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二杯目
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久世は歩きながら俊介に電話をかけた。プライベートの方も仕事用のもどちらも繋がらなかった。
諦めてどこへ向かうでもなく歩いていると、スマホが短く振動した。LINEの通知だった。
見てみると俊介からだ。彼女と一緒だから出られなかったと詫びが入っていて、急ぎの用なら掛け直すとあった。
久世は大したことではないと返信をした。
改めて考えると、久世はこういうときに訪ねる場所も相手もいないことに気がついた。
これまで必要を感じなかったこともあるが、大学院に秘書官と、休日もないようなことに平常打ち込んでいて友人をつくる暇がなかった。同僚や学友は自分と同様に多忙だろうと遠慮をしてしまう。
生田とは喧嘩別れをしたし、クラブなどもっての外だ。生田と住んでいたマンションにも、西園寺のところへも行く気はなかった。
久世がホテルにでも泊まろうかと考えていたとき、着信があった。晶だった。
「はい」
『透、見つけたよ。サークのドイツ時代。まとめて倉庫にしまっていたことを思い出して、引っ掻き回したらそれ以外にも大量に出てきた』
久世はそれを聞いて鬱々とした気分に光がさした。
ダグラス・サークはハリウッドへ渡ったドイツ人で、メロドラマの巨匠と言われている、久世の大好きな監督だった。ナチス時代にドイツから追われるようにしてハリウッドへ渡っていたため、ドイツ時代の作品は希少だった。
目がない話を聞いて、晶の家へ行って映画を見る以外のことが頭から完全に消え去った。久世は、矢も楯もたまらず晶の邸宅へと向かった。
晶も久世と同様に嬉しそうな様子で久世を出迎えた。
発信してから10分とかからずやって来た久世に対して、急いで来たのだろうと案じた晶は、すぐに飲み物をと酒を作って久世に渡した。
久世はそれを飲み干すと、今か今かとサークの話を切り出そうとする。
久世の二杯目を作りながら、晶は微笑して言った。
「慌てないで透。まだ9時だ。まずはもう一杯飲みな。時間はたっぷりとあるんだ」
久世はそれもそうだなと、晶の言葉に納得して、一杯目と同じようにグラスを傾ける。
しかし二杯目は、一杯目と違っていた。喉を通る瞬間から焼き付くように熱く、アルコールの度数が桁違いだった。そして舌が痺れるような、以前一度だけ飲んだ覚えのある、あの、クラブで、マモルに……
そこで久世は意識が飛んだ。
久世の意識が次に覚醒をしたとき、それと同時に襲われた快感に久世は狼狽えた。
下半身に異様な感覚がある。目の前には見覚えのない天井があり、息が切れている。心臓は脈打ち、寝ていたのにスポーツでもしているかのように脈打っている。
下半身は押さえつけられてでもいるのか動かせない。動かせる上半身をめいいっぱい起こして、その押さえつけている物を見た。
何が起きているのかを理解するまでに数秒を要した。
そこには、自分のものをくわえて動かしている瑞希の姿があった。瑞希も自分も下着一枚着ていない。
驚いたと同時に絶頂感が襲う。久世はうめき声をあげて快楽に襲われるまま、それを放出した。
「ああ、もったいない。もう一度中に出して欲しかったのに」
瑞希は久世の出したものを吐き出すことなく、妖艶な笑みを浮かべてそう言った。
久世は飛び上がって後ずさりした。ベッドのヘッドボードにガツンと身体がぶつかる。
久世は記憶をまさぐったが、全く覚えていない。晶に酒を渡されて、二杯目を飲んだ直後から何も覚えていなかった。
その最後の記憶は……
久世は、まさかといった驚愕の表情を浮かべた。瑞希はそれに気がついて再びニヤリと笑う。
「透さんって、マジであの薬飲むと人が変わるんだね。サイコーだったよ」
