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 次の日の朝、いつもより長めに睡眠をとった私たちは、街道から外れ地図が示す方角へと馬首を向けていた。

「にゃはは~、それにしても、昨日のお嬢のボケは秀逸だったにゃ~」

「くっくっく、全くだ」

 パステルがからからと笑えば、ルゥがくつくつと笑う。宿場町を出てから、二人はずっとこの調子だ。

「可愛い笑顔で『極悪非道の悪役令嬢なの』って意味不明すぎだにゃ! 時間が止まったかと思ったにゃ!」

「お嬢が時空魔法に目覚めたな」

「伝説の魔法使いが誕生した瞬間だったにゃ!」

「二人とも、昨日のことは忘れてって言ったでしょ!」

 私の言葉の聞いた途端、目を見開いたままぽかーんと固まった彼らの様子が頭に浮かぶ。あの時は、本当に時が止まったかと思った。

「忘れられるわけないにゃ~。みるみるうちに顔が真っ赤になったお嬢は可愛かったにゃよ?」

「もう! からかわないで!」

 再び顔が熱を帯びるのが分かる。もっとうまく説明できたはずなのに、なんであんなことを口走ってしまったのか……。

「あれで良かったのではないか? 噂を聞いたとしても、あの二人が思い浮かべるのは恥じらうお嬢の顔だろう」

「全然良くない!」

 ルゥがフォローの言葉をかけてくれるが、晒してしまった醜態を思い出されるなんて恥ずかしすぎる。

「……そんなことより、パステルが言ってたことって本当にありえるの? 私たちを害するようなことってあると思う?」

「対価が大きすぎたから、釘を刺しがてらカマをかけてみたけど可能性は低いにゃ」

 カマをかけたってどういうこと? それになんで可能性が低いって言えるんだろう?

「あの慌て方からすると、おそらくは似たような意見が出たことがあるのだろう。パステルに殺気を向けられた二人からは、無実の罪を疑われたことに反発する怒りなどの感情と同時に、隠し事がバレたときのような焦りの感情も僅かに感じた」

 話を強引に変えた私にパステルは笑顔のまま答え、私が彼女の言葉の意味を測りかねていると、ルゥが補足で説明してくれた。

「似たような意見が出ているのら、駄目なんじゃないの?」

「重要な秘密に関することで過激が意見がでるのは当たり前にゃ。あいつらから騙そうとする気配は感じなかったし、お嬢が約束を守る限りそんなことをする可能性は低いと思うにゃ。なにより──」

 パステルはそこで一旦言葉を切った。彼女は息を深く吸い込んでから、再び口を開く。

「──あの程度の殺気でびびる奴等に、私たちが負けることなんて万に一つもないにゃ」

 彼女は口角を上げ、犬歯をみせつけながら言い切り、ルゥは唸り声を僅かに上げながらうんうんと頷く。
 
 あの、二人はとても頼もしいんだけど……万が一そんなことになっても、戦うんじゃなくて私やベッセルたちを連れて逃げてね?

 
 それからも会話や景色を楽しみながら草原を駈け、橋のない小川を渡り、私たちは目印の山へ向けて進む。森にの目の前に着き、地図に書いてある指示に従って左に曲がる。しばらくして、少し幅のある川に当たったところでルゥがルシーナから下りた。

「あと数時間で火が沈む。今日はここで野営しよう」

「あいにゃ」

「私は何をしたらいい?」

「私は魚を捕まえるから、お嬢は食事の準備を頼むにゃ」

「では、俺は寝床を作ってから、枯れ枝を集めてくる」

 手慣れた様子の二人は、てきぱきと行動を始める。外套とブーツを脱いだパステルは何も持たずに川に入り、あっという間にテントを組み立てたルゥは森に入っていった。

 えっと、じゃあ私はかまどを作ろうかな。私は学園で習った野営の方法を思い出しながら、大小の石を使ってかまどを組み立てていく。隙間は土で埋めれば熱が逃げないで済むんだっけ。

「立派なのができてるにゃ~」

「パステル、もうそんなに捕まえたの?!」

 私が2つ目のかまどを作っている途中で、十匹ほどの魚を抱えたパステルが戻ってきた。川を泳いでる魚って手づかみで捕まえられるものなの?

「魚を取るのは得意なのにゃ! 内臓も取り出してるから、串に刺しとくにゃ!」

 パステルは適当な枝に魚を突き刺し始め、私はかまどを仕上げにかかる。準備が整ったところで、ちょうどルゥが森から戻ってきた。

「雉がいたからこれも食おう」

「今日はごちそうだにゃ!」

 右肩に大量の枝を担いだルゥが左手に持った雉を掲げると、パステルが両手を大きく広げて飛び跳ねた。なんだか、キャンプをしているみたいで楽しい。

 雉を受け取ったパステルは解体してくると言って再びに走っていき、ルゥは適当な長さに折った枝をかまどに放り込んでいく。

「火よ」

 ルゥがそう呟くと、彼の指先に小さな火が灯り、木を削って作った火口が燃え上がる。小さな枝に燃え移ったところで、彼は火魔法を解除した。

 魚は遠火でじっくりと炙り、雉は骨ごと鍋に入れて出汁を取りスープにすることにした。ある程度出汁が出たら宿場町で買っていた野菜も入れて煮込み、塩で味を調えればポトフの完成だ。

「うーまーいーにゃー!」

「うむ。お嬢、中々いけるぞ」

 焼き魚にかぶりついたパステルが喜びの声をあげ、ルゥはポトフを一飲みしてそう言った。皮がパリッと焼けた川魚は脂がのっていて、雉の出汁が効いたポトフも良い感じ。焼き締めたパンはスープに浸してもまだ固いけれど、三人で楽しく食べると美味しく感じるのが不思議だった。 

 春になったとはいえ、日か落ちるとまだ少し肌寒い。白湯を飲みながら、焚火を囲んで夜空を眺める。兎のいない月が私たちを照らしていた。
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