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26. 決した勝敗
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アンドリューは両脇に下ろしていた手を一気に振り上げ、地面から立ち上らせた攻撃魔法の、何百倍とも言えるレベルの大きさのものを繰り出した。
物凄い音! 聞いたことがないくらいの衝撃音だ。身体中がビリビリする。
エドワードは攻撃をギリギリのところで避けてアンドリューの頭上に斬り掛かるが、アンドリューは寸でのところでそれを受け止める。
エドワードはアンドリューが攻撃に切り替える前に左脇腹に向けて斬撃を繰り出したが、身体から数センチのところで弾かれてしまう。全身を覆う紫色の光が防壁になっているのかもしれない。エドワードは目で追えないほどの速さで斬り掛かっているが、どれもアンドリューの手前で弾かれる。
アンドリューが数メートルほど飛び上がって再び両手を脇に下げると、全身を纏っている紫色の光が大きくなり地面が振動し始めた。
アンドリューは両手を一気に上に──あっ!
手が上がりきる前にエドワードが斬りかかり、アンドリューの右脇腹にもろに斬撃が入った。
今度のは弾かれなかったようで血が吹き出している。バランスを崩したのか痛みで顔をしかめたアンドリューが、宙に留まっていられないかのようにゆっくりと落下し始めた。
しかし地面から2メートルほどの距離で落下は止まり、アンドリューは右腹を抑えながら、手を前に掲げる。
右手の正面に紫色の光が現れ、玉のように大きくなり、黒とも言えるほどに色も濃度を増していく。
エドワードは一度地面に足をつき、その反動を使ってアンドリューに向かって斬りかかった。
「無駄だ」
声を上げたアンドリューの目が鈍く光る。
「これで終わりだ!」
そう言って、飛びかかってきていたエドワードの正面に、その光を放出した。
エドワードはそれを真正面から全身で受けた。
しかしその全てを剣で受け止め、そのままアンドリューの方へスピードを落とさずに向かっていく。
「嘘だろ?」
アンドリューのその言葉と共に、二人の全身は紫色の光に包まれ、大きな轟音がした直後に全方位に放射した。
空が紫の光に満たされるほどの光量だった。
光が私の身体を通り抜けたとき、全身が痺れるような振動と、静電気のようなパチパチと帯電したものがかすめていった。
光が消滅すると、アンドリューは動力を失った機械のように地面に落ちた。
激突する! そう思ったら、アンドリューが落下する寸前にエドワードが抱きとめた。
「エドワード!」
私は駆け寄った。
エドワードはアンドリューをゆっくりと地面に横たえた。
「死んでるの?」
「いえ、大丈夫です。止血しましょう」
そう言ってテキパキとアンドリューの衣服を切り裂き、腰に巻いていたベルトのようなもので傷口を抑えて包帯のように巻き始めた。
「エドワードは大丈夫なの?」
エドワードは、アンドリューの傷口に巻き付けた布の強度を確認するように何度もきつく引っ張ったあと、私の方を見上げた。
「……疲れました」
そりゃそうだ。顔も身体も血だらけだもん。
エドワードは大きくため息をつくと
「死ぬかと思いました」
そう言って、その場に寝転んだ。
「むしろよく生きてたね」
私も隣に腰をおろした。
「……本当に」
エドワードは片手を額の上にあてて、もう一度大きくため息をついた。
「アンドリューは大丈夫かな?」
「わかりません。ですがここに置いておくわけにはいきません」
「そうだね。ピーターに……あ! ダイアナ王女と一緒だ」
エドワードは跳ね起きた。
「えっと……どちらに?」キョロキョロと辺りを見渡す。
「ピーターと民兵に連れて行かれたから……」
エドワードは軽快に立ち上がり、どこにそんな力があるのかと思うほど軽々と、アンドリューを肩にかかえた。
「梨沙、走れますか?」
私も立ち上がる。
「お、遅いけど……」
私が言い終えないうちにエドワードは駆け出した。
ちょっと待ってよ!