久世は瑞希を睨みつけた。顔を背けたいほどの嫌悪感もあったが、目で殺してやりたいという憎悪の方が勝った。
久世は何も言わずに立ち上がると衣服を探して歩いたが、見つからなかったので全裸のまま部屋のドアを開け始めた。
「シャワーならそこだよ」
瑞希はドアのひとつを指したが、久世はそれを無視して自分で探した。
「ねぇ、もう一回しようよ。二回も出してくれたから大丈夫だと思うけど、確実にしたいし……ねえもう一回!」
久世はその言葉で瑞希に視線を向けた。言葉の意味を探ろうとしたからだ。
瑞希は満面の笑みで言った。
「……妊娠するために」
久世は壁を殴りたいと衝動的に思ったが、本当は瑞希の顔面を殴りたかった。駆られたことのないほどの怒りに頭を支配されながら、それでもそんな暴れるような真似はできなかった。
久世ができたことは、シャワールームのドアを力いっぱいに叩きつけることくらいだった。
久世は頭から冷水をかぶり、全身を丹念に洗った。
怒りを抑えなければ。本当に瑞希を殴ってしまうかもしれない。
そう考えたが、一番殴りたかったのは自分のことだった。
晶は悪くない。予想できたことだ。瑞希のあの自分への執着と、クラブの個室で薬をもらおうとしていたこと、ここ一週間顔を見せなかった大人しい振る舞いから可能性として考えられることだった。
晶とは友情を深めていて関係は変化していたが、晶自体は何も変わっていない。ミキを愛しているまま、その愛を諦めてはいなかったのだ。
愛する女が戻ってきて、協力して欲しいと言えば安々とするだろう。媚薬を使ったセックスなど、晶にとっては日常茶飯事で犯罪でもなんでもない。
須藤の話は事実だと思った。西園寺の予想も正しい気がした。瑞希であればみどりのことを調べて須藤との仲を裂き、生田とみどりの寄りを戻させることなど簡単に考えつくことで、実行もできただろうと思えた。
薬を使って強姦してまで子供を孕み、結婚を迫ろうとしているのだ。そんなことを笑顔でできる人間なら何でもできるだろう。
なぜこんな女にここまで執着されたのかと、久世は背筋が凍る思いだった。
諦めてどこへ向かうでもなく歩いていると、スマホが短く振動した。LINEの通知だった。
見てみると俊介からだ。彼女と一緒だから出られなかったと詫びが入っていて、急ぎの用なら掛け直すとあった。
久世は大したことではないと返信をした。
改めて考えると、久世はこういうときに訪ねる場所も相手もいないことに気がついた。
これまで必要を感じなかったこともあるが、大学院に秘書官と、休日もないようなことに平常打ち込んでいて友人をつくる暇がなかった。同僚や学友は自分と同様に多忙だろうと遠慮をしてしまう。
生田とは喧嘩別れをしたし、クラブなどもっての外だ。生田と住んでいたマンションにも、西園寺のところへも行く気はなかった。
久世がホテルにでも泊まろうかと考えていたとき、着信があった。晶だった。
「はい」
『透、見つけたよ。サークのドイツ時代。まとめて倉庫にしまっていたことを思い出して、引っ掻き回したらそれ以外にも大量に出てきた』
久世はそれを聞いて鬱々とした気分に光がさした。
ダグラス・サークはハリウッドへ渡ったドイツ人で、メロドラマの巨匠と言われている、久世の大好きな監督だった。ナチス時代にドイツから追われるようにしてハリウッドへ渡っていたため、ドイツ時代の作品は希少だった。
目がない話を聞いて、晶の家へ行って映画を見る以外のことが頭から完全に消え去った。久世は、矢も楯もたまらず晶の邸宅へと向かった。
晶も久世と同様に嬉しそうな様子で久世を出迎えた。
発信してから10分とかからずやって来た久世に対して、急いで来たのだろうと案じた晶は、すぐに飲み物をと酒を作って久世に渡した。
久世はそれを飲み干すと、今か今かとサークの話を切り出そうとする。
久世の二杯目を作りながら、晶は微笑して言った。
