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7. マディソン夫人の大衆食堂
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私とピーターは城門の前で馬車に乗り込んだ。
「せっかく久しぶりにアンドリューに会えたのに残念だね。明日には帰ってくるのかな?」
しばらく馬車に揺られた後、ピーターは珍しくお喋りをせずに押し黙っていたので私から声をかけた。
「残念? そのためにここへ訪れたようなものだ。しばらく滞在していて欲しいね」
「そうなんだ。じゃあ、これからどうするの?」
「僕は少しやらなければならないことがある。……一人でね。だからリサとは離れなければならない」
つまり、私は今日明日と一人きり……
「……大丈夫。明日中には終わるから、明後日また会える。あの宿屋に泊まっていてくれたら、明後日の朝に迎えに行くよ」
宿屋の前に馬車が停まって、私だけが降りた。
「じゃあ、また明後日」そう言ってピーターは行ってしまった。
仕方がない。ここまで親切にも一緒にいてくれたのだから、これ以上は無理を言えないし、私も人に頼ってばかりいないで自分で行動を起こさなければ。
ピーターが期待に答えてくれないなんて不満に思ってはいけない。私が頼まれたことなんだから、自分でなんとかしなくちゃ。
まだ夕方前で陽も明るい。影の騎士が助言してくれたように貧民街へ行ってみようか。──その、マディソン夫人のところへ。
私は道行く人に尋ねながら、貧民街と呼ばれる区画へ向かった。思ったよりも近い場所にあったようで、一時間とかからずにたどり着くことができた。
夕闇も深くなり、華やかな街中とは違ってこのあたりは街灯も少なく薄暗い。
しかし人通りは多く、私よりも若い女性や子供たちもまだ走り回っていたから、そこまでの不安はなかった。
歩みを進めると貧民街の中のメインストリートなのか、馬車も人通りも多い区画に着いた。炉端に出店も出ていて、道沿いの店舗からも賑やかな声があちこちから漏れ聞こえている。
私と同じくらいの年齢の女性がお店に入っていく。あの店なら女性が一人で入っても安全かもしれない。
入口のドアは開け放たれていたので、暖簾をくぐって入ってみると、店内は笑顔を浮かべた客たちの醸し出す温かな空気で満ちていた。喧騒ではなく楽しげで、その空気に触れて私も思わず笑顔になった。
カウンター席についてメニューを手に取る。ピーターから少しは教えてもらっていたので、定食セットのようなものを注文した。
それが元々の顔だとばかりに笑顔を浮かべたおばさんが、気泡の入った飲み物をカウンター・テーブルに置いて私に声をかけた。
「あなた、この街の子じゃないね。よくここまで来たね」
会う人みんなに指摘される。そんなに異国の雰囲気が出ているのだろうか?
「はい。影の騎士に勧められて来ました」
「影の騎士? シャドウ・バレイかい?」
ああ、じゃがいも!
「そうです。マディソン夫人に相談するといいって」
「へえ! そんなことを!」
「マディソン夫人をご存知ですか?」
「ご存知もなにも私がマディソンだよ」
本当に? まさか来て早々巡り合うとは、なんてラッキー!
「私に相談って一体なんだい? あいよ! カブルールの湖水風ね」
夕食の時間だからか、店は混雑している。
「あの、後でまた来ますから、その時にお話を聞いていただけますか?」
「あ! ジョン! それはあんたのじゃないの。隣のマリーの分だよ」
マディソン夫人は、カウンターの中からフロアにいる店員にせわしなく料理を手渡している。
「あ、なんだって?……ああ、そうだね。こんなんじゃまともに話なんてできやしない」
また厨房から料理が運ばれてきた。
「あいよ。キャメロット定食。あんたの分」
マディソン夫人は私の前にトレーに乗った料理を置いた。
「ありがとうございます」
「……そうだね……うちの二階は宿屋で部屋は空いてるから、食べたらそこで待ってるといい。仕事を終えたら顔を出すから」
「そんな、ご迷惑では……」
「いやいや、誰も使っていない部屋でただ待っていてもらうだけだから気を使う必要はないよ。食堂は混雑しているんだけどね、泊り客はさっぱりで、いつもどこかしらは空いているのさ」
「……ありがとうございます」
「三時間もすれば落ち着くだろうから、待ってておくれ」
食事を終えたあと、エプロンをつけた若い女性に客室へと案内を受けた。
部屋はベッドが一つあるだけの独房のような狭さだったが、小綺麗で居心地は悪くなさそうだった。私は満たされたお腹を休めるために、ベッドに寝転んで今日のことを思い出しながら暇をつぶした。
アンドリューに会って、城へ行って、国王を見て……
国王は10歳にも満たないような少年だった。あんな子供が国を統治しているのかな? 絶対君主制ではなく立憲君主制なのだろうか。せっしょうって、なんだっけ……摂政? なんたらっていう女性が摂政をしているって言ってたな……えーっと……イギリスの王子の元奥さんで、事故に遭って死んだ人と同じ名前の……
ノックの音が聞こえて跳ね起きた。
あれ? 眠っていたのかな? 真っ暗で何も見えない。さっきまでは日も沈みきっていなかったからまだ薄ぼんやりとしていたのに。
再びノックの音。
「お嬢さん! マディソンだよ」
あ! マディソン夫人!
