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本編
第12話 噂
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スクルと魔王城の中庭広場に行ってからというもの、私は、そこで読書をする事が休日の習慣になっていた。もちろん、晴れている日に限ってだが。
時には、気づくと隣にスクルが座っていて、私と同じように読書をしている事もあった。
そして今日も、私とスクルは隣同士で本を読んでいる。でも、私は本を読む事にどうしても集中できず、文字を追うのを諦めて、小さなため息を一つついた。
(だめね、気にしないようにって思えば思うほど、気になってしまう……)
私は気分を切り替えようと背伸びをする。それから再び本に視線を落とす。その時だった。
「こちらにまで話が回ってきましたよ」
スクルが、自分の本に視線を落としたままで私に話しかけてきた。
「……そう」
私も、本を見つめたまま答える。彼が何の事を言っているのか、私には聞かずとも分かった。
実は最近、同僚のパイラさんにこんな事を聞かれたのだ。
『アステさんが付き合っているのって、一体だあれ?もしかして、魔王城で働いてたりしてた?ねえ?まさかとは思うけど……フォールスくん、だったりする?』
何でフォールスの名前が出たのか、どういう根拠でそこに行き着いたのか……私にはわからない。でも、彼女の言葉は疑問系なのに、その表情は、フォールスであると断定しているように見えた。
そしてその話は、フォールスを好いていた女性たちにあっという間に広まってしまった。スクルの同僚であるフラスさんが、心配してわざわざ様子を見に来てくれたくらいだ。
「女性たちからのやっかみは大変でしょう?どうですかお姫様、よければ俺と婚約してる事にしませんか?俺となら、嫉妬してくる女性なんていませんよ」
「そ、そんなの駄目よ!だってあなた、いいひとがいるんでしょう?この前、ログさんに聞いたわ」
そう。スクルは、どこか儚げな雰囲気の美女に夢中なのだと、ログさんが嬉しそうに教えてくれた。
でも、スクルは額に手を当てて、唸り声を上げはじめた。
「あいつ余計な事を……。あのですねお姫様。いいもなにもまだ何も始まっていないんです!くれぐれも!くれぐれも勘違いしないようにお願いします!」
「そ……そうなの?」
スクルに早口で捲し立てられ、また彼のそんな様子が珍しく、私は呆気に取られてしまった。彼が焦っている様子は気になるものの、何もないと言っているのだから、きっとそうなのだろう。
「俺の事はいいんです。話を元に戻しましょう。フォールスの事に関して、女性陣に何か言われたりはしましたか?」
「……言われたわ。フォールスがあなたみたいな女と付き合うなんて信じられない、って……」
「お姫様……」
「だ、大丈夫よ?私、傷ついたりなんかしていないから、安心して?」
心配そうな顔で私を覗き込むスクルに、私は否定するように慌てて両手を振りながら言う。
「……それにね、正直に言うと、私自身も同じような気持ちなの。だって、やっぱり今でも信じられないもの……何でフォールスは私を選んでくれたんだろうって。好いてくれる事自体は疑ってないけれど……どうしてなのって」
私の中の不安が、抑えきれずどんどんと湧き出てくる。そして、言うつもりのなかったことまで、口からこぼれ落ちていく。
「……フォールスの事だけじゃない。ログさんやあなたの事もそう。なぜ私と親しくしてくれるのか、考え始めたら不思議で不思議で仕方がなくて、考えたくもないような最悪の想像さえしてしまうの。私が、ミスオーガンザの娘だから、魔王様を脅かすかもしれないから、親しくするフリをして、私を見張っているのかもしれない……って」
私は、そんな事はないと否定してほしい気持ちで、縋るようにスクルを見つめてしまう。そんな私に、スクルは困ったような悲しそうな、そんな表情を向けてくる。
「……ごめんなさい。私、あなたに酷い事を言ってるわ」
スクルは、無言で首を横に振った。
「ひとの心なんて見えませんから、お姫様が不安に思うのも仕方ない。それに……魔王様はあなたを疑っていない訳ではない」
スクルの言葉に、私の心は重く沈んでいくようだった。