「慌てないで透。まだ9時だ。まずはもう一杯飲みな。時間はたっぷりとあるんだ」
久世はそれもそうだなと、晶の言葉に納得して、一杯目と同じようにグラスを傾ける。
しかし二杯目は、一杯目と違っていた。喉を通る瞬間から焼き付くように熱く、アルコールの度数が桁違いだった。そして舌が痺れるような、以前一度だけ飲んだ覚えのある、あの、クラブで、マモルに……
そこで久世は意識が飛んだ。
久世の意識が次に覚醒をしたとき、それと同時に襲われた快感に久世は狼狽えた。
下半身に異様な感覚がある。目の前には見覚えのない天井があり、息が切れている。心臓は脈打ち、寝ていたのにスポーツでもしているかのように脈打っている。
下半身は押さえつけられてでもいるのか動かせない。動かせる上半身をめいいっぱい起こして、その押さえつけている物を見た。
何が起きているのかを理解するまでに数秒を要した。
そこには、自分のものをくわえて動かしている瑞希の姿があった。瑞希も自分も下着一枚着ていない。
驚いたと同時に絶頂感が襲う。久世はうめき声をあげて快楽に襲われるまま、それを放出した。
「ああ、もったいない。もう一度中に出して欲しかったのに」
瑞希は久世の出したものを吐き出すことなく、妖艶な笑みを浮かべてそう言った。
久世は飛び上がって後ずさりした。ベッドのヘッドボードにガツンと身体がぶつかる。
久世は記憶をまさぐったが、全く覚えていない。晶に酒を渡されて、二杯目を飲んだ直後から何も覚えていなかった。
その最後の記憶は……
久世は、まさかといった驚愕の表情を浮かべた。瑞希はそれに気がついて再びニヤリと笑う。
「透さんって、マジであの薬飲むと人が変わるんだね。サイコーだったよ」
久世は瑞希を睨みつけた。顔を背けたいほどの嫌悪感もあったが、目で殺してやりたいという憎悪の方が勝った。
久世は何も言わずに立ち上がると衣服を探して歩いたが、見つからなかったので全裸のまま部屋のドアを開け始めた。
「シャワーならそこだよ」
瑞希はドアのひとつを指したが、久世はそれを無視して自分で探した。
「ねぇ、もう一回しようよ。二回も出してくれたから大丈夫だと思うけど、確実にしたいし……ねえもう一回!」
久世はその言葉で瑞希に視線を向けた。言葉の意味を探ろうとしたからだ。
瑞希は満面の笑みで言った。
「……妊娠するために」
久世は壁を殴りたいと衝動的に思ったが、本当は瑞希の顔面を殴りたかった。駆られたことのないほどの怒りに頭を支配されながら、それでもそんな暴れるような真似はできなかった。
久世ができたことは、シャワールームのドアを力いっぱいに叩きつけることくらいだった。
久世は頭から冷水をかぶり、全身を丹念に洗った。
怒りを抑えなければ。本当に瑞希を殴ってしまうかもしれない。
そう考えたが、一番殴りたかったのは自分のことだった。
晶は悪くない。予想できたことだ。瑞希のあの自分への執着と、クラブの個室で薬をもらおうとしていたこと、ここ一週間顔を見せなかった大人しい振る舞いから可能性として考えられることだった。
晶とは友情を深めていて関係は変化していたが、晶自体は何も変わっていない。ミキを愛しているまま、その愛を諦めてはいなかったのだ。
愛する女が戻ってきて、協力して欲しいと言えば安々とするだろう。媚薬を使ったセックスなど、晶にとっては日常茶飯事で犯罪でもなんでもない。
須藤の話は事実だと思った。西園寺の予想も正しい気がした。瑞希であればみどりのことを調べて須藤との仲を裂き、生田とみどりの寄りを戻させることなど簡単に考えつくことで、実行もできただろうと思えた。
薬を使って強姦してまで子供を孕み、結婚を迫ろうとしているのだ。そんなことを笑顔でできる人間なら何でもできるだろう。
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