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【1部】第五章.いざ行かん馬車の旅

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2日目の朝食を終えてからの旅程は、とても平和だった。

私が馬車の振動に慣れてきたと言うのもあるのだと思うけど、ひたすらに続く草原地帯をぼーっと眺めながら、頭の中でナビと会話をしているのも大きいのかもしれない。

他の乗客も特にお互いに会話をするとう事もしないので、時々話声が聞こえる以外は車輪の音しか響かない。

そこまで人数が多くない上に、家族連れと一人客が2組しか居ないのだから、打ち解けるとかそういう感じでもない。

護衛の冒険者の人達とは、挨拶と軽い雑談は出来るようになったが、やはり護衛と乗客という立場の違いを意識しているのか、リムさん以外とはあまり話せない。

リムさん曰く、リーダーが過去に所属していたパーティーで、依頼主と親密になりすぎて問題を起こしたメンバーが居たらしく、そのせいでしばらくの間冒険者活動が出来なかったのだとか。

その為、このパーティーでは依頼主や客とは極力交流を持たない。というのがルールらしい。

「じゃあ、私とこうやって話してるとリムさんが怒られちゃうんじゃないですか?」
「大丈夫大丈夫、同性との世間話程度なら怒らないから」
「そうですか」

どうやら男女のいざこざがあったっぽい。

御者さんとは、結構話が出来た。
気さくなおじさんで、この先の道の事やどんな風景が見えるとか色々教えてくれる。
ただまあ、休憩時間中にしか話せないので、道中は暇になってしまう。

こうして何だかんだと、のんびり馬車での旅を楽しんでいたのだが、旅の折り返しとなる3日目は、昼すぎから大雨に降られてしまったのだ。

バケツをひっくり返したような雨に、ごうごうと音を立てて吹きすさぶ風。
時折、耳をつんざくような雷鳴が鳴り響いている。

うん。見事に嵐。

この先は深い谷の斜面に作られた道らしく、流石にこの荒天では通行できないという事で急遽近くの駅まで引き返し、そこで一日やり過ごす事になった。

駅に併設されている車庫に馬車が入り、雨に濡れずに駅舎に入る事が出来た。
とはいえ、御者さんや護衛の冒険者の人たちはずぶぬれである。

私達は駅舎にある談話室に案内され、御者さんと冒険者の人たちは着替えをする為に別室へ行った。

これから夏に向かっていく季節だというのに、嵐のせいで肌寒い。
燃え盛る暖炉の火が体に温かい。

駅舎の人が居れてくれた紅茶を飲んでほっと一息付けた。

駅馬車の駅舎には、こういった悪天候などの影響で足止めされた時の為に、乗客が休める部屋が用意されているのだそう。

なるほど。だから今まで食事をしたりしていた駅舎は大きかったのか。と今更納得した。


「明後日までに無事ザラックへ到着できるのだろうか…5日後には大切な取引があるというのに…」
4人家族の父親らしき男性が何かぼやいている。裕福そうだが、商人か何かなのだろうか。

「天候ばかりは仕方ないじゃない…そもそも貴方がキャシーの我が儘を許したせいで王都を立つのがギリギリになったんじゃないの…家の馬車まで先に出してしまうし!」
奥さんらしき女性が男性をたしなめている。

どうやら娘に甘い父親の様だ。

そんな二人をよそに、娘の方は暖炉の傍に置かれたカウチを陣取って、我が物顔で横になっている。
お婆ちゃんがしきりに注意しているが一向に聞く様子がない。

この3日間は特に交流も無いし、お互いに騒いだりもしていなかったけど、結構香ばしい父娘おやこかもしれない…

暫くすると、着替えてきた御者さんたちも談話室に入って来た。


「お客さんにお知らせしたいことがあります。この大雨の影響で、もしかするとこの先のスプリット峡谷の道が崩れている可能性があります。明日天候が回復したら一度人を出して状況を確認しますが、万が一道が塞がっている場合は、遠回りせざるを得なくなります」

御者さんがそういうと、誰かが声を上げた。

「ちょっとまて!それは困るぞ!!」

先ほど取引がどうのとボヤいていた男だった。

「しかし、ザラックへの最短ルートはこの峡谷以外にはありません。ここが通れないとなると、大きく迂回して黒の森の旧道を通るしかありません」

「そんな!!」

御者さんの言葉に、父親は愕然としている。

この国の地図をまったく知らない私は、御者さんに質問をした。

「えっと、その旧道を使うとザラックまではどのくらいかかるんですか?」
「旧道で今ではあまり使われていない事もありますし、この雨の影響で路面の状況は悪いと思います。その為、最短でも2日、最悪5日程度かかると思います」

「なるほど。ありがとうございます」

今はあまり使われてない道なら、今まで通って来た道より状況が悪いのは当たり前だもんね。
急ぐ旅では無いから、安全に行ける道があるならそっちで十分。

「それでは困る!!高い金を払って乗ったのだぞ!!何としても明後日までにザラックに着かなければならないんだぞ!!」

納得していない人が一人。
先ほどの父親だ。

ただ怒鳴り散らす父親に対して、非常に冷静に対応する御者さん。

「そんな事を言われましても、天候や道の状況で日程がずれる事があると事前にお話させていただいたはずです。それに、我々とて道が無ければ馬車を走らせることはできません。お急ぎだというのであれば、この近くでグリフォン空輸を行っている輸送会社をご紹介いたしますが…」

「お前はふざけているのか!!グリフォンなど乗れるわけが無いだろう!!」

ガラガラガラッ!!ピシャーン!!
ドォーン!!

タイミング良く雷鳴が鳴り響く。

(あ、結構近くに落ちたな…)
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