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 舞踏会当日――


「レイア王女様、素敵ですわ」

「ありがとう」

 ドレスアップした私に侍女のミートが惚れ惚れしたように言うから、私は口元を少しだけ綻ばせた。
 そして、部屋の外で待っているハンスが呼ばれる。

「お兄様の所までエスコートしていって」

 私が左手を差し出すとハンスは一瞬目を見開いたが「かしこまりました」と告げると自身の腕を差し出した。

 私はその腕に掴まるとハンスにエスコートされて、お兄様の所へと向かう。

 小説ではこの時にハンスのモノローグが語られている。

 息を呑むほど美しいレイア王女に気持ちが高ぶっていた――と

 隣を歩くハンスを見ても相変わらずの無表情だけれど、気持ち高ぶってるのよね?
 とレイアは疑いの目を向けてハンスを見ていた。

「レイア。よく似合っているじゃないか」

「ありがとう。お兄様もいつも以上に素敵ですわ」

 そう、今日の舞踏会はお兄様にとっても運命の出会いが待っている。宮廷恋物語は私達兄妹の恋模様を描いた物語だったから、レイア王女と護衛騎士の恋物語だけでなくヴィンセット王子の恋物語もあるのだ。レイアとハンスの秘密の恋物語とは違いヴィンセットは恋と友情の間で揺らぐ切ない物語だった――

 私達が会場に入ると一斉に注目が集まる。

「まあ、ヴィンセット王子様ですわよ!」
「なんて格好いいのかしら!」
「レイア王女様、いつにも増してお美しいわ」
「お二人が並ぶと絵になりますわ」
「本当になんて美しいご兄妹かしら」


 会場に着いてすぐに、お兄様は殿方とのお話が始まり、私は令嬢方に囲まれて、ドレスやアクセサリーについて談笑していた。

 すると、1人の男性が令嬢達の間を割って入ってきた。

「レイア王女様、お目にかかれて光栄です。フォシェーン王国第一王子、エルスト・フォシェーンと申します」

「こちらこそ、エルスト王子よくおいで下さいました。どうぞ楽しんで下さい」

「ああ、噂には聞いていたけれど、本当に美しい姫君だ。この美しい金色の髪、吸い込まれそうな碧い瞳。ああ、どうかこれから二人で語らう時間を頂きたい。貴方の魅力について語りたいんだ!」

 うわぁ……エルスト苦手だわー。
 しかも二人になって、キスしようとするのもこっちは小説で読んで、全部知ってるのよ。
 でも、このエルストにキスをされそうになった所をハンスが助けてくれるんだけど、そのハンス様がもう滅茶苦茶格好いいのよね!しかもその後にはキュン死する程のハプニングが!!

 レイアがエルストへの返事を渋っていると、エルストの手がレイアの背中をいやらしく撫でた。

「さあ、行きましょう」

 うわっ!こんな描写なかったはずだけど!?テラスに行く前からこんな事してたのか。格好いいハンス様を拝む為でも行くの嫌だー!!

 すると反対側に人影が現れたと思ったら、エルストから引き離すように肩を抱いて私を引き寄せ、背中に隠された。

 え?え?何事!?

 私を背中に隠した紳士はエルストに向かってこう言った。

「エルスト王子様、ヴィンセット王子様の時間が空いたようなので、例の話をしに行きましょう」

 う、そ……

 背中越しでも分かる。
 5年前よりも背が伸びて、肩幅も広くなって、声も少し低くなったけど……――

 ――エルド!!

「いや、しかし、今は……」「さあ、さあ、参りましょう。私も久しぶりに祖国に帰って来たもので、挨拶が多くてなかなか時間が取れないんですよ!今を逃すと次にいつヴィンセットも交えて話せるか分かりませんから」

「あ、ああ」

 そう言ってエルスト王子は渋々レイアの元を去っていく。そして、エルドはその途中でこちらを振り返ると軽くウインクをしていった。

「あ、……」

 驚きの余りレイアはその場から動けなくなってしまった。

「レイア王女様?どうされたのですか?」
「レイア王女様?」

 名前を呼ばれても何も反応しない私に周りの令嬢達がどうしたのかとざわつき始める。
 そんな私を隠すように、ハンスは私をテラスへと連れて行ってくれた。

 テラスでも固まったままの私に、ハンスは少し時間を置いてから話し掛けてきた。

「レイア王女様、大丈夫ですか?」

「え!?な、何が!?な、なにも問題ないわよ?」

 私は柄にもなく動揺しまくっていた。完璧な淑女と持て囃されていたはずの私が、あの瞬間、何も考えられなくなってしまっていた。

 どうして、忘れていたんだろう。エルスト王子の来訪に合わせて遊学していたエルドが帰ってくるって事を――
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