上 下
26 / 33

26. 決した勝敗

しおりを挟む
 アンドリューは両脇に下ろしていた手を一気に振り上げ、地面から立ち上らせた攻撃魔法の、何百倍とも言えるレベルの大きさのものを繰り出した。

 物凄い音! 聞いたことがないくらいの衝撃音だ。身体中がビリビリする。

 エドワードは攻撃をギリギリのところで避けてアンドリューの頭上に斬り掛かるが、アンドリューは寸でのところでそれを受け止める。
 エドワードはアンドリューが攻撃に切り替える前に左脇腹に向けて斬撃を繰り出したが、身体から数センチのところで弾かれてしまう。全身を覆う紫色の光が防壁になっているのかもしれない。エドワードは目で追えないほどの速さで斬り掛かっているが、どれもアンドリューの手前で弾かれる。

 アンドリューが数メートルほど飛び上がって再び両手を脇に下げると、全身を纏っている紫色の光が大きくなり地面が振動し始めた。
 アンドリューは両手を一気に上に──あっ!
 手が上がりきる前にエドワードが斬りかかり、アンドリューの右脇腹にもろに斬撃が入った。
 今度のは弾かれなかったようで血が吹き出している。バランスを崩したのか痛みで顔をしかめたアンドリューが、宙に留まっていられないかのようにゆっくりと落下し始めた。
 しかし地面から2メートルほどの距離で落下は止まり、アンドリューは右腹を抑えながら、手を前に掲げる。
 右手の正面に紫色の光が現れ、玉のように大きくなり、黒とも言えるほどに色も濃度を増していく。
 エドワードは一度地面に足をつき、その反動を使ってアンドリューに向かって斬りかかった。

「無駄だ」
 声を上げたアンドリューの目が鈍く光る。
「これで終わりだ!」
 そう言って、飛びかかってきていたエドワードの正面に、その光を放出した。

 エドワードはそれを真正面から全身で受けた。
 しかしその全てを剣で受け止め、そのままアンドリューの方へスピードを落とさずに向かっていく。
「嘘だろ?」
 アンドリューのその言葉と共に、二人の全身は紫色の光に包まれ、大きな轟音がした直後に全方位に放射した。
 空が紫の光に満たされるほどの光量だった。

 光が私の身体を通り抜けたとき、全身が痺れるような振動と、静電気のようなパチパチと帯電したものがかすめていった。

 光が消滅すると、アンドリューは動力を失った機械のように地面に落ちた。
 激突する! そう思ったら、アンドリューが落下する寸前にエドワードが抱きとめた。

「エドワード!」
 私は駆け寄った。


 エドワードはアンドリューをゆっくりと地面に横たえた。
「死んでるの?」
「いえ、大丈夫です。止血しましょう」
 そう言ってテキパキとアンドリューの衣服を切り裂き、腰に巻いていたベルトのようなもので傷口を抑えて包帯のように巻き始めた。
「エドワードは大丈夫なの?」
 エドワードは、アンドリューの傷口に巻き付けた布の強度を確認するように何度もきつく引っ張ったあと、私の方を見上げた。
「……疲れました」
 そりゃそうだ。顔も身体も血だらけだもん。

 エドワードは大きくため息をつくと
「死ぬかと思いました」
 そう言って、その場に寝転んだ。
「むしろよく生きてたね」
 私も隣に腰をおろした。
「……本当に」
 エドワードは片手を額の上にあてて、もう一度大きくため息をついた。

「アンドリューは大丈夫かな?」
「わかりません。ですがここに置いておくわけにはいきません」
「そうだね。ピーターに……あ! ダイアナ王女と一緒だ」
 エドワードは跳ね起きた。
「えっと……どちらに?」キョロキョロと辺りを見渡す。
「ピーターと民兵に連れて行かれたから……」
 エドワードは軽快に立ち上がり、どこにそんな力があるのかと思うほど軽々と、アンドリューを肩にかかえた。
「梨沙、走れますか?」
 私も立ち上がる。
「お、遅いけど……」
 私が言い終えないうちにエドワードは駆け出した。
 ちょっと待ってよ!
 私も追いかける。