私も追いかける。
あのボロボロの家屋みたいなところにたどり着いた。家の前に何台か浮車が停車しているが、誰か人がいる様子はない。
エドワードは地面にアンドリューを下ろしたあと、家のドアを開けて中を覗き見て、今度は浮車の中を一台一台覗き込み始めた。
私もそれに倣ってエドワードとは反対側から順に浮車を見ていく。
「梨沙、来てください」
エドワードに呼ばれて一台の浮車に駆け寄ると、その中に一人の民兵が眠りこけている姿があった。
「これで向かいましょう」
そう言ってエドワードはドアに体当たりをして押し入り、民兵の胸ぐらを掴んで揺さぶり起こした。
「なんだ?」寝ぼけ眼の民兵が弱々しい声をあげた。「わっ!」後ろに飛びぬくようにしたが、椅子の背もたれは真横にあったので、後ろへひっくり返った。
「化け物!」痛みもどこへやら、壁へと後ずさる。
「ミスター・チェンバレンはどこだ? 彼の居場所へ連れて行け!」
「はあ?」
「梨沙、私はミスター・カーライルを連れてきますから、説得していただけますか?」
エドワードは私の返答を待たずに浮車から出ていった。
説得か……
「アンドリュー・カーライルって知ってる?」私は民兵に問うた。
民兵はエドワードの容貌を見て私たちを不審者か敵かと訝しんだ様子だったが、アンドリューが怪我をしてピーターの元へ連れていきたいのだと説明を受けて、エドワードが連れてきたアンドリューを実際に目にすると、自ら進んで運び入れるのを手伝ってくれた。
「アンドリュー様はいかがされたのですか?」
民兵に聞かれたが、なんと答えればいいのやら……
「事故かな?」
そう答えるしかないだろう。エドワードにやられたなんて言ったら騒がれそうだ。
民兵は魔力が強かったのか、一人で四人を乗せての航行でも20分とかからずにピーターの居場所へ到着することができた。
そこはなんと、城下町のど真ん中に位置する、街で一番大きな教会だった。
目の前には、これまた街最大だという大きな広場があり、広場を埋め尽くすほど大勢の市民が集まっていた。
浮車は教会の裏手に着陸した。庭園を刈り取り、臨時の発着場に設えたらしい。
「誰か人手を連れてきて。そのときにアンドリューに治療が必要なことも伝えて」
私が言うと、民兵は躍り上がるように飛び出していった。
「その声はミス・フューガですか?」
アンドリューの声だ。目が覚めたようだ。
そばへ近づいて、横たわっているアンドリューの顔を覗き込む。
「大丈夫?」
「全身が痛いですが、ここは酷く痛みます」脇腹を押さえている。
「うん、血がたくさん出てる。まだ止まってないみたい」
アンドリューの横たわっている床の上には血溜まりができていた。
「ああ、だから目が霞むんですね」
えっ? 大丈夫かな? 出血多量だと死ぬこともあるよね?
「でももう大丈夫。ピーターのいる教会に来たから手当を受けられるよ」
アンドリューは安堵の表情でため息をついた。
「そうですか。……ミスター・グリフィンは?」
エドワード? そう言えばと車内を見渡したら、隅で壁にもたれて座り込んでいる姿があった。眠っているようだ。
「そこで寝てるよ」
「お怪我は?」
「うーん、全身血だらけだけど……」
アンドリューは視線を逸らした。
「だけど……私ほどの怪我はしていない……ということですね?」
私が何も答えずに押し黙っていると、アンドリューは微かに笑い声をあげた。
「魔法が使えないのになぜ攻撃をいなせるのか、私の防御をなぜ打ち破れたのか、皆目検討がつきません」
「アンドリュー、大丈夫か?」ピーターの弾むような声が浮車のドア口から聞こえた。「勝利に怪我はつきものだから沈む必要はない……あれ?」
しかし車内を見渡したピーターの表情は一気に曇った。
「嘘だろ? なんで影の騎士がいるんだ? まさかアンドリューが負けたのか?」ピーターはエドワードの方へ近づいて、覗き込むように見る。「誰だこいつ?」
