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カクテル

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「……どこへ行く」
 久世がいきなり口を開いたが、誰もすぐには反応できなかった。驚いたからだ。逃げ出すほど精神的に参っているであろう久世がまさかと思ったのだ。
 西園寺でさえ反応が一瞬遅れた。
「俺の家だ」
「……わかった」
「自宅へ帰らなくてもいいだろう?」
「帰れない。父に出ていけと言われた」
 久世以外の三人がハッとして、運転している晶以外が久世の顔を見た。
「……櫻田さんと結婚しないと言ったら出て行けと言われた。家のものは何も使うなと。金も車も」

 西園寺はいきなり大声で笑った。
「お前、よくやったな! まさかそんなことを言えるとは、成長したな。そうかそうか。しかし構わんだろ。仕事はあるし、むしろ安泰だ。家はそこら中にある。生田くんと住んでいたマンションもそのままだろ?」
「ああ」
「そこへ戻るか?」

 久世は迷っている様子で、言い淀んだ。
 生田がそれに気がついて返答を引き受ける。
「いえ、西園寺さんの家へ行きましょう。どんなセンスなのか興味があります」
 西園寺はそれを聞いて笑った。


 西園寺の離れに到着して、四人はリビングへと上がった。
 西園寺が酒を作ろうとバーカウンターへ行くと、久世がやってきて西園寺の手からグラスを取り上げた。
「悠輔、俺が作る」
 西園寺がオーバーな仕草で片手をあげる。ホールドアップのような恰好だ。
「……何も盛らないぞ、俺は」
 久世はそれを見て微かに笑った。
「……そうではない。カクテルを作る。雅紀がいるから」
 西園寺はそれを聞いて生田を見た。生田は驚いた顔をしたあと、西園寺の視線に気がついて目を逸らした。しかし口元はニヤニヤと口角が上がっている。
「俺の前で惚気はやめてもらいたい。気分が悪い」
 そう言いながらも、西園寺はホッとした表情をしていた。生田の笑みも惚気によるものよりも安堵のほうが大きかった。瑞稀とのことで参っているだろう久世が、それを冗談のようにして笑っていたからだ。思ったよりも気に病んでいないのかもしれないと、張り詰めていた空気が安堵で弛緩した。

 久世が四人分のカクテルを作って手渡していく。
 一口すすった晶が声を上げた。
「美味い!」
 西園寺が続いて言う。
「透にこんな技術があったとはな。いつからだ?」
 生田がニヤニヤとしてそれに答えた。
「西園寺さんがおっしゃったじゃありませんか。愛は人を変えるって」
 西園寺は面食らった様子を見せた後、笑ってから言い返す。
「あはは! 俺の変えた透を、生田くんがまた変えたというのか?」
「もう西園寺さんの知っている透ではありません」
「ほう? そうかな? それは試してみないと」
「必要ありません」
「生田くんも入れて三人でもいいぞ」
 西園寺がニヤリと笑みを浮かべてそう言うと、生田は顔をしかめて話題を変えた。
「……そういえば、どうやって僕の居場所を知ったんですか?」
「なんのことだ?」
「居酒屋です」
「ああ! GPSだ」
「はあ?」生田が声を上げた。
「職場の人間も簡単に信用しないほうがいい。スパイはどこにでもいる。人間は金に弱いからな」
 信じられないと言った顔の生田を見た西園寺は笑って、グラスに口をつけた。
「透、もう一杯くれ」
 久世の方を向くと、久世はソファに座ってウトウトとしていた。

「ああ、そういえばかなり強い酒飲ませたから」晶が言う。
「寝かせてやろう」そう言って西園寺は立ち上がった。


 客室は二つしかないと言う。二階には四部屋ほどあるが、一部屋は使えないからと言って鍵も開けない。
 晶と生田は目を合わせても無言のまま、それぞれの部屋へと分かれた。生田は眠りこけている久世を背負うようにして肩を抱いていたため、そのまま一緒に部屋へ入ることになった。

 客室は十畳ほどの広さがあり、セミダブルくらいのサイズのベッドが二つ、サイドテーブルを挟んで置いてある。シャワーやトイレも完備しているようで、ホテルの一室と比較しても高級な部類に入るだろう。
 生田は久世をベッドに寝かせた。
 起こさないようにしながら、スーツとシャツを脱がせてハンガーに掛ける。

 生田は迷った末、久世とは別のベッドで横になった。一緒のベッドで眠りたかったが、起きた時の久世の反応が怖かったからだ。久世が何を考えているのかわからない。以前なら手に取るようにわかったことが、今の生田にはわからなかった。

 二人はあの喧嘩以来まともに会話をしていない。俊介の部屋で久世を見つけた時は、心配からの安堵で思わず抱きしめてしまって、久世もそれに応えてくれたが、それだけで何も話してはいない。
 同室にしてくれた西園寺と晶の気遣いは嬉しかったが、久世とまともに話し合わないまま一室で二人きりになることに少なからず躊躇いがあった。


 電話口で激昂し、一方的に責め立ててしまったことを思い返す。

 晶と実際に対面した印象と、聞こえた会話を解釈すると、久世と身体の関係があったといっても、薬を使った結果によるもので、そこに久世の意思はなかったことを知った。
 しかし生田は晶の行動を責められない。責めるほどの倫理観を持っていないからだ。身体だけの関係で子供を孕ませ、一人で出産させようとしたばかりか、これまで抱いては捨てるだけの関係しか知らず、まともな恋愛をしたことがなかった。
 久世が初めてだった。たくさん友人もいたし、多くの女性と付き合ってきたが、本当の意味で他人を気遣い、大切に想った相手は久世だけだった。



 透は僕のことを怒っているだろうか。透の話をよく聞きもせずに思い込みで嫉妬に燃えて、一方的に怒ってしまった。さすがに呆れただろう。
 僕は何の説明もしていない。何も言わずに出ていったこと。連絡を取れないようにして逃げたこと。青森まで来てくれたのに会わずに追い返したこと。
 再び来てくれた時は身勝手に抱いてしまった。透もそのときは許してくれたみたいだが、その後のことは言い訳できない。
 櫻田の言葉で激昂し、透に八つ当たりをしたんだ。透は苦しんだだろう。僕から突き放されたんだ。あのとき透が僕に言っていた言葉は、櫻田に対する無関心ゆえのことだった。無関心は憎悪以上の感情だ。相手にしないことほど効果のあるものはない。今考えればそれがわかる。ごめんな透。僕は何もわかっていなかった。わかってあげられなかった。許してくれるだろうか?

 生田は久世に懺悔をしながら眠りについた。
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