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 きらびやかな王宮のホールに、ドレスアップした貴族令息令嬢達が集まっている。
 今日は王宮主催の舞踏会。そこに現れたのは青いドレスを着たマリッタだった。

「マリッタ!」

 中にいたエリーナがクレディと共にやって来た。

「そのドレス、素敵ね」

「ありがとう」

 マリッタは、眉を下げて笑った。

「あれから殿下とは?」

 マリッタは首を横に振った。

 あれから、学園ではオリヴェルに話しかけようとしても、避けられるようになってしまった。
 今日の舞踏会もどうしようか迷ったが、オリヴェルの使用人だという男がやって来てあの日のデートは、使用人達のミスだと謝りにきたのだ。そして、オリヴェルが私にプロポーズをする為に、色々していた事を知って、申し訳ない気持ちで一杯になった。

「殿下はあの日から塞ぎ込んでしまって、学園から帰ると部屋から出ようとしません。マリッタお嬢様、どうか殿下をお助け下さい。お願い致します」

 学園では、私の事を避ける以外はいつもと変わりなかったけれど、私のせいで殿下を傷付けたままにしてしまっている。
 オリヴェルが落ち込んでいるのは、使用人達のせいではない。私がオリヴェルの気持ちを蔑ろにしていたせだ。

 オリヴェルの好意に気付いていたのに、彼の気持ちを見ないようにしてた。
 それなのに甘えて、自分の事しか考えてなくて、本当に最低だ。
 オリヴェルの気持に答えられないなら、ちゃんと断らないといけなかったのに。
 だから、今日こそは、オリヴェルにちゃんと謝りたい。婚約者にはなれない事も今までオリヴェルに甘えていた事も……。

 舞踏会に行くことは決めたけど、流石にオリヴェルから送られてきた赤いドレスは着られなかった……。


「お嬢様方、ワインはいかがですか?」

 給仕の男性がワインを持ってきてくれた。

「ええ、ありがとう」「私はいいわ」

 エリーナはワインを断り、マリッタはワインを受け取った。

「良いのか?」「ええ」

 仲睦ましいエリーナとクレディにマリッタは少し複雑な笑みを浮かべた。

 二人が婚約した事を二人は次の日に教えてくれた。幸せそうな二人を見て凄く嬉しかったけど、いつもみたいに手放しで喜びを感じられなかったのは、オリヴェルが私の頭をよぎるからだ。今日だって、二人が初めて舞踏会でダンスを踊るシーンがあるけど、いつもみたいに手放しで楽しめる自信がない。

 貰った赤ワインを見つめていると、オリヴェルの赤い髪を思い出す。
 これからオリヴェルをさらに傷付けてしまうかもしれない事にマリッタは表情を強張せた。
 そして、グイッとワインを一気に飲み干す。

「マリッタ、そんなに一気に飲んで大丈夫?」

 エリーナが心配そうに言った時だった。

「あら、今日の舞踏会、よく来られたわね」

 と私の前に現れたのはチャーマル侯爵令嬢のファニカだった。

 最近、私がオリヴェルに避けられている事は学園中が知っている。だからか、こうして当たりの強い令嬢も出てきた。

 マリッタは空になったグラスを給仕のトレーに置くと

「招待されたので来ました」

 とファニカに軽くカーテシーをした。

「ふん。殿下に避けられてるくせに図々しい」

 ファニカの厳しい視線が私を蔑む。

 ああ、そういえばファニカって小説でエリーナにワインをかけたモブだったわね。

 マリッタの目は据わっていた。

「殿下に避けられるって事は、殿下はそれだけ私を意識してたって事よ。避けられる事もない人は、黙ってて下さい」

「なんですって!?」

 すると、ファニカが給仕のトレーからワイン取ったと思ったらそれを勢いよくこちらに向けた。

 うわ!掛けられる!!

 咄嗟に顔を庇うようにした瞬間、私の前に黒い影が現れた。

 バシャッ!!

「で、殿下……」

 殿下の服はワインで汚れていた。

「誰が俺の婚約者にこのような無礼を働いていいと言った!?」

「も、申し訳ございません」

 ファニカは、青い顔で震えていた。

「連れていけ」

 ファニカはそのまま従者に連れられて行った。

「かからなかったか?」

「はい。あ、あの殿下、ありがとうございます」

 まさか、オリヴェルが助けてくれるとは思わず、マリッタは顔が熱いのが、ワインのせいなのか、オリヴェルと久しぶりに話したせいなのか分からないでいた。

「俺が送ったドレスは気に入らなかったようだな」

「ち、違うわ。凄く素敵なドレスだった……。でも、私が着るには相応しくないと思って……」

 だって、婚約を断ろうとしてるのに平気な顔でオリヴェルが贈ってきたドレスを着られるわけがない。

「フンッ、そうか」

 オリヴェルが可笑しそうに鼻を鳴らすと、会場内に弦楽器の音が響き渡る。

「お前たち踊りに行って来たらどうだ?」

 オリヴェルは、心配そうに私達を見守っていたエリーナとクレディを見た。

「し、しかし……」

 クレディは、心配そうに私達を交互に見る。
 すると、オリヴェルはフンッと少し笑って

「今一番幸せなカップルが踊らなくてどうする。ほら、行ってこいよ。お前達が踊ればみんな気兼ねなく踊れるだろ?」

 と言った。
 クレディとエリーナは顔を見合わせると

「それでは、行ってまいまります」

 と私達に礼をして、二人はホールの中心に向かった。
 それに続くように他のカップル達も踊り始め、会場は先程の出来事がなかったかのように、騒がしさを取り戻した。

「あの、殿下お召しかえを」

 控えていた従者が言うと「ああ」とオリヴェルが軽く返事を返す。そして、私を見やると

「ほら、お前はあの二人が踊ってるのを見るんだろ?」 

 とホールの中心に目配せした。
 見れば、エリーナとクレディがお辞儀をして踊り始めようとしていた。

 そして、オリヴェルは出口に向かって行ってしまう。

「あ……」

 せっかく久しぶりに話せたのに……。
 エリーナとクレディが初めて舞踏会で踊るシーン。楽しみにしてたけど……、でも……!!

 マリッタは、出口を見るとそちらに向かって歩き出したのだった。


 会場の扉を出ると、オリヴェルの背中が見えた。

「オリヴェル!待って!」

 私の声にオリヴェルがこちらを振り向く。

「なんだ、あの二人を見なくて良いのか?俺の事など気にしなくて良い」

 そう言って、オリヴェルはまた前を向いて歩き出してしまおうとするから、私はドレスの裾を掴んで走り出す。

「待って!話を……」

 そこでマリッタの足がもつれた。

 ああ、ワインが効いてる……

 そして、そのままマリッタはバターンと絨毯の上に顔面を打ち付けた。

「マ、マリッタ!」

 慌ててマリッタの元に駆け寄ったオリヴェルは、マリッタを抱き起こす。

「あ、あの、私の話を……」

 やっと目の前にオリヴェルがやって来たので、必死に話そうとするも、ジンジンとおでこが痛んで鼻からは温かいものが垂れてくる。

「あの……だから……」

「マリッタ、もう話すな。これで鼻押さえてろ」

 オリヴェルは自分のポケットチーフを取ると、私の鼻に押し当てた。そして、そのまま私を横抱きにすると、ズンズンと廊下を歩き出す。

 休憩室に来ると私をソファに寝かせ、使用人が持ってきた布をオデコに乗せる。

「しばらくここで休んでろ」

 そう言うと、オリヴェルは部屋を出ていってしまった。

「あーあ、結局オリヴェル居なくなっちゃったよ。てか、私鼻血まで出して格好悪いし……、なんか……」

 そこで涙が滲んでくる。

「寂しいよ……」

 オデコにある布を目元に持ってきて出てくる涙を染み込ませる。

 暗い視界の中で、出てくるのはオリヴェルの顔ばかりで、なんで自分がこんなにオリヴェルの事ばかり思い出すのか、わけが分からなくなる。

 しばらくそうしていると扉が開く音がした。

 誰か使用人が様子を見に来たのかな……。泣き顔見られたくないから、布はこのままにしとこ。

「なんだ、寝てるのか?」

 って、オリヴェルじゃん!

 オリヴェルは、私の鼻にあるポケットチーフをそっとずらすと「血は止まったようだな」と呟いて溜め息を漏らした。

「こっちの気も知らないで、人の後ばっかりついてくんじゃねーよ。しかも怪我までして……。諦められないだろ?」

 そう言うと、オデコに温かい指が優しく触れる。

 びっくりして、身体が動くとズレた布の隙間からばっちりオリヴェルと目があってしまった。

「起きてたのかよ」

 オリヴェルは、不貞腐れた顔をして視線を逸した。

「起きてました」

「聞いてたなら、分かるだろ?さっさと断るなら断れよ。さっきもそれを言うために追いかけてきたんだろ?」

 私はギュッと唇を噛みしめると、布をとって起き上がった。そして、目の前にいるオリヴェルをしっかりと見つめる。

 王族である赤い髪に青い瞳。つり目な所がいかにも悪役っぽい。……でもよく見るとつり目で綺麗な青い瞳も貰ったドレスと同じ赤い髪もよく通った鼻筋も形の良い唇も何だか愛しく思えてしまう。

 ああ。何だこれ……。なんか胸がキュンキュンする。

「ええ、と……だから、その……」

 しどろもどろになりながら、顔がどんどん熱くなっていってなかなか言葉が出てこない。

「え……っと……」

「ああ、もういいって。どうせ断るなら、さっさと言ってくれ」

「本当は断るつもりで来たのに、さっきから……、ううん。この間からオリヴェルの事ばっかり考えちゃって……、なんかわけ分かんなくなってる……」

 そこまで言うと、マリッタの目にはまた涙が滲む。

「でも、私がオリヴェルの気持ちを無視して自分の事ばかりだったのは、本当だし。デートの日もオリヴェルが色々準備していてくれたって聞いたわ。それなのに本当にごめんなさい」

 マリッタは、オリヴェルに深々と頭を下げた。

「もう、それはいい。それよりも今のお前の気持は?」

 オリヴェルの視線が私を真っ直ぐに見つめる。
 その視線にまたドキッとして私は視線を逸した。

「今、今は……」

 私……、オリヴェルの事、好きなのかな?

 私は逸していた視線を恐恐オリヴェルの方へ戻すと、私を見つめるオリヴェルの視線とぶつかった。
 そこからは、青い瞳から今度は目が離せなくなった。

 ドクドクと心臓が波打つ音が気恥ずかしく感じるのに心地良い。

「私……今はオリヴェルの事……ちゃんと見てるよ……」

「うん……。ちゃんとマリッタの瞳に俺が映ってる……。嬉しいよ」

 その言葉に私は安心したように微笑んだ。

 すると、オリヴェルが私の手を取ってそっと口付ける。

「俺と結婚してくれるか?」

「……うん」

 オリヴェルは、嬉しそうに笑うと私を思い切り抱きしめた。

「やっと、返事したな」

「待たせてごめんね」

「未来の王妃は、友達の応援に忙しいらしいからな」

 ん?未来の王妃?

 私は抱き締めるオリヴェルの胸を押し返した。

「ちょ、ちょっと待って!王妃はちょっと!!」

 そうだった!小説ではオリヴェルは王位継承権剥奪されてたからすっかり忘れてた!!私が王妃とか無理に決まってんじゃん!

「は?今更、撤回出来るわけないだろ?どんだけ待ったと思ってんだよ」

「い、いやでも王妃は――んん!」

 私の文句はオリヴェルの唇に遮られた。

 唇が離れるとオリヴェルは満足げに笑って「あの二人のダンス観に行くか?」と言って手を差し出した。

「ええ!」

 そして、オリヴェルの手を取った時、服装が違う事に気が付いた。

いつの間に着替えたんだ!?

「俺達も踊るんだからな」

「え!?そうなの!?」

「当たり前だろ。王宮の舞踏会で俺が踊らなくてどうするんだよ」

「そ、そっか……」


 オリヴェルに手を引かれて、マリッタは、舞踏会のホールに戻ってきた。そして、ホールの中心にエスコートとされると、二人はお辞儀をして照れたように笑い合い、互いの手を取った。
 それは、後の国王と王妃の初めてのダンスであった――

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