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書き散らしただけのおまけです。
【本編後】職場に初めて久世が来た時の生田くんの独り言
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あぁ、来た来た。ビビって来ないかと思ったけどちゃんと約束の時間にやってきた。しかも僕が選んだプラダを着ている。そうそう、ディオールはだめだ。ただでさえ目立つ美貌なのに、あんなのを着てたら一人にしておけない。
透はいつものおずおずとした様子で店のドアを入ってきた。うつむき加減でチラチラと僕を探している。目が合ったので笑顔を見せてやる。嬉しいから自然とこぼれた。透も笑顔になった。あのパッと華が開いたような笑顔は僕にしか見せない。羨ましいだろう?
僕は指で示して、カウンターの端の席に透を誘導した。
「来たな」僕は透の前にジンフィズを置いて言った。
透は照れくさそうに僕を見る。うーん、かっこいい。二時間前まで一緒にいたのに見惚れてしまう。
「美味い」透がグラスに口をつけて言う。
「透には敵わないけど、それなりだろ?」
「いや、俺が作るより全然美味い」
お世辞でも嬉しい。ありがとう。
「ルイ!」
タクローに呼ばれた。開店そうそう千客万来だ。僕は注文を受けてカクテル作りに没頭する。
30分ほどお客と会話をしながら仕事に打ち込んでいたら、ドリンクは行き渡ったようで落ち着いてきた。
透の様子を伺う余裕がなかったが、見てみると相変わらず一人で黙々としている。グラスが空じゃないか。……声をかければいいのに。
「ねぇルイさん、仕事終わったらカラオケ行かない?」
「いいね! ルイさん行こうよ」
常連のエミリとハナだ。
「ごめんね、仕事が終わるとヘトヘトだから真っ直ぐ帰るよ」
「えー! 行こうよ。1時間くらい」
「ルイさん、彼女でも待ってるの?」
「彼女なんていないよ」
彼氏ならいるけど。僕は笑顔で受け流す。
「ルイさん、聞いてよ! 友達が男に酷い目にあってさ~」
「ルイさん、この間の作ってよ。あれ凄く美味しかった~」
ありがたいことだけど、ひっきりなしに声をかけられる。これじゃあ透に声をかけるどころではない。
ん? 悠輔が透の隣に腰を下ろしたぞ。お前はオーナーだろ? この店の混雑ぶりを見ろよ! 呑気に飲んでいる場合か? 手伝えよ!
あぁ、透にロックなんて飲ませて。僕がカクテルを作ってあげたいのに。
「ねぇ、ルイさん!」
「はいはい」僕はどんなに内心は苛ついていてもそれを見せないし、疲れたとしても笑顔は崩さない。心からの笑顔に見えるはずだ
バーテンダーなんて想像すらしていなかったけど、もしかしたら天職かもしれない。努力しているわけだけど、どうやらお酒だけでなく僕に会いに来てくれるお客さんも増えてきた。この仕事を与えてくれた悠輔には感謝をしないといけないが、伝える機会はなかなかない。顔を合わせるたびに腹が立つからな!
今も僕は息つく暇もないほど働いているというのに、悠輔は透の隣で楽しんでやがる。あのニヤけた顔がさらにムカつく!
あれ? 誰だ? 遠目からでも物凄い美人が現れた。悠輔が自分の席を譲って、透の隣に座らせている。誰だ? あれ……。
透が女性に興味なんて持たないだろう? ……ん? めちゃくちゃ笑顔になってるぞ! なんだ? 誰だあの女!
仕事なんて手につくか! 透がにこやかに喋りかける相手の女性のことが気になって、次々とかけられる声を振り切り僕は透のところへ向かった。
「何かご希望はありますか?」
僕は注文を聞くために声をかけた。
「……はい」
大人しそうな声でそう返しながら女性は僕と目を合わせた。
はあ? 中谷美枝じゃないか! 大物女優だ! 恐ろしいほどの美人だ。出演映画も何作か見ている。あの妖艶な流し目を思い出して心臓がドキリとした。かなり年上なはずだけど、スクリーンよりも、テレビで見るよりもずっと若々しくて美しい。まじかよ?
