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22. 右腕の本懐

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「梨沙!」
 わ!
 いきなりで飛び上がった。
「何があった?」ポムの声だ。
 えっと……
「ウェーデンの洞窟みたいなところにいる」
「……なぜそこに?」
「連れてこられた」
「怪我はないか?」
「え? 身体中痛いし、頭もぶつけたけど……」
 ピーターがくっくと笑った。
「ポムかな?」
 私はピーターを見る。
「そうだよ」
「ということは、近くに来ているのかな?」
「ポム! ウェーデンにいるの?」
 叫ばなくても会話はできるのに、なぜか私は叫んだ。
 答えがない。
「ポム?」
 しばらく待つが、何も返答がない。

 そのとき、地震でも起きたのかと思うくらいに洞窟が揺れた。
 しばらく振動が続いたたあと徐々に落ち着いて、収まったと思った瞬間に再び揺れた。その後も同様に収まっては再び振動し、また同じように収まりかけるとグラグラと揺れる、というのが何度も繰り返された。地震というより衝撃波のようだ。

 ピーターがにやにやとしながら宙を見上げる。
「おうおう、始まったな」
「ピーター! さっきウェーデンの竜がここにいたの?」
 私の問いにピーターは宙から視線をこちらへ滑らせて答えた。
「そうだよ。姿は見えなかったけど、ここにいた。そして今は外で戦っている」
 戦ってる?
「まさかポムとじゃないよね?」
 ピーターは答えず、にやにやとした笑みのまま再び視線を宙に戻した。

 ん? なんだろう? 私の身体が白い光に纏われて、すぐに消えた。

 再び白い光。身体が数センチ浮き上がる。
 しかしすぐに光は消えて、身体も地面についた。

「梨沙、だめだ。逃がすことができない。自力で逃げられるか?」
 ポムの声だ。逃げる? ここから出た方がいいのかな? でもどこに?
「どこか遠くへ……誰か助けてくれる者は?」
 ポムに問われて、エドワードの顔が浮かんだ。

「わかった!」
 私がそう言ったら、ピーターの言葉と被った。
 振り返ると、にやにやとした笑みを浮かべているピーターと目があった。
 私は立ち上がり、入口に向かって駆け出した。

「ああ、ポムから何か言われたのかな?」
 ゆっくりとした足取りだが追いかけてくる。
「遠くへ逃げろとか?」

 階段へ辿り着くが真っ暗で何も見えない。手探りで段を触りながら上っていく。
「魔法が使えないって不便だなあ」
 ピーターの声が間近に聞こえてきて、明るくなった。
「さあ、上がって。引きずっていくなんて僕には無理だ」
 言われなくても上がるよ!

 階段を登り切ると民兵が何人もいる部屋の中に出た。
「あーあー、捕まえて!」
 ピーターの声で民兵が駆け寄ってきたので、私はそれを避けてドアに走る。が、逃げられるはずもなく、2メートルと進めずに捕まった。
「バカだなリサは」呆れた顔でピーターも部屋に入ってきた。
 くそお。このウェーデンへ来てからのピーターは、友達というよりも敵みたい。映画に出てくる悪役のようだ。

「そのまま外に連れ出して。激しい音が聞こえているだろう? そこへ連れて行く」
「あれは何なんですか?」民兵の一人がピーターに問いかける。
「竜だよ。竜同士の戦いだ」
 その言葉で部屋の中はざわついた。
 ピーターは私を指で差して続ける。
「この土産物を奪い合っている。僕たちにとってはどちらの竜が手にしても構わないけどね。珍品は得難いものなんだろう」
 ピーターは大きく笑った後、顎をしゃくって私を連れ出すように命令した。
 私は両腕を掴まれたまま引きずられていく。足をバタバタとさせても床につかない。

 どうなるんだろう? 土産物ってなに? また別の世界に連れて行かれるの?
 ポムはそれを阻止するためにウェーデンの竜と戦っているの?
 いや、ピーターの独り言から考えると、ウェーデンの竜をポムと敵対させるように仕向けているみたいだった。反抗する者は力ずくで聞かせるとかなんとか言って。

「なんでこんなことをするの?」
 私は精一杯首を後ろに向けてピーターに向けて叫んだ。
 すると、私を引きずっていた民兵たちは歩みを止め、後ろから足音が聞こえてきた。後ろから横、そして前へと音が移動する。
 目の端にピーターの姿が現れ目の前で立ち止まると、私の顔に近寄った。
「言っただろう? アンドリューを皇帝にするって」
 言ってたけど、私を土産物にするとか、竜同士を戦わせることがそれに関係あるの?
 あっ!
「そう」私が気がついた表情をしたからか、にやりと口の端を大きく上げた。
「魔法が使えなくなると困るんだ。僕たちの寿命が終わるまで、竜にはこの世界に居続けてもらいたい」

 そういうことか。世界一の魔法使いであるアンドリューは、魔法がなくなったらただの青年でしかないから、竜に旅立たれることを阻止したいんだ。

「竜同士の戦いがどれだけ続くかわからないが、どちらかが怪我さえ負えば当分旅なんてできないだろ?」

 ピーターの顔は、映画の悪役どころではないほどに醜怪に歪んでいた。自身で計略した絵図が実行されている満足感が口元に現れ、その結実を前に期待で目を輝かせている。

 ピーターはそこまでしてなぜアンドリューを皇帝にしたいのだろう?
「アンドリューが望んだことなの?」
 私が聞くと、ピーターは問われるとは思ってもみなかったかのように驚いた顔をした。
「他人が何を考えているかなんてわかるか? 僕が望んだことだ」
 バカな生徒を前に呆れた教師がもう一度説明を繰り返すような口調で言う。
「願いが叶うなら、どんな手段でも使うだろう? 僕の考え得る手段を使っただけのことだ」
 ピーターは一歩前へ出て、私の鼻先にまで近寄った。
「権力が欲しいというのも、生き物なら当然欲する本能だ」
 そう言ってまた口角を限界にまで上げた。

 私は何も言い返すことができないまま民兵に外へ連れ出され、森の方へと引きずられていった。
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