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29. 友達

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「なんだ?」王女の驚く声。
「どうしたんですか?」
「痛みが消えた……腕も足も動く」
 王女は怪我をしていた手足をぷらぷらと動かしてみせた。
「魔法か? しかしこんな魔法は聞いたことがない」
「ポムかもしれない」
 ポムは私の病気も治してくれた。
「それは、先程広場にいた竜のことか?」
「はい」
「どこにいった? グリフィンもいない」
 本当に、どこに行ったんだろう?
 私は首を横に振るしかなかった。

「私はここにいる」
「ポム! どこにいるの?」
「まだ外にいる」
「また姿を消したのね?」
「そうだ」
「竜か?」王女が割って入る。
「そうです」
「私の声は聞こえているか?」
「……聞こえている」
「わ!」王女は驚いた声をあげた。顔を見ると、丸くした目と合った。
「お前が竜か?」
「そうだ」
 ポムの声が王女にも聞こえているようだ。
「感謝する」
「構わない。梨沙の傷は治すことができないが、普通の怪我や病気なら簡単だ」
「──リサは死んでしまうというのは本当か?」
「そうだ」
「なんとかならないのか?」王女は悲痛に顔をゆがませた。
「大丈夫だ」
 えっ?
 王女を見ると、私と同じくきょとんとしている。
「ポム、私はすぐに死ぬんだよね?」
「いや、死ぬまでそばにいることになった」
「どういうこと?」
「旅立ちは延期だ」
 つまり──
「私が自然に死ぬまでこの世界に留まるってこと?」
「そうだ」
「ケロは許可したの?」
「ケロ?」
「ウェーデンの竜だよ!」
「ああ。ケロか……」
 ポム、今ちょっと笑った?
「許可は不要だ。あいつが……そのケロが悪いんだからな」
「おお、いつの間にそんな強気に」
「人間に腕を切り落とされていては居丈高ではいられまい」
 なるほど。
 つまり、エドワードのお影か。二度も助けてくれたのね。いや、三度か……
「じゃあ、ポムとも死ぬまで一緒なんだね」
「──梨沙を守ることができなくて申し訳なかった」
「なんで? 助けてくれてばかりじゃん! そもそも死ぬところだったんだからさ。ポムには感謝してもし足りないよ」
「──ありがとう。私も梨沙と別れることにならなくなって嬉しい」
 そうなの?
「私といると楽しいの?」
「梨沙を見ていると面白いし、会話をしていると楽しい」
 そうなんだ。嬉しいな。思わず笑顔になってしまう。
「私もポムと話してると楽しいよ。友達だね」
「友達?」
「そう。友達!」
「友達か……」

「リサ!」
「はい!」
 王女に呼ばれたので、また生徒のように反応してしまう。
「民兵はいないようだ。今なら逃げられる」
 王女はドアの外を覗き込んでこちらに顔を向けた。
 そうだ。ピーターから逃げないと。王女の怪我が治ったから、今のうちに逃げたほうがいい。向こうは騒ぎで混乱しているだろうし、油断もしているはずだ。
「行きましょう!」

 教会の裏手に出ると、民兵の姿はなく、浮車もたくさん停車していたから、すぐ目の前にあった浮車に飛び乗った。
 王女が魔法で離陸させる。
「スピードを出すから、どこかに掴まるんだ」
 どこかって……とりあえず床に固定された椅子の脚に掴まった。
 その瞬間、跳ね上がるように上昇し、すぐに角度が変わって前方に進み始めた。身体が上へ浮かんだあとに今度は後ろへ引っ張られたわけだ。またジェットコースターか……。

「このままギリスへ向かう」
「でも国王様は?」
「国王の調印だけでは足りないから大丈夫だ。私がサインをしなければ問題ない」
 そうなんだ? じゃあ、とりあえず王女だけピーターの手に落ちなければ大丈夫なようだ。

 と思ったら、浮車は急停車した。
 王女は軽く悲鳴をあげて前のめりに倒れた。もちろん私も。
「なんだ?」
「王女様が停めたんじゃないんですか?」
「違う! 勝手に……」
 前方の窓を見て、二人で同時に声を上げた。
「ピーター!」「チェンバレン!」
 なんと目の前にピーターが浮かんでいた。
「逃げましょう!」
 私は叫んだが、王女は戸惑いの声で返す。
「そうしようとしているんだが、動かせないんだ!」
 王女は必死な形相で、両手を胸の前で合わせて目を閉じている。
 ピーターの方を向くと、笑みを浮かべたままこちらへゆっくりと近づいている。
「聞こえるかな?」
 ピーターの声が反響した。外からではなく車内に響いている感覚だ。