透の表情を見る。そんな顔を僕以外に向けるな! 何をデレデレと……ん? 演技力を褒めちぎっている。何作見てるんだ? お前は外国の古典映画専門じゃなかったのか? いつの間に……この間上映されたばかりの新作映画についても熱っぽく語っている。いつ見たんだよ。てかファンだったのか? 聞いたことないぞ。
僕は注文を聞くどころじゃない。西園寺はそんな僕をニヤニヤとした笑みを浮かべて見ている。見るなよクソッ!
「雅紀、何でもいい」
あ? 透が僕に何かを言った。いつものおどおどした様子だが、中谷美枝を伺いながらの調子だ。
「私も、何かおすすめをいただけますか?」
中谷美枝が僕に微笑を向けた。……クラクラするな。なんて笑顔だ。きれいすぎる。
「雅紀!」西園寺が呆れた顔で僕を見た。
ああ、ふたりとも僕に注文を伝えてくれたのか。それどころじゃないのに!
僕はカクテルを作るために元の場所へ戻った。
「あれ、中谷美枝?」
「ルイさん知り合いなの?」
「すごー! ちょーキレイ!」
他の客も彼女に気がついたようでその美貌を褒め上げている。ここは俳優も芸能人も来る店だが、中谷美枝レベルの大物が来店したのは初めてだ。悠輔の様子を見ると知り合いのようだが、透に紹介するために連れてきたのだろうか? そう考えるとますます苛ついた。
「あの隣の人は? 俳優?」
「うそ? でも確かに中谷美枝の横にいても違和感ないくらいにかっこいい」
「絶対そうだよ。一般人じゃないって」
「映画のワンシーンみたい」
何だって? うっとりとするなよ! 透は一般人だ。……首相の孫だけどそのはずだ。
「仲良いね。恋人?」
「まさか? 中谷美枝って結婚してるでしょ?」
「じゃあ不倫?」
「うそー? 堂々としすぎじゃない? それにオーナーさんもいるじゃん」
「それにしては親しすぎない? 大物女優があんなにはしゃぐかな?」
僕はその言葉が耳に入って、カクテルを作る手を止めて透を見た。
距離が近いな! 恋人かのように寄り添い合って会話をしている。音楽がうるさくて会話ができないのか? それとも中谷美枝のそばに近寄りたいのか? なんて楽しそうなんだ!
僕は限界だった。僕だって透の前で客に愛想を振りまいて楽しそうに会話をしている。透はそれを見せられて、仕事なのだからと納得しながらも面白くないことくらいわかっている。わかってはいるけど、初対面では目も合わせられない引っ込み思案の透が、あんな美人と笑顔で楽しそうにはしゃいでいる姿に耐えられるか? 僕は自分のことを棚に上げて頭に血がのぼり始めた。
このバーテンダーという仕事に生きがいを持っていたが、最早どうでもいい。僕目当てに来る客もいるからと笑顔を絶やさずにいたけど、知ったことか。僕の人生で一番大事なものは仕事じゃない。透だ。
この嫉妬深い僕の性格を知りながらそんな楽しげな姿を見せているんだよなあ? 透。僕がどう出るか予測できないはずはないだろう?