「ミスオーガンザが墓まで持っていくと、魔王様に誓った秘密を、いつかあなたが困った時のために残しているかもしれない……魔王様はそう考えている。だが俺は、魔王様のその考えを知っているだけで、あなたに対して何かしろという命令はひとつもされていない。それに、魔王様があなたを危険視しているなら、何よりも大切な存在をあなたに近づけるわけがない」
何よりも大切な存在、その言葉に、私の頭の中で屈託なく笑うひとの顔が浮かんだ。
「……それって、ログさんの事、よね」
「そうです」
「でも、ログさんはなぜ、こんな面倒な立場の私なんかを慕ってくれるの……。彼女なら、他にも親しくしてくれるひとたちなんていくらでも」
その瞬間、私の言葉を遮るようにスクルは言った。
「嬉しかったんだそうですよ」
「嬉し……かった?」
私の頭は意味が理解できない。だって私は、ログさんに何もしていない。それなのに嬉しかったと言われる意味が分からない。
混乱する私に、スクルが思ってもみない答えを教えてくれた。
「ただのログとして見てもらえたのが嬉しかったんだそうです。ログは人間でありながら、魔王様の唯一の弟子だった。誰もがそれを知っていたから、先入観や偏見を持ってあいつを見ていた。……でもお姫様、あなたはそうではなかった」
「そんなの……たまたま知らなかっただけよ。もし知っていたらきっと、他のひとと同じような態度を取っていたかもしれないわ」
「でも、出会った後に知ったとはいえ、それでもお姫様はログに対する態度を変えなかった」
「だって……ログさんはログさんでしょう?そんなの、私だけじゃなく、誰だって普通にそうしているものじゃないの?」
自分ができているのだから、誰もがそうなのではないのか。でもどうやら、そうではないらしい。
「そうじゃないから、ログはあなたをあんなにも慕っているんですよ。……ま、俺はログじゃないのでね、これ以上勝手に本人の気持ちを代弁するような野暮な事はしません。興味があれば、本人から直接聞いて下さい」
「……そうね。いつか、聞いてみるわ」
私の言葉を聞いて、スクルは、軽く息を吐いてから、私に向き直る。その表情は真剣で、少し強張ってさえいた。
「さて……俺は、俺の出来る限りの言葉を尽くしました。これでもまだ不安を感じるなら……俺がお姫様を監視するつもりで側にいるのだと考えるのなら、もうそれでも構いません。むしろお姫様も、俺を思う存分利用したらいい。自分で言うのもなんですが、俺には十分利用価値があると思いますよ?」
それはきっと、スクルが魔王様の側近であるとか、どこかの国の国王の息子であるとか、そういう立場である事を指しているのだろう。でも私は、そんな事で、彼を慕っている訳ではない。
私は慌てて首を横に振ると、彼の両手を握って言った。
「私は、ただこうしてあなたと一緒にいて、他愛もない話ができればそれでいいの。たとえあなたが何者であっても、それ以上は望まない。……私は弱いから、もしかしたらこれからも不安に感じる事はあるかもしれない。でも、あなたを疑う事だけはしないようにする」
私がそう言うと、スクルは優しく微笑んで、私の手を握り返してから、私の膝にそっと置く。それから、私の頭をそっと撫でてくれる。それは、フォールスがしてくれるのとは違って、兄としての慈しむような優しさを感じるものだった。
「もし不安になったら、またこうして話してくれますか?」
「……あなたは、こんな話をされて、嫌な気持ちになったりしない?」
「大丈夫ですよ。隠される方が何倍も困ります」
「なら……隠さず、きちんと話すわ。ごめんなさいスクル、聞いてくれてありがとう」
「どういたしまして」
そう言ってスクルは、もう一度、私の頭を撫でた。
――
「そういえば、お姫様とフォールスの関係を俺の方に聞いてくる奴がいましてね」
「そうなの?ごめんなさい……あなたまで巻き込んでしまって……」
「いや、俺も関係者のつもりですからね、気にしないで下さい。そいつなんですが、どうやらあなたの同僚と関係があるようで」
「……同僚?パイラさんのこと?」
同僚と言われて、私の頭に真っ先に頭に浮かんだのは彼女だった。だが、スクルから出た名前は予想外だった。
「いいえ。彼女とよくつるんでいる女性がいるでしょう?グユイという名前の」