暗闇の中を手探りでドアまでたどり着き、なんとかドアを開けると廊下の光がいきなり入ってきて目がチカチカした。
「ああ、寝てたのかい? 灯りもつけないで」
マディソン夫人は手をかざして何事かを呟くと、部屋が明るく満たされた。
魔法? 灯りをつける魔法もあるんだ!
マディソン夫人はベッドの端に腰を下ろした。
「あんた、名前は?」
「あ、えーっと……リサ・ヒュウガです」
「エリザベスか」
あはは……次は最初からそう名乗ってみようか。
「それで? シャドウ・バレイが私に相談すればいいって言った内容は?」
「あ、はい」
私はピーターと影の騎士に話した内容を伝えた。三度なのでさらに時間は短縮され五分ほどで話し終えることができた。
「あんた、そんなことを話すためにわざわざここへ来たのかい?」マディソン夫人は笑っている。
「そうです。まだここへ来て二日目で、どうすればいいのかも何もわからないのです」
そして城へ行ったことも伝えた。
「ん? カーライルと言ったかい?」
「はい。アンドリュー・カーライルです。ピーターの友人の……」
「ピーターは知らないけどカーライルは半年ほど前からよく耳にする名だねえ。特に若い連中の口に上っている」マディソン夫人は考え込むように視線を壁に向けた。「シャドウ・バレイはなんと言っていた?」
えっ? なんだっけ……
「あの、この国の人口はほとんどが労働者だから、その人たちの理解を得るべきで、上よりも下に掛け合った方が話が早い……だったかな?」
「ほお」マディソン夫人は口をすぼめた。
「じゃあシャドウ・バレイはリサの話を信じたのかい?」
「えっ? はい……」
わかんないけど、笑われたりはしなかった。
「そうか。……うーん、そうだね。じゃああんたは魔法を使えないってことかい?」
「魔法なんて使えません。まだろくに見たこともありません」
「そうかい!」マディソン夫人の目が大きく開いた。
「じゃあこれは?」言いながらマディソン夫人はテーブルの上に手をかざしてまたブツブツと呟いた。
すると、テーブルの上にコップ二つと水差しが現れた。
「すごい!」
マディソン夫人は水差しを手にとって、グラスに注ぎ始めた。
「……こんなんで驚くなんて……本当なのかい?」疑うような目で私のことを観察するように見たが、すぐに笑顔に戻った。
「人を騙すようには見えないし、そんな嘘をついても何にもならないものね。生まれたときから当たり前にあるものだから、なくなるなんて信じられないけど、子供は練習しなければ使えないし、老人になるといずれ使えなくなる。魔法を使わずにできることがあるなら、子供や老人でも使えるってことだ。そのためにでも考えてみる価値はあるかもしれない」
「私のいた世界では魔法は使えません。ここでどんな風に魔法を使っているのかはわかりませんが、家事も仕事も勉強も、魔法なしで生活できています」
「ふむ。まあ、それじゃあ、魔法なしでどんな風に生活できているのか、聞くだけ聞いてみようか」
マディソン夫人は微笑んだ。
つまり、信用して助けてくれるということかな?
