上 下
4 / 15
卒業式まで、あと3日

偶然と運命

しおりを挟む
 家に着く頃にはもうすっかり日も落ちていた。
「ただいまぁ」
「おかえりなさい。あんた午前終わりだったんじゃないの?」
 居間の戸を開けて間もなくお母さんが私に問う。
「あぁ……友達と遊んでた」
「友達?あぁ、恵子ちゃん?」
「ん~?ん~まぁ……」
「あら違うの」
 おっと、動揺するな……。
「と、友達」
「ふ~ん。……男の子かぁ」
 その言葉を聞くなり私は一瞬飛び跳ねてしまう。
「ちっ、違うしっ!」
「はは、わかりやす」
「もうっ!いいじゃん別に!」
 そう言うと私はブレザーを勢いよく脱ぎその風圧で攻撃を試みた。
「わっ!雑に扱わないの!まだ2日使うんだから」
 2日。その言葉を聞いたら、また少しだけ気が滅入ってきた。
「……ん」
「どうかした?」
「……お母さんは、お父さんとどうやって出会ったの?」
「あら何、急に」
 お母さんはちょっと恥ずかしそうに頬に手をやったが、私の切羽詰まったような想いに気づいたのか咳払いして話し始めた。
「お母さんね、お父さんとは同じ学校だったけどあんまり話したことなかったのよ」
「え……じゃあなんで?」
「まぁまぁ、それでね。高校まではほんとにほとんど接点がなかったわけ。おんなじクラスではあったけどあんまり話さなかったっていうか」
「うん。そういう人いる」
「それでそのまんま卒業。アルバムの寄せ書きだって書いてもらってないわ」
「それじゃあおしまいじゃない」
 話が見えてこないので私は思わず口を挟む。
「そんなことないわ。学校を卒業してもいなくなる訳じゃないんだから。接点も何も無かった私たちだけど、高校卒業してからばったり出会ったの」
「そんな偶然ある?」
「うぅん、だからそれは偶然じゃなくて……運命だったとか?」
「はいはい」
 クネクネしながらそう言うお母さんを適当にあしらいながら話の続きを促す。
「それでね、私が新卒で入社した会社で働き出した時なんだけど、要領悪かったから私叱られてばっかりでねぇ……。毎日泣きそうになりながら仕事してたの。うちの上司も言い方がキツくて、もうやだなぁって思いながらお説教を受けてた、その時。たまたまうちの会社に取引に来てた人がこっちに来てこう言ったの!」
 お母さんは鼻息荒くビシりと指を突き立てる。
「あの、御手洗はどちらでしょうか?」
「……は?」
 お母さんは確かに言い切った。
「いやいや!もっとかっこいいこと言うかと思った!」
「言葉は確かにかっこよくもなんともないわよ。でもこの時、お父さんお説教を横から遮って私に訊いてきたの。それで勢いを削がれた上司は説教を切り上げて私に案内するように言ったの」
「ふぅん」
「廊下で2人になった時に、迷惑だったかもしれませんが、ほっとけなかったんですって言ってくれたのがとても嬉しかったな」
 そう言って遠くを見つめるような顔をするお母さんは確かにその日のお父さんに思いを馳せているようだった。
「それでね!その時はまだクラスメイトだったことすら知らなかったんだけど~!後日同窓会で顔を合わせた時にお互いにあーっ!て叫んでね!ふふ!」
 楽しそう。実に楽しそうに話す。
 お母さんは、本当にお父さんのことが好きなんだ。
「……いいね」
「でしょ!」
 お母さんは手をぱんと叩いて嬉しそうな顔をする。
「お母さん」
「ん?」
「私、好きな人がいるの」
 思い切って打ち明けてみようと思った。人を愛することをよく知っているお母さんなら、きっと答えてくれるはずだ。
「そうだと思った。それで?想いは伝えるの?」
「……まだわかんない」
「そっか。……ね、さっきの話の通りにね、卒業はお別れじゃないのよ。運命っていうのはどこかで必ず繋がっていて、結局は巡り会うものだと思うの。それが偶然かって言われたら、そうとも言えるかもしれないけど、でもそう信じた方がロマンチックじゃない。でもね、忘れちゃダメよ。運命っていうのは物語なの。ページをめくらなくちゃ始まらない」
「なにそれ……」
「運命だから待ってるだけで結ばれる?勝手に好きになってもらえる?そうじゃないのよ」
「じゃあ告白しろってこと?」
 私がそう問うとお母さんは肩をすくめる。
「……さぁね」
「はぁ!?」
 ここまで言っておいて結局答えは教えてくれないらしい。
「それもまたあなたの物語。だってお母さんは知らないもの。関係性も無いのに告白しても成功はしないしお互い想い合っているのに告白しなくても成功しないわ。でもだからこそ、告白だけが答えじゃないってこと。この先いくらでもチャンスはあるんだから!」
 愛の伝道師は言ってることがわかりにくくっていけない。結局しない方がいいの?した方がいいの?
「つまりなに?」
 まどろっこしいお母さんの言い方に段々と気が立ってしまう。
「焦りすぎってこと。卒業式までが期限じゃないのよぉ」
 そう言ってお母さんは手を頭の上でひらひらとさせながら去ってしまう。
「もうっ!なんなの!」
 益々自分の中でどうしたら良いのかわからなくなってしまい、その日は結局布団の中にまでずっとモヤモヤとした気分を引きずり込んで眠るのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】キスの練習相手は幼馴染で好きな人【連載版】

