上 下
6 / 51

第6話 おバカ双子と抱き枕カバー

しおりを挟む
 ――俺と中村の紙袋が入れ替わったかもしれない、という衝撃的事実に気付いた翌日。

 こそこそ。
 そろりそろり。
 そんな擬音が聞こえそうな動きで、俺は放課後の校舎を徘徊していた。
 もちろん両腕には例の紙袋が携えられている。

 目的は言うまでもなく、あのいけ好かない生徒会長――中村だ。

「あんにゃろー。いつもはしつこく追い回して来るくせに、どうして今日に限って、どこにもいねえんだよ……」

 授業が終わってから一時間は経つ。
 その間、ずっと探しているにもかかわらず、中村の影も形も見当たらない。

「……いつもなら生徒会の連中と偉そうに学校を巡回してる頃合いなんだけどな……」
 
 その〝巡回の対象〟に自分が含まれているせいで、生徒会の動きに詳しいってのは皮肉なものだ。
 きょろきょろと視線を動かしながら、まだ調べていない校舎裏へと足を踏み入れた時、

「「兄貴? どうしたんすかキョロキョロして?」」
「うおぉぉあああぁぁぁぁっっ!?」

 背後からの二重奏に飛び上がる。
 慌てて振り返ると、そこには見知った顔が二つ。

「ハァハァ……なんだユウとマヤかよ……。ビビらせやがって」
「「ビビらせるって、別に普通に声掛けただけっすよ~」」
「いやいや、お前ら絶対ワザとだろ。いつも気配消して背後からいきなり声掛けてきやがって。異常なシンクロ率でハモってるから、ちょっとしたホラーなんだよ」
「「えへへ、照れるなぁ……」」
「褒めてねえよ! 今の会話のどこに照れる要素があったよ!」

 だが、何を言われても、目の前のふたりは、えへらえへらと笑って、懲りる様子は微塵もない。
 華奢な体つき、子猫を思わせるくりっとした顔立ち。性別は違えども、ふたりの容姿と雰囲気は非常によく似ていた。
 ま、双子なんだし似てるのは当たり前だけどな……。 

 双子の名は、内田ユウと内田マヤ。
 ウルフヘアという、アイドルがよくやってる無造作ヘアの金髪が兄のユウ。
 腰まで伸びた緩いウェーブの金髪に、ピンクのメッシュを入れているのが妹のマヤだ。

 二人はひとつ下の後輩で、入学当初から俺の事を『兄貴』と慕ってくれる、俺の数少ない〝不良仲間〟だった。
 誰も彼もが俺を恐れる中、平然とまとわりついてくるこの双子を、初めはウザったく思ったりもしたが、なんやかんやで今では一緒に過ごす時間が最も多くなっている。
 
 それにしても、この二人……相変わらず不良と言うにはルックス整い過ぎてる。
 どこぞの外国の血が入っているらしく、天然の金髪に、美形ハーフタレントみたいな顔してるくせに、何故か二人揃って不良に憧れを抱いているというのだから不思議なものだ。

「兄貴、何やってんすか? 尾行っすか? 忍者っすか? 中忍試験の修行っすか?」
 と、兄のユウ。

「馬鹿だなぁ、兄ちゃん。中忍試験て……アニキがそんなの受けるわけないじゃん。もちろん、上忍試験の方っすよね?」
 と、妹のマヤ。

 説明不要だとは思うが、この双子、見ての通りどっちもお馬鹿である。
 一応本人たちも頑張って不良ぶっているのだが、どうしても無理があるというか……。周囲からも、怖がられるどころか、可愛がられているところしか見たことがない。
 以前、クラスメイトと全力で缶蹴りをしているこいつらを目撃した時は、不良って何だろうと、真剣に考えさせられたものだ……。

「「兄貴、兄貴♪」」
「な、何だよ……」

 双子が飼い犬のように笑顔ですり寄って来る。
 こいつらがこういう笑顔の時って、大抵何かやらかすんだよなぁ。
 正直面倒だとしか思えなかった。
 普段ならまだいいが、今はマズイ。なにしろこの紙袋の中には、絶対運命即死ブツが入っているのだから。
 
 いいか聞いてくれるなよ、触れるなよ。
『その紙袋なんすか?』とか絶対言うんじゃないぞ――という念を、俺は全身から発する。

「「――で、その紙袋なんすか?」」

 ダメだった! 念なんか全然通じねえ!
 やっぱり馬鹿は空気なんか読まないんだよ! 
 触れて欲しくない所に、平然と手を伸ばしてくる……なんて恐ろしい双子。

「こ、これは、その………………極秘任務だ……」
「「極秘任務!?」」

 あ、やばい。
 余計な事を口走ったと、慌てて口元を抑えるが、時すでに遅し。
 案の定、曇りない瞳をキラキラさせて、

「Aランク任務ってやつっすかね?」
「いやいや、これはSランク任務に違いないっすよ~」

 と、おバカのバカ騒ぎが始まる。
 極秘任務なんて言ったら、この二人が目を輝かせないわけがないだろ、俺のバカ。これ『何か手伝えることはないっすか!?』って聞いて来るパターンじゃん。