マディソン夫人は、とりあえず今夜はこのままこの部屋に泊まるといいと言ってくれて、翌朝また食堂で顔を合わせようと、就寝の挨拶をして部屋を出ていった。
ピーターとアンドリューも助けてくれると言ってくれていたけど、マディソン夫人は具体的に話を進めてくれるような口ぶりだった。
どう動いても結局はこの世界のためになるわけだから、どちらがいいという問題ではない。協力してくれる人はたくさんいた方が心強いのだから。
私は希望を胸に眠りについた。
「せっかく久しぶりにアンドリューに会えたのに残念だね。明日には帰ってくるのかな?」
しばらく馬車に揺られた後、ピーターは珍しくお喋りをせずに押し黙っていたので私から声をかけた。
「残念? そのためにここへ訪れたようなものだ。しばらく滞在していて欲しいね」
「そうなんだ。じゃあ、これからどうするの?」
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つまり、私は今日明日と一人きり……
「……大丈夫。明日中には終わるから、明後日また会える。あの宿屋に泊まっていてくれたら、明後日の朝に迎えに行くよ」
宿屋の前に馬車が停まって、私だけが降りた。
「じゃあ、また明後日」そう言ってピーターは行ってしまった。
仕方がない。ここまで親切にも一緒にいてくれたのだから、これ以上は無理を言えないし、私も人に頼ってばかりいないで自分で行動を起こさなければ。
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私は道行く人に尋ねながら、貧民街と呼ばれる区画へ向かった。思ったよりも近い場所にあったようで、一時間とかからずにたどり着くことができた。
夕闇も深くなり、華やかな街中とは違ってこのあたりは街灯も少なく薄暗い。
しかし人通りは多く、私よりも若い女性や子供たちもまだ走り回っていたから、そこまでの不安はなかった。
歩みを進めると貧民街の中のメインストリートなのか、馬車も人通りも多い区画に着いた。炉端に出店も出ていて、道沿いの店舗からも賑やかな声があちこちから漏れ聞こえている。
私と同じくらいの年齢の女性がお店に入っていく。あの店なら女性が一人で入っても安全かもしれない。
入口のドアは開け放たれていたので、暖簾をくぐって入ってみると、店内は笑顔を浮かべた客たちの醸し出す温かな空気で満ちていた。喧騒ではなく楽しげで、その空気に触れて私も思わず笑顔になった。
カウンター席についてメニューを手に取る。ピーターから少しは教えてもらっていたので、定食セットのようなものを注文した。
それが元々の顔だとばかりに笑顔を浮かべたおばさんが、気泡の入った飲み物をカウンター・テーブルに置いて私に声をかけた。
「あなた、この街の子じゃないね。よくここまで来たね」
会う人みんなに指摘される。そんなに異国の雰囲気が出ているのだろうか?
「はい。影の騎士に勧められて来ました」
「影の騎士? シャドウ・バレイかい?」
ああ、じゃがいも!
「そうです。マディソン夫人に相談するといいって」
「へえ! そんなことを!」
「マディソン夫人をご存知ですか?」
「ご存知もなにも私がマディソンだよ」
本当に? まさか来て早々巡り合うとは、なんてラッキー!
「私に相談って一体なんだい? あいよ! カブルールの湖水風ね」
夕食の時間だからか、店は混雑している。
「あの、後でまた来ますから、その時にお話を聞いていただけますか?」
「あ! ジョン! それはあんたのじゃないの。隣のマリーの分だよ」
マディソン夫人は、カウンターの中からフロアにいる店員にせわしなく料理を手渡している。
「あ、なんだって?……ああ、そうだね。こんなんじゃまともに話なんてできやしない」
また厨房から料理が運ばれてきた。
「あいよ。キャメロット定食。あんたの分」
マディソン夫人は私の前にトレーに乗った料理を置いた。
「ありがとうございます」
「……そうだね……うちの二階は宿屋で部屋は空いてるから、食べたらそこで待ってるといい。仕事を終えたら顔を出すから」
「そんな、ご迷惑では……」
「いやいや、誰も使っていない部屋でただ待っていてもらうだけだから気を使う必要はないよ。食堂は混雑しているんだけどね、泊り客はさっぱりで、いつもどこかしらは空いているのさ」
「……ありがとうございます」
「三時間もすれば落ち着くだろうから、待ってておくれ」
食事を終えたあと、エプロンをつけた若い女性に客室へと案内を受けた。
部屋はベッドが一つあるだけの独房のような狭さだったが、小綺麗で居心地は悪くなさそうだった。私は満たされたお腹を休めるために、ベッドに寝転んで今日のことを思い出しながら暇をつぶした。
アンドリューに会って、城へ行って、国王を見て……
国王は10歳にも満たないような少年だった。あんな子供が国を統治しているのかな? 絶対君主制ではなく立憲君主制なのだろうか。せっしょうって、なんだっけ……摂政? なんたらっていう女性が摂政をしているって言ってたな……えーっと……イギリスの王子の元奥さんで、事故に遭って死んだ人と同じ名前の……
ノックの音が聞こえて跳ね起きた。
あれ? 眠っていたのかな? 真っ暗で何も見えない。さっきまでは日も沈みきっていなかったからまだ薄ぼんやりとしていたのに。
再びノックの音。
「お嬢さん! マディソンだよ」
あ! マディソン夫人!
