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その溺愛の終着点

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 久世と生田は二ヶ月半ぶりに自分たちのマンションへと帰ってきた。荷物を取りに来ることはあったが、ちゃんと二人で帰ってきたのは久世の誕生日以来ということになる。

 部屋へ入るなり、久世は生田の手を引いて力強く抱きしめた。
 西園寺の使用人が運転する車で帰宅したため今ようやく二人きりになり、何よりも先に生田に触れたくなったのだ。本来の久世らしからぬ積極性は、自分のためにと行動してくれた生田に対する想いが高ぶり、おどおどとして配慮する消極性を上回ったがゆえだった。
 抱きしめて、久世は生田にキスをした。玄関口に立ったまま、久世の誕生日の日に生田からされたように、今度は久世の方からこれでは足りないとでもいうほどに昂ぶりを煽るキスをした。

 久世が離れると、生田は嬉しげに笑みを返した。
「透、そんなに寂しかったのか? 僕に会えて嬉しい?」
「……雅紀、ありがとう」
「今『雅紀、愛してるよ』って言った?」
「言った。雅紀、愛している。ありがとう」
 久世は冗談ではない、本心からだと伝えるために真剣に言った。生田もそれがわかったようで、笑みを消し真面目な顔で応える。
「……透のためなら大したことじゃない」
「雅紀に人生を変えてもらった。俺は何もしないまま、ただ助けてもらっただけだ」
「違うよ。透が僕を変えたんだ。人の言うままに手助けしたことはあるけど、あんな面倒なことを自分からしたことは今までにない。透だからだ。他人のことなんかどうでもいいと思っていた僕が、透のためなら何でもしたいと思った。つまり、透が自分で変えたんだ。僕を落としたことでね」
 久世は生田の言葉の意味を考えるように、眉間に皺を寄せて壁に視線を向けた。
「おいおい、せっかく二人きりになれたというのにいつまでそんな仏頂面をしている。喋るのもいい加減飽きた」

 久世はその言葉で気づいたような顔をして、赤らめながら生田に目を合わせる。
「……わかった」
 そう言ってまた生田を抱きしめてキスをした。生田を愛おしむように、先ほどよりも深く息が切れるほどのキスをした。久世は生田の唇から離れて、今度は首へ肩へと下りていく。
 生田は驚いていた。久世が自らこんな風に情熱をぶつけてくることは滅多にない、いや初めてかもしれないと言った様子で戸惑いを見せた。しかし何かを考えついたようで笑顔になると言った。

「透、いいよ。僕は何もしない。透の好きなようにしてくれ」

 久世はその言葉で生田から身体を離した。生田の表情を伺うと嬉しそうな笑顔を向けている。久世の大好きなあの笑顔だ。
 久世は生田の手を引いて寝室へと向かう。生田はニヤニヤとしながらついていく。

 二ヶ月も掃除していない部屋はホコリっぽいし、荷物を持っていったままクローゼットの中身が散乱して荒れている。物の少ない二人にしてはという意味で普通に見たら片付いている範疇ではあるが、いつもの久世なら落ち着かなくなっただろう。しかし今はそれどころではなかった。

 ベッドの横で生田を立ち止まらせ、久世は生田の衣服を脱がせていく。遠慮がちに戸惑いながら脱がせるからか、生田は堪らない様子で手が出そうになるのを懸命に堪えている。
 久世は自分の服を脱ぐときもまごついて、生田は遂に手を出そうとした。それに気づいた久世はいきなりベッドに生田を押し倒す。雅紀は自分で言っただろう? 『僕は何もしない』と。そう言ったからには何もするな。
 脱ぎかけのシャツを乱しながら久世は生田の全身を愛撫する。いつもされているばかりだが、今日は俺が雅紀を喜ばせる、そう決意して臨みながらもおずおずと、いいのだろうか、喜んでくれるのだろうかと、手を出しては引っ込める。その触れては離す、躊躇ためらう手つきが生田をそそったのか、久世の想像した以上の反応を見せた。敏感になり、久世に触れられるところ全てが快感だとでも言うように息をもらして声を出す。初めて聞いた生田のその声に久世は煽られた。いつもは自分がされる側なのに、今や久世が生田を昂らせている。何もしないとの約束がゆえに手を出せず、焦れているその悶えもたまらない。まだ最後の部分にまで到達していないというのに、眉をしかめて目を逸らす。逸らさなければ耐えられない、そこまで熱くなっているのかと思うと、ただ攻めているだけの久世も耐え難いほどに欲情した。

 生田への愛おしさが募った。久世のためにしたその愛情に果たして返せるものがあるのかと、自己卑下するほどに胸を打たれた。雅紀が喜ぶことなら何でもしたいと、出会った頃から考えうる限りのことをしてきたが、満足してくれていただろうか。雅紀は『透が僕を変えたんだ』と言ってくれたが、雅紀が俺を変えたんだ。こんなに積極的に相手を喜ばせようとしたことはない。しようと思ったこともなかった。