「グユイさん?ええ……パイラさんととても親しくしているひとよ。彼女が、その……」
「はい。どうやら、彼女に金を払って一晩を共にしている関係のようです」
私は、スクルの言葉に少し考え込む。
「ええと……それはつまり……あれよね、男女がふたりきりでする……」
「直接的な表現をするとデリカシーがないと言われますからね。伝わって何よりです。おや、顔が赤いですよお姫様」
「茶化さないでちょうだい……でも、お金を払ってなんて……そういう場所があるというのは知っているけれど……個人的にそんな事……大丈夫なのかしら……」
「大丈夫なんじゃないですかね。大っぴらにやっているというわけではなさそうですし。あくまでも、割り切ったおとなの関係という事で」
「そういうもの……なの?」
「はは、お姫様、気になりますか?」
私は慌ててブンブンと首を横に振る。
「どうやらグユイにはそういう関係の男が他にも沢山いて、そいつらに探らせているようです……お姫様のことを」
「…………わ、私の?」
まさか私の事が話に出てくるとは思わなかった。想定外すぎて、スクルの顔をまじまじと見つめたまま固まってしまう。
「おそらくお姫様とフォールスとの関係にたどり着いたのも、そこから得た情報だと思われます。そしてそれを周囲に噂として流した」
「なぜそんな事を……」
会って間もないグユイさんから、そんな事をされる理由が全く思いつかない。訳がわからないという不安が、私の胃をキリキリとさせる。
「目的は不明です。彼女の身辺を探りましたが、お姫様と繋がるような情報は一切ありませんでした。念のため確認ですがお姫様、彼女と過去に何か関係は?」
そう聞かれて、私は記憶を探る。でも、私の過去にグユイさんの存在は見つからない。幼い頃も、学生の頃も、卒業してからも。
「……いいえ、全く記憶にないわ。彼女とは魔王城に来て初めて会ったもの」
「そうですか……。とりあえず、何か分かればすぐにお伝えします。お姫様も、できるだけ彼女には気をつけて下さい」
「ええ、分かったわ」
(なぜグユイさんが……)
パイラさんのそばで、いつも穏やかに微笑んでいるグユイさんの姿が頭に浮かぶ。
消えたはずの心の不安が、別の形で生まれる。
(……だめよアステ、まだ何も分かっていないのだから。無闇に不安がるのはだめ……)
私はそう、自分に言い聞かせた。
時には、気づくと隣にスクルが座っていて、私と同じように読書をしている事もあった。
そして今日も、私とスクルは隣同士で本を読んでいる。でも、私は本を読む事にどうしても集中できず、文字を追うのを諦めて、小さなため息を一つついた。
(だめね、気にしないようにって思えば思うほど、気になってしまう……)
私は気分を切り替えようと背伸びをする。それから再び本に視線を落とす。その時だった。
「こちらにまで話が回ってきましたよ」
スクルが、自分の本に視線を落としたままで私に話しかけてきた。
「……そう」
私も、本を見つめたまま答える。彼が何の事を言っているのか、私には聞かずとも分かった。
実は最近、同僚のパイラさんにこんな事を聞かれたのだ。
『アステさんが付き合っているのって、一体だあれ?もしかして、魔王城で働いてたりしてた?ねえ?まさかとは思うけど……フォールスくん、だったりする?』
何でフォールスの名前が出たのか、どういう根拠でそこに行き着いたのか……私にはわからない。でも、彼女の言葉は疑問系なのに、その表情は、フォールスであると断定しているように見えた。
そしてその話は、フォールスを好いていた女性たちにあっという間に広まってしまった。スクルの同僚であるフラスさんが、心配してわざわざ様子を見に来てくれたくらいだ。
「女性たちからのやっかみは大変でしょう?どうですかお姫様、よければ俺と婚約してる事にしませんか?俺となら、嫉妬してくる女性なんていませんよ」
「そ、そんなの駄目よ!だってあなた、いいひとがいるんでしょう?この前、ログさんに聞いたわ」
そう。スクルは、どこか儚げな雰囲気の美女に夢中なのだと、ログさんが嬉しそうに教えてくれた。
でも、スクルは額に手を当てて、唸り声を上げはじめた。
「あいつ余計な事を……。あのですねお姫様。いいもなにもまだ何も始まっていないんです!くれぐれも!くれぐれも勘違いしないようにお願いします!」
「そ……そうなの?」
