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第10話

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 最近、何だか少し熱っぽくて、ふらふらする事が多い。風邪でも引いたのかなと思ったけれど、そこまでひどくもないし、すぐに治ると思っていた。

 ある日の仕事中、わたしはいつもとは比べものにならないくらいにだるく、そして気持ち悪さまで加わって、死にそうになっていた。

「顔が真っ青だわ……医師に診てもらいましょう。私も付き添うわ」

 わたしの顔色に気づいたクライアさんはそう言うと、ささっとわたしの荷物をまとめていく。

「そんな……わたしひとりで大丈夫ですから……」
「駄目よ。義理とはいえ、あなたは私の大切な妹なのよ。放っておけないわ」

 わたしはクライアさんの言葉に甘えることにして、彼女と共に魔王城の敷地内にある病院へと向かった。

 病院に着いたわたしたちは、とても広い個室の病室に案内されてしまった。
 わたしは、普通に診察の順番待ちをするつもりでいたけれど、周りから見ればわたしは魔王様の妃なのだ……こういう扱いになると言う事を忘れていた。

 わたしは、ベッドに寝かされて、気持ち悪さにうんうん唸っていた。
 クライアさんは、わたしの頭を優しく撫でながら、心配そうにこちらを見ている。

「心配かけてごめんなさい……」
「いやだわこの子ったら。謝らないでちょうだい。私はあなたの母親がわりでもあるのだから、心配なんていくらでもかけていいのよ」

 クライアさんの、慈愛に満ちた表情を見ているだけで、わたしは安心感に包まれる。

「クライアさん……ありがとう……」

 気持ち悪さも和らぎ、安心感からかわたしは強い眠気に襲われた。

「ごめんなさい……少し……眠っても……いい?」
「ええ……大丈夫よ。ゆっくり休みなさい」

 クライアさんが言い終わるまで待てず、わたしはそのまま、引きずり込まれるように眠りに落ちた。

 ***

 頭をなでられている感触に、目が覚めた。

「…………?」

 頭をなでているのはクライアさんだと思っていたわたしは、そうじゃない事に気付いて驚いた。

「レミス……」
「起こしてしまったかい?」
「ううん……大丈夫。ねえ……どうしてここに?」
「ログが死にそうだって聞いて、慌てて飛んできたんだよ」

 いつも落ち着き払っているレミスが、慌てている様子を想像して、少しおかしくなってしまう。

「ふふ……大げさだよ……。死にそうなんて……ちょっとつらかっただけ……」
「大げさなものか。見た事ない顔色をしている」
「そう……?でも寝たおかげで、少し楽になった気がする」

 そう言うわたしに安心した表情で、わたしの頬をなでるレミス。その指が少しくすぐったくて、首をすくめてしまう。

「目を覚ました事だし、医師を呼んでくるよ」

 そう言って立ちあがろうとするレミスに、クライアさんが声をかけた。

「あなたはそばについていてあげて。私が呼んでくるわ」
「姉様……ありがとうございます」

 そうしてクライアさんは部屋を出ていき、それからそんなにかからず、医師と共に戻ってきた。

 わたしは医師に色々と質問され、お腹の音を確認される。そして、一通り確認できたのか、医師からこんな一言を言われた。

「おめでたですな」
「おめ……でた?」

 言葉の意味がわからず、わたしは聞き返してしまう。

「はい。お妃様のお腹に、赤子が宿っております」

 赤子……その言葉に、わたしは驚きで、口をあんぐり開けたまま、医師の言葉の続きを聞いた。

「月のものもなく、熱っぽさやだるさ、そして気持ち悪さ……これらは子を宿した時の症状ですな。薬はないので我慢していただくしかありませんが、1ヶ月2ヶ月で収まる事がほとんどでございます」

 その後も、医師から色々と説明を受けたけれど、なんだか頭がフワフワとして現実感のないままだった。

 医師が部屋を出ていった後、わたしはレミスとクライアさんを見る。

「これ……夢じゃ……ない?」

 そう言うわたしに、レミスもクライアさんも笑う。クライアさんは、わたしの手を取ると、手のひらをくすぐってきた。

「ふふ、くすぐったいでしょう?夢じゃないわ、夢みたいに素敵な事が、本当に起きているのよ」

 クライアさんの瞳が潤んでいる。

「私の愛する者同士が結ばれて、子供ができるなんて……こんなに幸せな事はないわ。困ったことがあれば何でも言ってちょうだい。私にできる事なら喜んで手伝うわ」

 そして、クライアさんはレミスを見る。

「レミス、子供を宿すという事は、とても体に負担がかかる事よ……できるだけ負担のないようにしてあげてちょうだい」
「ええ、そうします」

 レミスの答えに満足そうに笑って、それからクライアさんはわたしを抱きしめる。

「私はもう行くわね。くれぐれも無理をしないで、体を大切にね……おやすみなさい、私の可愛い子」
「クライアさん……ありがとうございます。おやすみなさい」

 そしてクライアさんは病室を後にし、部屋の中にはレミスとわたしだけになった。
 レミスは嬉しそうに、わたしの顔に何度もキスをしてくる。

「嬉しいよログ。この日を、どんなに待ち望んでいたか」
「わたしも……嬉しい。レミスとの赤ちゃんがいる事も、レミスがこんなに喜んでくれることも、すごく嬉しい」

 レミスと繋がった瞬間から、わたしが求めてやまなかったものが、今ようやく実を結んだのだ。
 わたしは、お腹に手を当てて、そっと撫でる。

「赤ちゃん……どんな子なのかな」
「きっと、私に似て優秀で美しい子さ」
「もう……お父様は自信満々で困っちゃうね……」

 わたしは呆れながら、お腹の子に話しかける。でも、レミスの言っていることは間違っていなくて、そんな彼をわたしはどうしようもなく愛しているのだ。ただ、それを素直に認めるのもなんだか癪で、わたしはちょっとひねくれた事を言ってみたくなった。

「もしレミスみたいな子だったら、可愛くて仕方なくてわたし、レミスの事なんかほったらかしにしちゃうかもしれないよ?」
「それは困るな。我が子に嫉妬するような、心の狭い父親にはなりたくない」

 そう言って、レミスはわたしの薬指にある指輪にキスをする。永遠に彼のものになると誓った証。

「ログの一番は、永遠に私だと言っておくれ」

 そう言うレミスの顔は、決して誰にも見せない、少し甘えるような表情で、それは大いにわたしの心をくすぐった。

「……わたしのいちばんは、レミスだけだよ。あなたに新しい命をもらった時……ううん、違う。あなたに出会って、わたしを愛してくれると言ってくれた時から、ずっとずっと、レミスがいちばん」

 わたしがそう言うと、レミスは満足そうに微笑み、まるでよくできたと褒めるように、唇に何度もキスをしてくれた。

「愛しているよ、ログ……」
「うん、わたしも。愛してる、レミス」

 彼の深い愛に心地よく沈みながらわたしは、お腹の子への愛おしさとともに、いつか会えるその日を待ち遠しく感じた。
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