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番外編

彼のいない夜 **

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 新居にフォールスと暮らし始めてから、ようやくその生活にも慣れ始めたある日のこと。
 私は、新居で初めて、ひとりきりの夜を過ごしていた。

 歓迎会があるため帰りが遅くなるというのは前から聞いて心の準備もできていたし、ひとりで生活していた事もあるから、そこまで寂しくはないだろうと思っていた。

 でも、そんな考えは見事に外れた。

(寂しい……)

 夕食を作っても、食べても、掃除をしても、風呂に入っても、本を読んでも駄目。私の頭はすぐにフォールスの事を考えてしまう。

(だったら……そんな事考えられないくらい頭を使えばいいんだわ)

 私は、本棚から、学生時代に使っていた数学の問題集……その中でもとりわけ難しいものを選んで取り出す。ダイニングテーブルにノートと共に並べ、1時間と時間を決め、取り組み始めた。

 この案は功を奏した。久しぶりに解く問題にこれでもかと頭を悩ませ、そしてすぐに夢中になった。頭を使ったからか、程よい疲れで眠気もあり、このまま寝てしまえそうである。
 フォールスからは、先に寝ているようにと何度も念を押されていたので、素直に従っておこうと思う。

 ……でも、私にはまだもうひとつだけ、やらなければならない事が残っていた。寝る前の体の手入れである。
 いつもは寝る前にフォールスが、香油で私の体を手入れしてくれる。
 私は、あまりフォールスにばかり負担をかけたくなくて、もう自分でできるからと言った事もあった。でも彼は、君が自分ですると手の届かないところがあるとか、君にこうしている時が癒されるのにとか、などと力説され、結局今でもフォールスにしてもらっている。

 でも今日は、そのフォールスがいない。

 手入れ自体はすっかり習慣になっているので、彼がいないからといってやらないのも落ち着かない。だから今日は自分でやってみようと思う。

 香油がしまってある棚を開くと、瓶がふたつ。ひとつはいつもフォールスが使っているもの。そしてもうひとつも、私には見覚えがあった。

(これって……一番最初の時だけ使っていたものだわ)

 魔王様とログさんに結婚の報告をした日の夜、フォールスが取っていた宿で、初めてフォールスに香油で体の手入れをされた時のもの。でもあの日以来、彼はこれを使わなくなったのだ。

(何で使わなくなったのかしら)

 せっかく残っているのにもったいない……私はそう思い、その瓶を手に取って、棚の扉を閉めた。

 ――

 今日は僕の歓迎会で、大いに盛り上がり、すっかり帰りが遅くなってしまった。
 アステには先に寝ていていいとしつこいくらいに言っておいたので、きっといい子に言いつけを守って寝ているはずだ。僕は彼女を起こさないよう静かに家の中に入った。

 風呂を済ませ、ようやく夫婦の寝室に入る。ベッドには、愛してやまない、僕のアステの横たわる後ろ姿が見える。僕はそっと彼女の隣に体を滑り込ませる……すると。

「……フォールス……おかえり……なさい」
「ただいま……ごめんアステ、起こしちゃった?」
「ううん……ずっと起きていたから……大丈夫……」

 そこで僕は、彼女の息が荒い事に気づく。寄り添う体もどこか熱い。

「アステ、もしかして体調悪い?」
「……ん……違うの……自分で手入れしようと思って……香油を馴染ませていたら……少しずつ体が……熱くなって……んんっ!」

 そう言って体を捩るアステ。僕は慌てて彼女に確認する。

「ねえアステ、まさか君が使った香油って……」
「ん……最初に一度だけ……フォールスが使った……香油……もったいないって思って……そしたら……んん……っ」

 その瞬間、僕は、とっととあの香油を捨てておけばよかったと後悔した。

 初めてあの香油を使った日の、アステのあまりの乱れ様に、僕は香油をくれた者を問い詰めた。そして返ってきたのは『あの香油には、性欲を高めてくれる効果があるんですよ』という、予想通りのものだった。

 背中を向けていたアステは、寝返りを打って僕の方を向く。僕を見るその瞳は、情欲に支配され、理性を失っているようにしか見えなかった。

「フォールス……からだ……あついの……どうしよう……わたし……んんっ……」

 アステは、どうしていいか分からず混乱した様子で、両手で僕のナイトウェアの上腕の辺りを掴み、僕に助けを求めるように見つめてくる。その姿に、僕はたまらず彼女を抱き寄せ、頭の中は様々な感情が渦巻く。
 彼女の意思に関係なくこうさせてしまった申し訳なさ。情欲を満たす相手として、無意識に僕を求めてくれる喜び。そして、既に彼女は僕だけのものであり、躊躇う事なく秘められた場所を侵してしまえるという支配欲。