悠輔が立ち上がって僕の方へ向かってきた。僕の顔がバーテンダーのルイではなくなっていることに気がついたからだろう。しかしもう手遅れだ。お前のお遊びの結果がこれだよ。
「透、ちょっと来い」
僕は透を睨みつけながら有無を言わさぬ口調で言った。
中谷美枝は驚いた目を向けている。うぅ、どんな表情でも美しいな。
透は寸前までの笑顔はどこへやら、僕の態度に焦った様子で立ち上がった。
僕はカウンターを出て、透の横へ回る。透の腕を掴んで店の出口へと引っ張っていく。
その時、音楽を打ち消すほど人の声で賑わっていた店内が少し静かになった。ドアを出る前にフロアの方へ視線を向けると、客の半分くらいが僕たちを見ている。
ふん、見るがいい。この透は僕のものだと知るがいい。
透もざわめき声が少なくなったことに気がついたようで僕と同じく振り返った。自分を見ている客に気づいた様子で、僕をおずおずと伺うような素振りを見せる。
僕は怒りをあらわにしたまま、透を店の外へ連れ出した。
店を出て、腕を掴んだまま透を引っ張っていく。
人気のない路地裏を見つけたので、透をそこへ引きずって、ビルの壁に押し付けた。
睨みつけてやる。
「雅紀、どうした?」
不安げな顔で僕を宥めようとおろおろしている。
僕はそれには答えず、荒々しくキスをしてやった。
「雅紀!」
路地裏とは言え東京の往来でキスをされて焦ったのか、透は力を入れて僕を引き剥がした。
「何を見せつけているんだ、この僕に」
「はあ? ただ話しているだけだ」
またそれか。それしか言えないのか? 僕を宥めるための語彙力が不足してるぞ。
「僕の店に来て、僕の目の前であんな真似はするな」
「話していただけだ。彼女の演技が好きなんだ。……悠輔にたまたまその話をしたら紹介してくれたんだ」
「何も僕の店で紹介されることはないだろ?」
透は返答に詰まった様子で目を逸らした。冷静になれば、それを透に言っても仕方がないとはわかっているけど、嫉妬に狂った僕にその頭はなかった。
「そうか、わかったよ。紹介されたのなら相手をしなければならないな。じゃあ戻れよ」
「……雅紀は仕事は……」
「戻れるか? 僕たちが恋人だと表には出せないのに、他の客に愛想を振りまきながら、透が僕以外にあんな顔を向ける姿なんて見ていたくない! 仕事なんか知るか!」
透は困っているようだ。考え込んで何も言わない。雅紀だって俺の前で、なんて言い返すこともしない。
僕はそんな透を見て少し冷静になった。
「ごめん……戻ろう」
嫉妬して怒鳴りつけたことが急に恥ずかしくなり、透をそのままにして店へ戻った。
店のドアを開けると、出ていったときのようにざわめきが半減して僕は視線を集めた。
何を見ている。嫉妬に狂って馬鹿をした僕の姿は哀れか? ふんっ。
カウンターへ戻った途端にタクローに嫌味を言われた。
「忙しいときに何してる」
うるさい! 忙しくなったのは僕のおかげだろ? タクローもこの店を始めていい稼ぎになっているはずだ。ここの給料以外にも裏で稼いでいることを僕が知らないとでも思っているのか?
僕が注文を待ちながらグラスを拭き始めても、誰も話しかけにこない。開店したが早いかひっきりなしに声をかけられるというのに、こんなことは最初の頃以来だ。僕が笑顔を見せずに苛々としているからだろう。混雑している店内で、僕の前のカウンターだけは空いている。
悠輔は中谷美枝の相手をしていて、僕の様子を伺ってはいるものの、近づいてたしなめることができないようだ。
「ジンフィズを」
オーダーを受けて僕はグラスから顔を上げた。
透だ。
「僕の作るカクテルなんて美味くない」
僕はまだふてくされている。
「雅紀のものなら何でも最高だ。大好きだよ」
透が笑顔でそう言った。
僕たちの様子を伺っていたのか再び賑わう人の声は止んでいる。そのためか、音楽が流れていても透のその言葉は僕以外にも届いているようだ。
「……肉じゃがも、味噌汁も、炊き込みご飯も、煮物も……どれも全部最高だ」
透は照れながらも、客の視線を集めていることに気づいていても、さらに言葉を続けた。
「……その……愛してるからだけじゃなく、本当に美味いと思う。だから……カクテルも……」
言いながら透は限界が来たのか、顔を真っ赤にして俯いた。
あの内気で恥ずかしがり屋の透が、注目を浴びていることを知りながら、大勢の前でこんなことを言うなんて!