スクルに早口で捲し立てられ、また彼のそんな様子が珍しく、私は呆気に取られてしまった。彼が焦っている様子は気になるものの、何もないと言っているのだから、きっとそうなのだろう。
「俺の事はいいんです。話を元に戻しましょう。フォールスの事に関して、女性陣に何か言われたりはしましたか?」
「……言われたわ。フォールスがあなたみたいな女と付き合うなんて信じられない、って……」
「お姫様……」
「だ、大丈夫よ?私、傷ついたりなんかしていないから、安心して?」
心配そうな顔で私を覗き込むスクルに、私は否定するように慌てて両手を振りながら言う。
「……それにね、正直に言うと、私自身も同じような気持ちなの。だって、やっぱり今でも信じられないもの……何でフォールスは私を選んでくれたんだろうって。好いてくれる事自体は疑ってないけれど……どうしてなのって」
私の中の不安が、抑えきれずどんどんと湧き出てくる。そして、言うつもりのなかったことまで、口からこぼれ落ちていく。
「……フォールスの事だけじゃない。ログさんやあなたの事もそう。なぜ私と親しくしてくれるのか、考え始めたら不思議で不思議で仕方がなくて、考えたくもないような最悪の想像さえしてしまうの。私が、ミスオーガンザの娘だから、魔王様を脅かすかもしれないから、親しくするフリをして、私を見張っているのかもしれない……って」
私は、そんな事はないと否定してほしい気持ちで、縋るようにスクルを見つめてしまう。そんな私に、スクルは困ったような悲しそうな、そんな表情を向けてくる。
「……ごめんなさい。私、あなたに酷い事を言ってるわ」
スクルは、無言で首を横に振った。
「ひとの心なんて見えませんから、お姫様が不安に思うのも仕方ない。それに……魔王様はあなたを疑っていない訳ではない」
スクルの言葉に、私の心は重く沈んでいくようだった。
「ミスオーガンザが墓まで持っていくと、魔王様に誓った秘密を、いつかあなたが困った時のために残しているかもしれない……魔王様はそう考えている。だが俺は、魔王様のその考えを知っているだけで、あなたに対して何かしろという命令はひとつもされていない。それに、魔王様があなたを危険視しているなら、何よりも大切な存在をあなたに近づけるわけがない」
何よりも大切な存在、その言葉に、私の頭の中で屈託なく笑うひとの顔が浮かんだ。
「……それって、ログさんの事、よね」
「そうです」
「でも、ログさんはなぜ、こんな面倒な立場の私なんかを慕ってくれるの……。彼女なら、他にも親しくしてくれるひとたちなんていくらでも」
その瞬間、私の言葉を遮るようにスクルは言った。
「嬉しかったんだそうですよ」
「嬉し……かった?」
私の頭は意味が理解できない。だって私は、ログさんに何もしていない。それなのに嬉しかったと言われる意味が分からない。
混乱する私に、スクルが思ってもみない答えを教えてくれた。
「ただのログとして見てもらえたのが嬉しかったんだそうです。ログは人間でありながら、魔王様の唯一の弟子だった。誰もがそれを知っていたから、先入観や偏見を持ってあいつを見ていた。……でもお姫様、あなたはそうではなかった」
「そんなの……たまたま知らなかっただけよ。もし知っていたらきっと、他のひとと同じような態度を取っていたかもしれないわ」
「でも、出会った後に知ったとはいえ、それでもお姫様はログに対する態度を変えなかった」
「だって……ログさんはログさんでしょう?そんなの、私だけじゃなく、誰だって普通にそうしているものじゃないの?」
自分ができているのだから、誰もがそうなのではないのか。でもどうやら、そうではないらしい。
「そうじゃないから、ログはあなたをあんなにも慕っているんですよ。……ま、俺はログじゃないのでね、これ以上勝手に本人の気持ちを代弁するような野暮な事はしません。興味があれば、本人から直接聞いて下さい」
「……そうね。いつか、聞いてみるわ」
私の言葉を聞いて、スクルは、軽く息を吐いてから、私に向き直る。その表情は真剣で、少し強張ってさえいた。
「さて……俺は、俺の出来る限りの言葉を尽くしました。これでもまだ不安を感じるなら……俺がお姫様を監視するつもりで側にいるのだと考えるのなら、もうそれでも構いません。むしろお姫様も、俺を思う存分利用したらいい。自分で言うのもなんですが、俺には十分利用価値があると思いますよ?」