 あのボロボロの家屋みたいなところにたどり着いた。家の前に何台か浮車が停車しているが、誰か人がいる様子はない。
 エドワードは地面にアンドリューを下ろしたあと、家のドアを開けて中を覗き見て、今度は浮車の中を一台一台覗き込み始めた。
 私もそれに倣ってエドワードとは反対側から順に浮車を見ていく。
「梨沙、来てください」
 エドワードに呼ばれて一台の浮車に駆け寄ると、その中に一人の民兵が眠りこけている姿があった。
「これで向かいましょう」
 そう言ってエドワードはドアに体当たりをして押し入り、民兵の胸ぐらを掴んで揺さぶり起こした。

「なんだ?」寝ぼけ眼の民兵が弱々しい声をあげた。「わっ!」後ろに飛びぬくようにしたが、椅子の背もたれは真横にあったので、後ろへひっくり返った。
「化け物!」痛みもどこへやら、壁へと後ずさる。

「ミスター・チェンバレンはどこだ? 彼の居場所へ連れて行け!」
「はあ?」
「梨沙、私はミスター・カーライルを連れてきますから、説得していただけますか?」
 エドワードは私の返答を待たずに浮車から出ていった。
 説得か……
「アンドリュー・カーライルって知ってる?」私は民兵に問うた。

 民兵はエドワードの容貌を見て私たちを不審者か敵かと訝しんだ様子だったが、アンドリューが怪我をしてピーターの元へ連れていきたいのだと説明を受けて、エドワードが連れてきたアンドリューを実際に目にすると、自ら進んで運び入れるのを手伝ってくれた。
「アンドリュー様はいかがされたのですか?」
 民兵に聞かれたが、なんと答えればいいのやら……
「事故かな?」
 そう答えるしかないだろう。エドワードにやられたなんて言ったら騒がれそうだ。

 民兵は魔力が強かったのか、一人で四人を乗せての航行でも20分とかからずにピーターの居場所へ到着することができた。
 そこはなんと、城下町のど真ん中に位置する、街で一番大きな教会だった。
 目の前には、これまた街最大だという大きな広場があり、広場を埋め尽くすほど大勢の市民が集まっていた。

 浮車は教会の裏手に着陸した。庭園を刈り取り、臨時の発着場にしつらえたらしい。

「誰か人手ひとでを連れてきて。そのときにアンドリューに治療が必要なことも伝えて」
 私が言うと、民兵は躍り上がるように飛び出していった。

「その声はミス・フューガですか?」
 アンドリューの声だ。目が覚めたようだ。
 そばへ近づいて、横たわっているアンドリューの顔を覗き込む。
「大丈夫?」
「全身が痛いですが、ここは酷く痛みます」脇腹を押さえている。
「うん、血がたくさん出てる。まだ止まってないみたい」
 アンドリューの横たわっている床の上には血溜まりができていた。
「ああ、だから目が霞むんですね」
 えっ? 大丈夫かな? 出血多量だと死ぬこともあるよね?
「でももう大丈夫。ピーターのいる教会に来たから手当を受けられるよ」
 アンドリューは安堵の表情でため息をついた。
「そうですか。……ミスター・グリフィンは?」
 エドワード? そう言えばと車内を見渡したら、隅で壁にもたれて座り込んでいる姿があった。眠っているようだ。
「そこで寝てるよ」
「お怪我は?」
「うーん、全身血だらけだけど……」
 アンドリューは視線を逸らした。
「だけど……私ほどの怪我はしていない……ということですね?」
 私が何も答えずに押し黙っていると、アンドリューは微かに笑い声をあげた。
「魔法が使えないのになぜ攻撃をいなせるのか、私の防御をなぜ打ち破れたのか、皆目検討がつきません」

「アンドリュー、大丈夫か?」ピーターの弾むような声が浮車のドアぐちから聞こえた。「勝利に怪我はつきものだから沈む必要はない……あれ?」
 しかし車内を見渡したピーターの表情は一気に曇った。
「嘘だろ? なんで影の騎士がいるんだ? まさかアンドリューが負けたのか?」ピーターはエドワードの方へ近づいて、覗き込むように見る。「誰だこいつ?」
 私は立ち上がり、ピーターとエドワードの間に割って入った。
「エドワードだよ」
 ピーターは驚いた顔で私と目を合わせたあと、にやりと口角をあげた。
「影の騎士の正体は化け物だったのか。そりゃアンドリューも負けるわけだ。……おい!」
 ピーターは後ろを振り向いて、ドアのそばに来ていた民兵に声をかける。
「アンドリューを連れて行け」
 その言葉で民兵たちが四人ほど入ってきて、アンドリューを木製の担架に乗せて連れて行った。

