10 / 10
10
しおりを挟むそして今、私はエルドと二人、山小屋にいた――
「これ、帰るの無理だな」
「そ、そうね」
土砂降りの雨を前に、私とエルドは山小屋から動けなくなっていた。
あれ?ハンスと山小屋で雨宿りするはずが、エルドに変わってるんだけど、どういう事ー!?
再び頭が混乱するレイアにエルドが静かに聞いてきた。
「レイア、……俺が向こうにいる間、どうして一度も手紙をくれなかったんだ?」そして「ヴィンセットにもレイアが手紙をくれるよう頼んだんだけどな」と小さく言った。
「……エルドもくれなかったじゃない」
「俺は……、ちょっと事情があって気軽に手紙を出せる状況じゃなくて……」
と言い淀むエルドにそれは、マレーナに恋してしまったからでしょ?
とレイアの心がチクチク痛み出し、それは我慢出来ない程だった。
「……そんなにマレーナ王女が良いの?」
我慢出来なくなった痛みは、そのまま口を滑って出てしまう。
「え?なんだって?」
「だってマレーナ王女の事が好きなんでしょ!?」
「ま、待ってくれ。どうして俺がマレーナ王女の事を好きって事になってるんだ!?」
エルドの顔は困惑していて、嘘を言っているようには見えなかった。
「…………え?違うの?」
「ああ、当たり前だよ」
と答えたエルドは
「どうして、そんな勘違いしてたんだ?」
考えるようにブツブツ言っていっているが、レイアはレイアでそれ所ではなく、頭は更に混乱していた。
どういう事!?小説の内容が変わってるって事!?
確かに、そもそもこの小屋にいるのがエルドって時点で内容変わってるけど。え?じゃあ、エルドはマレーナ王女が好きじゃないって事!?
「本当なの?なんだか信じられないわ……」
本の内容が絶対だと信じていたレイアにとって、すぐには信じられなかった。
「信じてよ。俺が好きなのは、遊学に行く前からずっとレイアだよ」
エルドの優しい告白にレイアの目には涙が溢れる。
「そ、そんな事って……ある、の?」
涙声で絞り出すように言ったレイアに
「レイアはいつまで経っても泣き虫だなぁ」
と言ってエルドは優しく笑うと、レイアの頭を撫でた。
「ほ、本当に私の事が好きなの?じゃあ、どうして遊学に行く事教えてくれなかったの?手紙をくれなかったの?」
すると、少し困った顔をしてエルドは答えた。
「うーん、……本当は政治的なアレコレをレイアに言いたくはないんだけど……」
と言って、エルドは話を続けた。
「俺が、遊学へ行った本当の目的は、フォシェーン王国の内部を探る事だったんだ。あの当時、フォシェーン王国がこの国に害をなすという話が秘密裏に入ってきて、事を荒立てたくない国王や父の策で、俺が内部を探る役割を担う事になったんだ。それから、今後の友好関係の為にも、両国の王族を政略結婚させるというのが俺の使命でもあった。でも、そうするとエルスト王子とレイアを結婚させるって案も出てきちゃって……。それを回避するのに苦労したんだから。それから、一応エルスト王子の婚約者候補のレイアに、俺から個人的な手紙を出すのは、バレた時にせっかく得た信頼を崩しかねなかったから、出す事が出来なかったんだ」
「……そうだったの……」
じゃあ、エルドはマレーナを好きなわけじゃないのね。ここは小説の世界だけど内容は小説とは違うって事なのね!?
