26 / 32
番外編
曖昧で不確かな
しおりを挟む
燃え盛る炎の中で、ただただ、美しいと思ったのだ。
たとえるなら、色のない世界でそれだけが、鮮やかな色を放っているかのよう。鮮やかなその光景は、目に焼きついて、決して消えないのだ。
心の底から、欲しいと思った。その肉体も、魂も、全て喰らい尽くしてしまいたいくらいに。
無意識に迫り上がった思考を、鼻で笑う。
人間との和平を求めるなどと口では言うが、中身はおぞましい征服者でしかないのだ。
何者も、奥底に秘めたその部分を引き出すことはなかったというのに。それがよりによって、人間の幼な子によって、いとも容易く引きずり出された。
それは、今までに感じてきたあらゆる快楽を、遥かに超える喜びとなって全身を駆け巡る。
腕の中の幼な子は、そんな事も知らず。ただ、全てを預けて眠りにつく。
***
いつになったら妃を迎えるのか、周りからは相変わらずのしつこさで迫られる。
私の隣に立てるような女を連れてこい、と一蹴するが、それもいつまで続けられるわけではない。
愛などという曖昧かつ不確かなもので決めるほど、私は愚かではない。魔王とは、民があるから存在し、民の為に存在する。妃とは、私と共に民を導く、優れた者でなければならない。
……だが、ログを引き取ってから、その曖昧で不確かなものに賭けてみたい、そう思うようになっていた。
所詮私も、愚かな男でしかないのかもしれない。
だが、ログを思うだけでは、男としての欲求が消えるわけではない。
幸い、あわよくば、という目を向ける女はいくらでもいる。……その下心が叶う事はないし、叶えてやる気もないが。
その日も、一度きりの女との匂いを纏った後、私はログの顔を見るために、彼女が姉様と住む家を訪れた。
私の姿を見たログの表情は、少し歪んでいた。
どうしたのかと問うが、別に、とだけ返ってくる。
男と女の営みなどまだ知らぬ少女の、それでも何かを感じ取った表情。
私はそれに、何とも言えない喜びを感じた。
「おいで、ログ」
両腕を広げ、呼ぶ。
ログは少し戸惑った表情を見せ、少し間を置いてから、ようやく遠慮がちに抱きついてくる。
そっと頭を撫で、それから、頬に手を添える。
ログは、私にこうされるのが好きだと言う。でも、決して自分からねだることはない。
少し顔を傾け、私の手により触れてくる。言葉には決してしないが、私をささやかに求める。
その行為が、私の心をたまらなくさせているなど、お前は知りもしないだろう。
「愛しているよ、ログ」
その言葉に、ログは顔を上げる。
どの女も喜ぶ言葉。だが、ログは泣きそうな顔で微笑む。
「はい、わたしも」
愛という言葉を、信じてはいけない。
魔王が、気まぐれで拾っただけの存在なのだ。
そう、ログの瞳が語っている。
どう言葉を重ねれば、伝わるのだろう。
まだしばらく、この悩みに答えは出そうにない。
「……まだ、時間はたくさんあるさ」
そのつぶやきに、ログはきょとんとする。
私は苦笑し、ログの、さらさらとした、まっすぐな髪を、優しく撫でた。
たとえるなら、色のない世界でそれだけが、鮮やかな色を放っているかのよう。鮮やかなその光景は、目に焼きついて、決して消えないのだ。
心の底から、欲しいと思った。その肉体も、魂も、全て喰らい尽くしてしまいたいくらいに。
無意識に迫り上がった思考を、鼻で笑う。
人間との和平を求めるなどと口では言うが、中身はおぞましい征服者でしかないのだ。
何者も、奥底に秘めたその部分を引き出すことはなかったというのに。それがよりによって、人間の幼な子によって、いとも容易く引きずり出された。
それは、今までに感じてきたあらゆる快楽を、遥かに超える喜びとなって全身を駆け巡る。
腕の中の幼な子は、そんな事も知らず。ただ、全てを預けて眠りにつく。
***
いつになったら妃を迎えるのか、周りからは相変わらずのしつこさで迫られる。
私の隣に立てるような女を連れてこい、と一蹴するが、それもいつまで続けられるわけではない。
愛などという曖昧かつ不確かなもので決めるほど、私は愚かではない。魔王とは、民があるから存在し、民の為に存在する。妃とは、私と共に民を導く、優れた者でなければならない。
……だが、ログを引き取ってから、その曖昧で不確かなものに賭けてみたい、そう思うようになっていた。
所詮私も、愚かな男でしかないのかもしれない。
だが、ログを思うだけでは、男としての欲求が消えるわけではない。
幸い、あわよくば、という目を向ける女はいくらでもいる。……その下心が叶う事はないし、叶えてやる気もないが。
その日も、一度きりの女との匂いを纏った後、私はログの顔を見るために、彼女が姉様と住む家を訪れた。
私の姿を見たログの表情は、少し歪んでいた。
どうしたのかと問うが、別に、とだけ返ってくる。
男と女の営みなどまだ知らぬ少女の、それでも何かを感じ取った表情。
私はそれに、何とも言えない喜びを感じた。
「おいで、ログ」
両腕を広げ、呼ぶ。
ログは少し戸惑った表情を見せ、少し間を置いてから、ようやく遠慮がちに抱きついてくる。
そっと頭を撫で、それから、頬に手を添える。
ログは、私にこうされるのが好きだと言う。でも、決して自分からねだることはない。
少し顔を傾け、私の手により触れてくる。言葉には決してしないが、私をささやかに求める。
その行為が、私の心をたまらなくさせているなど、お前は知りもしないだろう。
「愛しているよ、ログ」
その言葉に、ログは顔を上げる。
どの女も喜ぶ言葉。だが、ログは泣きそうな顔で微笑む。
「はい、わたしも」
愛という言葉を、信じてはいけない。
魔王が、気まぐれで拾っただけの存在なのだ。
そう、ログの瞳が語っている。
どう言葉を重ねれば、伝わるのだろう。
まだしばらく、この悩みに答えは出そうにない。
「……まだ、時間はたくさんあるさ」
そのつぶやきに、ログはきょとんとする。
私は苦笑し、ログの、さらさらとした、まっすぐな髪を、優しく撫でた。
10
お気に入りに追加
26
あなたにおすすめの小説
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。
朝日みらい
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。
宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。
彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。
加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。
果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?
美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛
らがまふぃん
恋愛
こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。
*らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。
この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。
わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑
岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。
もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。
本編終了しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる