだと家から出て来る近隣住民たち。
「これ以上ケイティちゃんにつきまとうなら、私はお前を警察に突き出すぞ!! それでもいいのか?!え?!」
「突き出せるもんなら突き出してみやがれ!! 警察なんて怖くねー!!」
「お前な、自分がどんだけ近所迷惑になってるか分かってんのか?! 朝っぱらから下手くそな歌聴かせられるこっちの身にもなれ!!」
「下手くそだと?! この歌はな、俺がケイティちゃんのために魂を込めて作ったんだ!! 俺の愛の結晶なんだよ!!」
「二人ともやめてください!!」
そこに走っていくパジャマ姿のケイティ。私は母のサンダルを履き、慌てて勝手口から飛び出した。
「ケイティちゃん!! 待ってたよ、ケイティちゃん!! どうして今まで姿を見せてくれなかったんだい? 僕を焦らしていたのかい?!」
目をハートにして喜ぶチャラ男。彼を近づかせないように全力で押さえつける姉。
「チャラ男さん……気持ちは嬉しいんですが、私には好きな人がいます。なので、あなたの気持ちには答えられません。ごめんなさい」
「そんな……そんなああ~」
地面に頽れて泣き出すチャラ男。目からは涙が、鼻からは鼻水がドバドバと溢れ出している。
「だけど、チャラ男さんみたいに誰かに気持ちを素直に伝えられるのはすごいと思います。私はすごく臆病なので、羨ましくなりました。私なんかを好きになってくれて、ありがとうございます」
ケイティの言葉に、チャラ男はズビズビと鼻水を啜りながら泣いている。何故か後ろのバンドメンバー三人も泣いている。姉はその様子を顔を顰めて見ている。
「ケイティちゃん...。俺は君を諦めないよ、例え君に好きな人がいようとも君を...」
「オメーらさっさと帰れ!!」
姉に怒鳴りつけられた他の三人が逃げ出すも、チャラ男は未だ立ち去る気配はない。
「チャラ男さん、気持ちは嬉しいんですが、ここで叫んだり歌ったりするのは近所の人たちが困るので、やめてください」
ケイティに優しく嗜められ、チャラ男はむしろ嬉しそうに微笑んだ。
「うん、うん、分かったよケイティ。これからは君にだけ聞こえるように愛を囁くことにするよ、マイベイビー」
何かを勘違いしているらしいチャラ男は、「またねハニー」と手を振って去った。やれやれと言いながら家に戻る近隣住民たちと、立ち尽くす私たち家族。ケイティは「ご迷惑おかけしました」と日本式に頭を下げた。
「悪いのはケイティじゃないわ、あのチャラ男よ」
いつまでもケイティを諦める気配のないチャラ男に苛立ちながら、内心羨ましいと思っている自分がいる。彼は誰の目も気にすることなく、恥ずかしがるそぶりも見せず堂々とケイティに愛を伝えている。どうしたらあんなふうに素直になれるのだろう。私はケイティともう一年近く関わっていても、未だに気持ちを伝えられていないというのに。
「あーあ、朝から疲れた。飯、飯」
姉は肩をぐるぐる回しながら家に入っていく。
「ご飯にしましょう」
朗らかな笑顔で母が言って、「そうだな」と父も続く。
ーー参ったな。
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