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『恋は君色に染って、花を咲かせた。』

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私は西宮にしみや 深青みお
中学二年生の女子。
特技もない、趣味もない、
ただの一般学生。
学生だけど、
他のみんなと違って
遊んだりはしない。

そもそも、
一緒に遊ぶ友達がいないのだ。

だから、学校から帰宅した後は 
勉強くらいしかやることがない。
そのせいで、
テストは基本、学校の中でも
上位に入るくらいだ。

そんな私は
周りに流されたり、
周りに合わせたりして
人間関係を築いてきた。

ただ、自分を守りたかった。
独りぼっちじゃない私でいたかった。

それには周りに流されて、
合わせるしかなかった。


「ねぇねぇ、島田くん。
彼女できたらしいよ」
「えー!ショックー!」
「そうだよねー。
イケメンな島田くんには、
リア充になって欲しくなかったなー」

二人が言う島田くんとは、
うちの学校一のイケメンで
三年の先輩。
彼女ができたと聞いて、
ショックを受けているよう。

授業が終わり休憩になると、
私の隣にくる理紗りさ杏沙あずさ
二人とも、私とは違う。絶対。
こんな、ダメな私とは。

「ねぇ?深青」
いきなり理紗が
腕を組んでそう聞いてきた。
私は迷わずに
愛想笑いをして答える。
「あ、そうだね」
「だよねー」

ピキッ。
私の心に雷のようなヒビが入る。
痛い。

違う。ほんとは違う。
私は合わせただけだ。
そうすれば、
この関係が守れると思って。

正直、島田先輩なんて
興味なかった。
他の人が見たらイケメンだろうけど、
私はイケメンなんて思えない。

私が下を向いていると、
杏沙がいきなり
「あ、次の授業
美術室だよ。早く行かなきゃ」
と言った。
「ヤバッ。早く行こっ!」
と理紗も答える。

二人は授業の準備をしたかと思えば、
さっさと二人で行ってしまった。
あ、やっぱり私は違うんだ。
私はただの話し相手に過ぎない。

そう考えながら、
窓の外を見る。
今日は晴れ。
所々に雲が散らばって、
その上には「青」が広がっていた。

そして、ふと思う。
流されて合わせてばかりの私は
名前に「色」があっても、
私自身に「色」はないのだと。

はっと時計を見たら、
もうすぐチャイムが鳴るところで
私は急いで美術室へと向かった。


キーンコーン、カーンコーン。
チャイムが鳴って授業の挨拶が終わると、
先生の話を聞いてから、
各自で色塗りの作業をしていく。

今回の課題は
「空想の世界」と題して、
自分が思い描く空想を絵にするというもの。
私は空想なんて考えたことがなかったから、
下書きから大変だった。

やっと出来た下書きは
なんだかつまらない感じ。
いや、美術の才能がない
と言ったほうが早いだろう。

その一方で、
隣の席の人に座る女子は
繊細に下書きに色を付けていく。
細かな筆づかいで描かれる絵は、
空想だとは思えないほどだった。

そして、その人の絵は
三分の一ほどが
さっと出来上がっていた。

美術部の人だろうけど、
中二でも、そこまで出来ないとダメか。
プレッシャーを感じた私は、
精一杯に心を込めて描いていく。
やっと出来たかな?と思ったら、
まだ四分の一くらいだった。

やっぱり、私の特技って
何にもないんだな。
そう思った途端、
先生が「もうすぐチャイム鳴るよー」
と言って、私は急いで絵の具を片付けた。

私は美術が嫌い。絵を描くのも嫌い。
幼稚園の時さえも、
他の女の子は描いていても
私は絵なんて描かなかった。
それで、幼稚園でもらった
ラクガキ帳は真っ白なままだ。

そして、成績表を見る度に
美術のところを確認すると
ため息がもれるばかり。


帰る頃になって、
理紗と杏沙が
ヤバイ!という感じの顔で
私の席にやって来た。
「深青、頼む!
美術の振り返り、
美術室に持って行ってほしい!」
とお願いされた。

理紗は部活、
杏沙は親からの頼み事。
二人とも用事があるため、
早く帰らないといけないと言う。

私は
「分かった」
としぶしぶ引き受けた。
また流されたな。
二人の美術の振り返りをもらって、
荷物を抱えながら美術室に向かった。

あ、そういえば
美術室だから部活だよね。
大丈夫かなー。

不安を感じながら、
美術室のドアを開けた。
電気が付いてるけど、
先生はいない様子。

「誰なん?」
先生の声じゃない誰かの声が
奥から聞こえてきたかと思えば、
声の主らしき男子がひょいと顔を出した。

見た感じ、私と同じ学年かな。
でも、私の学年にこんな男子いた?
「何か?」
と聞かれ、私は慌てて答えた。
「あ、あの。
二年の西宮なんですけど、
美術の振り返りを出しに来ました」

「あ、えーと」
そう言いながら、
頭をかいて私に向かって来る。
立ち止まると、私に手を伸ばした。
「今、先生いないから預かっとく。
あと、敬語もやめろよ。ニッシー」

「え?ニッシーって、
幼稚園のときに呼ばれてた私のあだ名……」
私は西宮だから、幼稚園のときは
よくニッシーと呼ばれていた。
ネッシーと似ているから、
私はすごく嫌だったけど。
それをなぜ彼が?

