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15. 異国でも名を馳せている二人

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 ケルマンで開かれる国際会議は午後になるそうで、浮車の中で昼食を取った私たちには数時間ほど空き時間ができた。
 国王と王女は各国の首脳陣との挨拶回りがあるらしく、暇になった私は観光に繰り出すことにした。
 異国とはいえポムの魔法で言葉は通じるし、昼間の城下町なら女性一人でも大丈夫だろう。そう思ったのだが、スーパーマンの性分なのか影の騎士がついてきた。

「あ! 見て、あれ! なんだろう?」
 銅像の前に人だかりができていて、何やら弦楽器のような音楽が聞こえている。耳をすませていると合唱のような歌声も聞こえてきた。集まっている人たちも音楽に乗って一緒に歌ったり、身体を揺らしたりしている。路上ライブかな?
 近づいてみると、男性と女性が二人づつの四人組が手に弦楽器を持って歌っていた。大きな穴の空いた板に、細い糸が何本もついた不思議な形の楽器を弾いている。きれいな音色だ。

 しばらく楽しんだ後、匂いにつられるようにして、様々な屋台が出ているところへ向かった。
 なんだろう? ……揚げ物だ。甘い匂いがする。
「これはなに?」私は店員に聞いた。
「ベルリーナだよ」
 店員は試食用なのか、一口サイズの揚げ菓子を差し出してくれた。
 一つ取って食べてみる。──美味しい! もう一つ……これも美味しい!
「影の騎士! これ買ってみてもいい?」
 後ろからついてきている影の騎士を手招きした。
「私のお金ではありませんから」近づきながら影の騎士が言う。
「あんた、影の騎士なのか? そう言えば真っ黒だな。さすがは影ってか?」店員が声を上げた。
 影の騎士は何も答えず微動だにしない。──言葉がわからないのかな?
「そうですよ。おじさん、影の騎士知ってるの?」代わりに答えた。
「知っているとも! ギリスの英雄だろう? 人々を助けて回っているという。いつだったか、新聞にも載っていた。それが人気を博して新聞の読み物にもなった。だからみんな知っている」
「読み物?」
「物語だよ。子供向けではなく大人が読むような。毎日話が進んでいくんだ」
 ああ、新聞の連載小説かな? すごいじゃん!
 影の騎士を見ると、じっとベルリーナを見ている。食べたいのかな? ついでに買ってあげよう!
「おじさん! これとこれ、二つずつください!」

 受け取った袋の中から影の騎士に手渡してあげる。
「はい、これ」
「結構です!」
 影の騎士は断固とした口調でそう言ったが、身体は正直なのか、差し出したベルリーナから視線を外さない。目は見えないけど伏せた角度で見ていることはわかる。素直に受け取ればいいのに。
「まあ、食べなよ。私一人で四個も食べられないよ」私は無理やり手渡した。
「……ありがとうございます」
 そうそう、最初からそう言えばいい。
「美味しいね」食べながら影の騎士を見る。
「……はい」
 嬉しそうだ。よかった。


 その時、女性の悲鳴が聞こえた。その直後にも次々と悲鳴とどよめきが起きる。
 声のする方を見ると、人差し指を立てて上に向けている手が何本も見えた。

 指の先には──あっ! 赤ちゃんが窓から落ちそうになっている!
 私が気づくよりも早く影の騎士は駆け出していて、物凄い早さでその窓に向かっていた。
 四階建てのアパートのような大きな建物で、その最上階の出窓によちよち歩きの赤ちゃんが柵の上に乗りかかろうとしている。
 落ちそう落ちそう……危ない!
 わっという歓声が起きた。
 思わずつぶっていた目を開いてみると、間に合ったようで、影の騎士が赤ちゃんを抱きかかえていた。拍手喝采だ。
 なんて身軽な! あ、魔法か! 浮き上がるか何かをして助けに行ったのだろう。でもそれができるなら、影の騎士じゃなくても助けられるのでは? 飛ぶ魔法は難しいのかな?