僕は思わず笑顔になって言った。
「僕も同じだ。愛してるからじゃなくて、本当に透のカクテルの方が美味いと思う」
透は僕の言葉で顔を上げて、僕たちは目を合わせた。可笑しくなって二人は吹き出した。
周りでは僕の恋人が男性で、その相手と客の面前で愛を伝え合っていると大騒ぎになっているが、僕はどうでもよかった。悠輔は店の評判を気にして苛々としているようだが、悠輔も透のことが大好きだから、僕たちの仲が険悪にならずに済んだことで結局は許さざるを得ないだろう。
僕は人気が落ちることを覚悟の上だったが、結果は逆だったようで、僕の相手が透だったことがむしろ僕の評判を上げた。同性愛であることを嫌悪するどころか、あのルイさんが誰か女のものになるよりもいいと言って応援されたほどだ。
俳優と見紛うほどのイケメンで、顔を赤らめながらも大胆なことを言った姿が好感を抱かせたのか、表立って透を不快に言う人はおらず、しばらく透が店に顔を出さないとなぜ来ないのかと聞いてくる客すら現れた。
それもあって、透が暇な時は透も連れて出勤するようになった。透もお客と会話をするようになり、一人で飲むより楽しそうだ。僕もさすがに嫉妬することはない。……今のところは。
僕たちは昼と夜とで仕事の時間が違う二人だったから、そうやって一緒にいることができて嬉しかった。
透も悠輔と仕事をし始めたことだし、僕の仕事も安泰だ。
こんなに幸せでいいのだろうかと不安になるほどだが、これでいいんだ。こうやって平穏に日常を過ごしていくことが、それを当たり前だと思わず、日々実感することが幸せなんだ。
そのためにもできるだけ嫉妬心は抑えるように頑張るよ。それも僕の魅力のひとつだって? そんなことはない。
僕が成長した姿をまた見に来てほしい。今度会うときにはもう少しマシな男になっているはずだ。それまで努力をし続けるよ。大好きな透のために。
それじゃあ、またな! ここまで付き合ってくれてありがとう。嬉しかったよ。みんな元気で。さようなら!
透はいつものおずおずとした様子で店のドアを入ってきた。うつむき加減でチラチラと僕を探している。目が合ったので笑顔を見せてやる。嬉しいから自然とこぼれた。透も笑顔になった。あのパッと華が開いたような笑顔は僕にしか見せない。羨ましいだろう?
僕は指で示して、カウンターの端の席に透を誘導した。
「来たな」僕は透の前にジンフィズを置いて言った。
透は照れくさそうに僕を見る。うーん、かっこいい。二時間前まで一緒にいたのに見惚れてしまう。
「美味い」透がグラスに口をつけて言う。
「透には敵わないけど、それなりだろ?」
「いや、俺が作るより全然美味い」
お世辞でも嬉しい。ありがとう。
「ルイ!」
タクローに呼ばれた。開店そうそう千客万来だ。僕は注文を受けてカクテル作りに没頭する。
30分ほどお客と会話をしながら仕事に打ち込んでいたら、ドリンクは行き渡ったようで落ち着いてきた。
透の様子を伺う余裕がなかったが、見てみると相変わらず一人で黙々としている。グラスが空じゃないか。……声をかければいいのに。
「ねぇルイさん、仕事終わったらカラオケ行かない?」
「いいね! ルイさん行こうよ」
常連のエミリとハナだ。
「ごめんね、仕事が終わるとヘトヘトだから真っ直ぐ帰るよ」
「えー! 行こうよ。1時間くらい」
「ルイさん、彼女でも待ってるの?」
「彼女なんていないよ」
彼氏ならいるけど。僕は笑顔で受け流す。
「ルイさん、聞いてよ! 友達が男に酷い目にあってさ~」
「ルイさん、この間の作ってよ。あれ凄く美味しかった~」
ありがたいことだけど、ひっきりなしに声をかけられる。これじゃあ透に声をかけるどころではない。
ん? 悠輔が透の隣に腰を下ろしたぞ。お前はオーナーだろ? この店の混雑ぶりを見ろよ! 呑気に飲んでいる場合か? 手伝えよ!
