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第11話

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 わたしは今、生きてきた中で一番、死にそうな気分だった。お腹を刺されてしまった時よりも、だ。

「いたいいたい!もうやだ!なんでわたしばっかりいたいの!ずるいぃ!レミスだっていたくなればいいのにぃ!」

 わたしは側にいるレミスに、思いつく限りの暴言を吐き続けている。声に出していないと、耐えられないくらいの痛みが、何度も襲ってくるのだ。この国で、彼に暴言を吐いても許される立場で本当によかったと思う。

 そう。わたしは今、陣痛という名の激痛に襲われているのだ。

 最初はそこまで痛くなかった。でも、時間が経つにつれてどんどん痛みの間隔は短くなり、強さもどんどん大きくなっていった。もう何時間過ぎたか分からない。そして、これがいつまで続くのかも分からない。絶望という言葉がぴったりだ。

「うう……いたいよ……こんなの……いつまでつづくの……」

 昼から始まって、窓の外は暗くなり、また光が差している。それなのにわたしは一睡もできていない。こんなに痛いのに、眠れるわけがない。

 痛みには波があって、痛みが引いていく時は気を失いそうになり、また痛くなると強制的に目を覚まされ痛みに絶叫……というのをひたすら繰り返している。

 最初の頃は真面目にわたしを宥めていたレミスも、今ではもう、わたしから言われる罵詈雑言を黙って聞いているだけの状態になっている。
 寝ずに側にいてくれるのはありがたいけれど、でも、本当に本当にほんっとーに痛いのだ。痛くも痒くもないレミスに、文句を言わずにはいられない。

 でも、それは、予告なしに訪れた。

 急にわたしは、踏ん張りたくなる感覚に襲われたのだ。

「あ……なにこれ……出そうな感じ……ああ!」
「もう出口が開いてきていますよ……短く呼吸をして……はい今いきんで!」

 医師の言葉に、わたしは必死で従う。何度もそれを繰り返すうち、股の間に何かが挟まっているのを感じる。

「もうすぐですよ!呼吸して……はい、いきんで!」

 その瞬間、体の中からずるりと出ていく感覚。そして、周囲で歓声が起こるのが聞こえた。

「王妃様よく頑張りました!元気な女の子です!」

 その直後、ほぎゃあ、ほぎゃあと、大きく泣く声が聞こえる。

 そしてわたしの視界に、産まれたばかりの、必死で泣いている赤ちゃんがうつる。

「わたしの……あかちゃん……」

 嬉しさと、やっと終わったという安堵で、わたしの目から涙が溢れてくる。視界が歪んで、赤ちゃんがよく見えない。それでもわたしは必死に、その小さな体に手を伸ばす。

 お腹の中にずっといたその子が、今、目の前にいる。

 小さくて可愛らしいその手に触れる。それだけで、愛おしくて愛おしくて、気が狂いそうになる。

「やっと……会えたね……わたしの……赤ちゃん……」

 わたしの意識はそこで途切れた。

 ――

 目を覚ますと、わたしをのぞきこむレミスの顔が見えた。

「あれ……?わたし……赤ちゃん……産んで……あれ……」

 混乱するわたしの頭を、レミスは優しく撫でる。

「お産は無事に終わって、赤ん坊は元気だよ」
「よかった……ねえ、もしかしなくてもわたし……気を失ってた?」
「ああ。疲れが溜まっていたんだろう……よく頑張ったね、ログ」
「うん……わたし……めちゃくちゃがんばった……。ねえレミス……ごめんね……わたし……レミスにいろいろひどいこと言っちゃった……」
「構わないさ。代わってやる事もできないんだ、責められて当然だ」
「ならよかった……」

 そこへ、赤ちゃんを連れて看護師の女性がやって来た。

「魔王様、お話中に申し訳ございません。王妃様に、最初の授乳をしていただきたいのですが」
「あ……授乳……そっか……うわ……なんか緊張する……」

 わたしは赤ちゃんを、恐る恐る受け取る。産んだ後、ちゃんと見れなかったその顔をじっと見る。

「……うわあ……レミスに似てる……将来、クールな美女になりそう……」
「はは、将来が楽しみだな。きっと男どもが群がる。近づけさせはしないが」
「うわ……そういうのを親バカって言うんだよ?」

