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青森
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久世は俊介の自宅前にタクシーを乗り付けた。
アパートから出てきた俊介がタクシーのトランクに荷物を乗せると、後部座席に乗り込んだ。車は空港に向けてゆっくりと発車した。
「よお」
俊介が緊張した面持ちで久世を見た。
「悪いな」
久世は微笑してそれに答える。
「なんで? ただ帰省するだけだ」
「日帰りでか?」
「……明日も休みだ。……明日の朝、病気になるから……」
久世はそれを聞いて笑った。俊介はホッとした様子を見せ、そのまま共通の知人についての話題を持ち出したりして、会話を誘った。
生田のことは話題に出さないまま、二人は青森空港へと到着し、そこからタクシーで俊介の実家アパートへと向かった。
「誰もいねーよ。親父はまだ定年前だから会社だし、母さんはパートのはずだ。確かカレンダーに書いてある……あった。今日は……3時までらしい。今1時だろ。まだしばらく帰らん。気にせず入れ」
俊介は話しながら、アパートの部屋の中をずんずん進んで行って、辺りに積まれた荷物を足で蹴ったり手で直したりしながら、久世を居間へと誘導している。
久世は散らかった部屋を見て、片付けたい欲求に駆られながらも、促されるままに座卓の側に置かれた座布団に腰を下ろした。
「つーか、雅紀の実家って、もうないんだよな?」
俊介がお茶の入ったボトルとグラスを二つ持って腰を下ろした。
「ああ。お母さんがお兄さんのいる沖縄に移ったあと、アパートは解約したはずだ」
「じゃあ、どうする? 雅紀はどこにいるんだ? 来た意味ねーじゃん!」
俊介は大げさな素振りで頭を抱えた。
それを見た久世は笑って言った。
「……お前は帰省が目的だったはずだろ」
「……てめぇ」
久世の笑顔を見て、俊介も口角を上げた。
「彼女の住んでいるマンションなら知っている」
「は?」
「相手がその人で間違いないのなら、引っ越していなかったら、そこにいるかもしれない」
「マジ? なんで知ってんの」
久世は答えない。
「うーん、まあ、じゃあ、そこに突撃する?」
俊介がそう言うと、久世は俊介から視線を逸らしてキョロキョロと部屋を見渡し始めた。
「おい! 来たからには行動しねーと」
俊介が注意を引くように声を大きくする。
「……ちょっとだけ、いいか?」
「……なにが?」
その5分後、俊介は唖然とした。
久世がジャケットを脱いでシャツの腕を捲ると、散乱した物をテキパキと片付け始め、見つけた掃除機で隅々まで掃除をし始めた。タオルを絞って上から下へと埃を拭き上げるのも忘れない。
久世は、驚きの目で固まっている俊介に命令をして、俊介がわかる範囲でいいからと、脇へどかした物を元の場所へと片付けさせた。
二人が集中して取り組むと、20分後には客を招いても大丈夫であろう程度に部屋が整った。
「お前、御曹司じゃなかったっけ? 久世秘書官……」
今度は俊介がキョロキョロと見渡しながら言う。
久世は、ようやく落ち着いたという表情で、再び座布団の上に腰を下ろした。
「では行く前に、どうするかを考える」
「は? ……ああ! 彼女の家に行く前にってことだな」
俊介はいきなり話が戻って、慌てて意識を立て直した。
「まずお前が行く」
「いや、俺は帰省してるだけだから」
そら笑いをしている俊介を久世が睨んだ。
「……はい。俺がね。はいはい。お前に何も連絡しないってことは、いきなり行かない方がいいわけだしな。てか、そのために来たんだ俺は。ははは」
俊介は緊張してか、再びそら笑いをした。
「俺もついていく。もしマンションに入れてもらうことになったら、俺も一緒に行く」
「え! もし彼女さんしかいなかったらどうするんだ?」
「……彼女は……木ノ瀬さんは、俺のことを知っている。雅紀が俺達のことを話していなければ、ただの友人だと思っているはずだ」
「ああ、じゃあ、雅紀がいるときよりも彼女さんとだけ会ったほうがいいかもしれない」