あぁ、透にロックなんて飲ませて。僕がカクテルを作ってあげたいのに。
「ねぇ、ルイさん!」
「はいはい」僕はどんなに内心は苛ついていてもそれを見せないし、疲れたとしても笑顔は崩さない。心からの笑顔に見えるはずだ
バーテンダーなんて想像すらしていなかったけど、もしかしたら天職かもしれない。努力しているわけだけど、どうやらお酒だけでなく僕に会いに来てくれるお客さんも増えてきた。この仕事を与えてくれた悠輔には感謝をしないといけないが、伝える機会はなかなかない。顔を合わせるたびに腹が立つからな!
今も僕は息つく暇もないほど働いているというのに、悠輔は透の隣で楽しんでやがる。あのニヤけた顔がさらにムカつく!
あれ? 誰だ? 遠目からでも物凄い美人が現れた。悠輔が自分の席を譲って、透の隣に座らせている。誰だ? あれ……。
透が女性に興味なんて持たないだろう? ……ん? めちゃくちゃ笑顔になってるぞ! なんだ? 誰だあの女!
仕事なんて手につくか! 透がにこやかに喋りかける相手の女性のことが気になって、次々とかけられる声を振り切り僕は透のところへ向かった。
「何かご希望はありますか?」
僕は注文を聞くために声をかけた。
「……はい」
大人しそうな声でそう返しながら女性は僕と目を合わせた。
はあ? 中谷美枝じゃないか! 大物女優だ! 恐ろしいほどの美人だ。出演映画も何作か見ている。あの妖艶な流し目を思い出して心臓がドキリとした。かなり年上なはずだけど、スクリーンよりも、テレビで見るよりもずっと若々しくて美しい。まじかよ?
透の表情を見る。そんな顔を僕以外に向けるな! 何をデレデレと……ん? 演技力を褒めちぎっている。何作見てるんだ? お前は外国の古典映画専門じゃなかったのか? いつの間に……この間上映されたばかりの新作映画についても熱っぽく語っている。いつ見たんだよ。てかファンだったのか? 聞いたことないぞ。
僕は注文を聞くどころじゃない。西園寺はそんな僕をニヤニヤとした笑みを浮かべて見ている。見るなよクソッ!
「雅紀、何でもいい」
あ? 透が僕に何かを言った。いつものおどおどした様子だが、中谷美枝を伺いながらの調子だ。
「私も、何かおすすめをいただけますか?」
中谷美枝が僕に微笑を向けた。……クラクラするな。なんて笑顔だ。きれいすぎる。
「雅紀!」西園寺が呆れた顔で僕を見た。
ああ、ふたりとも僕に注文を伝えてくれたのか。それどころじゃないのに!
僕はカクテルを作るために元の場所へ戻った。
「あれ、中谷美枝?」
「ルイさん知り合いなの?」
「すごー! ちょーキレイ!」
他の客も彼女に気がついたようでその美貌を褒め上げている。ここは俳優も芸能人も来る店だが、中谷美枝レベルの大物が来店したのは初めてだ。悠輔の様子を見ると知り合いのようだが、透に紹介するために連れてきたのだろうか? そう考えるとますます苛ついた。
「あの隣の人は? 俳優?」
「うそ? でも確かに中谷美枝の横にいても違和感ないくらいにかっこいい」
「絶対そうだよ。一般人じゃないって」
「映画のワンシーンみたい」
何だって? うっとりとするなよ! 透は一般人だ。……首相の孫だけどそのはずだ。
「仲良いね。恋人?」
「まさか? 中谷美枝って結婚してるでしょ?」
「じゃあ不倫?」
「うそー? 堂々としすぎじゃない? それにオーナーさんもいるじゃん」
「それにしては親しすぎない? 大物女優があんなにはしゃぐかな?」
僕はその言葉が耳に入って、カクテルを作る手を止めて透を見た。
距離が近いな! 恋人かのように寄り添い合って会話をしている。音楽がうるさくて会話ができないのか? それとも中谷美枝のそばに近寄りたいのか? なんて楽しそうなんだ!
