上 下
122 / 133
第8章 無駄な経費削減編

10

しおりを挟む
「なんだ、騒がしいな」

一人の声が響くと、今まで声をあげて笑っていた武官達がピタリと静まり返った。
声の主は斉将軍こと、斉 蓮徳である。

「娘、来ていたのか」
「はい。斉将軍お早いですね。まだ調理中で食べる物はないのですが…」
「良い。鍛練をしていたが相手がいなくなったから寄ったまでだ」
「そうだったのですね。鍛練ご苦労様です」

自然に晏寿は会話をしていたが斉将軍の「相手がいなくなった」とは、斉将軍が他の武官達を全員足腰が立たないくらいに打ちのめしてしまったことを指す。

そのことを知っている先に休憩所に来ていた武官達は、巻き添えをくわなかったことへの安堵と他の武官達はここに来るのに時間がかかるだろうという憐れみ、そして斉将軍に対しての畏怖を感じて動けなくなっていた。

「して、娘がここにいるということは、今日の飯は娘は作っていないのか?」
「はい。元々臨時で行っていたので、今日が最後でして。新しい者の教育を行っていたのです。本日は新しい者達の最終確認の日です」
「そうか。また顔を出すといい。儂が許す」
「ありがとうございます」

晏寿が頭を下げると、大きなゴツゴツとした手で斉将軍は晏寿の頭をぽんと撫でた。
そして颯爽と斉将軍は部屋を出ていき、武官達はやっと呼吸が出来たとばかりに息を吐いた。

「怖ぇ…」
「生きた心地がしなかった…」
「娘文官、なんで普通に会話してんだよ!」
「俺らちびりそうになったんだぞ!」

次々と晏寿に対しての批判や、斉将軍に対しての恐れを口にする武官達。

「そんなこと言ったって。私にとっては、大きなおじいちゃんって印象だし」

「「「「おじいちゃん!?」」」」

「な、なによぅ、いいじゃない…」

信じられないという視線を受け、晏寿は萎縮してしまうのだった。


そんなこんなしている間に昂全と鈴が指示出ししながら作った料理が運ばれてきた。
それと同時に武官達も休憩にやって来て、一気に人口密度が上がる。

配膳も晏寿は今回は手を出さずに、二人の様子を伺っていた。
あからさまに鈴のほうに列が出来ており、昂全の方に並ぶのは相当空腹の者だけであった。
時々、
「野郎がついだ飯を食えるか!」
「飯の時くらい癒しがほしい!」
などと聞こえてきたが、晏寿は黙っていたのだった。


武官達の昼食がようやく済み、やっと二人は一息ついた。
椅子に座り、ぐったりとしているところに晏寿が茶と饅頭を持って現れる。

「二人ともお疲れ様。休憩にこれ食べて」

昂全は「っす」と小さく謝辞を述べて饅頭に手を伸ばす。
鈴はというと湯のみに手を伸ばしながら、晏寿を見上げる。

「他の調理場の人達には?」
「さっき渡してきたよ。皆大変だったけど、二人のお陰で乗り越えられたって」
「…ふん」

鈴が茶を含むと茉莉花茶の香りが鼻腔を擽る。

「茉莉花茶には気持ちを落ち着かせる効果があるから、ゆっくり飲んだらいいよ。落ち着いたら片付けて、今日は終わりね」
「本当に、今日で終わりなんすか」

晏寿が伸びをしていると、昂全がいつもより大きな声を出して晏寿に尋ねる。

「うん。予定では今日で終わり。明日からは二人で仕切っていくことになるよ。もちろんたまには様子も見に来るけど。」
「本当にできると思ってんすか?」

珍しく饒舌な昂全に目を見張る晏寿。
昂全の瞳には若い熱量と、不安が入り交じっていた。

「誰しもなんでも完璧にこなせるわけじゃない。秀英も景雲も初めてやった厠掃除は悲惨だった。北楊村では鍬も鋤も持ったことないのに、畑の大事な畝まで破壊して怒られた。私はせっかく作ったお酒の味も確かめられずにぶっ倒れた。
でもその失敗があったから、今があると思う」

「失敗しても頭筋肉でできてる人達が半数だもの。多少は許してくれるわ」
と笑う晏寿に、なんとなくではあるが安心感を感じるのだった。


「晏寿」

休憩所の入口のほうから不意に名前を呼ばれ、晏寿が振り向くとそこには秀英と景雲がいた。
昂全と鈴と話している間に迎えが来たようだ。

「今日で終いだな。昂全、明日から頑張るんだぞ」
「うす」

景雲の言葉に昂全は短く返す。
その様子を見ていて、秀英も鈴に声をかける。

「鈴、ここは屋敷とは勝手が違うがお前ならできる。励むように」
「はい!」

昂全とは対照的に、鈴は嬉しいとばかりの返事をする。
晏寿は微笑ましく思いながら、入口の二人に近づいていく。

「それじゃあ、これからよろしくね」

そう言って、晏寿達は出ていった。

三人の後ろ姿を見ていて、鈴は先程とはうって変わって暗い表情になっていた。

「…あの人はずるいわ。何もかも持っていて、お二人から構われて…」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

お嬢様、お仕置の時間です。

moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。 両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。 私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。 私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。 両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。 新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。 私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。 海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。 しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。 海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。 しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。

女官になるはずだった妃

夜空 筒
恋愛
女官になる。 そう聞いていたはずなのに。 あれよあれよという間に、着飾られた私は自国の皇帝の妃の一人になっていた。 しかし、皇帝のお迎えもなく 「忙しいから、もう後宮に入っていいよ」 そんなノリの言葉を彼の側近から賜って後宮入りした私。 秘書省監のならびに本の虫である父を持つ、そんな私も無類の読書好き。 朝議が始まる早朝に、私は父が働く文徳楼に通っている。 そこで好きな著者の本を借りては、殿舎に籠る毎日。 皇帝のお渡りもないし、既に皇后に一番近い妃もいる。 縁付くには程遠い私が、ある日を境に平穏だった日常を壊される羽目になる。 誰とも褥を共にしない皇帝と、女官になるつもりで入ってきた本の虫妃の話。 更新はまばらですが、完結させたいとは思っています。 多分…

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

私は何人とヤれば解放されるんですか?

ヘロディア
恋愛
初恋の人を探して貴族に仕えることを選んだ主人公。しかし、彼女に与えられた仕事とは、貴族たちの夜中の相手だった…

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

処理中です...