 そしていつの間にか、僕の理性なんてものはあっけなく崩れ落ちていた。

 僕は無言でアステをうつ伏せにし、彼女の腰を掴んで持ち上げ、お尻を突き出すような姿勢を取らせる。
 ネグリジェを捲り上げ、ショーツを膝の辺りまで性急に下ろし、すでに潤っている彼女の中に僕のものを一気に埋め込んだ。

「んうっ……!!!」
「くっ……アステ……」

 歓迎会の間も、時折アステの事が頭をよぎっていた。ひとつ屋根の下で暮らすようになってから、毎日一緒に過ごしていた時間。それなのに、今日は彼女がそばにいない。僕の心に穴が空いてしまったようで、寂しくて仕方なかった。

(僕はもう、アステなしじゃ生きられなくなってる……)

 何ヶ月も会えなかった日々を耐えられていた以前の自分が、今ではもう信じられない。
 アステを求める気持ちは、一緒に暮らして落ち着くどころか、ますます酷くなっている。もはやそんな自分に笑うしかない。

「アステ……愛してる……」
「わ……わたしも……フォールス……すき……だいすき……あい……してる……」

 僕はひたすらアステを求めて、彼女の中を性急に何度も穿つ。

 途中、彼女の中に埋めたまま、彼女の体を横に倒し、ショーツを抜き取ってから仰向けにさせる。後ろから奥深くまで突き上げるのも好きだけど、快感に溺れるアステの顔を見るのも好きだ。
 この行為は、性欲を発散させるだけで、何も残らないものだとずっと思っていた。でも、アステと体を重ねて、こんなにも満たされた気持ちになれるという事を初めて知った。

 アステは頬を薔薇色に染めて、瞳から涙を溢れさせ、可愛らしい唇で僕を求め続ける言葉だけを紡ぎ続ける。

 そんな彼女の唇に、僕は自分の唇を重ねる。かつて彼女に、呪詛のような言葉を紡いだこの唇を。
 それでも彼女は躊躇う事なく、僕を全て受け入れる。ふたりの唾液が混ざり合い、彼女が喉を鳴らしそれを飲み込む。その蠱惑的な様に、僕の欲望は一気に燃え上がる。

 僕のものは今にも弾けそうで、アステの声も悲鳴のような嬌声に変わっていく。

「ああっ!フォールス!もう……あ……あっ!」

 その瞬間、彼女は体を震わせながらのけ反り、僕は彼女の中に熱い欲望を解き放った。

 僕とアステの荒い呼吸だけが部屋の中に響く。僕は、名残惜しい気持ちになりながらも、ようやく彼女の中から自身を引き抜く。
 その瞬間、アステは体を震わせ、目に涙を浮かべると、僕の首の後ろに両腕を回し、僕を引き寄せた。

「フォールス……いや……はなれないで……ずっと……」

 アステの言葉に、僕の欲望が再び立ち上がる。彼女もそれに気づき、そして、僕が何もせずともそれを、あっという間に自らの中へと飲み込んでしまった。驚きと快感が同時に、僕の体を駆け上がる。

「や……ああ……あ……フォールス……こわい……とめられない……!」

 イヤイヤと首を横に振って号泣しながら、それでも腰を振るアステ。僕は彼女の両手を握り、彼女の瞳を捉え、彼女は深く僕を咥え込んだまま、動きを止める。

「大丈夫……怖い事なんかひとつもない。だって君は、僕と繋がってるんだから。今は、僕のもので気持ちよくなってる事だけ考えればいい」

 その瞬間、アステの瞳から迷いが消え、そして、僕の魅了の力に溺れていくのが分かる。止められないのなら、せめて幸せの中で肌を合わさせてやりたい……そう思ったからだ。

 アステの腰が、再び動き始め、嬉しそうに、とろけた表情で、何度も僕のものを飲み込む。ぐちゃぐちゃと卑猥な音が、より僕の快感を高める。
 彼女は腰を動かしながら、僕にキスをし、唇を離しては僕の瞳を覗き込み、嬉しそうに笑う。そして、何度もそれを繰り返す。

 僕は完全にアステにこの行為を委ね、ただひたすら快感だけを享受する。ずっとこうしていたいのに、もうそろそろ限界を自覚する。

「……う……出る……」
「ん……だして……ぜんぶ……」

 そう言ってアステが深く腰を落とした瞬間、彼女の奥へ、僕の欲望が弾けた。

 ――

 アステが眠りについたのを確認して、僕はすぐにあの香油を全て紙に染み込ませ、屑籠へと捨てた。

 彼女のあまりの乱れ様に心惹かれるものがあったのも、否定はできない。でも、肌を重ね合わせるたび、快感を知り、どんどんとそれに溺れていくアステを僕は見てきた。あんなものがなくても何の問題もない。

「アステ……これからも、もっとたくさん僕を味わってくれよ」

 僕は眠り姫を起こさないよう、彼女の額に軽くキスをする。くすぐったそうに笑うアステに、思わず僕の頬も緩む。

「おやすみ……アステ」
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