 わたしは思わずくすくす笑ってしまう。

 それからわたしは授乳の仕方を教わりながら、そっと、赤ちゃんの小さな口に胸の先を添える。
 すると、赤ちゃんは目をつぶったままなのに、口を開いてわたしの胸の先を咥えたではないか。

「わあ……目も開いてないのに……おっぱいだって分かるんだ……」
「生まれたばかりというのに……私に似て賢いのだなあ」

 赤ちゃんは、口をむにゃむにゃさせて、必死に吸い付いてくる。

「わわ……吸ってるよ……はわわ……すごい……えらいね……がんばれ……」

 必死に吸いつく赤ちゃんに、わたしは愛おしさが溢れて止まらない。可愛くて可愛くて、この子のためならなんでもしてあげたい、命をかけて守らなければならない、そう強く思う。

「最初はあまり量が出ないので、反対側もあげてみましょう」

 そう声をかけられ、わたしは赤ちゃんの向きを変える。赤ちゃんは、反対側もすぐに上手に咥えて、むにゃむにゃ吸いついてくる。

「ふふ……赤ちゃんかわいいね……レミス」
「ああ。こんなに可愛いものなのだな、自分の子というものは」
「そうだよ……だってレミスとわたしの子なんだもん。当たり前でしょ?」

 レミスとそんな会話をしているうちに、赤ちゃんは吸い疲れたのか、寝てしまった。

「今はまだ少しだけですが、これから母乳の量も増えて、たくさん飲んでくれるようになりますよ。……しばらく、抱っこされますか?」
「はい……しばらくこのままで」
「分かりました。ではまた後で様子を見に伺いますね」

 そう言って、看護師さんは部屋を出ていく。

 それと同時に、レミスは何も言わず、わたしの頭や頬……色んなところにキスをしてくる。

「ふふっ……くすぐったいよレミス……」
「少し我慢してくれ。ログへの感謝の気持ちを伝える方法がこれしか思いつかないんだ。本当に頑張ってくれた。感謝してもしきれない。……愛してる、ログ」

 そしてレミスは、すやすやと眠る赤ちゃんの額にもキスをする。

「よく無事に産まれてきてくれたね。ずっと、お前と会えるのを楽しみにしていた」

 レミスの大きな手が、赤ちゃんの頬をそっと撫でる。

「……ねえレミス。赤ちゃんの事、少し、抱っこしてくれる?」
「ああ、構わない」

 レミスは、そっと赤ちゃんを抱き上げる。穏やかな光が窓から差して、ふたりを優しく照らしている。その光景に、わたしは目を細める。

 レミスは、そんなわたしを見て、優しく微笑む。

 わたしは、彼と出会った日を思い出す。

 母を失い、ひとり泣いていたわたしを助けてくれた。
 生きる意味などないと言ったわたしに、生きる意味を……愛をくれた。

 そして、死にゆくわたしに、新しい命をくれた。

 レミスは、わたしの全てなのだ。

「……ねえレミス」

 わたしは、彼の名を呼ぶ。

「何だい?ログ」

 レミスが優しく答える。わたしは笑顔で、言った。

「わたしに生きる意味をくれて、ありがとう」

 ――

 その日、魔王レミスが統治する国は、歓喜に満ちた。

 魔王様と王妃様の子が誕生したという知らせは、瞬く間に国中に広まっていった。

 魔王様譲りの魔性の美しさと、王妃様譲りの強大な魔力を受け継いだお姫様。

 お姫様はたくさんの愛に囲まれ、すくすくと成長し、やがて周りが手を焼くほどのお転婆に成長するのだが、それはまた別のお話……。







 ――――

 あとがき(と、ささやかなおまけ)

 「混血才女と春売る女」22話にて、ログが無事出産したという話が出てきました。ですので、こちらにその時の様子を書こうかなと思い、書き上げました。

 ログは、陣痛の痛みでもうあんなのはこりごり、もうひとり産むとか無理だよ……と思ってそうですが、レミスは、ログ似の子も欲しいとか、きょうだいがいた方が楽しいぞ、などとそそのかして、また子作りに励むような気もします。

 一旦このお話は完結ですが、そんな事を言いつつきっとまた何か書くような気がします。

 最後に、ログってこんな子かも……としっくり来たイラストが描けたので、最後に貼っておきます。
(大人なログと、お子ちゃまログです)

 では、短いですが、この辺りで終わります。

 読んでくださった方、本当に本当にありがとうございました。



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