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 そして今、私はエルドと二人、山小屋にいた――

「これ、帰るの無理だな」

「そ、そうね」

 土砂降りの雨を前に、私とエルドは山小屋から動けなくなっていた。

 あれ?ハンスと山小屋で雨宿りするはずが、エルドに変わってるんだけど、どういう事ー!?

 再び頭が混乱するレイアにエルドが静かに聞いてきた。

「レイア、……俺が向こうにいる間、どうして一度も手紙をくれなかったんだ?」そして「ヴィンセットにもレイアが手紙をくれるよう頼んだんだけどな」と小さく言った。

「……エルドもくれなかったじゃない」

「俺は……、ちょっと事情があって気軽に手紙を出せる状況じゃなくて……」

 と言い淀むエルドにそれは、マレーナに恋してしまったからでしょ?
 とレイアの心がチクチク痛み出し、それは我慢出来ない程だった。

「……そんなにマレーナ王女が良いの?」

 我慢出来なくなった痛みは、そのまま口を滑って出てしまう。

「え?なんだって?」

「だってマレーナ王女の事が好きなんでしょ!?」

「ま、待ってくれ。どうして俺がマレーナ王女の事を好きって事になってるんだ!?」

 エルドの顔は困惑していて、嘘を言っているようには見えなかった。

「…………え?違うの?」

「ああ、当たり前だよ」

 と答えたエルドは

「どうして、そんな勘違いしてたんだ?」

 考えるようにブツブツ言っていっているが、レイアはレイアでそれ所ではなく、頭は更に混乱していた。

 どういう事!?小説の内容が変わってるって事!?
 確かに、そもそもこの小屋にいるのがエルドって時点で内容変わってるけど。え?じゃあ、エルドはマレーナ王女が好きじゃないって事!?

「本当なの?なんだか信じられないわ……」

 本の内容が絶対だと信じていたレイアにとって、すぐには信じられなかった。

「信じてよ。俺が好きなのは、遊学に行く前からずっとレイアだよ」

 エルドの優しい告白にレイアの目には涙が溢れる。

「そ、そんな事って……ある、の?」

 涙声で絞り出すように言ったレイアに

「レイアはいつまで経っても泣き虫だなぁ」

 と言ってエルドは優しく笑うと、レイアの頭を撫でた。

「ほ、本当に私の事が好きなの?じゃあ、どうして遊学に行く事教えてくれなかったの?手紙をくれなかったの?」

 すると、少し困った顔をしてエルドは答えた。

「うーん、……本当は政治的なアレコレをレイアに言いたくはないんだけど……」

 と言って、エルドは話を続けた。

「俺が、遊学へ行った本当の目的は、フォシェーン王国の内部を探る事だったんだ。あの当時、フォシェーン王国がこの国に害をなすという話が秘密裏に入ってきて、事を荒立てたくない国王や父の策で、俺が内部を探る役割を担う事になったんだ。それから、今後の友好関係の為にも、両国の王族を政略結婚させるというのが俺の使命でもあった。でも、そうするとエルスト王子とレイアを結婚させるって案も出てきちゃって……。それを回避するのに苦労したんだから。それから、一応エルスト王子の婚約者候補のレイアに、俺から個人的な手紙を出すのは、バレた時にせっかく得た信頼を崩しかねなかったから、出す事が出来なかったんだ」

