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火花が
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「はじめまして。櫻田瑞稀です。生田雅紀さんですよね? 近々子どもが産まれるご予定の」
瑞稀がそう言うと、生田は久世を一瞥した。
久世はその自分を見た目つきで、生田が不機嫌になっていることがわかった。
「勝手にお邪魔をして大変失礼いたしました。今すぐにでも帰りますからご安心ください。透さんがいなくなったので迎えに来ただけですから。こんなところに用はありません」
久世はそれまで生田の顔色ばかりを伺っていて瑞希を見てもいなかったが、そこでようやく彼女を見た。
自分には向けたこともない鋭い目で生田を睨んでいる。可愛らしい顔を憎悪で歪ませたその表情は、生田の怒りを買いかねないほどの敵意が見て取れた。
「はじめまして。僕のことは既にご存知でいらっしゃるようですね。婚約者の方ということですが、透とかなりお親しいご様子で、友人として嬉しく思います」
「そうですか、それは結構です。結婚式にはお招きしないとは思いますけれど、お祝いのお言葉くらいはいただいても構いません」
「……おめでとうございます。式はいつ頃のご予定なんですか?」
「まだ未定ですが、結婚は確定しております」
そこで久世は割って入った。
「確定はしていない! 父が勝手に連れてきただけで、俺は承諾していない」
瑞希は久世の言葉を聞いても、落ち着き払っている。
「お父様がおっしゃったことは確定でよろしいと思います」
生田が鼻で笑う。
「……親に決められた間柄ですか」
「ええ。普通のことです。生田さんとは住む世界が違いますから、ご存知ないのは仕方がありませんけど」
「住む世界が違う? 今どき古いと言いますか、酷い言われようですね」
「……生田さんも、そろそろ透さんをお離しになられたらいかがですか?」
「離すだなんて、僕は透を捕まえているわけではありません。お互いに自由意志で行動しているわけですから」
「……自由意志? 結婚するからと言って振ったのに、未だに惑わして……透さんを弄んでいるじゃないですか!」
「弄んでなんかいない。僕たちはお互いに……」
生田は途中で言葉に詰まった。
「お互いに、なんですか? そもそも透さんに少し優しくしてもらったくらいで勘違いされていらっしゃいませんか? 友人としても不相応だということにもお気づきになられていらっしゃらないのでしょうか」
「友人に相応や不相応なんてことはない」
久世はなんとか二人をなだめようと割って入る隙を伺っているが、覚悟はどこへやら、おろおろとするばかりで無力だった。
「あなたはご結婚されるのでしょう? 私たちに関わらないでください。一般庶民が目の前をうろちょろするだけでも目障りなのに、男のくせして久世家の御曹司に手を出すなんて、何が目的なんですか? お金ですか? 役職でも欲しいの? 強欲な方ね!」
その瑞希の言葉に、生田は反応しなかった。
久世が瑞希と生田の前に出る形で生田の両肩を掴んで、表情を覗き見た。生田は久世と目を合わせずにうつむいている。
「雅紀、聞く耳をもつな。……相手にする必要などない。何をわめこうが俺たちには関係ない」
久世は、瑞希に対して一切の関心を持っていないこともあり、彼女が何を言おうが興味もなく、また今言った言葉にも全く意識するところがなかったため、雑音程度にしか耳に届いていなかった。
生田は不機嫌になってはいても、それはこんな対応をしなければならないがゆえの不快感だろうと考えて、生田も同じように、瑞希の言葉なんて後で笑い話にでもする程度に受け止めていると思った。
瑞稀の言葉なんて自分と生田には何の関係もない、何も影響は与えない、ただ二人の口論を止めさせて、瑞希を帰そうと考えていただけだった。
