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7.王子の願い

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 聞き覚えのある声にナディアは目を見開いて、くるりと後ろを振り返った。

 すると、そこには、透けたロベルトの後ろ姿があった――

『ナディア……どうか君にもう一度俺の声が届いてくれ』

 ナディアはその後ろ姿に、涙を溢れさせて、口を手で押さえ、震える声で呟いた。

「で、殿下……」

『ナディアがもし、もう一度私を見てくれるのなら……』

 ナディアが見えている事に気付いていないロベルトは、独り言のように語り続ける。

「殿下……、ロベルト殿下……。こちらを……私を見てください……」

 ナディアはロベルトの背中に向かって、震える声で話し掛ける。
 すると、ロベルトは肩を揺らし、同時に言葉が止まった。そして、ゆっくりとナディアの方を振り向いた。

 ロベルトが振り返ると、ナディアの緑の瞳とロベルトの碧い瞳がしっかりと合わさった。

『ナディア……、私が、見えるのか……?』

「はい……、はい……」

 ポロポロと涙を流し、そう言いながら、首を必死に縦に振るナディアを、ロベルトは思わず抱きしめようとして、ナディアの身体をすり抜ける手前で、抱きしめる形を取った――

『ナディア……、ああ、良かった。もう一度、君と視線を交える事が出来て……、本当に――』

 そのまま、ロベルト王子は、肩を震わせ声を詰まらせた。
 ナディアも声にならない声で「はい……、はい……」と頷く。

 しばらくそうしていた後、ロベルトは顔を上げるとナディアと再び視線を合わせる。

『ナディア……、辛い思いをさせてしまって、すまない』

「ロベルト殿下だって……、私が急に殿下の事が見えなくなって……、ガッカリされたんじゃ……」

『ああ、凄く怖かった。また孤独に戻ったのかって、凄く怖かったよ……。でも、それよりも……ナディア、君を苦しめている事が辛かったんだ。たまたま私の事を見ることが出来ただけかもしれないのに……、呪いを解く為とはいえ、私や父上、母上の分まで大きな期待を背負わせてしまって……』

 すると、ナディアはロベルトの頬のある場所に両手をそっと持っていった。

「確かに、呪いを解く事を引き受けた時は、皆さんの圧力に押し切られた所もあったけれど、今は……、ロベルト殿下の事を本当に呪いから救いたいって……、ロベルト殿下と真実の愛を見つけられるって思っています――」

『ナディア……』

 すると、殿下の手も私の両頬の所で止まる。そして、殿下の唇が私のおでこに口づける真似をした。

 ナディアは、頬を染めてロベルトを見上げた。

『もどかしいな。触れる事が出来ないというのは……』

「で、でも今のでも充分……、嬉しい……です」

 照れるナディアにロベルトは、微笑むと『ナディア、一つ聞いて欲しいお願いがあるのだが……』と言った。

「なんですか?」

『眠っている方の私に、口付けしてくれないか?』

「……え!?」

 ナディアの顔は真っ赤になる。

『肉体に戻れはしなくても、この意識を身体に合わせることはできる。その……、少しでも君に触れている感覚を味わいたいんだ』

「え、えっと……その……」

 ナディアは、あたふたとして、赤い顔で視線を彷徨わせる。

『私と真実の愛を育んでくれるんだろう?』

 ロベルトの極上の美しい微笑みにナディアは、なんて美しいのだろうと惚けて、魅入ってしまう。

 そんな顔で請われれば、ナディアが断れるはずもなく

「は、い……」

 と返事をしたのだった――

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