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14. 真っ黒なフードの中には

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 翌朝朝食を取るためにダイアナ王女専用のダイニングルームへ赴くと、国王やアンドリューたちの姿はなく影の騎士もいなかった。私と王女だけのようだ。

「晩餐がないときはいつも一人だから、リサがいてくれて嬉しい」
 そう言った王女の笑顔には、最初に会った時のような力強さはなかった。意気軒昂な王女だと思っていたが、実は孤独を抱えているのかもしれない。

「影の騎士はダイアナ王女をお守りしているんですよね? 一緒に食事をしたりはしないんですか?」
 王女は笑い声を上げた。「騎士と王女は同席しない」
「えっ? それなら私は? 平民の娘の身分なんてもっと低いんじゃないんですか?」
 王女はまだ可笑しげにニヤニヤとしている。
「リサは平民の娘なのか?」
 両親はサラリーマンだからそうだと思っていたけど違うのかな?
 私が返答に詰まっていると、王女は笑顔のまま続けた。
「リサは言わばこの世界の賓客だ。王族と同席する権利どころか饗さなければならない相手だ」
 賓客? そうなの? よくわからないけどダイアナ王女と同席してもいいってことかな。
「食事は済んだか? そろそろ行こう」王女は立ち上がる。
「はい!」また生徒のように答えてしまった。


 私たちが乗り込んだのは馬車ではなくバカでかい乗り物だった。300人は乗れるのでは?という箱型の乗り物で、木製だが魔法で強度を高めてあるらしい。こんな大きな車を動かせるものなのか。
 ケルマンへは3時間で着くそうだ。
「リサは初めてだよな? これはその名もズバリ浮車ふしゃと言って、乗客全員の魔力が必要だ。普通はね。国王や王女様はその限りではない。護衛の騎士や我々のようなお付きの乗客の魔力で動く。この大きさなら20人もいれば動くだろうが、多ければその分速度と強度が上がるから、衛兵たちもたくさん乗せているというわけだ」
 ピーターは何も聞かなくても説明してくれるのでありがたい。
「これも魔法がなくなると使えなくなる。国交は断絶してしまうかもしれない。なあ? そうなったらどうなると思う? 受け入れるなんて無理な話だろう?」
 文句も多いけど……
「船は?」船くらいあるだろう? 私の世界でもあるんだから。
「船? あれは貿易専門だ。浮車は人間や動物を運ぶ。船でちんたら進むなんて時間の無駄だ」
「そういう旅もいいじゃない。のんびりと旅するのもきっと楽しいよ」
「何を言ってる! 人間は浮いてこそだ。歩いたり船に乗ったり、地べたを這いつくばって進む移動なんて向いてない」
 だめだ。ピーターには何を言っても通じない。

「ピーター」国王と共に仕切られた別席にいたはずのアンドリューが現れた。
「ミス・フューガと何を話している?」
「えっ? いや、この浮車の説明をしていたんだよ」ピーターの声に緊張が走る。
「ミス・フューガを助けてあげなければならない。その話は進んでいるんだよな?」
 アンドリューはピーターの隣に腰を下ろした。
「もちろん!」
 ピーターの嘘つき! 全く表情が変わらないところを見ると、こいつは天性の嘘つきか?
「ミス・フューガ」アンドリューが私に向き直る。「ピーターが何か失礼なことを言っていたら謝るよ」
「えっ? 何も……そんな……」
 こんなに間近でアンドリューの美麗なご尊顔を見るとさすがに緊張する!
「ピーターは魔法が使えなくなるなんて未来を信じたくないだけなんだ。ミス・フューガに協力するのを嫌がっているわけじゃない。……それは理解してくれているかな?」
 アンドリューはさらに顔を近づける。
 わわ! そんなに近づかないで~。
「はい! 理解しています!」
 アンドリューは微笑した。微笑だよ? あの彫刻のように動かない表情がにこっとしたのだ。

「ミスター・グリフィン。あなたにもピーターが妙なことを言っていたら謝るよ」
 アンドリューに声をかけられて、影の騎士は俯いていた顔を数センチ上げた。
「……私に謝る必要などありません」
「それでしたら結構です。あなたももちろんミス・フューガの力になるよう努めていらっしゃるのでしょう?」
「請われれば」
 アンドリューは私を一瞥して影の騎士に視線を戻す。
「請われなくても力になるだろう? あなたにとっては住みやすい世界になるのだから」
 なんだろう? アンドリューの声にも態度にもそんな様子は伺えないのに、なぜか影の騎士に対する敵意のようなものを感じる。
「ミスター・カーライル、フィリップが呼んでいるようだが?」
 ダイアナ王女がそう割って入ると、アンドリューは王女を一瞥して笑みを浮かべた。
 何だか妙に空気が張り詰めている。

