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第1章 新大陸の眠り姫
帝国の皇子と目覚めし巫女
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数日後、先遣隊はギルデゾルに帰還し皇帝デグゾンに事の顛末を報告した。
「……というわけでして、概ね、というかその1箇所を除いては未開拓の様子だったのですが、その奇妙な部屋の中だけは明らかに人類が暮らしていた形跡があり……中には触れることもできない少女が眠っていたのです」
それを聞いたデグゾンは顔を顰める。
「にわかには信じられんなぁ。触れられないなんてことがあるはずがない。何か変なものでも口にしたのではないか?」
「い、いえ……」
「幻覚の類ではないのか。近くに妙な植物はあったか?空は何色に見えた?ん?」
デグゾンは先遣隊の見たというものがあまりに現実離れしていたので信じようとはしなかった。
「父上、私に行かせてもらえませんか」
そう言ったのは皇帝の傍で報告をきいていた皇子のヒバだった。
「何故だ?」
「私が統治することになる大陸に、そんな不可解なものがあるというのなら自ら赴き見定める他ありますまい」
ヒバは堂々と言い放った。
「殊勝なことだ。良い。お前たち、ヒバについてやれ」
「はっ」
かくしてヒバは先遣隊たちを親衛隊に加え新大陸へと向かった。
ヒバが新大陸で目にしたのはやはり未開拓の雄大な自然であった。
「なんだ、本当に人の手など一切加わった形跡などないではないか。お前たち、その少女の話は本当なのだろうな?」
「えぇ。何しろその場にいた全員が証人でございます」
先遣隊の隊長だったアルフがそう言うと他の隊員たちも皆一様に首を縦に振った。
「……まぁ、この目で見れば疑う余地もあるまい。さ、案内してくれたまえ」
「はっ」
アルフを先頭に一行は例の寝室へ歩を進めた。
しばらくすると、背の高い岩壁が見えた。
「あの岩壁の壁面をご覧下さい。あれが岩戸になっているのです」
アルフの示した先にある壁面は確かにうっすらと戸のようになっていた。
「では、見せてもらおう」
一行はその石室に足を踏み入れた。
その中は先遣隊員達の報告通りに、明らかな文明の名残が見られた。
装飾された壁面は煌びやかで足許には緻密な模様の描かれた絨毯が敷かれている。
燭台まであるので、それに火を灯し部屋全体を明るく照らし出させた。
部屋の中央には豪奢な寝具があり、少女が眠っている。
「……まことであったか」
ヒバは神聖ですらあるその光景に息を呑んだ。
「それで?彼女には何があっても触れられないのだな?」
「そうです。銃刀を持ってすら……」
隊員の1人がそういうとヒバはギロリとその男を睨んだ。
「い、いえその……あまりに非現実的だったので脅威を感じ……」
口ごもる隊員の背をぽんと叩きヒバは一言声をかける。
「紳士じゃないな」
それ以上は咎めることもせず彼は少女の傍へ向かった。
「ふむ……美しい、しかしそれだけだ。何の変哲もないただの娘が、何故このような場所に……」
そうして頬に触れようとした手も、途中で止まってしまう。
「なるほど。確かにこれは奇妙なものだ……」
そう言うとヒバは寝具から離れて寝室を見て回った。
しばらくそうしていると、寝具の下の方に何かがあることに気づいた。
「これは……骨、か?」
ヒバが見つけたのは既に原型を留めていない人骨だった。
「ひっ!な、なな!皇子!そんなものに触れてはいけません!」
周囲の親衛隊たちが慌てて駆け寄ってくる。
「彼女以外に人間はいたようだな」
冷静にヒバはそう言った。
「こんな怪しい場所にあるものですから、何が付いてるかわかったものではありませんぞ……」
アルフは冷や汗をかきながら嘆息した。
「しかし何故彼女は骨になっていないのか……」
