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しおりを挟む500年前、一向に終結しないリザハ王国とスマラ王国の戦いに、俺は心を痛めていた。
俺は両国の状況が知りたくて、秘密裏にリザハ王国とスマラ王国に潜入する事にした。
まず訪れたのは、リザハ王国からだ。
外套のフードを被り、目立たぬようにして、リザハ王国内を回っていた。
どこの町も長引く戦争で、男達は兵に取られ、まともな仕事にもありつけず、女子供達は何とか食糧を確保しようと必死であった。
「ここの町は、王都からさほど遠くはないが、厳しい生活を送っているな」
「さっき見てきた貴族の屋敷は、武器やなんかの取引でそれなりに潤ってそうだったけど、平民には全然その恩恵はなさそうだね」
一緒に偵察に来た弟皇子のエリアスが言った。
すると、遠くからカラカラと荷台を引く音が聞こえてくる。見れば、ブロンドの髪を後ろに縛った薄紫の瞳の美しい女性が荷台を引いてやって来た。
すると、さっきまで光を失ったような目をしていた国民達の瞳に光が宿る。
「エヴェリーナ姫様!」「エヴェリーナ姫様!!」
すぐさま子供たちが駆け寄って、声を掛ける。
「みんな元気にしていた?」
エヴェリーナ姫は、子供達の頭を撫でると一緒に来た従者の女性達と共に、荷台から物資を下ろしていく。
「エヴェリーナ姫って、リザハ王国の王女だよな?王女自らこんな事をしているのか」
とエリアスが感心したように言っていると、エヴェリーナに駆け寄って行った女性達が
「エヴェリーナ姫様、旦那はうちの旦那はいつ帰って来られるんですか!?」
「婚約している彼から手紙が来なくなってしまったんです!彼は今、どうしているのでしょう!?」
と矢継ぎ早に質問した。
エヴェリーナは眉を下げ、申し訳なさそうに答えた。
「ごめんなさい。私には戦況がどうなっているのか詳しい事は分からなくて……。でも皆、大切な人を守る為に、戦ってくれているわ。だから、あなた達が元気でいる事が、兵に行ってしまった彼等の為にもなるのですよ」
エヴェリーナ姫はそう言って優しく微笑むと、物資を受け取る一人一人を励ましていった。
その後もエヴェリーナ姫は、一緒に来た従者達と怪我人の手当てをし、子供達には読み書きを教えていった。
「エヴェリーナ姫って凄いな。さっき町の人に聞いたら、他の町もああやって回ってるらしいよ」
人懐こいエリアスは、町の人とすぐに仲良くなるので、色々と情報を得るのに役立つ。
「あの物資もここの町を管理する貴族に、自ら交渉に行って取ってきたんだって」
俺は心底感心していた。
王族だからと奢らず、国民が苦しんでいる時は自らができる事を率先して出来る行動力に。
それからは、他の町へ行っても
「いつまでも戦争をやってる国王達の事は許せないが、エヴェリーナ姫の事はとても恨む気にはなれないね」
「ああ。こんなに私らの為に尽力してくれる姫様なんて他にいないよ。エヴェリーナ姫様が女王様になればいいのに」
と王族の話しを聞いてみると、国王や周りの貴族達には辛辣だが、エヴェリーナ姫の事を悪く言う民はいなかった。
ただ、彼女が出来る事にも限界はある。戦争が続く限り、国民の疲弊は増して行くばかりだった。
次はスマラ王国を訪れた。
だが、スマラ王国は、リザハ王国よりももっと荒れた状態となっていた。国民が暴動を起こし、犯罪も多発している。戦争をやめるように城の前に集まった国民と兵士の間では争いも起こっている。
スマラ王国は、かなり深刻だ。これは、早急に戦争を終わらせなければ……。
アヴィリアス帝国に帰って、父上に報告だ。
俺は、急いでアヴィリアス帝国に帰る途中にスマラ王国とリザハ王国の国境を通る事になった。まだ、治安の良いスマラ王国側を通っていると、スマラ騎士団や兵士達の駐屯地に出くわした。