「リサのことはもういいよ。どうせ死ぬんだし。しかし王女様に帰国してもらうのは困る。あの騒ぎは想定外だったなあ。あれはウェーデンの竜か? それともポム? どちらでもいいが、まさかあんなところに姿を現して暴れるとは思わなかった。まあ、アンドリューの威光を高められたと考えれば功を奏したとも言えるが。それに影の騎士のおぞましき姿も目撃されたことだし、王女様さえ取り逃がさなければ事態は好転していると言っていい。ということで、一緒に戻ろう!」
 相変わらずベラベラとよく喋る男だ。

 しかし、王女はどんなに頑張っても浮車を操縦できないようで、無力にもピーターに引きずられて元きた方向へ戻っていく。

「どこへ連れて行かれてもサインはしない!」王女が叫ぶ。
「いやいやしてもらうよ? 影の騎士が虐げられたままなのは王女も面白くないだろう? あんな化け物に身を守られていたなんて、悪い噂になりかねない」
「化け物なんかじゃない! それにエドワードが竜を倒した姿をみんな見ていたじゃない?」私も叫んだ。
「いやいや、竜なんて一人で暴れて倒れた程度にしか認識されていない。存在それ自体に驚いて、誰も冷静になんて見ていなかった」
「なんでわかるの?」
「広場に行けばわかるよ。それに僕の兵士たちがそう誘導しているからね。世論は導いてあげるものだ。言葉も魔法なんだよ」
「それでも、影の騎士としてこれまで人助けしていたんだから……」
「はっ! ただこそ泥を捕まえるとかそんな程度だろう? アンドリューのように国を救った功績とでは比較にならない。国家間をまたぐ英雄と、街の英雄とじゃ天と地の差だ。アンドリューに怪我を負わせたのだって、嫉妬だと言っても誰も疑わないんじゃないかな? それに加えてあの相貌だ。あんな姿をしていたとは知らなかったが、よくあれで影の騎士などと称えられていたものだ。あんな化け物を崇めていたと知って、国民は恥入っているんじゃないかな?」
 くそぉ。あのよく回る舌を引きちぎってやりたい!

「確かにアンドリューは凄いけど、ピーターは凄くないじゃない」
「ん? 何を言っている? 僕のおかげでアンドリューは有名になったんだ」
「自分でさっき言ったじゃん。国を救ったからアンドリューは有名になったんだって。ピーターのおかげじゃないでしょう?」
「……しかし、それを広めたのは僕だ。それに内戦の噂を聞きつけてペインへ行かせたのも──」
「広めたのはペインの人たちでしょ? ピーターが広めなくても自然に広がっていたよ」
「僕が旅程を組んで、あちこちで人の噂に上るようにした」
「それでも実際に助けたのはアンドリューじゃん。ピーターじゃない」
 ピーターは気がついた表情をしたあと、またにやりと含みのある笑みを浮かべた。
「僕を挑発しているのか? リサが?」そう言って笑い声をあげた。
「バカだなリサは……リサが僕を挑発なんてできるわけがないだろう? なんて無謀なことを!」笑い声はさらに大きくなり、腹が捩れるというように身体を折った。
「リサはバカではない!」王女が叫ぶ。
「あ? バカじゃなかったらなんだ? 見る目のないガキか?」
 ガキとは失礼な! 同年代よ!
「ピーターの方がバカだよ」
 ピーターは笑みを大きくする。
「挑発には乗らないって言っているだろう?」
 そう言って両手を身体の前にかざすと、オレンジ色の光を放出した。
 浮車に光がぶつかり大きな音を立てて振動し、車体は傾いて動力を失ったかのように落下を始めた。

 挑発には乗らないんじゃなかったの?
 殺す気じゃん!
 地面に激突したら死ぬよこれ?

「王女様!」
 ピーターの魔力が消えたら動かせるのでは?と王女の方を向く。
 目を合わせた王女はかすかに首を振った。

 えー? じゃあ本当に死んじゃうの?
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