「ダイアナ様、国王はただいま休んでおられます」
 アンドリューの目には、人を屈服させるような力がある。
 王女はたじろいだようにして答えなかった。
「ケルマンという国は、他国に友好的とは言えないようですが、警護の数は十分なのでしょうか?」アンドリューは話題を変える。
「ミスター・カーライルが気に掛ける問題ではない」
「そうおっしゃっていただけると気が楽になります。私の出る幕がなければ、それが一番ですから」
 なぜか皆押し黙り、誰も答えない。
「……いずれその力も使えなくなるのですが……。その時が来たらはミスター・グリフィンと手合わせを願いたいものです。……私の力がどれほどのものなのか、少し興味があります」
 影の騎士は今度は数センチではなく顔を上げた。
 アンドリューは笑って続ける。
「冗談ですよ。魔法がなければあなたは最強だ。私とて敵わない」
「グリフィンは、魔法の力をも跳ね返す」王女が口を挟んだ。
 アンドリューは口元の笑みを大きくしたが、目は笑っていない。
「そうでしょう? 王女様をお守りする騎士ですからね。魔法を跳ね返せるようでなければ務まらない」

 ピーターが皇帝にしたい男。まだ20歳の学生の身で諸国を旅して回り、帰国した途端に国王に歓待される人物。見た所だたのイケメンなんだけど、妙に威圧感で、人を見下している風でもないのに、目を合わせると呑まれてしまう。反論もできなければ意見も言えず、思わず顔色を伺ってしまう。物腰は丁寧で紳士的。無表情で冷たい印象がある反面、少しでも微笑を見せると、こちらは宝くじにでも当たったような気分になる。
 寡黙でほとんど口を開かないのに、同じ空間にいると目で追わずにはいられない。誰もが彼の存在を気にしてしまうのだ。

 対して影の騎士は、その名のごとくまるで影のようにひっそりと気配を消していて、その場にいたことを忘れてしまうような存在感だった。言葉を発して初めてその存在を思い出す、背景に溶け込んでいるような男だ。
 困っている人を助けるというスーパーマンみたいな人で、まるで無害といった感じがするのだが、なぜかピーターだけでなくアンドリューも影の騎士のことを気にしているように見える。
 影の騎士のどこが彼らの心をそのように駆り立てているのだろうか。

 国王が昼寝から目覚めたようで、今度は本当に呼ばれて、アンドリューは国王の元へ戻っていった。
 しかしいなくなっても車内の空気は重いまま。普段マイペースのダイアナ王女も呑まれたのか、未だに渋い顔をして窓の外へ向けている。

 私は気まずさに耐え切れず、横にいた影の騎士に話しかけた。
「ケルマンは初めてですか?」
 影の騎士はいきなり話しかけられて驚いたのか、フードの中の顔が見えるくらいに顔を上げた。
「ええ。フィリップ様もダイアナ様も初めてのことです」
 言いながら逸らすようにしてまた俯いたが、私はハッキリとその顔を見てしまった。

 驚いたことに、人間の肌の色とは思えないほどの白さで、目もまつ毛も眉も、全て真っ白だった。黒目も白いのだ。もしかしたら髪の毛も白いのかもしれない。アルビノという体質があると聞いたことはあるが、目までも全て白いというのは驚きだった。
 この世界でもこの容貌は珍しいのだろうか。だから隠すようにしているのか。
 全身真っ黒のコートとパンツに身を包み、フードを目深に被っているその黒さとの対比が際立った。余計に目立つのではと思うが、知り合って一月ひとつき以上経ち、何度も近くに寄っていたのに、今頃気がついたのだから意外とわからないものなのだろう。

「へえ。では私だけでなく皆さん初めてなんですね」
 私は気が付かなかった振りをして、自然に目を逸らしてピーターの方を向く。
「僕は初めてじゃないよ」自分に話を振られたと思ったのか、ピーターが反応した。
「アンドリューもだ。二度目かな? 確かに閉鎖的な国だが、別に鎖国をしているわけじゃない。こうやって隣国の国王を招待してそれをアピールしている。国民は……まあ、お国柄とでも言うのか、異国の人間に対してだけでなく同国人にも自分にも厳しい感じはするけど」
 さすがピーター。自然と話題を広げてくれる。
 王女も窓に向けていた顔をこちらへ戻した。
「日程は三日だ。ほとんどはケルマン国王の城に滞在することになると思うが、興味があるなら観光してもいい。私も少しは見て回りたいな」
 あれ?
「一週間じゃないんですか?」私は聞いた。
 確かそう言っていたような……
「ケルマンの後に隣のランスにも赴く」
 そうなんだ。
「リサを連れてきたのは、竜の話をしてもらうためでもある。多くの国王に面通しをして、理解を得るよう努めてもらいたい」
 そうだったの? そんな難しいことできるかな?
 いや、ポムの頼み通りこの世界の生活を変えるってそういうことだ。この国だけでなく、他の国も変えていかなければ意味がない。

 ダイアナ王女は本当に私を助けてくれようとしているんだ。

「リサ、一人でさせるような真似はしない。私も共に説明にあたるつもりだ。二人でなんとか努めよう」
 王女の心強い言葉に感動した。
「ありがとうございます」頭を下げても足りないよ。
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