それはきっと、スクルが魔王様の側近であるとか、どこかの国の国王の息子であるとか、そういう立場である事を指しているのだろう。でも私は、そんな事で、彼を慕っている訳ではない。
私は慌てて首を横に振ると、彼の両手を握って言った。
「私は、ただこうしてあなたと一緒にいて、他愛もない話ができればそれでいいの。たとえあなたが何者であっても、それ以上は望まない。……私は弱いから、もしかしたらこれからも不安に感じる事はあるかもしれない。でも、あなたを疑う事だけはしないようにする」
私がそう言うと、スクルは優しく微笑んで、私の手を握り返してから、私の膝にそっと置く。それから、私の頭をそっと撫でてくれる。それは、フォールスがしてくれるのとは違って、兄としての慈しむような優しさを感じるものだった。
「もし不安になったら、またこうして話してくれますか?」
「……あなたは、こんな話をされて、嫌な気持ちになったりしない?」
「大丈夫ですよ。隠される方が何倍も困ります」
「なら……隠さず、きちんと話すわ。ごめんなさいスクル、聞いてくれてありがとう」
「どういたしまして」
そう言ってスクルは、もう一度、私の頭を撫でた。
――
「そういえば、お姫様とフォールスの関係を俺の方に聞いてくる奴がいましてね」
「そうなの?ごめんなさい……あなたまで巻き込んでしまって……」
「いや、俺も関係者のつもりですからね、気にしないで下さい。そいつなんですが、どうやらあなたの同僚と関係があるようで」
「……同僚?パイラさんのこと?」
同僚と言われて、私の頭に真っ先に頭に浮かんだのは彼女だった。だが、スクルから出た名前は予想外だった。
「いいえ。彼女とよくつるんでいる女性がいるでしょう?グユイという名前の」
「グユイさん?ええ……パイラさんととても親しくしているひとよ。彼女が、その……」
「はい。どうやら、彼女に金を払って一晩を共にしている関係のようです」
私は、スクルの言葉に少し考え込む。
「ええと……それはつまり……あれよね、男女がふたりきりでする……」
「直接的な表現をするとデリカシーがないと言われますからね。伝わって何よりです。おや、顔が赤いですよお姫様」
「茶化さないでちょうだい……でも、お金を払ってなんて……そういう場所があるというのは知っているけれど……個人的にそんな事……大丈夫なのかしら……」
「大丈夫なんじゃないですかね。大っぴらにやっているというわけではなさそうですし。あくまでも、割り切ったおとなの関係という事で」
「そういうもの……なの?」
「はは、お姫様、気になりますか?」
私は慌ててブンブンと首を横に振る。
「どうやらグユイにはそういう関係の男が他にも沢山いて、そいつらに探らせているようです……お姫様のことを」
「…………わ、私の?」
まさか私の事が話に出てくるとは思わなかった。想定外すぎて、スクルの顔をまじまじと見つめたまま固まってしまう。
「おそらくお姫様とフォールスとの関係にたどり着いたのも、そこから得た情報だと思われます。そしてそれを周囲に噂として流した」
「なぜそんな事を……」
会って間もないグユイさんから、そんな事をされる理由が全く思いつかない。訳がわからないという不安が、私の胃をキリキリとさせる。
「目的は不明です。彼女の身辺を探りましたが、お姫様と繋がるような情報は一切ありませんでした。念のため確認ですがお姫様、彼女と過去に何か関係は?」
そう聞かれて、私は記憶を探る。でも、私の過去にグユイさんの存在は見つからない。幼い頃も、学生の頃も、卒業してからも。
「……いいえ、全く記憶にないわ。彼女とは魔王城に来て初めて会ったもの」
「そうですか……。とりあえず、何か分かればすぐにお伝えします。お姫様も、できるだけ彼女には気をつけて下さい」
「ええ、分かったわ」
(なぜグユイさんが……)
パイラさんのそばで、いつも穏やかに微笑んでいるグユイさんの姿が頭に浮かぶ。
消えたはずの心の不安が、別の形で生まれる。
(……だめよアステ、まだ何も分かっていないのだから。無闇に不安がるのはだめ……)
私はそう、自分に言い聞かせた。
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