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閑話.孤独な王子に一筋の光

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 1年前、北部の奥地――

「お前が、魔力を暴走させている犯人だな!」

 俺の名はロベルト・シュミレット……この国の王子で、強力な神聖力を持っていた。そんな俺は、荒れ果てた北の大地を元に戻すために、神聖力で魔力を浄化をしていたのだが、その中で、その原因となる魔女を見つけこの奥地に追い詰めたのだった。

「あら、いい男ね。あなた王子なんだって?どう?私と手を組まない?」

 そう言って魔女は妖しく微笑んだ。
 豊満な胸の谷間が顕になったボディラインがはっきりとわかる黒のロングドレス。長く艷やかな黒い髪にキツめだが妖艶な瞳と真っ赤な口紅がよく似合う。北の魔女はそんな女だった。

 魔女というのは、昔から皆、姿形が美しいと評され、それ故に悪意のある魔女は時の権力者を惑わせて好き放題やっていた。

「笑わせるな。お前と手など組むわけないだろう!」

 全身を神聖力に包んだロベルトは、神聖力を帯びた剣の切っ先を魔女に向ける。

「フフッ。怒った顔もいい感じ。綺麗な顔は大好物なの!!」

 そう叫んだ魔女からは、凄まじい魔力が放出される。
 一緒にこの地にやってきた魔術師や騎士らが魔力に飲み込まれそうになっている。

「皆!俺の後ろに隠れるんだ!!」

 俺も神聖力を大量に放出し、魔女の力に対抗する。

 その場は、魔女から放たれる黒い力とロベルトから放たれる光の力が拮抗していた。
 だが、徐々に魔女にも疲れが見え始めると、ロベルトは神聖力を纏った剣で、魔女に突進していった。

「これで終わりだー!!」

 ザクッと魔女の心臓を一突きにすると、魔女は暴れて黒い血を吹き、その黒い血が付いた手で俺の両頬を挟んだ。そして、妖艶だった顔はガラガラと崩れて、老婆の姿へと変わったのだ。

「それが本当のお前の姿か!」

「お前!よくも!!たがな、ただでは死なない。私の死と共にお前には決して解けない呪いを掛けてやる!」

「なんだと!?」

「真実の愛を手に入れなければ解けない呪い……。ヒヒッ。お前はこれから一生孤独に苛まれ死ぬ事も叶わぬだろうな!!ヒヒヒヒヒヒッグアッ!!!」

 魔女は崩れ落ちると、服だけを残して灰となった。

『よし!魔女は倒したぞ!!』

 俺がそう言って、後ろにいる魔術師や騎士らを振り返ると「殿下ー!!」と叫びながら皆が集まってくる。

『どうした。皆、熱烈だな』

 ロベルトが抱き止めようと手を広げて待っていると、皆がそれをすり抜けてその先に駆け寄った。

「殿下ー!!ロベルト殿下ー!!」「目を、目を開けてください!!」

 そちらを見れば、目を瞑って倒れている自分の姿がそこにはあった。

「息はあるぞ!どこか怪我をされているのか!?」
「いいや、怪我は見当たらない!」
「神聖力の使いすぎで気を失っているのでしょうか?」

『な!?どうしたっていうのだ!?皆、私はここに居るぞ!私は……』

 そう言いながら、自身の手が透けている事に気が付いた。よく見れば、身体も透けている。

『な、なんだこれは!?どういう事だ!?』

 そして、誰もここにいる俺に気付かない。倒れている俺に、必死に話し掛けている。

 こ、これは肉体と意識が剥離してしまったのか!?

 ロベルトはすぐさま寝ている自分の身体に触れてみたり、同じ姿勢を取ってみたりしたが、身体の中に戻る事はない。

 そうこうしている内に、一緒に来ていた魔術師団長が俺の頬に付いた魔女の血を見て

「……魔女の血か……」

 と呟くと、魔術師団長は眉間に皺を寄せた。
「おそらく、ロベルト王子殿下は、魔女の呪いに掛かっておられる」

 魔術師団長の言葉に、寝ている俺を取り囲んでいる者らは、言葉を失った――


 それから、眠り続ける俺の身体は、丁重に王宮に移され、魔術師団長を中心に様々な解術が試された。

 俺は皆の周りをうろつきながら、『魔女は真実の愛が必要だと言っていた!』『違うんだ!解術魔法では解けないんだ!』と訴えていたが、もちろん誰にも俺の声は届かない。
 俺は、自分で呪いを解く方が早いと考え、王宮中の女性に声をかけたり、王都に出て貴族、庶民、男女関係なく声を掛けてみたりもした。俺の姿が、見える者がいれば、想い合うのもそう難しくない。この国……、いやこの世界に誰一人も俺が見えないなんて事は、流石にないだろうと、この時の俺はまだこの呪いを楽観視していた。

 しかし、誰も俺に気付いてくれる者はいなかった――

 しかも、どうやら肉体から距離が離れすぎると、強制的に肉体の側に戻ってしまうようで、俺の意識は王都より外には出られなかった。
 父上も母上も近くにいるのに俺の事を見てくれないし、親しくしていた臣下達も意識の俺には誰も気づいてくれない。

 俺は徐々に孤独に陥っていった――

 事情を知っている者達は、俺の事を心配して眠っている俺に声を掛けに来てくれる。王宮で俺の執務を担当してくれていたアルミンは、毎朝、俺に国で起こっている出来事を話し掛けてくれる。

 しかし……、それもすべて眠っている俺に向けて……。誰一人、肉体から離れた意識の俺に話し掛けてくれる者はいなかった――

 そんな状態が3ヶ月……半年……と続き、眠り続ける俺の身体は、その内、朽ちて肉体が死ねば意識の俺も死ぬ事が出来るだろうかと考え始めた。だが、俺の身体は倒れた時のまま色艶を失う事はなかった。

 その時、俺は魔女の最後の言葉を思い出す……

「一生孤独に苛まれ死ぬ事も叶わない」

 ああ、そうか。俺は死ぬ事も出来ず一生孤独なのだ……

 それからは、抜け殻のようにユラユラと王宮の中を漂っていた。そして、俺が倒れてから1年が経った頃、王宮で舞踏会が開かれる事になった。

 いつもは王宮に来ない貴族達が集まると知って、俺は少しの希望を抱いた。

 もしかしたら……、俺の姿が見える者がいるかもしれない……。

 期待したら、その分、誰にも気づかれなかった時にまた絶望すると分かっていても、俺は久しぶりに舞踏会の準備をする臣下達の周りをソワソワしながら彷徨いていた。

 そして、舞踏会の夜――

『よしよし、多くの人が集まっているな』

 久しぶりにホールに響く優雅な音楽。令嬢達の色とりどりのドレスが、舞踏会のホールをさらに華やかにする。

 俺は、一年前のように背筋を伸ばしてホールを歩いてみた。

 誰か……、俺に気が付く者はいないか……

 周りを注意深く観察しながらホール内を歩いていると、アルミンを見つけた。

 ああ、確か父上のケーラー伯爵と妹君を招待すると言っていたな。

 アルミンに近付いていくと、妹君がフワリと微笑んでクスクスと笑い始めた。

 ああ、なんて暖かく笑うお嬢さんだろう……

 ロベルトはその笑みに誘われるようにアルミン達の方へ近づいていく。

 彼女が孤独な王子の一筋の光となるとなるのは、もうすぐそこである――


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