ヒバがそう言いかけると、唐突に知らない声が響いた。
「火山が噴火する。この地はやがて火に包まれ大地は全て噴煙と溶岩に沈む」
冷徹で無機質な声がすぐ近くで聞こえた。
ヒバが声のする方を見ると、眠り続けていた少女が身を起こしピシリと背筋を伸ばしていた。
「な……なんと言ったのだ……?」
「火山が噴火する。この地はやがて火に包まれ大地は全て噴煙と溶岩に沈む」
少女は再び同じ言葉を繰り返した。
それを聞いた隊員たちは少女が起きたこととその言葉の不気味さに驚き我先にと逃げ出した。
残ったのはヒバただ1人だった。
「やれやれ……そんな火山も無かったし兆候も無かったろうに。おそらくこの大陸にかつて起こったこと、ではないか?」
ヒバがそう言うとその少女は口を開く。
「そうだ」
会話が成立したことに驚きつつもこの異常な状況においてヒバは好奇心の方が危機意識よりも勝った。
「名は?名はなんという?」
「名は、無い」
少女は答える。
「では、何と呼ばれてきたのだ?」
「眠りの巫女」
「なぜここに?」
「はじめからここにいて、それは変わることは無い」
「では何をしていた?」
「人々の問いを訊き、それに答えていた」
驚くべきことに、彼女はヒバの質問をまるで何が問われるかわかっているかのように即答した。
そして彼女が質問に答える時、身を起こしたその体勢のままヒバを見ることもなく真っ直ぐに目の前の空間を見つめながら声を出すのが不気味だった。
「なんだ……これは……眠りの巫女……」
ヒバはこの非現実的な存在に対し内心動揺しつつも巫女への質問を続けた。
「質問にはなんでも答えられるのか?」
「答えられる」
「……知りえないことでもか?」
「答えられる」
どんな問いにも答えることが出来る。これはある意味では非常に強力な兵器を手に入れたのと同様であった。
「すごいぞこれは……!それが本当だというのなら私はどんなことも知ることが出来る!誰も隠し事はできないし滞っている問題に対する答えも得ることが出来る!」
ヒバは思いもよらない大きな収穫に喜び眠りの巫女を利用することに決めたのだった。
「……というわけでして、概ね、というかその1箇所を除いては未開拓の様子だったのですが、その奇妙な部屋の中だけは明らかに人類が暮らしていた形跡があり……中には触れることもできない少女が眠っていたのです」
それを聞いたデグゾンは顔を顰める。
「にわかには信じられんなぁ。触れられないなんてことがあるはずがない。何か変なものでも口にしたのではないか?」
「い、いえ……」
「幻覚の類ではないのか。近くに妙な植物はあったか?空は何色に見えた?ん?」
デグゾンは先遣隊の見たというものがあまりに現実離れしていたので信じようとはしなかった。
「父上、私に行かせてもらえませんか」
そう言ったのは皇帝の傍で報告をきいていた皇子のヒバだった。
「何故だ?」
「私が統治することになる大陸に、そんな不可解なものがあるというのなら自ら赴き見定める他ありますまい」
ヒバは堂々と言い放った。
「殊勝なことだ。良い。お前たち、ヒバについてやれ」
「はっ」
かくしてヒバは先遣隊たちを親衛隊に加え新大陸へと向かった。
ヒバが新大陸で目にしたのはやはり未開拓の雄大な自然であった。
「なんだ、本当に人の手など一切加わった形跡などないではないか。お前たち、その少女の話は本当なのだろうな?」
「えぇ。何しろその場にいた全員が証人でございます」
先遣隊の隊長だったアルフがそう言うと他の隊員たちも皆一様に首を縦に振った。
「……まぁ、この目で見れば疑う余地もあるまい。さ、案内してくれたまえ」
「はっ」
アルフを先頭に一行は例の寝室へ歩を進めた。
しばらくすると、背の高い岩壁が見えた。
「あの岩壁の壁面をご覧下さい。あれが岩戸になっているのです」
アルフの示した先にある壁面は確かにうっすらと戸のようになっていた。
