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 リビングには既に西園寺と晶がテーブルについていたので、久世と生田は空いている席に並んで腰を下ろした。
 すぐに朝食が運ばれてくる。洋食のシンプルなもので、水にジュースにコーヒーと、飲み物の数の方が多いメニューだった。

「透が出勤したら、生田くんはどうするんだ?」
 西園寺がオレンジジュースに口をつけながら聞く。
「マンションに帰ります」
 生田は空腹なのか、目の前の食事を次々と平らげている。
「青森の仕事は?」
「連絡します」
「では本当に戻ってくるのか?」
「はい」
「……仲直りは済んだようだな。世話の焼けるやつらだ」
 西園寺は肩の荷が下りたように大きくため息をついた。
「ありがとうございました」
 生田は引っかかるものを感じながらも素直に礼をした。
「感謝をするなら言葉ではなく行動で見せてもらいたい。言葉に価値はない」
 西園寺はいつもなら冗談で言いそうな台詞を、真剣な表情で言った。
「身体では払いません」
「いや、払ってもらう」
 西園寺はここでニヤリと笑う。
 生田はうんざりした様子で言い返そうとしたとき、西園寺が先に言葉を継いだ。
「俺の仕事に付き合え」
 生田は喋ろうとして口を開けたまま、驚いて固まった。

 久世はほとんど会話に加わらないまま食事を終えて、足早に西園寺邸を出ていった。時間的にギリギリだったからだ。車が使えないため焦っていたが、西園寺が貸してくれたためなんとか間に合った。
 晶はだらだらと食事を済ませたあと、慌てて仕事へ向かう久世を尻目にマイペースにも再び寝ると言って、客室へと引き取った。
 生田は、そのまま西園寺と共に一日を過ごしていたのか、久世が仕事を終えて生田に電話をかけたとき、マンションへ戻った様子もなくまだ西園寺邸の離れにいると言った。

 西園寺に車を返す必要もあったため、久世は西園寺邸の離れに戻った。

 リビングに入るなり、久世は絶句した。

 その表情に生田は照れ笑いのような表情を返した。
「変だろ? ちょっと必要なことなんだ。我慢して」
 そう言った生田の髪は濃いブラウンから金色に変わっていた。ストレートの髪を無造作にセットしていた髪型も、パーマがかけられゆるくウェーブしている。視力もいいはずなのに伊達眼鏡をかけ、一見して生田だとは気が付かないほど容貌を変えていた。

「悪くはない」
 久世は、前の生田も今の生田も素敵だとでもいうように顔を赤くして目を逸らした。
 生田はその反応を見て、今にも久世を抱きしめたい衝動に駆られたが、西園寺の前でできるはずもなく心の中で悶えただけだった。

 ダイニングテーブルについている西園寺が声を上げた。
「夕食だ。食え」

 久世はジャケットを脱いでハンガーに掛けた後、生田に続いて席につく。
「車も運転手もそのまま使って構わない」
 西園寺が食事を始めながら話を切り出した。
「いや、マンションからは近い」
 久世がそう返すと、生田は苦笑いを浮かべた。
「透、僕はもう少しここにいなければならない」
 久世は驚いた顔を生田に向けたが、西園寺が説明する。
「生田くんと俺はやることがある。お前はマンションに帰っても構わないし、晶の家でもここでもどこでも好きに使え」
 久世は反応に困った。生田の表情を伺う。
「僕は透にここにいて欲しいけど、気が引けるならマンションに帰ってもいい。ただ僕はしばらく会いに行くことはできない」
 生田は力のない微笑を浮かべてそう言った。

 久世は理由もわからず混乱したが、とりあえずその日は西園寺邸の離れにそのまま泊まることにした。生田と話し合わなければならないと思ったからだ。今朝もろくに話をしないまま出勤した。生田は謝罪をしてくれたが、婚約破棄の詳しい経緯いきさつも聞いていないし、久世の方もろくに説明をしていない。

 食後に客室へ下がって二人きりになると、久世の方から先にこれまでの出来事を説明した。西園寺議員から晶との婚約話を持ち出されたこと、父親からは瑞稀との婚約話を決められたこと、晶と共通の趣味を持つことがわかって親しくなったことなど、久世のその時の気持ちも織り交ぜて詳細に説明した。

 生田は久世の話に落ち着いた様子で相槌を打ちながら、久世の気持ちを疑う素振りもなく全て受け止めた。

「話してくれてありがとう。何もしてあげられないどころか、嫉妬して責めてしまった。本当にごめん。申し訳ない」
 生田はそう謝りながら、自分のことも話し始めた。

 久世の誕生日の前夜にみどりの両親から連絡があり、翌日すぐに青森へと発ったこと、両親とみどりに土下座をして詫び、そのまま婚姻届にサインをしてプロポーズしたこと、久世が一度目に来た後東京での仕事を辞めて、青森で新しい職場を見つけたことなど、久世に伝えていなかったことを全て説明した。

 誕生日の翌朝、生田が久世に何も言わずに去った理由も語り始めた。
「僕は怖かったんだ。話をして、透の顔が少しでも曇ったら僕は決意を曲げていたと思う。謝って懇願して、透の元を離れられなかったと思う。でも結婚しなければならなかった。……僕はそのこと自体透に知られたくはなかったし、いずれバレることだとわかってはいたけど、それを知った透の反応を見るのも怖かった。軽蔑するだろうと思ったし、こんな形で別れなければならなくなった、その原因を作った自分を許せなかった。だから僕は何も言わずに逃げた。透の気持ちも考えず、自分勝手に。本当に悪かった」

 二人はこれまでのことを全て打ち明け合って、お互いを許した。

 そして久世は最も気になっていた、そのスタイルを変えたことと、西園寺とのことを生田に聞いた。
 しかし生田ははぐらかすような笑みを浮かべるだけで、何も教えてはくれなかった。

「それよりも透、僕たち二人きりになれたんだ。仲直りもしたし、みどりも安泰で結婚する必要もなくなった。以前通りどころかこの一件で愛が深まったと言ってもいいだろう? なぁ、透……」
 そう言って、久世の服を剥ぎ始めた。

 久世は打ち明け合って仲が深まったことには同意をしていても、以前通りだとは考えられなかった。生田はそうかもしれないが、久世にはまだ婚約者が二人もいる。親から勘当もされて、恋人はマンションにも帰らず、元彼と二人でコソコソとやることがあると言って何も教えてくれない。それに瑞稀の件もある。普段は忘れようとしているし、周りにも気にしていないように見せてはいるが、妊娠してしまっていたらと思うと気が気でない。生田にも西園寺にもそのことについては話せないでいた。

 そう不安と不満を覚えつつも、愛する男から熱のこもった目で見つめられ、期待するような手つきで服を脱がされ、愛しげに愛撫されるその手を振り払うことはできなかった。
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