私は立ち上がり、ピーターとエドワードの間に割って入った。
「エドワードだよ」
ピーターは驚いた顔で私と目を合わせたあと、にやりと口角をあげた。
「影の騎士の正体は化け物だったのか。そりゃアンドリューも負けるわけだ。……おい!」
ピーターは後ろを振り向いて、ドアのそばに来ていた民兵に声をかける。
「アンドリューを連れて行け」
その言葉で民兵たちが四人ほど入ってきて、アンドリューを木製の担架に乗せて連れて行った。
連れて行かれるときにアンドリューと目があった。
相変わらず彫刻のように美しい顔を微動だにしていなかったが、その目の中には安堵とともに諦念の光があるようだった。
物凄い音! 聞いたことがないくらいの衝撃音だ。身体中がビリビリする。
エドワードは攻撃をギリギリのところで避けてアンドリューの頭上に斬り掛かるが、アンドリューは寸でのところでそれを受け止める。
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アンドリューが数メートルほど飛び上がって再び両手を脇に下げると、全身を纏っている紫色の光が大きくなり地面が振動し始めた。
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右手の正面に紫色の光が現れ、玉のように大きくなり、黒とも言えるほどに色も濃度を増していく。
エドワードは一度地面に足をつき、その反動を使ってアンドリューに向かって斬りかかった。
「無駄だ」
声を上げたアンドリューの目が鈍く光る。
「これで終わりだ!」
そう言って、飛びかかってきていたエドワードの正面に、その光を放出した。
エドワードはそれを真正面から全身で受けた。
しかしその全てを剣で受け止め、そのままアンドリューの方へスピードを落とさずに向かっていく。
「嘘だろ?」
アンドリューのその言葉と共に、二人の全身は紫色の光に包まれ、大きな轟音がした直後に全方位に放射した。
空が紫の光に満たされるほどの光量だった。
光が私の身体を通り抜けたとき、全身が痺れるような振動と、静電気のようなパチパチと帯電したものがかすめていった。
光が消滅すると、アンドリューは動力を失った機械のように地面に落ちた。
激突する! そう思ったら、アンドリューが落下する寸前にエドワードが抱きとめた。
「エドワード!」
私は駆け寄った。
エドワードはアンドリューをゆっくりと地面に横たえた。
「死んでるの?」
「いえ、大丈夫です。止血しましょう」
そう言ってテキパキとアンドリューの衣服を切り裂き、腰に巻いていたベルトのようなもので傷口を抑えて包帯のように巻き始めた。
「エドワードは大丈夫なの?」
エドワードは、アンドリューの傷口に巻き付けた布の強度を確認するように何度もきつく引っ張ったあと、私の方を見上げた。
「……疲れました」
そりゃそうだ。顔も身体も血だらけだもん。
エドワードは大きくため息をつくと
「死ぬかと思いました」
そう言って、その場に寝転んだ。
「むしろよく生きてたね」
私も隣に腰をおろした。
「……本当に」
エドワードは片手を額の上にあてて、もう一度大きくため息をついた。
「アンドリューは大丈夫かな?」
「わかりません。ですがここに置いておくわけにはいきません」
「そうだね。ピーターに……あ! ダイアナ王女と一緒だ」
エドワードは跳ね起きた。
「えっと……どちらに?」キョロキョロと辺りを見渡す。
「ピーターと民兵に連れて行かれたから……」
エドワードは軽快に立ち上がり、どこにそんな力があるのかと思うほど軽々と、アンドリューを肩にかかえた。
「梨沙、走れますか?」
私も立ち上がる。
「お、遅いけど……」
私が言い終えないうちにエドワードは駆け出した。
ちょっと待ってよ!