「では、見せてもらおう」
一行はその石室に足を踏み入れた。
その中は先遣隊員達の報告通りに、明らかな文明の名残が見られた。
装飾された壁面は煌びやかで足許には緻密な模様の描かれた絨毯が敷かれている。
燭台まであるので、それに火を灯し部屋全体を明るく照らし出させた。
部屋の中央には豪奢な寝具があり、少女が眠っている。
「……まことであったか」
ヒバは神聖ですらあるその光景に息を呑んだ。
「それで?彼女には何があっても触れられないのだな?」
「そうです。銃刀を持ってすら……」
隊員の1人がそういうとヒバはギロリとその男を睨んだ。
「い、いえその……あまりに非現実的だったので脅威を感じ……」
口ごもる隊員の背をぽんと叩きヒバは一言声をかける。
「紳士じゃないな」
それ以上は咎めることもせず彼は少女の傍へ向かった。
「ふむ……美しい、しかしそれだけだ。何の変哲もないただの娘が、何故このような場所に……」
そうして頬に触れようとした手も、途中で止まってしまう。
「なるほど。確かにこれは奇妙なものだ……」
そう言うとヒバは寝具から離れて寝室を見て回った。
しばらくそうしていると、寝具の下の方に何かがあることに気づいた。
「これは……骨、か?」
ヒバが見つけたのは既に原型を留めていない人骨だった。
「ひっ!な、なな!皇子!そんなものに触れてはいけません!」
周囲の親衛隊たちが慌てて駆け寄ってくる。
「彼女以外に人間はいたようだな」
冷静にヒバはそう言った。
「こんな怪しい場所にあるものですから、何が付いてるかわかったものではありませんぞ……」
アルフは冷や汗をかきながら嘆息した。
「しかし何故彼女は骨になっていないのか……」
ヒバがそう言いかけると、唐突に知らない声が響いた。
「火山が噴火する。この地はやがて火に包まれ大地は全て噴煙と溶岩に沈む」
冷徹で無機質な声がすぐ近くで聞こえた。
ヒバが声のする方を見ると、眠り続けていた少女が身を起こしピシリと背筋を伸ばしていた。
「な……なんと言ったのだ……?」
「火山が噴火する。この地はやがて火に包まれ大地は全て噴煙と溶岩に沈む」
少女は再び同じ言葉を繰り返した。
それを聞いた隊員たちは少女が起きたこととその言葉の不気味さに驚き我先にと逃げ出した。
残ったのはヒバただ1人だった。
「やれやれ……そんな火山も無かったし兆候も無かったろうに。おそらくこの大陸にかつて起こったこと、ではないか?」
ヒバがそう言うとその少女は口を開く。
「そうだ」
会話が成立したことに驚きつつもこの異常な状況においてヒバは好奇心の方が危機意識よりも勝った。
「名は?名はなんという?」
「名は、無い」
少女は答える。
「では、何と呼ばれてきたのだ?」
「眠りの巫女」
「なぜここに?」
「はじめからここにいて、それは変わることは無い」
「では何をしていた?」
「人々の問いを訊き、それに答えていた」
驚くべきことに、彼女はヒバの質問をまるで何が問われるかわかっているかのように即答した。
そして彼女が質問に答える時、身を起こしたその体勢のままヒバを見ることもなく真っ直ぐに目の前の空間を見つめながら声を出すのが不気味だった。
「なんだ……これは……眠りの巫女……」
ヒバはこの非現実的な存在に対し内心動揺しつつも巫女への質問を続けた。
「質問にはなんでも答えられるのか?」
「答えられる」
「……知りえないことでもか?」
「答えられる」
どんな問いにも答えることが出来る。これはある意味では非常に強力な兵器を手に入れたのと同様であった。
「すごいぞこれは……!それが本当だというのなら私はどんなことも知ることが出来る!誰も隠し事はできないし滞っている問題に対する答えも得ることが出来る!」
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