「ただ結婚前に興味本位で相手にされただけの火遊びの相手風情が、いつまでもしゃしゃり出ないでください。あなたも父親になるんですから大人しくなさったらどう? 二度と透さんに付きまとわないでください!」
瑞稀がそう言い放っても、生田はうつむいたまま反論しなかった。
瑞希は言い負かしたと思ったのか、不敵な笑みを浮かべて、生田の前に立っていた久世の腕に手を巻き付けた。
「透さん、帰りましょう」
久世に向けた顔はいつもの瑞希の笑顔である。透は瑞稀の手を振り払った。
「帰りません。櫻田さん一人で帰ってください」
「嫌」
「……どちらにせよ、明日は仕事だから私も帰ります。先に帰ってください」
「透さんと少しでも一緒にいたいんです。愛してるなら当然のことでしょう?」
「私は……」
久世がそこまで言うと、かぶせるように生田が怒りに満ちた声で言った。
「一緒に帰れよ」
久世は生田の方へ振り向いた。生田は久世と瑞稀を、敵意のこもった目で睨みつけている。
「透、お前こんな女と結婚するの? 失望したよ。こんな高飛車で失礼な女初めてだ。金持ちの世界では珍しくないのかもしれないが、僕は関わりたくない。透も僕とは別の世界の人間なんだろ? 二人で手でも繋いで帰れよ」
久世は生田が自分のことをも敵意を含んだ目で睨んでいることにショックを受けたが、なんとかなだめようと落ち着いた声で言った。
「雅紀、俺は帰らない。お前といたいんだ。櫻田さんは一人で帰る」
対して生田は目つきも声色も変えずに言い返す。
「帰れよ」
「帰らない」
久世は諦めず、しばらく二人は同じことを言い合った。
生田はうんざりした様子で久世から視線を逸らし、玄関の方を向いて声を荒げた。
「じゃあ、出ていけよ。ここは僕の家だ。出ていけ」
久世はその言葉に反論ができずに押し黙る。
生田は再び久世を見る。
「出ていけよ」
その目には怒りと共に、悲しみもあったように見えた。
久世はもう一度「帰らない」と言いかけたが、ここでもやはり言い返せない久世の性質が越えようもなく訪れて、久世は諦めたように黙って部屋を出ていった。
瑞稀がそう言うと、生田は久世を一瞥した。
久世はその自分を見た目つきで、生田が不機嫌になっていることがわかった。
「勝手にお邪魔をして大変失礼いたしました。今すぐにでも帰りますからご安心ください。透さんがいなくなったので迎えに来ただけですから。こんなところに用はありません」
久世はそれまで生田の顔色ばかりを伺っていて瑞希を見てもいなかったが、そこでようやく彼女を見た。
自分には向けたこともない鋭い目で生田を睨んでいる。可愛らしい顔を憎悪で歪ませたその表情は、生田の怒りを買いかねないほどの敵意が見て取れた。
「はじめまして。僕のことは既にご存知でいらっしゃるようですね。婚約者の方ということですが、透とかなりお親しいご様子で、友人として嬉しく思います」
「そうですか、それは結構です。結婚式にはお招きしないとは思いますけれど、お祝いのお言葉くらいはいただいても構いません」
「……おめでとうございます。式はいつ頃のご予定なんですか?」
「まだ未定ですが、結婚は確定しております」
そこで久世は割って入った。
「確定はしていない! 父が勝手に連れてきただけで、俺は承諾していない」
瑞希は久世の言葉を聞いても、落ち着き払っている。
「お父様がおっしゃったことは確定でよろしいと思います」
生田が鼻で笑う。
「……親に決められた間柄ですか」
「ええ。普通のことです。生田さんとは住む世界が違いますから、ご存知ないのは仕方がありませんけど」
「住む世界が違う? 今どき古いと言いますか、酷い言われようですね」
「……生田さんも、そろそろ透さんをお離しになられたらいかがですか?」
「離すだなんて、僕は透を捕まえているわけではありません。お互いに自由意志で行動しているわけですから」
「……自由意志? 結婚するからと言って振ったのに、未だに惑わして……透さんを弄んでいるじゃないですか!」