僕は限界だった。僕だって透の前で客に愛想を振りまいて楽しそうに会話をしている。透はそれを見せられて、仕事なのだからと納得しながらも面白くないことくらいわかっている。わかってはいるけど、初対面では目も合わせられない引っ込み思案の透が、あんな美人と笑顔で楽しそうにはしゃいでいる姿に耐えられるか? 僕は自分のことを棚に上げて頭に血がのぼり始めた。
このバーテンダーという仕事に生きがいを持っていたが、最早どうでもいい。僕目当てに来る客もいるからと笑顔を絶やさずにいたけど、知ったことか。僕の人生で一番大事なものは仕事じゃない。透だ。
この嫉妬深い僕の性格を知りながらそんな楽しげな姿を見せているんだよなあ? 透。僕がどう出るか予測できないはずはないだろう?
悠輔が立ち上がって僕の方へ向かってきた。僕の顔がバーテンダーのルイではなくなっていることに気がついたからだろう。しかしもう手遅れだ。お前のお遊びの結果がこれだよ。
「透、ちょっと来い」
僕は透を睨みつけながら有無を言わさぬ口調で言った。
中谷美枝は驚いた目を向けている。うぅ、どんな表情でも美しいな。
透は寸前までの笑顔はどこへやら、僕の態度に焦った様子で立ち上がった。
僕はカウンターを出て、透の横へ回る。透の腕を掴んで店の出口へと引っ張っていく。
その時、音楽を打ち消すほど人の声で賑わっていた店内が少し静かになった。ドアを出る前にフロアの方へ視線を向けると、客の半分くらいが僕たちを見ている。
ふん、見るがいい。この透は僕のものだと知るがいい。
透もざわめき声が少なくなったことに気がついたようで僕と同じく振り返った。自分を見ている客に気づいた様子で、僕をおずおずと伺うような素振りを見せる。
僕は怒りをあらわにしたまま、透を店の外へ連れ出した。
店を出て、腕を掴んだまま透を引っ張っていく。
人気のない路地裏を見つけたので、透をそこへ引きずって、ビルの壁に押し付けた。
睨みつけてやる。
「雅紀、どうした?」
不安げな顔で僕を宥めようとおろおろしている。
僕はそれには答えず、荒々しくキスをしてやった。
「雅紀!」
路地裏とは言え東京の往来でキスをされて焦ったのか、透は力を入れて僕を引き剥がした。
「何を見せつけているんだ、この僕に」
「はあ? ただ話しているだけだ」
またそれか。それしか言えないのか? 僕を宥めるための語彙力が不足してるぞ。
「僕の店に来て、僕の目の前であんな真似はするな」
「話していただけだ。彼女の演技が好きなんだ。……悠輔にたまたまその話をしたら紹介してくれたんだ」
「何も僕の店で紹介されることはないだろ?」
透は返答に詰まった様子で目を逸らした。冷静になれば、それを透に言っても仕方がないとはわかっているけど、嫉妬に狂った僕にその頭はなかった。
「そうか、わかったよ。紹介されたのなら相手をしなければならないな。じゃあ戻れよ」
「……雅紀は仕事は……」
「戻れるか? 僕たちが恋人だと表には出せないのに、他の客に愛想を振りまきながら、透が僕以外にあんな顔を向ける姿なんて見ていたくない! 仕事なんか知るか!」
透は困っているようだ。考え込んで何も言わない。雅紀だって俺の前で、なんて言い返すこともしない。
僕はそんな透を見て少し冷静になった。
「ごめん……戻ろう」
嫉妬して怒鳴りつけたことが急に恥ずかしくなり、透をそのままにして店へ戻った。
店のドアを開けると、出ていったときのようにざわめきが半減して僕は視線を集めた。
何を見ている。嫉妬に狂って馬鹿をした僕の姿は哀れか? ふんっ。
カウンターへ戻った途端にタクローに嫌味を言われた。
「忙しいときに何してる」
うるさい! 忙しくなったのは僕のおかげだろ? タクローもこの店を始めていい稼ぎになっているはずだ。ここの給料以外にも裏で稼いでいることを僕が知らないとでも思っているのか?