「そうだ。しかし雅紀もいる可能性もある。だからまずはお前だけが顔を出す」
「わかったわかった。じゃあ、グズグズしてないで行こう」
俊介は立ち上がった。
二人はアパートの外に出た。
「場所はどこだ?」
俊介が部屋の鍵をかけながら聞く。
「雅紀のお母さんが入院されていた病院の近くだ」
「あー、じゃあバスだな。こんなところじゃタクシーなんて捕まらん」
「……バス……」
「お前、もしかして初めて?」
二人はバスに乗って病院の一つ手前の停留所で下りた。
「いきなり札を入れるなよ! 崩してから入れるんだよ。これだから金持ちは。しかも万札……」
「悪い」
「230円、貸しな」
5分ほど歩くと、見覚えのあるマンションが見えた。エントランスに入って、オートロックのある場所へ向かう。
「……部屋の番号は?」
久世は答えない。
「マジかよ! えー! どうすんだよ……宏紀なら知ってるか? いや仕事中か。えー? まさか一軒一軒鳴らすわけ? 嘘だろ?」
俊介が騒いでいると、外から女性が入ってきた。後ろで二人が終わるのを待っている。
久世が譲るために身体を横にして後ろに下がると、その女性が声をかけてきた。
「あれ? 久世さん?」
久世は女性の顔を見た。みどりだった。
お腹が大きい。巨大なスイカでも服に隠しているかのように丸く突き出ていて、体重を支えるために後傾の姿勢になっている。
「あ、こんにちは……」
久世はおどおどとしながら答えた。
「もしかして雅紀に会いにいらっしゃったんですか? あれ、雅紀から聞いてなかったけど。内緒にしてたのかな?」
「いや、私共がいきなり……」
「え、サプライズ?」
みどりはにパッと華やぐような笑みを浮かべた。幸福そうで、穏やかな笑みだ。
「どちらにせよ、来てくださったんですよね? 片付いていませんが、まずは上がってください」
みどりはそう言って、オートロックを解除した。
自動ドアが開いて、みどりは歩いていく。
久世と俊介は、親を見失ったひな鳥のように狼狽えて、ドアを通ろうとしない。
見かねたみどりが笑顔で言った。
「どうぞ」
「……ありがとうございます」
二人はうつむいたまま、おずおずと後に続いた。
アパートから出てきた俊介がタクシーのトランクに荷物を乗せると、後部座席に乗り込んだ。車は空港に向けてゆっくりと発車した。
「よお」
俊介が緊張した面持ちで久世を見た。
「悪いな」
久世は微笑してそれに答える。
「なんで? ただ帰省するだけだ」
「日帰りでか?」
「……明日も休みだ。……明日の朝、病気になるから……」
久世はそれを聞いて笑った。俊介はホッとした様子を見せ、そのまま共通の知人についての話題を持ち出したりして、会話を誘った。
生田のことは話題に出さないまま、二人は青森空港へと到着し、そこからタクシーで俊介の実家アパートへと向かった。
「誰もいねーよ。親父はまだ定年前だから会社だし、母さんはパートのはずだ。確かカレンダーに書いてある……あった。今日は……3時までらしい。今1時だろ。まだしばらく帰らん。気にせず入れ」
俊介は話しながら、アパートの部屋の中をずんずん進んで行って、辺りに積まれた荷物を足で蹴ったり手で直したりしながら、久世を居間へと誘導している。
久世は散らかった部屋を見て、片付けたい欲求に駆られながらも、促されるままに座卓の側に置かれた座布団に腰を下ろした。
「つーか、雅紀の実家って、もうないんだよな?」
俊介がお茶の入ったボトルとグラスを二つ持って腰を下ろした。
「ああ。お母さんがお兄さんのいる沖縄に移ったあと、アパートは解約したはずだ」
「じゃあ、どうする? 雅紀はどこにいるんだ? 来た意味ねーじゃん!」
俊介は大げさな素振りで頭を抱えた。
それを見た久世は笑って言った。
「……お前は帰省が目的だったはずだろ」
「……てめぇ」
久世の笑顔を見て、俊介も口角を上げた。
「彼女の住んでいるマンションなら知っている」
「は?」
「相手がその人で間違いないのなら、引っ越していなかったら、そこにいるかもしれない」
「マジ? なんで知ってんの」
久世は答えない。