猫都299
青春
沼田海里(17)は幼馴染でクラスメイトの一井柚佳に恋心を抱いていた。しかしある時、彼女は同じクラスの桜場篤の事が好きなのだと知る。桜場篤は学年一モテる文武両道で性格もいいイケメンだ。告白する予定だと言う柚佳に焦り、失言を重ねる海里。納得できないながらも彼女を応援しようと決めた。しかし自信のなさそうな柚佳に色々と間違ったアドバイスをしてしまう。己の経験のなさも棚に上げて。 「キス、練習すりゃいいだろ? 篤をイチコロにするやつ」 秘密や嘘で隠されたそれぞれの思惑。ずっと好きだった幼馴染に翻弄されながらも、その本心に近付いていく。 ※現在完結しています。ほかの小説が落ち着いた時等に何か書き足す事もあるかもしれません。(2024.12.2追記) ※「キスの練習相手は〜」「幼馴染に裏切られたので〜」「ダブルラヴァーズ〜」「やり直しの人生では〜」等は同じ地方都市が舞台です。(2024.12.2追記) ※小説家になろう、カクヨム、アルファポリス、ノベルアップ+、Nolaノベルに投稿しています。

バレンタインにやらかしてしまった僕は今、目の前が真っ白です…。

青春
昔から女の子が苦手な〈僕〉は、あろうことかクラスで一番圧があって目立つ女子〈須藤さん〉がバレンタインのために手作りしたクッキーを粉々にしてしまった。 謝っても許してもらえない。そう思ったのだが、須藤さんは「それなら、あんたがチョコを作り直して」と言ってきて……。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

花瓶の支え〜「形成された花」Another story

岡本羅太
青春
完璧なアイドルを目指した古屋瞳。 表舞台で踊る彼女を、シンガーソングライターでプロデューサーの西條は裏でどう動き、どう泣いてきたのか。 花をたてる花瓶のように支え続けた彼女の五年間を覗く。 (※本作を読む前に同作者の前作「形成された花」を読むことをおすすめします)

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

アオハル・リープ

おもち
青春
 ーーこれはやり直しの物語。  とある女子高生のミカは他人の心の後悔が“杭”として見えていた。  杭は大なり小なり、その人の後悔に応じてある。後悔が消えると同時に杭は跡形もなく失われる。  そんなミカはクラスメイトの心の中にとてつもない異様な形の杭を見てしまった。  気になっていると、その杭はどんどん大きくなり、やがてクラスメイトの心を蝕む。  それが耐えられなくて、見ていられなくて、ミカがクラスメイトの手を取ると、何故かその杭を初めて見た日に戻ってしまった。  タイムリープした意味はわからない。けれど、未来を知っているからこそ今度は救えるとミカは思った。  ミカは自分に与えられたその力で、友達の悔いを取り除き未来を明るくする。  この日々が、暗いものではなく。  尊く、輝かしいものになるように。

short world

Primrose
青春
 ある世界、ある時代の、短くて心に残るお話

私の日常

アルパカ
青春
私、玉置 優奈って言う名前です! 大阪の近くの県に住んでるから、時々方言交じるけど、そこは許してな! さて、このお話は、私、優奈の日常生活のおはなしですっ! ぜったい読んでな!

処理中です...