「「何か手伝えることはないっすか!?」」

 ほら来た。お前らに手伝えることはねえよ。早く帰って麦茶でも飲んでろよ。
と、その時、

「なっ!」

 偶然にも視界の端に中村の姿を見つける。

「……あの野郎、あんな所に」

 中村はひとり、校舎のはずれの林の中を歩いていた。

「――あの方向は旧校舎か……でも、あいつ何でそんなところに……」

 旧校舎は築七十年を越える木造三階建て、五年ほど前まで部活棟として使われていた建物だ。だが新しい部活棟が完成し、取り壊しが決まって以降は誰も近寄らず、手入れされることもなく、ただひっそりと敷地の隅に佇んでいる。
 
 言ってしまえば廃墟同然の建物だった。
 
 なので一瞬見間違いかとも思ったが、あのムカつく後ろ姿は間違いなく中村だった。
 あいつ、旧校舎なんかに何の用があるってんだよ……。
 だが、これはチャンスだ。中村は取り巻きを連れていない。問い詰めるなら、これ以上のタイミングはない。
 そうこうしているうちに旧校舎へと消えていく中村。
 早く追いかけねえと……でも、こいつらを連れて行くわけには……。
 目の前の双子は、しっぽをフリフリ構って欲しそうにこちらを見つめている。

 ……むう……仕方ないか……。

 意を決して、俺はふたりの肩を手を置く。

「ユウ、マヤ、お前らに手伝って欲しいことがある」
「「な、何すか?」」

 俺の真剣な表情に、ただ事ではないと身を硬くする双子。

「学園内に不審者が紛れ込んだ、という情報が入った。だからお前らにも、その不審者を見つけ出す協力をして欲しい……」
「「おお、不審者……」」

 何がそんなに嬉しいのか、双子が目を輝かせる。

「不審者ってあれっすか? 宇宙人とか未来人とか超能力者とか?」

 ユウよ。どうしてお前の不審者像はSF限定なんだ? 好きなのか?

「不審者を見つけたら、やっぱりサーチ&デストロイっすよね!」
「誰もそんな物騒な事言ってねえよ!」

 楽しそうに『動くものはすべて殺せ』と宣言するマヤ。
 SFから急に血生臭くなったな。
 どこで覚えて来るのか、お馬鹿のくせに、変な言葉だけは不思議とよく知ってるんだよな。

「いいか、お前らは不審者を探すだけでいい。もし怪しいやつを見つけても絶対手を出すな。かなり危険人物らしいからな、まず俺に連絡するんだぞ」

 と言っておかないと、こいつら誰彼構わず特攻しそうだからな。

「「らじゃっす!」」

 元気良く敬礼する双子。そして、そのまま校庭の方へキーンと走り去っていく。

「騙して悪いな、ユウ、マヤ……」

 後ろ姿を見送りながら、静かに合掌する。
 不審者情報など、もちろん口から出まかせだ。双子をこの場から遠ざける為に咄嗟に吐いた嘘に過ぎない。少し罪悪感も感じたが、背に腹は代えられなかった。

「さてと……」

 気を取り直して旧校舎の方へ向き直る。
 中村が消えてから、そう時間は経っていない。急いで後を追わなくては……。
 
 俺は手の中にある紙袋を抱きしめてから、伸び放題の雑草をかき分けて旧校舎へと向かうのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれた女子高生たちが小さな公園のトイレをみんなで使う話

赤髪命
大衆娯楽
少し田舎の土地にある女子校、華水黄杏女学園の1年生のあるクラスの乗ったバスが校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれてしまい、急遽トイレ休憩のために立ち寄った小さな公園のトイレでクラスの女子がトイレを済ませる話です(分かりにくくてすみません。詳しくは本文を読んで下さい)

令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました

フルーツパフェ
大衆娯楽
 とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。  曰く、全校生徒はパンツを履くこと。  生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?  史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

幕末妖怪奇譚・短編集

ぬく
歴史・時代
別作品「希うは夜明けの道~幕末妖怪奇譚~」関連の登場人物の日常のお話、短編集です。 本編に出てこない人も出てきたりします。 BLちっくな作品もあったりします。

触らせないの

猫枕
恋愛
そりゃあ親が勝手に決めた婚約だもの。 受け入れられない気持ちがあるのは分かるけど、それってお互い様じゃない? シーリアには生まれた時からの婚約者サイモンがいる。 幼少期はそれなりに良好な関係を築いていた二人だったが、成長するにつれサイモンはシーリアに冷たい態度を取るようになった。 学園に入学するとサイモンは人目を憚ることなく恋人リンダを連れ歩き、ベタベタするように。 そんなサイモンの様子を冷めた目で見ていたシーリアだったが、ある日偶然サイモンと彼の友人が立ち話ししているのを聞いてしまう。 「結婚してもリンダとの関係は続ける。 シーリアはダダでヤれる女」 心底気持ち悪いと思ったシーリアはサイモンとの婚約を解消して欲しいと父に願い出るが、毒親は相手にしない。 婚約解消が無理だと悟ったシーリアは 「指一本触らせずに離婚する」 ことを心に決める。

処理中です...