「あれはもしかして影の騎士?」「うそ?」「すごいな! 騎士様だ」「壁を数秒で登ったぞ」「凄かったわね。誰にも出来ないわ」
 聞こえてきた会話によれば、浮き上がったのではなくてよじ登ったらしい。ん? ああ、出窓の柵に足をかけてジャンプして行ったらしい。パルクールみたいな感じ? 見ていればよかった。

 野次馬に声をかけられながら、影の騎士が戻ってきた。
「すごいね。さすが!」私も拍手で出迎える。
「あんた、影の騎士か?」近くにいた人に声をかけられた。
 影の騎士は言葉がわからず、再び戸惑っている。
「そうです。影の騎士ですよ」私が答えた。
「おー! 本物だ! おーい! 影の騎士だってよ!」

 大声で叫んだため、人々が何事かと集まってくた。
 影の騎士を取り囲んで、大勢が口々に褒め称えている。
 凄いな。ギリスの街中にいるみたいだ。ケルマンでも同じような光景を見るとは思わなかった。ケルマンでも本当に知られているんだ。名を轟かせているみたいな? かっこいい!


「さすがですね、ミスター・グリフィン」
 えっ? ギリス語? しかもグリフィンって……驚いて声のする方へ振り向くと、アンドリューとピーターが手を叩きながらこちらへ向かってきているところだった。

「影の騎士は国をまたぐ存在なんですね。いやはや凄い」ピーターだ。
「あっという間でしたもんね。かっこいいなあ。魔法よりも早い。魔法だと浮かせるための足場が必要ですからね……相当な使い手でなければ」
 なるほど。相変わらずピーターのおしゃべりには助けられる。
「影の騎士がいて助かったってところですが、この場にはアンドリューもいましたから、どちらにせよあの赤ん坊は助かる運命でしたよ」ピーターは声を張り上げた。
 しかも『アンドリュー』のところだけやけに大きく丁寧に発音した。なんで?

「アンドリュー?」「ギリス語だわ」「ギリスの影の騎士と話している」「てことはギリスのアンドリュー?」「なんて言ってるんだ?」

 集まっている人々の声が聞こえたのか、ピーターは笑みを大きくして今度はケルマン語で言った。
「アンドリュー・カーライルです。いえ、私ではなくこちらの方がね。私はしがないピーター。この影の騎士がもし間に合わなくても、アンドリューがいたからどちらにせよ助かったと、そうこのお嬢さんにご説明していただけです」

「アンドリュー・カーライルって……」「あの世界一の!」「カーライルだってよ!」「何? アンドリュー・カーライルと言ったか?」
 何? ケルマンの人たちは影の騎士だけでなくアンドリューのことも知っているの?
「ペインを停戦させたっていう」「そうだ、ペインの救世主だ!」「おい! あのペインを救ったカーライルがいるぞ!」
 先程よりもざわめきが大きくなった。人もどんどん集まってきている。

「あーあー、みなさん!」ピーターがケルマン語で話し始めた。「お静かに。押さないでいただきたい。はい。ありがとう。……そうです、こちらにいらっしゃるのが、かの有名なアンドリュー・カーライル。ペインを停戦させた最強の魔法使いです」
 おおー!というどよめき。
「本日はギリス国王の相談役として国際会議に招かれいます。ケルマンのみなさんに歓迎されてアンドリューも喜んでおります」
 ピーターの言葉に、人々は再び湧き上がった。
「救世主!」「アンドリュー様!」「最強の魔法使いだ!」「素敵~」「ケルマンに来てくれてありがとう!」

 アンドリューは一言も発していないのにこの盛り上がり。しかも影の騎士のときの比ではない。ペインを停戦させた最強の魔法使いだと皆口々に言っている。
 意味はわからないけど、ただの青年だと思っていたアンドリューは、小説のモデルにまでなっている影の騎士がかすむほどの人気者のようだ。
 異国のケルマンでこの人気なら、ギリスでも有名な人なのだろうか? 一緒に食堂へ行ったときはそんな反応はなかったけど……そうか、顔で知られているわけじゃないのか。さっきもピーターが名前を言って、ようやく気がついた様子だった。

 ピーターが近づいてきて私に耳打ちした。
「リサ、影の騎士とは比較にならないだろう? 皇帝とはこういうものだ」
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