 連れて行かれるときにアンドリューと目があった。
 相変わらず彫刻のように美しい顔を微動だにしていなかったが、その目の中には安堵とともに諦念の光があるようだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

初心な人質妻は愛に不器用なおっさん閣下に溺愛される、ときどき娘

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
誰もが魔力を備えるこの世界で魔力のないオネルヴァは、キシュアス王国の王女でありながらも幽閉生活を送っていた。 そんな生活に終止符を打ったのは、オネルヴァの従兄弟であるアルヴィドが、ゼセール王国の手を借りながらキシュアス王の首を討ったからだ。 オネルヴァは人質としてゼセール王国の北の将軍と呼ばれるイグナーツへ嫁ぐこととなる。そんな彼には六歳の娘、エルシーがいた。 「妻はいらない。必要なのはエルシーの母親だ」とイグナーツに言われたオネルヴァであるが、それがここに存在する理由だと思い、その言葉を真摯に受け止める。 娘を溺愛しているイグナーツではあるが、エルシーの母親として健気に接するオネルヴァからも目が離せなくなる。 やがて、彼が恐れていた通り、次第に彼女に心を奪われ始めるのだが――。 ※朝チュンですのでR15です。 ※年の差19歳の設定です……。 ※10/4から不定期に再開。

異世界着ぐるみ転生

こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生 どこにでもいる、普通のOLだった。 会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。 ある日気が付くと、森の中だった。 誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ! 自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。 幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り! 冒険者?そんな怖い事はしません! 目指せ、自給自足! *小説家になろう様でも掲載中です

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

旦那様は大変忙しいお方なのです

あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。 しかし、その当人が結婚式に現れません。 侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」 呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。 相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。 我慢の限界が――来ました。 そちらがその気ならこちらにも考えがあります。 さあ。腕が鳴りますよ! ※視点がころころ変わります。 ※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

三年目の離縁、「白い結婚」を申し立てます! 幼な妻のたった一度の反撃

紫月 由良
恋愛
【書籍化】5月30日発行されました。イラストは天城望先生です。 【本編】十三歳で政略のために婚姻を結んだエミリアは、夫に顧みられない日々を過ごす。夫の好みは肉感的で色香漂う大人の女性。子供のエミリアはお呼びではなかった。ある日、参加した夜会で、夫が愛人に対して、妻を襲わせた上でそれを浮気とし家から追い出すと、楽しそうに言ってるのを聞いてしまう。エミリアは孤児院への慰問や教会への寄付で培った人脈を味方に、婚姻無効を申し立て、夫の非を詳らかにする。従順(見かけだけ)妻の、夫への最初で最後の反撃に出る。

転生するのにベビー・サタンの能力をもらったが、案の定魔力がたりない~最弱勇者の俺が最強魔王を倒すまで~

葛来奈都
ファンタジー
 大館ムギト。底辺大学生。「神の使い」と名乗るノアの誘導的な契約によりうっかり魔王を討伐する勇者となる。  だが、ノアが本来契約したかったのはムギトではなく彼の優秀な弟のほうだった。しかも現実世界のムギトはすでに死んでしまっているし、契約は取り消せないと言う。 「魔王を討伐できた暁には、神に生き返らせるよう取り繕ってやる」  ノアにそう言われ仕方がなく異世界に転生するムギトだったが、彼が神から与えられた能力は謎のクラス【赤子の悪魔《ベビー・サタン》】」だった。  魔力は僅か、武器はフォーク。戦闘力がない中、早速ムギトは強敵な魔物に襲われる。  そんな絶体絶命の彼を救ったのは、通りすがりのオネエ剣士・アンジェだった。  怪我の治療のため、アンジェの故郷「オルヴィルカ」に連れられるムギトたち。  そこを拠点に出会った筋肉隆々の治療師神官やゴーレム使いのギルド受付嬢……明らかに自分より強い仲間たちに支えられながらも、ムギトは魔王討伐を目指す。  だが、ギルドで起こったとある事件を境に事態は大きく変わっていく――  これは、理不尽に異世界に転生してしまった勇者と仲間たちによる魔王討伐冒険記である。 ◆ ◆ ◆ ※カクヨムにプロト版を掲載。 上記と内容が多少変わっております。(キャラクターの設定変更、矛盾点の修正等)

処理中です...