俺達は茂みに隠れて移動していると、エリアスが立ち止まる。
「ねえ、あれってエヴェリーナ姫じゃないか?」
「え?」
まさか、こんな戦場の最前線にいるわけないだろ……と思って、エリアスが見ている方向を見ると、確かにそこにはエヴェリーナ姫がいた。
「こんな所で何をやってるんだ?」
どうやら、怪我人の手当てをしているようだが、一国の姫がわざわざここに来てまで、怪我人の手当てをする為だけに来たのか、疑問でもあった。
「ちょっと寄ってく?気になってるんだろ?」
とエリアスがいたずらっぽく聞いてきた。
俺は、エリアスになんとなく見透かされている気がして、少しムスッとして答えた。
「そうだな。何か新しい情報が掴めるかもしれないし」
俺達は、兵士を装って駐屯地に侵入した。すると、エヴェリーナ姫が兄であるエヴァン王子に意見している所に出くわした。
「お兄様!お願いします!戦争をやめるようにスマラ王国と話し合って下さい!お父様に言っても聞く耳を持って下さらないし、お兄様だってこのままではいけないと思っておいででしょう?」
エヴァンはエヴェリーナの肩を掴むと諭すように言う。
「エヴェリーナ、もう後には引けないんだよ。話し合いで何とかなる期間は過ぎた。お前だって国の為に死んでいった兵士や国民達の死を無駄にはしたくないだろ?エヴェリーナ、ここは危険だから、一刻も早く帰るんだ。いいな」
エヴェリーナは、エヴァンの説得に唇を噛み締めて納得できないような表情を浮かべていた。だが、そのままエヴァンが作戦会議だからとエヴェリーナと別れると、エヴェリーナは一人悔しそうに肩を震わせ涙を流していた。
「エヴェリーナ姫は、戦争を止めるためにこんな危険な場所まで来たんだな」
エヴェリーナは一緒に来ていたのだろう侍女らしき女性に連れられて駐屯地を後にしたので、俺達もアヴィリアス帝国に戻り皇帝に両国の状態を報告した。すると……
「すぐに両国に進軍だ。王族、上位貴族は全て処刑だ!」
「父上!お待ち下さい!全て処刑はあんまりでは?リザハ王国のエヴェリーナ姫やそれに遣える貴族子女らは、国民の為に動いております!国民からの信頼も厚く、彼女を処刑すれば、逆に国民感情を逆なですることになりかねません!」
「駄目だ!姫といえど王族を残せば、一部反発する者を誘発することになる。早くアヴィリアス帝国に馴染むためにも王族の者を残してはならない!」
「……はい」
仕方がない。
俺は自分に何度もそう言い聞かせた。エヴェリーナ姫は確かに人格者であったが、彼女が王族である以上、仕方がないと……――
「エリアス。お前はスマラ王国へ進軍の指揮をとってくれ。俺はリザハ王国へ進軍する」
「分かった。でも兄貴、仮に助けられても結婚は出来ないんだよ?そこ分かってる?」
「な、なんの事だ!?」
俺は明らかに動揺してしまった。
「エヴェリーナ姫だよ。兄貴、どうにかして助けようって考えてるんだろ?」
「――!!」
また、見透かされていて俺は口籠った。
分かっている。別に好きだとか、もちろん結婚したいだとか、考えているわけではない。ただ、彼女は国民の為に行動してきたのだから、助けられるのなら助けたいと思うだけだ。身分を隠しひっそりと暮らす事だって出来るのだから……
「別に俺は結婚したいとか思ってるんじゃない。ただ、彼女は国民の為に尽力していたんだ。そんな人物まで、王族だからと、処刑する必要はないと思っているだけだ」
おれがそう言うとエリアスは
「ふーん」
と言ってどこか納得していないように見えた。
それから、俺達は急いで進軍の準備を整えると両国へ向けて、進軍した――
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