暗闇の中を手探りでドアまでたどり着き、なんとかドアを開けると廊下の光がいきなり入ってきて目がチカチカした。
「ああ、寝てたのかい? 灯りもつけないで」
マディソン夫人は手をかざして何事かを呟くと、部屋が明るく満たされた。
魔法? 灯りをつける魔法もあるんだ!
マディソン夫人はベッドの端に腰を下ろした。
「あんた、名前は?」
「あ、えーっと……リサ・ヒュウガです」
「エリザベスか」
あはは……次は最初からそう名乗ってみようか。
「それで? シャドウ・バレイが私に相談すればいいって言った内容は?」
「あ、はい」
私はピーターと影の騎士に話した内容を伝えた。三度なのでさらに時間は短縮され五分ほどで話し終えることができた。
「あんた、そんなことを話すためにわざわざここへ来たのかい?」マディソン夫人は笑っている。
「そうです。まだここへ来て二日目で、どうすればいいのかも何もわからないのです」
そして城へ行ったことも伝えた。
「ん? カーライルと言ったかい?」
「はい。アンドリュー・カーライルです。ピーターの友人の……」
「ピーターは知らないけどカーライルは半年ほど前からよく耳にする名だねえ。特に若い連中の口に上っている」マディソン夫人は考え込むように視線を壁に向けた。「シャドウ・バレイはなんと言っていた?」
えっ? なんだっけ……
「あの、この国の人口はほとんどが労働者だから、その人たちの理解を得るべきで、上よりも下に掛け合った方が話が早い……だったかな?」
「ほお」マディソン夫人は口をすぼめた。
「じゃあシャドウ・バレイはリサの話を信じたのかい?」
「えっ? はい……」
わかんないけど、笑われたりはしなかった。
「そうか。……うーん、そうだね。じゃああんたは魔法を使えないってことかい?」
「魔法なんて使えません。まだろくに見たこともありません」
「そうかい!」マディソン夫人の目が大きく開いた。
「じゃあこれは?」言いながらマディソン夫人はテーブルの上に手をかざしてまたブツブツと呟いた。
すると、テーブルの上にコップ二つと水差しが現れた。
「すごい!」
マディソン夫人は水差しを手にとって、グラスに注ぎ始めた。
「……こんなんで驚くなんて……本当なのかい?」疑うような目で私のことを観察するように見たが、すぐに笑顔に戻った。
「人を騙すようには見えないし、そんな嘘をついても何にもならないものね。生まれたときから当たり前にあるものだから、なくなるなんて信じられないけど、子供は練習しなければ使えないし、老人になるといずれ使えなくなる。魔法を使わずにできることがあるなら、子供や老人でも使えるってことだ。そのためにでも考えてみる価値はあるかもしれない」
「私のいた世界では魔法は使えません。ここでどんな風に魔法を使っているのかはわかりませんが、家事も仕事も勉強も、魔法なしで生活できています」
「ふむ。まあ、それじゃあ、魔法なしでどんな風に生活できているのか、聞くだけ聞いてみようか」
マディソン夫人は微笑んだ。
つまり、信用して助けてくれるということかな?
マディソン夫人は、とりあえず今夜はこのままこの部屋に泊まるといいと言ってくれて、翌朝また食堂で顔を合わせようと、就寝の挨拶をして部屋を出ていった。
ピーターとアンドリューも助けてくれると言ってくれていたけど、マディソン夫人は具体的に話を進めてくれるような口ぶりだった。
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