 生田を見る。火照った身体が汗ばんでいてなまめかしい。手で前髪をかきあげ、声をもらすまいと口を結んで、切なげに見据えるその目が……久世はゾクゾクとした。
 久世はたまらなくなって生田のものを口にいれた。丁寧に、生田が感じるように動かしていく。生田は既に限界まできていたのか、久世が口に入れた瞬間に暖かく濡れたそれは脈打った。なんとかして耐える表情が愛おしい。「透だめだ……いってしまう……まだだめだ……」生田の静止も聞かず、久世は巧みに愛をぶつけた。生田はすぐに果て脱力した。

 久世は脱力した生田に配慮をするべきかと迷ったが、それは一瞬だった。雅紀をもっと喜ばせたい、その想いに支配され他のことは頭から消えた。
 脱力している生田にキスをして、再び指で愛撫する。先程の躊躇いはなく、一方的に味わいたいとでもいうように全身を攻め、生田は脱力している暇が無いほどに再び悶え始めた。久世はまた生田のものを手で動かし始める。「おい透、もう少し休ませろ! いくらなんでもすぐには無理だ……ああっ……透……」生田は再び快楽に沈んだ。堪らえようもないほどに快感が立ち上る。猛った生田は体を起こして久世の首元に抱きつき、貪るようにキスを返す。生田の吐息と絡みつく舌で、久世も煽られ昂った。そして生田が言った。「透、上に乗れ」

 生田の上に覆いかぶさっていた久世はその言葉で起き上がる。生田は妖艶とも言える笑みで久世を見上げている。興奮が覚めやらず、息を切らせ、いつもの生田とは別人のように目が据わり、久世をく。
 久世は荒々しくコンドームの封を切り、生田に装着すると、ゆっくりとまたがった。

 久世は快楽の命ずるがままに動いた。「ああ、透、好きだよ透」雅紀、俺も好きだ。「……そうだ。僕は何もしないんだから、透が動くんだ」とめどない快感に身を任せて動き続ける。「ああっ、そんなこともできるのか……クソッ……」生田の反応に久世も煽られる。「あぁ、……もうだめだ。これ以上……透……!」久世は自分の中で高まりつつあった生田の絶頂に気がつくと、動くことを止めた。生田は意表を突かれ、目を丸くして久世を見る。久世はそれに笑みを返した。生田は悶えた。顔をしかめ、たまらないという目で懇願した。その顔もいいな。俺の采配で雅紀の快楽を支配するというのもいい。久世の中で新たな目覚めがあった。されるばかりでなく、することの喜びが。

 久世は再び動き出す。生田が昇るタイミングで敢えて止め、また動き出す。自分でも驚くほど巧妙にそれができた。「もうやめてくれ。頭がおかしくなる。クソッ!」生田は悶えながらも、いつも以上に興奮している。久世を見据える目が声にならない言葉を伝える。『もうだめだ。いくよ。なあ透。わかったから、もういかせてくれ。耐えられない。好きだよ透。大好きだ。ああ、透……!』
 久世はその瞬間、生田に優しくキスをした。

 生田は息を切らしている。
「クソォ、マジでよかったぞ。こんなのアリかよ……」
 久世も生田の横に寝転んで、息を整えた。
 生田は久世の方に顔を向ける。
「透、ありがとう」
 久世も生田を見る。
「雅紀、今『透、愛してるよ』って言った?」
 生田は笑い声をあげた。
「言った。透、愛してるよ」
 今度は二人で笑った。

 それから二人は一緒にシャワーを浴びて掃除をした。荒れていた荷物を元の場所に戻しながら整理して、寝具も洗った。久世に任せて指示を待つのではなく、生田も自分で考えて行動した。それを見た久世は、最初こそ自分の考えとは違うやり方に戸惑い苛立つこともあったが、任せることに決めた後は嬉しい気持ちが大きくなった。
 片付いた後は二人で一緒に料理をした。これも生田に任せきりにするのではなく久世も積極的に参加した。さすがに家事力の高い久世の飲み込みは早いもので、少し説明を受けただけである程度のことなら指示されなくてもできるようになった。例えば材料の下ごしらえはすぐに覚えて、食べているときに観察していた形にすればいいんだろうと手際がよいほどだった。

 すっきりと整った部屋で、二人で作った料理を食べた。出会った頃と同じように会話は弾み、途切れることなく他愛もない話をし続けた。

 幸せだった。何の不安もなく一つの懸念もない。秘書官であり御曹司でもある久世の立場を考えれば、また何かが起きるかもしれないが、今のこの時は幸福以外は何もなかった。

 自分でも信じられないほどの行動をとる。相手のために何かをしてあげたい。自分のことは顧みなくても構わない。そう思うほどに愛する人ができた。その相手が自分を受け入れてくれたばかりか、言葉だけでなく行動でも示してくれる。そんな愛ならいくら溺れても構わない。そう感じるほどに幸せだった。

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