「うーん、まあ、じゃあ、そこに突撃する?」
俊介がそう言うと、久世は俊介から視線を逸らしてキョロキョロと部屋を見渡し始めた。
「おい! 来たからには行動しねーと」
俊介が注意を引くように声を大きくする。
「……ちょっとだけ、いいか?」
「……なにが?」
その5分後、俊介は唖然とした。
久世がジャケットを脱いでシャツの腕を捲ると、散乱した物をテキパキと片付け始め、見つけた掃除機で隅々まで掃除をし始めた。タオルを絞って上から下へと埃を拭き上げるのも忘れない。
久世は、驚きの目で固まっている俊介に命令をして、俊介がわかる範囲でいいからと、脇へどかした物を元の場所へと片付けさせた。
二人が集中して取り組むと、20分後には客を招いても大丈夫であろう程度に部屋が整った。
「お前、御曹司じゃなかったっけ? 久世秘書官……」
今度は俊介がキョロキョロと見渡しながら言う。
久世は、ようやく落ち着いたという表情で、再び座布団の上に腰を下ろした。
「では行く前に、どうするかを考える」
「は? ……ああ! 彼女の家に行く前にってことだな」
俊介はいきなり話が戻って、慌てて意識を立て直した。
「まずお前が行く」
「いや、俺は帰省してるだけだから」
そら笑いをしている俊介を久世が睨んだ。
「……はい。俺がね。はいはい。お前に何も連絡しないってことは、いきなり行かない方がいいわけだしな。てか、そのために来たんだ俺は。ははは」
俊介は緊張してか、再びそら笑いをした。
「俺もついていく。もしマンションに入れてもらうことになったら、俺も一緒に行く」
「え! もし彼女さんしかいなかったらどうするんだ?」
「……彼女は……木ノ瀬さんは、俺のことを知っている。雅紀が俺達のことを話していなければ、ただの友人だと思っているはずだ」
「ああ、じゃあ、雅紀がいるときよりも彼女さんとだけ会ったほうがいいかもしれない」
「そうだ。しかし雅紀もいる可能性もある。だからまずはお前だけが顔を出す」
「わかったわかった。じゃあ、グズグズしてないで行こう」
俊介は立ち上がった。
二人はアパートの外に出た。
「場所はどこだ?」
俊介が部屋の鍵をかけながら聞く。
「雅紀のお母さんが入院されていた病院の近くだ」
「あー、じゃあバスだな。こんなところじゃタクシーなんて捕まらん」
「……バス……」
「お前、もしかして初めて?」
二人はバスに乗って病院の一つ手前の停留所で下りた。
「いきなり札を入れるなよ! 崩してから入れるんだよ。これだから金持ちは。しかも万札……」
「悪い」
「230円、貸しな」
5分ほど歩くと、見覚えのあるマンションが見えた。エントランスに入って、オートロックのある場所へ向かう。
「……部屋の番号は?」
久世は答えない。
「マジかよ! えー! どうすんだよ……宏紀なら知ってるか? いや仕事中か。えー? まさか一軒一軒鳴らすわけ? 嘘だろ?」
俊介が騒いでいると、外から女性が入ってきた。後ろで二人が終わるのを待っている。
久世が譲るために身体を横にして後ろに下がると、その女性が声をかけてきた。
「あれ? 久世さん?」
久世は女性の顔を見た。みどりだった。
お腹が大きい。巨大なスイカでも服に隠しているかのように丸く突き出ていて、体重を支えるために後傾の姿勢になっている。
「あ、こんにちは……」
久世はおどおどとしながら答えた。
「もしかして雅紀に会いにいらっしゃったんですか? あれ、雅紀から聞いてなかったけど。内緒にしてたのかな?」
「いや、私共がいきなり……」
「え、サプライズ?」
みどりはにパッと華やぐような笑みを浮かべた。幸福そうで、穏やかな笑みだ。
「どちらにせよ、来てくださったんですよね? 片付いていませんが、まずは上がってください」
みどりはそう言って、オートロックを解除した。
自動ドアが開いて、みどりは歩いていく。
久世と俊介は、親を見失ったひな鳥のように狼狽えて、ドアを通ろうとしない。
見かねたみどりが笑顔で言った。
「どうぞ」
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