私も追いかける。
あのボロボロの家屋みたいなところにたどり着いた。家の前に何台か浮車が停車しているが、誰か人がいる様子はない。
エドワードは地面にアンドリューを下ろしたあと、家のドアを開けて中を覗き見て、今度は浮車の中を一台一台覗き込み始めた。
私もそれに倣ってエドワードとは反対側から順に浮車を見ていく。
「梨沙、来てください」
エドワードに呼ばれて一台の浮車に駆け寄ると、その中に一人の民兵が眠りこけている姿があった。
「これで向かいましょう」
そう言ってエドワードはドアに体当たりをして押し入り、民兵の胸ぐらを掴んで揺さぶり起こした。
「なんだ?」寝ぼけ眼の民兵が弱々しい声をあげた。「わっ!」後ろに飛びぬくようにしたが、椅子の背もたれは真横にあったので、後ろへひっくり返った。
「化け物!」痛みもどこへやら、壁へと後ずさる。
「ミスター・チェンバレンはどこだ? 彼の居場所へ連れて行け!」
「はあ?」
「梨沙、私はミスター・カーライルを連れてきますから、説得していただけますか?」
エドワードは私の返答を待たずに浮車から出ていった。
説得か……
「アンドリュー・カーライルって知ってる?」私は民兵に問うた。
民兵はエドワードの容貌を見て私たちを不審者か敵かと訝しんだ様子だったが、アンドリューが怪我をしてピーターの元へ連れていきたいのだと説明を受けて、エドワードが連れてきたアンドリューを実際に目にすると、自ら進んで運び入れるのを手伝ってくれた。
「アンドリュー様はいかがされたのですか?」
民兵に聞かれたが、なんと答えればいいのやら……
「事故かな?」
そう答えるしかないだろう。エドワードにやられたなんて言ったら騒がれそうだ。
民兵は魔力が強かったのか、一人で四人を乗せての航行でも20分とかからずにピーターの居場所へ到着することができた。
そこはなんと、城下町のど真ん中に位置する、街で一番大きな教会だった。
目の前には、これまた街最大だという大きな広場があり、広場を埋め尽くすほど大勢の市民が集まっていた。
浮車は教会の裏手に着陸した。庭園を刈り取り、臨時の発着場に設えたらしい。
「誰か人手を連れてきて。そのときにアンドリューに治療が必要なことも伝えて」
私が言うと、民兵は躍り上がるように飛び出していった。
「その声はミス・フューガですか?」
アンドリューの声だ。目が覚めたようだ。
そばへ近づいて、横たわっているアンドリューの顔を覗き込む。
「大丈夫?」
「全身が痛いですが、ここは酷く痛みます」脇腹を押さえている。
「うん、血がたくさん出てる。まだ止まってないみたい」
アンドリューの横たわっている床の上には血溜まりができていた。
「ああ、だから目が霞むんですね」
えっ? 大丈夫かな? 出血多量だと死ぬこともあるよね?
「でももう大丈夫。ピーターのいる教会に来たから手当を受けられるよ」
アンドリューは安堵の表情でため息をついた。
「そうですか。……ミスター・グリフィンは?」
エドワード? そう言えばと車内を見渡したら、隅で壁にもたれて座り込んでいる姿があった。眠っているようだ。
「そこで寝てるよ」
「お怪我は?」
「うーん、全身血だらけだけど……」
アンドリューは視線を逸らした。
「だけど……私ほどの怪我はしていない……ということですね?」
私が何も答えずに押し黙っていると、アンドリューは微かに笑い声をあげた。
「魔法が使えないのになぜ攻撃をいなせるのか、私の防御をなぜ打ち破れたのか、皆目検討がつきません」
「アンドリュー、大丈夫か?」ピーターの弾むような声が浮車のドア口から聞こえた。「勝利に怪我はつきものだから沈む必要はない……あれ?」
しかし車内を見渡したピーターの表情は一気に曇った。
「嘘だろ? なんで影の騎士がいるんだ? まさかアンドリューが負けたのか?」ピーターはエドワードの方へ近づいて、覗き込むように見る。「誰だこいつ?」
私は立ち上がり、ピーターとエドワードの間に割って入った。
「エドワードだよ」
ピーターは驚いた顔で私と目を合わせたあと、にやりと口角をあげた。
「影の騎士の正体は化け物だったのか。そりゃアンドリューも負けるわけだ。……おい!」
ピーターは後ろを振り向いて、ドアのそばに来ていた民兵に声をかける。
「アンドリューを連れて行け」
その言葉で民兵たちが四人ほど入ってきて、アンドリューを木製の担架に乗せて連れて行った。
連れて行かれるときにアンドリューと目があった。
相変わらず彫刻のように美しい顔を微動だにしていなかったが、その目の中には安堵とともに諦念の光があるようだった。
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