ああ、でも、そうか……。私だって……――
「それで?レイアの好きな人は?ヴィンセットがずっと変わってないって言ってたけど、合ってる?」
「も、もう。お兄様ったらそんな事を……」
と言って頬を染めて、少しむくれたレイアにエルドはその膨らんだ頬を優しく撫でて聞いた。
「レイア、ちゃんと教えてくれないか?誰が好きなのか……」
レイアは恥ずかしくてチラリとエルドを見ただけで視線を外して答えた。
「え……と……、子供の時から、ずっとエルドが好き……」
その言葉にエルドは破顔して、レイアを抱き締めた。
「はぁ……、やっとちゃんとレイアと婚約出来る!」
「ええ!?」
「子供の時から父上に言っていたんだよ。レイアと結婚したいって!」
「そ、そうだったの!?」
「そうだよ!だから、今回の遊学だって父上や国王に認められる為に頑張ったんだから。お陰でレイアと5年も会えなかったけど……」
とエルドはレイアの肩に顔を埋めた。
「えっと……、頑張ってくれて、ありがとう?」
すると、エルドは顔を少し上げて私を横目で見てきた。
「じゃあ、ご褒美が欲しい」
「え?ご褒……――」
言い終わる前にエルドの唇がレイアの唇を塞いだ。
エルドは唇を離すとレイアのオデコに自身のオデコをくっ付ける。
「やっと、レイアとキスできた……」
超至近距離でそんな事を言われて、レイアの頭は大混乱していた。
「よ、良かった、ね?」
「うん、でも足りないからもう一回……」
それからエルドは何度も私の唇に触れてきた。
ちょっ、ちょっと待って!回数多すぎない!?
何度目かのキスをレイアはエルドの口を手で押さえて止めると
「も、もうご褒美はお終い」
と真っ赤な顔で言ったのだった――
◇
それから、雨が止んで別荘へ戻った私達が仲良く手を繋いでいるのを見たお兄様は、こう言った。
「なんだよ?今日は俺とマレーナ王女の仲を深める為にここに来たんじゃなかったのか?」
それを聞いたマレーナ王女は、恥ずかしそうに頬を染めた。
その表情からは、お兄様と上手くいったのだろう事が伺える。エルドも同じ事を思ったのか
「そっちも仲を深めたようだから、良いじゃないか」
と答えた。
そんなやり取りの最中、私がハンスの方をそっと見ると、ハンスはいつもの通り無表情であった。
うーん。あの表情からでは、私とエルドの事をどう思ってるのか全く読めないわ。
そう、一つ気がかりなのは、私の気持ちがエルドにある事で、ハンスの気持ちがどうなるのかって事なのだ。
小説では、ハンスとレイアが思いを通わせたからハンスのレイアに対する思いは報われたのだけれど、じゃあ今、私の目の前にいるハンスの事を思うと、エルドと両想いになった事を手放しで喜べない。
私は、エルドの手を離すとハンスの方へ向かった。
「あの、ハンス。なんだか、こんな事になってごめんなさい。もし、私の護衛を続けるのが辛いのならお父様に言って配置換えをして構わないから……」
そう言って顔を上げるとハンスは切れ長の瞳を見開いて、驚いたように何度か瞬きした。それはまるで、何を言っているのか分からないというような表情である。
あ、ハンスの表情から、感情が読み取れるわ……。
って、そうじゃなくて、あら?私、なにか変な事言ったかしら?
…………――――しばらく考えた後、私は顔から火が出る程、恥ずかしくなった。
そうよ!ハンスも小説とは違って私の事を好きでもなんでもないんだわ!
何とも思ってないのにこんな事いわれて、そりゃあ、いつも無表情のハンスだって、この王女何言ってるんだ?って顔になるわよ!!私の馬鹿ぁ!!
「ご、ごめんなさい、ハンス。私の勘違いだわ。とんだ失態をしてしまったわね。お願いだから、今聞いたことは、なかった事にして下さる?」
真っ赤な顔で弁解するレイアに、ハンスはニッコリと笑みを浮かべて「かしこまりました。レイア王女様」と答えた。
その笑顔に、やっぱりハンス推せるー!!
とレイアは密かに思ったのだった――
fin
0
お気に入りに追加
61
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
猛禽令嬢は王太子の溺愛を知らない
高遠すばる
恋愛
幼い頃、婚約者を庇って負った怪我のせいで目つきの悪い猛禽令嬢こと侯爵令嬢アリアナ・カレンデュラは、ある日、この世界は前世の自分がプレイしていた乙女ゲーム「マジカル・愛ラブユー」の世界で、自分はそのゲームの悪役令嬢だと気が付いた。
王太子であり婚約者でもあるフリードリヒ・ヴァン・アレンドロを心から愛しているアリアナは、それが破滅を呼ぶと分かっていてもヒロインをいじめることをやめられなかった。
最近ではフリードリヒとの仲もギクシャクして、目すら合わせてもらえない。
あとは断罪を待つばかりのアリアナに、フリードリヒが告げた言葉とはーー……!
