忠犬と勇者

まるぽろ

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 それから3年弱の月日が流れた。村の生活は相変わらず厳しいものではあったが、ハルのおかげで安全な場所であることや、開墾の余地が多く残されていることが各地に広がると徐々に人口も増え、活気を取り戻していた。
 
 リーナは相変わらず言葉を話すことはできていなかったが、意識して喉から空気を出せるようになっていた。なにかきっかけがあれば話せるようになるだろうとハルに告げると、ハルはリーナを抱えて私に抱きついてきた。
 
 しかし、そんな満ち足りた幸せの日々がいつまでも続くことはなかった。収穫が終わったころ、あの身なりの良い男が再びやって来た。何も知らずに、税を納める準備をしていた私達に言った言葉は予想もしていなかったことだった。
 
「ライン村長ハルに告げる。戦争が始まるため、この村より10名を徴兵する。これは王命である」
「は? 今、なんと?」

 ハルが阿呆そうな声で聞き返すと、男は少し苛立った様子で再び告げる。

「戦争が始まるため、10名徴兵する。なお、戦時特例として今年の税は六公四民である」
「そんな!?」
「なお、伯爵からの伝言があるが聞くか?」

 ちっ! ハル、即決するなよ。

「は、はい。フロイド伯爵はなんと?」
「村長ハルが参戦するのであれば、徴兵はなし。税も四公六民で良いとのことだ」
「っ! 私が参ります!」

 心の中で呟いた忠告も虚しく、私の心配していたことが現実となってしまった。

「相分かった。では7日後までに、税の麦とともに街へ参れ」
「承知しました」
 
 最悪だ。

 翌日、ハルは私にこの村を頼むと言い残し、街へと向かった。私も連れて行くようにねばったが、聞き入れてくれるこはなかった。これまで村の防備は固めてきたが、ハルがいることが前提であったため万全とは言い難いものでしかなかったからだ。
 
 ハルがこの村を出て10日程経っただろうか。ハルのことを心配し、そわそわしている私の元にリーナがやってきた。彼女は私の頭や耳を優しく撫でると、口を数回ぱくぱくさせる。私は彼女の瞳をじっと見つめた。彼女の瞳は出会ったころと異なり、力強い意思を持っていた。彼女は首に両手を当てて、絞り出すように喉に力を込める。
 
「……い、いって」
「リーナ!? お前声が!?」
「れ、れん、しゅ、しゅう、し、して、たの。ハル、を、た、たす、けて」
 
 さらに後ろからも声がかかる。
 
「聖獣様! ここは私にお任せ下さい! 夜な夜な聖獣様が狩りに行ってくださっていたため、しばらくは魔物どもも近寄ってきますまい!」
 
 なんでそれを知っている!?
 ヒラクが行った通り、私はリーナが寝静まった後、村の近く(この村から30km以内ぐらい)にいる大物の魔物を狩って回っていた。
 確かに狩った魔物は村の門の前に置いてはいたが……解せぬ。
 
「パ、パ、おね、が、い」
「ウオオオオオオオオオオオオン!!」
 
 私の魔力を乗せた遠吠えにより風が巻き起こる。大気が震え、鳥が一斉に飛び立つ。リーナが突然の風に閉じていた目を開いたとき、私は既に駆けだしていた。
 
 ハル! ハル! 
 
 頭の中でハルの名を叫ぶ。
 
 リーナが私のことをパパと呼んだぞ! じゃあ、ママはお前だな!!!
 
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