「……そうだったの……」

 じゃあ、エルドはマレーナを好きなわけじゃないのね。ここは小説の世界だけど内容は小説とは違うって事なのね!?
 ああ、でも、そうか……。私だって……――

「それで?レイアの好きな人は?ヴィンセットがずっと変わってないって言ってたけど、合ってる?」

「も、もう。お兄様ったらそんな事を……」

 と言って頬を染めて、少しむくれたレイアにエルドはその膨らんだ頬を優しく撫でて聞いた。

「レイア、ちゃんと教えてくれないか?誰が好きなのか……」

 レイアは恥ずかしくてチラリとエルドを見ただけで視線を外して答えた。

「え……と……、子供の時から、ずっとエルドが好き……」

 その言葉にエルドは破顔して、レイアを抱き締めた。

「はぁ……、やっとちゃんとレイアと婚約出来る!」

「ええ!?」

「子供の時から父上に言っていたんだよ。レイアと結婚したいって!」

「そ、そうだったの!?」

「そうだよ!だから、今回の遊学だって父上や国王に認められる為に頑張ったんだから。お陰でレイアと5年も会えなかったけど……」

 とエルドはレイアの肩に顔を埋めた。

「えっと……、頑張ってくれて、ありがとう?」

 すると、エルドは顔を少し上げて私を横目で見てきた。

「じゃあ、ご褒美が欲しい」

「え?ご褒……――」

 言い終わる前にエルドの唇がレイアの唇を塞いだ。

 エルドは唇を離すとレイアのオデコに自身のオデコをくっ付ける。

「やっと、レイアとキスできた……」

 超至近距離でそんな事を言われて、レイアの頭は大混乱していた。

「よ、良かった、ね?」

「うん、でも足りないからもう一回……」

 それからエルドは何度も私の唇に触れてきた。

 ちょっ、ちょっと待って!回数多すぎない!?

 何度目かのキスをレイアはエルドの口を手で押さえて止めると

「も、もうご褒美はお終い」

 と真っ赤な顔で言ったのだった――


 ◇


 それから、雨が止んで別荘へ戻った私達が仲良く手を繋いでいるのを見たお兄様は、こう言った。

「なんだよ?今日は俺とマレーナ王女の仲を深める為にここに来たんじゃなかったのか?」

 それを聞いたマレーナ王女は、恥ずかしそうに頬を染めた。
 その表情からは、お兄様と上手くいったのだろう事が伺える。エルドも同じ事を思ったのか

「そっちも仲を深めたようだから、良いじゃないか」  

 と答えた。

 そんなやり取りの最中、私がハンスの方をそっと見ると、ハンスはいつもの通り無表情であった。

 うーん。あの表情からでは、私とエルドの事をどう思ってるのか全く読めないわ。

 そう、一つ気がかりなのは、私の気持ちがエルドにある事で、ハンスの気持ちがどうなるのかって事なのだ。

 小説では、ハンスとレイアが思いを通わせたからハンスのレイアに対する思いは報われたのだけれど、じゃあ今、私の目の前にいるハンスの事を思うと、エルドと両想いになった事を手放しで喜べない。

 私は、エルドの手を離すとハンスの方へ向かった。

「あの、ハンス。なんだか、こんな事になってごめんなさい。もし、私の護衛を続けるのが辛いのならお父様に言って配置換えをして構わないから……」

 そう言って顔を上げるとハンスは切れ長の瞳を見開いて、驚いたように何度か瞬きした。それはまるで、何を言っているのか分からないというような表情である。

 あ、ハンスの表情から、感情が読み取れるわ……。
 って、そうじゃなくて、あら?私、なにか変な事言ったかしら?
 …………――――しばらく考えた後、私は顔から火が出る程、恥ずかしくなった。

 そうよ!ハンスも小説とは違って私の事を好きでもなんでもないんだわ!

 何とも思ってないのにこんな事いわれて、そりゃあ、いつも無表情のハンスだって、この王女何言ってるんだ?って顔になるわよ!!私の馬鹿ぁ!!

「ご、ごめんなさい、ハンス。私の勘違いだわ。とんだ失態をしてしまったわね。お願いだから、今聞いたことは、なかった事にして下さる?」

 真っ赤な顔で弁解するレイアに、ハンスはニッコリと笑みを浮かべて「かしこまりました。レイア王女様」と答えた。

 その笑顔に、やっぱりハンス推せるー!!

 とレイアは密かに思ったのだった――


 fin


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