僕が注文を待ちながらグラスを拭き始めても、誰も話しかけにこない。開店したが早いかひっきりなしに声をかけられるというのに、こんなことは最初の頃以来だ。僕が笑顔を見せずに苛々としているからだろう。混雑している店内で、僕の前のカウンターだけは空いている。
悠輔は中谷美枝の相手をしていて、僕の様子を伺ってはいるものの、近づいてたしなめることができないようだ。
「ジンフィズを」
オーダーを受けて僕はグラスから顔を上げた。
透だ。
「僕の作るカクテルなんて美味くない」
僕はまだふてくされている。
「雅紀のものなら何でも最高だ。大好きだよ」
透が笑顔でそう言った。
僕たちの様子を伺っていたのか再び賑わう人の声は止んでいる。そのためか、音楽が流れていても透のその言葉は僕以外にも届いているようだ。
「……肉じゃがも、味噌汁も、炊き込みご飯も、煮物も……どれも全部最高だ」
透は照れながらも、客の視線を集めていることに気づいていても、さらに言葉を続けた。
「……その……愛してるからだけじゃなく、本当に美味いと思う。だから……カクテルも……」
言いながら透は限界が来たのか、顔を真っ赤にして俯いた。
あの内気で恥ずかしがり屋の透が、注目を浴びていることを知りながら、大勢の前でこんなことを言うなんて!
僕は思わず笑顔になって言った。
「僕も同じだ。愛してるからじゃなくて、本当に透のカクテルの方が美味いと思う」
透は僕の言葉で顔を上げて、僕たちは目を合わせた。可笑しくなって二人は吹き出した。
周りでは僕の恋人が男性で、その相手と客の面前で愛を伝え合っていると大騒ぎになっているが、僕はどうでもよかった。悠輔は店の評判を気にして苛々としているようだが、悠輔も透のことが大好きだから、僕たちの仲が険悪にならずに済んだことで結局は許さざるを得ないだろう。
僕は人気が落ちることを覚悟の上だったが、結果は逆だったようで、僕の相手が透だったことがむしろ僕の評判を上げた。同性愛であることを嫌悪するどころか、あのルイさんが誰か女のものになるよりもいいと言って応援されたほどだ。
俳優と見紛うほどのイケメンで、顔を赤らめながらも大胆なことを言った姿が好感を抱かせたのか、表立って透を不快に言う人はおらず、しばらく透が店に顔を出さないとなぜ来ないのかと聞いてくる客すら現れた。
それもあって、透が暇な時は透も連れて出勤するようになった。透もお客と会話をするようになり、一人で飲むより楽しそうだ。僕もさすがに嫉妬することはない。……今のところは。
僕たちは昼と夜とで仕事の時間が違う二人だったから、そうやって一緒にいることができて嬉しかった。
透も悠輔と仕事をし始めたことだし、僕の仕事も安泰だ。
こんなに幸せでいいのだろうかと不安になるほどだが、これでいいんだ。こうやって平穏に日常を過ごしていくことが、それを当たり前だと思わず、日々実感することが幸せなんだ。
そのためにもできるだけ嫉妬心は抑えるように頑張るよ。それも僕の魅力のひとつだって? そんなことはない。
僕が成長した姿をまた見に来てほしい。今度会うときにはもう少しマシな男になっているはずだ。それまで努力をし続けるよ。大好きな透のために。
それじゃあ、またな! ここまで付き合ってくれてありがとう。嬉しかったよ。みんな元気で。さようなら!
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