「知ってるもん。お前のこと。
幼稚園、一緒だったから」
私と、幼稚園が一緒?
こんな感じの人、幼稚園にいたっけ?
私は見覚えがなかった。

「名前は?」
久保くぼ 界人かいとだけど」 
久保界人……。
その名前を繰り返して、
記憶を手繰り寄せた。
「あっ!いたいた!
水彩画ばっかり描いてた!」

「……やっぱりな。
お前もそんなイメージなんだな」
そう言った界人くんは暗かった。
声色も低くなってる。
何かが引っかかるんだろうか。
「だって、事実でしょ?」

すると彼は
近くにあった椅子を出して、
座り込んだ。
「確かにそうだけど、
俺からしたら
好きで描いてるわけじゃねー」

「え?じゃあ、なんで……」
私はてっきり
好きで描いてるものだと思っていた。
ウワサでは、
コンクールも金賞なんだとか。
でも、彼自身は違うんだろうか?
彼が思うことと周りが思うことは、
全くの別物なんだろうか?

「俺、絵が描けること以外に
取り柄が無いんだよ。
それに、やることもない。
だから、ずっと描いてばかりだった」

「そうだったんだ」
私以外に、私と似た人がいるなんて
思わなかった。
それに、まさか
絵を描くことが好きじゃないなんて
驚きしかない。

「それでも、絵を描いてたのは
うちの母親が美大生だったからなんだ。
それで、母親が
描いてみたら?って言ってさ。
自分の画材とか持ってきて、
俺に渡してきたんだよ」

「うん」
私は彼のことを見て、真剣に聞いた。
今の私に出来るのは、
彼の話を聞くことだけだったのだ。

「だけど、俺は
断ることが出来なかったんだ。
それに、まだ幼かった俺は
親の言う通りにしていれば大丈夫だと思ってた。
でも、違った。
親の言いなりになって流されてたんだ。
自分の好きなことさえ出来ないことに気付いた」

私も椅子を出して座り込んだ。
一方、彼は足を組んでから、また続けた。

「自分の好きなことなんて分かんないけどな。
あと、幼稚園だと他の子に合わせてたら、
いつの間にか、友達が多くて人気者になってた。
全部、俺がしてきたことだけど。
その全部のせいで、
自分のことが見えなくなってた。
自分の色が、無かったんだ」

そう言い放った彼の目が
一瞬だけ、ガラス色に見えたような気がした。
彼が目に溜めていた涙だったのか、
彼の色が無いことを表していたのか、
私には分からなかった。

「あ、悪いな。こんな話」
そう言った彼は声色を明るくして、
立ち上がった。
私には、それが無理をしているようにしか
見えなかった。
だからこそ、私はこう言った。

「ううん。話してくれてありがとう。
流されたり合わせたりするのは、
私も同じだから分かる。
それに、自分の色が無いのは
私と似てると思う」

「でも。自分の色が無いのは
透明ってことだから、ガラス色なんでしょ?
ガラス色って、輝くとすごいキレイなんだよ。
だから、界人くんは
自分の好きなことを見つけて、
輝いて欲しいなーって思う」

微笑んでそう言うと、
彼はなんだか照れ臭そうにしていた。
「お、おう。ありがと」
「うん!」
ありがと。
そう言われた私は、
さらに嬉しくなって微笑んだ。


キーンコーン、カーンコーン。

いつの間にか、部活動が終わって
下校時間になっていた。
私はせっかくなので、
界人くんと一緒に帰ることにした。

「そういえばさ、界人くん。
朝の教室、集団いじめしてるよね。
何も出来ない私って弱いのかな」
界人くんは私と同じクラスのようで、
あの集団いじめの話題を出すことにした。

すると、彼はこう言った。
「いじめやって優越感を感じる弱さよりも、
助けようと考える強さの方が良いよ。
少なくとも、俺はそう思う」
彼の言葉はとても心に染みて、
目に涙がにじんだ。
「そっか。ありがと」

「あ、あと。
深青、さっき自分の色が無いとか
言ってたけど。
色あると思うぞ?
名前に入ってる青じゃなくて、
深青の心にある白だよ」
付け加えるようにそう口にした。

「どうして白なの?」
私の色が白なのは何故だろうか。
疑問が浮かんで、首を傾げた。
「何も無いよりはマシだから。
あと、周りの色に染まることができるから。
これから、何色にも染められるから」
そう言った彼の言葉、彼の無邪気な笑顔に
私は胸がギュッと締め付けられた。

なんだか、顔が火照てしまう。

「あ、じゃあな。
俺、帰り道はこっちだから」
「あ、うん!またね!」
「おう!」
行き止まりで二つに別れた片道を、
界人は歩いていった。

その後ろ姿に見惚れた私は、
「好き」
と思わず、呟いてしまった。
はっと気付いてから、口を抑える。
でも、界人には届いていなかったようだった。


染まったのは
私の「心」じゃなくて、
私の「恋」だった。

そして、
染まった色は
彼が言った「白」じゃなくて
「君色」だった。

たとえ、名前に青が入っていても、
私の心や恋に関係ない。


明日の朝、教室で
君に会えることを願った。
そして、彼の言葉を胸に、
少しでも頑張ってみようと思えた。
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