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嫉妬 中編

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 夜。あとはもう寝るだけという状態のわたしは、ワインを飲むレミスに抱き寄せられている。でも彼は、一向にあの話を聞かせてくれない。
 わたしはとうとう痺れを切らし、自分から話を切り出した。

「ねえレミス、単なる笑い話ってなんなの?」
「なんだいログ、待ちきれなかったのかい?」
「待ちきれないに決まってるじゃない!で?で?」

 わたしは急かすように、レミスににじりよる。彼は少し困った顔で笑うと、決意を決めたようにワインを飲み干し、グラスをテーブルに置く。

「くだらないと笑っておくれよ?私はね、ログ。お前と、スクルの結婚を望んでいたんだ」
「…………へ?」

 それのどこが笑い話なのか。わたしはあまりの衝撃に、間抜けな声しか返せない。

「はは、愉快だろう?」
「ど……どこが!?じょ、じょ、冗談でも笑えないよ!?」

 動揺するわたしと反対に、レミスはくつくつと肩を震わせて笑っている。

「冗談などではないよ?全く、何もかも思い通りにできる私が、人間の小娘ひとりに振り回されて、なんて情けない話だろう」

 まったくぜんぜん話が見えない……もういいや。わたしはあきらめて、レミスの話を聞くのに徹しよう、そう決めた。

「そんな人間の小娘を、私だけのものにしたい……炎の中から救い出したあの時から、ずっとそう思っていた。だが、妃という立場がその娘を苦しめるだろう事は、容易に想像できた」

 わたしは、驚いてレミスを見る。彼が、あの時からずっとそんな風に思っていたなんて。

「私が感情に流されてしまう前に、不幸な道に引きずり込んでしまう前に、諦めざるを得ない方法を探した。そんな頃、遠くの国から、人間の血を引く王子が来た」

 それが誰なのか、わたしは名前を聞かなくても分かった。ついうっかり忘れがちだけど、わたしが兄と慕っているスクルは、遠い遠い国の王子様なのだ。

「異国からの王子は、あっという間に小娘の心を掴んだ。まるで本当の兄妹のように慕い合う様子を見て、私は心底ほっとした。ふたりが結ばれれば、手の届かない所に行ってしまえば、もう私の心がかき乱される事などないのだと」
「……だから?だからレミスは、わたしとスクルが結婚したらいいって思ったの?わたしのことを……あきらめるために」

 うぬぼれてるみたいな言葉だけど、わたしは、聞かずにいられなかった。

「そうだ。私より、お前を幸せにしてやれる男にくれてやろう、そう思った。私は異国の王子に、小娘との結婚を考えてみないかと、そう言った」
「……それで、その王子はなんて答えたの?」

 わたしが聞くと、レミスは昔を懐かしむような、そんな表情をする。そして、クスッと笑って答えた。

「王子はこう言った。魔王様、悪い物でも食べたのですか?と」
「ぶふっ!!!」
「今なら笑えるが、あの時は少し腹を立てたよ。正気を疑うような顔でこちらを見ていたからな。私は至って正気だというのに」
「し、しかたないよ……スクルじゃなくたって同じ反応するよ」
「それならばと、理由も説明してやった。私の側に置いておくより、お前と共に生きる方が幸せになれるのだと。だが、今度は呆れた顔で私を見て、こう言ってきた……馬鹿馬鹿しい、と」
「うそ……お兄ちゃんそんなこと言ったの!?」
「嘘なものか。それどころか、そこから説教が始まった」
「説教!?」
「そうだ。そして、そのどれもがお前を思っての言葉だった」

 信じられない。仕事中も、それ以外も、レミスとスクルが共にいるところはよく見るし、ふたりの関係性もよく知っている。だから、スクルがレミスに説教するなんて、絶対にありえない。それをまさか、わたしのことで?

「何を言われたか、気になるか?」
「きっ……気になるよ!めちゃくちゃ気になる!!」
「はは!そうか!ならば、本人から聞いてみるといい」
「えー!!お、教えてくれないの……?」
「まさか、説教をされた私に説明をしろというのかい?そんな事をしたら、ようやく癒えた傷がまた開いてしまう」
「わ……分かったよ……聞かないからぁ……」

 話し始めたのはレミスなのに、肝心な部分をお預けにされてしまった。いじわるだと思いつつも、本当に傷ついていたらと思うと、無理強いできない。
 そんなわたしを見てレミスは、やれやれと、少しわざとらしい素振りで言った。

「そんなに知りたいのなら、王子に聞いてみればいいだろう?なに、妹思いの優しい兄だ、一字一句違わず教えてくれるだろう」
「え……?お兄ちゃんに聞くのはいいの?」

 わたしの問いに頷くレミス。そんな彼の表情に一瞬、何か企んでいるような、怪しい笑顔が見えた気がしたけれど、それもすぐに消え、気のせいのようにも思えて、深く考えないことにした。

「ん……まあいっか……今度お兄ちゃんに聞いてみよ。……ふああ……もう眠くなってきちゃった……」

 驚きの過去を聞くうちに夜も深くなっていたようで、とうとうわたしの眠気が顔を出してしまう。

「……そろそろ……寝る……」
「では、寝室まで連れて行ってやろう」

 そう言うとレミスは立ち上がって、わたしを横抱きにして持ち上げようとする。

「わっ!じ、自分で行けるよ!?」
「そう寂しい事を言うな」

 他の人の前では絶対に見せない、悲しそうな表情のレミス。そんな顔を見たら断れるわけない。わたしはレミスの言葉に甘えることにして、彼の首に手を回す。

 寝室へと揺られる心地よさに、瞼が重くなり、ベッドの上におろされた頃には、完全に開けられなくなっていた。
 唇に、レミスのキスを感じる。ワインの香りのするキスに、頭がくらくらする。
 レミスの唇が離れ、わたしは、眠る前の挨拶をなんとか口にする。

「……おやすみ……レミス」
「ああ、おやすみ。私の可愛いログ」

 額に降るキスと、優しく頬をなでる手の感触にうっとりして、わたしはそのまま夢の中へ潜り込んだ。
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