「弄んでなんかいない。僕たちはお互いに……」
生田は途中で言葉に詰まった。
「お互いに、なんですか? そもそも透さんに少し優しくしてもらったくらいで勘違いされていらっしゃいませんか? 友人としても不相応だということにもお気づきになられていらっしゃらないのでしょうか」
「友人に相応や不相応なんてことはない」
久世はなんとか二人をなだめようと割って入る隙を伺っているが、覚悟はどこへやら、おろおろとするばかりで無力だった。
「あなたはご結婚されるのでしょう? 私たちに関わらないでください。一般庶民が目の前をうろちょろするだけでも目障りなのに、男のくせして久世家の御曹司に手を出すなんて、何が目的なんですか? お金ですか? 役職でも欲しいの? 強欲な方ね!」
その瑞希の言葉に、生田は反応しなかった。
久世が瑞希と生田の前に出る形で生田の両肩を掴んで、表情を覗き見た。生田は久世と目を合わせずにうつむいている。
「雅紀、聞く耳をもつな。……相手にする必要などない。何をわめこうが俺たちには関係ない」
久世は、瑞希に対して一切の関心を持っていないこともあり、彼女が何を言おうが興味もなく、また今言った言葉にも全く意識するところがなかったため、雑音程度にしか耳に届いていなかった。
生田は不機嫌になってはいても、それはこんな対応をしなければならないがゆえの不快感だろうと考えて、生田も同じように、瑞希の言葉なんて後で笑い話にでもする程度に受け止めていると思った。
瑞稀の言葉なんて自分と生田には何の関係もない、何も影響は与えない、ただ二人の口論を止めさせて、瑞希を帰そうと考えていただけだった。
「ただ結婚前に興味本位で相手にされただけの火遊びの相手風情が、いつまでもしゃしゃり出ないでください。あなたも父親になるんですから大人しくなさったらどう? 二度と透さんに付きまとわないでください!」
瑞稀がそう言い放っても、生田はうつむいたまま反論しなかった。
瑞希は言い負かしたと思ったのか、不敵な笑みを浮かべて、生田の前に立っていた久世の腕に手を巻き付けた。
「透さん、帰りましょう」
久世に向けた顔はいつもの瑞希の笑顔である。透は瑞稀の手を振り払った。
「帰りません。櫻田さん一人で帰ってください」
「嫌」
「……どちらにせよ、明日は仕事だから私も帰ります。先に帰ってください」
「透さんと少しでも一緒にいたいんです。愛してるなら当然のことでしょう?」
「私は……」
久世がそこまで言うと、かぶせるように生田が怒りに満ちた声で言った。
「一緒に帰れよ」
久世は生田の方へ振り向いた。生田は久世と瑞稀を、敵意のこもった目で睨みつけている。
「透、お前こんな女と結婚するの? 失望したよ。こんな高飛車で失礼な女初めてだ。金持ちの世界では珍しくないのかもしれないが、僕は関わりたくない。透も僕とは別の世界の人間なんだろ? 二人で手でも繋いで帰れよ」
久世は生田が自分のことをも敵意を含んだ目で睨んでいることにショックを受けたが、なんとかなだめようと落ち着いた声で言った。
「雅紀、俺は帰らない。お前といたいんだ。櫻田さんは一人で帰る」
対して生田は目つきも声色も変えずに言い返す。
「帰れよ」
「帰らない」
久世は諦めず、しばらく二人は同じことを言い合った。
生田はうんざりした様子で久世から視線を逸らし、玄関の方を向いて声を荒げた。
「じゃあ、出ていけよ。ここは僕の家だ。出ていけ」
久世はその言葉に反論ができずに押し黙る。
生田は再び久世を見る。
「出ていけよ」
その目には怒りと共に、悲しみもあったように見えた。
久世はもう一度「帰らない」と言いかけたが、ここでもやはり言い返せない久世の性質が越えようもなく訪れて、久世は諦めたように黙って部屋を出ていった。
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