積み重なった誤解が織りなす、溺愛・激重感情ラブコメディ!
※王太子の愛が重いです。
【短編】転生悪役令嬢は、負けヒーローを勝たせたい!
夕立悠理
恋愛
シアノ・メルシャン公爵令嬢には、前世の記憶がある。前世の記憶によると、この世界はロマンス小説の世界で、シアノは悪役令嬢だった。
そんなシアノは、婚約者兼、最推しの負けヒーローであるイグニス殿下を勝ちヒーローにするべく、奮闘するが……。
※心の声がうるさい転生悪役令嬢×彼女に恋した王子様
※小説家になろう様にも掲載しています
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
完 さぁ、悪役令嬢のお役目の時間よ。
水鳥楓椛
恋愛
わたくし、エリザベート・ラ・ツェリーナは今日愛しの婚約者である王太子レオンハルト・フォン・アイゼンハーツに婚約破棄をされる。
なんでそんなことが分かるかって?
それはわたくしに前世の記憶があるから。
婚約破棄されるって分かっているならば逃げればいいって思うでしょう?
でも、わたくしは愛しの婚約者さまの役に立ちたい。
だから、どんなに惨めなめに遭うとしても、わたくしは彼の前に立つ。
さぁ、悪役令嬢のお役目の時間よ。
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
妻と夫と元妻と
キムラましゅろう
恋愛
復縁を迫る元妻との戦いって……それって妻(わたし)の役割では?
わたし、アシュリ=スタングレイの夫は王宮魔術師だ。
数多くの魔術師の御多分に漏れず、夫のシグルドも魔術バカの変人である。
しかも二十一歳という若さで既にバツイチの身。
そんな事故物件のような夫にいつの間にか絆され絡めとられて結婚していたわたし。
まぁわたしの方にもそれなりに事情がある。
なので夫がバツイチでもとくに気にする事もなく、わたしの事が好き過ぎる夫とそれなりに穏やかで幸せな生活を営んでいた。
そんな中で、国王肝入りで魔術研究チームが組まれる事になったのだとか。そしてその編成されたチームメイトの中に、夫の別れた元妻がいて………
相も変わらずご都合主義、ノーリアリティなお話です。
不治の誤字脱字病患者の作品です。
作中に誤字脱字が有ったら「こうかな?」と脳内変換を余儀なくさせられる恐れが多々ある事をご了承下さいませ。
性描写はありませんがそれを連想させるワードが出てくる恐れがありますので、破廉恥がお嫌いな方はご自衛下さい。
小説家になろうさんでも投稿します。
懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。
梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。
あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。
その時までは。
どうか、幸せになってね。
愛しい人。
さようなら。
ゲームの序盤に殺されるモブに転生してしまった
白雲八鈴
恋愛
「お前の様な奴が俺に近づくな!身の程を知れ!」
な····なんて、推しが尊いのでしょう。ぐふっ。わが人生に悔いなし!
ここは乙女ゲームの世界。学園の七不思議を興味をもった主人公が7人の男子生徒と共に学園の七不思議を調べていたところに学園内で次々と事件が起こっていくのです。
ある女生徒が何者かに襲われることで、本格的に話が始まるゲーム【ラビリンスは人の夢を喰らう】の世界なのです。
その事件の開始の合図かのように襲われる一番目の犠牲者というのが、なんとこの私なのです。
内容的にはホラーゲームなのですが、それよりも私の推しがいる世界で推しを陰ながら愛でることを堪能したいと思います!
*ホラーゲームとありますが、全くホラー要素はありません。
*モブ主人のよくあるお話です。さらりと読んでいただけたらと思っております。
*作者の目は節穴のため、誤字脱字は存在します。
*小説家になろう様にも投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる