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2章:頼み人の人生
第20話 山本香澄(5)
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いざ、実演に臨んでみると驚きの連続で。
私たちの台所事情がどれだけ未熟だったのかを思い知らされるハメに。
なんという恐ろしい子。
使ってる道具はアナログなのに、あんな味を叩き出すなんて。
この少女……佛野徹子ちゃんの底に知れなさに、唾を飲み込んだ。
そして。
煮込み等の待ち時間になると、二人してお喋りした。
テーブルを挟んで。
私は、自分たち夫婦のこと。
彼女は、自分のこと……。
いや、ちょっと違うかもしれない。
一方的に、家族の話になった時、私が彼との馴れ初めやらこれまで辿ってきた歴史の一部を話したとき。
ついうっかり、彼女にも話を振ってしまったんだ。
悪いことをしたと思ってる。
多分、わけありなんだろうな、って予想してたのに。
自分が啓一と本当に恋人として付き合うようになったのは中学の時で、そこの話からうっかり「徹子ちゃんは彼氏とはどういう感じなの?」って聞いてしまったのがいけなかった。
最初に会ったとき、デート衣装だったから、デートしているなら彼氏は当然居るはず、って漠然と思ってて。
聞かれた瞬間、彼女の顔が強張った。
「……アタシ、彼氏居ません。というか、作る気全くないです」
へ? と思った。
そしてうっかり「どうして?」って聞いてしまった。
理由のタチなんて、予想はついてたはずなのに。
馬鹿だったわ。
「……アタシの血が、汚れているからです」
彼女は、言い辛そうだった。
ポツリ、ポツリと話して、教えてくれた。
彼女の母親の話を。
彼女の母親は、よくモテる女だったらしい。
彼女の父親は、そのときに彼女と付き合っていた男のうちで、一番経済力のある男性で。
母親曰く「真面目一辺倒で、面白くないけど、金だけは良く稼いでくるからね」だったらしい。
でも、段々それでは我慢できなくなったらしく。
あるとき、外に男を作って、恋という名の欲望を追いかけ、自分たちを裏切って捨てて行ったらしい。
「アタシは、そういう、自分の欲望に忠実で、誠意や義理、責任という言葉からかけ離れた、汚れた最低の人間の血を引いているんです」
「だから、恋愛なんてしちゃだめなんです。きっと、同じことをするに決まってるから……」
酷い……!
私は彼女に同情した。
彼女の責任じゃないのに、そんな業を背負わせるなんて。
彼女の母親は、確かに最低だ。
家族を持ったら、自分の動物的欲求は抑えなきゃいけない。
そんなの、当たり前のことのはずなのに。
そんな当たり前のことができない、最低の人間が世の中には居る。
彼女はその犠牲者。
本当なら、もっと人生を謳歌できる子のはずなのに……
可哀想で、ならなかった。
「……なーんて」
彼女は、笑った。
「すみません。自分の中ではとっくに折り合いついてる話なんですけど、ついうっかり、マジになっちゃいました!」
無理に明るくしているようで、何だか、痛々しくて。
思わず、近寄り、彼女を抱きしめた。
彼女は、ハッとしたようだった。
「……アタシ、できることなら山本さんの家の子に生まれたかったですよ」
そういった彼女の目は、とても悲しかった。
そこから一気に仲良くなっていった気がする。
おでん以外にも、色々なレシピを教えてもらった。
そのどれもが、抜群に上手かった。
私たち一家に、徹子ちゃんという新しいピースが加わった。
幸せに、加速がついた気がしたんだ。
でも。
その日が、無情にやってきた。
保育園に澄子を迎えに行ってくれた啓一と合流し。
駅前のケーキ屋で、ケーキを受け取り、帰宅する予定だった。
その日、澄子の誕生日だったから。
誕生日プレゼントは、ランドセル。
そんなの、どのみち買うから他のにしなさいと言ったけど「これがいい!」って言って聞かなくて。
しょうがないからそうなった。
ケーキ屋と横断歩道を挟んで、向かいの道に車を停めた。
ケーキ屋を見る。
さっき連絡で「ケーキ屋についた。受け取ったら迎えお願い。香澄ちゃんはもう着いた?」って来てて。
「着いたよ。待ってる」と返した。
しばらくすると、ケーキ屋から二人が出てきた。
私は手を振った。
ここよ、と。
二人が気が付いて、横断歩道に差し掛かった。
信号は、青だった。
確かに、青だったのに。
一瞬、何が起きたのか分からなかった。
ものすごい速さの巨大な塊が、二人を撥ね飛ばした。
それが、信号無視で横断歩道に突っ込んできた、トラックだと気づくのに数秒必要だった。
「事故だ!」「人が撥ねられたぞ!」「救急車!」
目の前に、人の形に近いものがある。
ちいさなものと、それなりにおおきなもの。
木っ端微塵になったホールケーキ。
見覚えのある、服。
白いあれは、脳みそ?
あれは、眼球?
散らばってるのは、歯、かしら?
それとも、頭蓋骨の欠片?
……誰の?
……ねぇ、一体、誰の?
「あ……!」
喉の奥から、声が漏れてきた。
「ああああああああああああああ!!!」
私は、ハンドルを握ったまま叫んでいた。
獣のように。
泣きながら。
私たちの台所事情がどれだけ未熟だったのかを思い知らされるハメに。
なんという恐ろしい子。
使ってる道具はアナログなのに、あんな味を叩き出すなんて。
この少女……佛野徹子ちゃんの底に知れなさに、唾を飲み込んだ。
そして。
煮込み等の待ち時間になると、二人してお喋りした。
テーブルを挟んで。
私は、自分たち夫婦のこと。
彼女は、自分のこと……。
いや、ちょっと違うかもしれない。
一方的に、家族の話になった時、私が彼との馴れ初めやらこれまで辿ってきた歴史の一部を話したとき。
ついうっかり、彼女にも話を振ってしまったんだ。
悪いことをしたと思ってる。
多分、わけありなんだろうな、って予想してたのに。
自分が啓一と本当に恋人として付き合うようになったのは中学の時で、そこの話からうっかり「徹子ちゃんは彼氏とはどういう感じなの?」って聞いてしまったのがいけなかった。
最初に会ったとき、デート衣装だったから、デートしているなら彼氏は当然居るはず、って漠然と思ってて。
聞かれた瞬間、彼女の顔が強張った。
「……アタシ、彼氏居ません。というか、作る気全くないです」
へ? と思った。
そしてうっかり「どうして?」って聞いてしまった。
理由のタチなんて、予想はついてたはずなのに。
馬鹿だったわ。
「……アタシの血が、汚れているからです」
彼女は、言い辛そうだった。
ポツリ、ポツリと話して、教えてくれた。
彼女の母親の話を。
彼女の母親は、よくモテる女だったらしい。
彼女の父親は、そのときに彼女と付き合っていた男のうちで、一番経済力のある男性で。
母親曰く「真面目一辺倒で、面白くないけど、金だけは良く稼いでくるからね」だったらしい。
でも、段々それでは我慢できなくなったらしく。
あるとき、外に男を作って、恋という名の欲望を追いかけ、自分たちを裏切って捨てて行ったらしい。
「アタシは、そういう、自分の欲望に忠実で、誠意や義理、責任という言葉からかけ離れた、汚れた最低の人間の血を引いているんです」
「だから、恋愛なんてしちゃだめなんです。きっと、同じことをするに決まってるから……」
酷い……!
私は彼女に同情した。
彼女の責任じゃないのに、そんな業を背負わせるなんて。
彼女の母親は、確かに最低だ。
家族を持ったら、自分の動物的欲求は抑えなきゃいけない。
そんなの、当たり前のことのはずなのに。
そんな当たり前のことができない、最低の人間が世の中には居る。
彼女はその犠牲者。
本当なら、もっと人生を謳歌できる子のはずなのに……
可哀想で、ならなかった。
「……なーんて」
彼女は、笑った。
「すみません。自分の中ではとっくに折り合いついてる話なんですけど、ついうっかり、マジになっちゃいました!」
無理に明るくしているようで、何だか、痛々しくて。
思わず、近寄り、彼女を抱きしめた。
彼女は、ハッとしたようだった。
「……アタシ、できることなら山本さんの家の子に生まれたかったですよ」
そういった彼女の目は、とても悲しかった。
そこから一気に仲良くなっていった気がする。
おでん以外にも、色々なレシピを教えてもらった。
そのどれもが、抜群に上手かった。
私たち一家に、徹子ちゃんという新しいピースが加わった。
幸せに、加速がついた気がしたんだ。
でも。
その日が、無情にやってきた。
保育園に澄子を迎えに行ってくれた啓一と合流し。
駅前のケーキ屋で、ケーキを受け取り、帰宅する予定だった。
その日、澄子の誕生日だったから。
誕生日プレゼントは、ランドセル。
そんなの、どのみち買うから他のにしなさいと言ったけど「これがいい!」って言って聞かなくて。
しょうがないからそうなった。
ケーキ屋と横断歩道を挟んで、向かいの道に車を停めた。
ケーキ屋を見る。
さっき連絡で「ケーキ屋についた。受け取ったら迎えお願い。香澄ちゃんはもう着いた?」って来てて。
「着いたよ。待ってる」と返した。
しばらくすると、ケーキ屋から二人が出てきた。
私は手を振った。
ここよ、と。
二人が気が付いて、横断歩道に差し掛かった。
信号は、青だった。
確かに、青だったのに。
一瞬、何が起きたのか分からなかった。
ものすごい速さの巨大な塊が、二人を撥ね飛ばした。
それが、信号無視で横断歩道に突っ込んできた、トラックだと気づくのに数秒必要だった。
「事故だ!」「人が撥ねられたぞ!」「救急車!」
目の前に、人の形に近いものがある。
ちいさなものと、それなりにおおきなもの。
木っ端微塵になったホールケーキ。
見覚えのある、服。
白いあれは、脳みそ?
あれは、眼球?
散らばってるのは、歯、かしら?
それとも、頭蓋骨の欠片?
……誰の?
……ねぇ、一体、誰の?
「あ……!」
喉の奥から、声が漏れてきた。
「ああああああああああああああ!!!」
私は、ハンドルを握ったまま叫んでいた。
獣のように。
泣きながら。
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