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第38話 その感情の名は
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泣き続けたまま私は馬車に揺られ、着いた先は、フォールスの家。
私は、彼の家の下働きの女性たちに、あれよあれよと言う間に浴室へ押し込まれ、浴室から出た途端にあれこれと手入れをされ、気づけば私の体はすっかり綺麗に整えられていた。
下着まで新しいものが用意されていて、あまりの用意の良さに驚いた私に、世話をしてくれた女性が教えてくれた。
「フォールス様の伯母様が、よく家出してこちらに駆け込んでいらっしゃるんです。だから、いつ来てもいいように準備だけはしてあるんですよ。フォールス様が女性を連れていらっしゃるのは初めてなので、心配なさらないで下さいね」
(あ、そうか……私が、私以外の女性を連れ込んでいるのかを心配してると思われたのね……)
でも、フォールスが女性を家に連れ込む事の何が問題なのか、私には分からなかった。彼が誰と何をしようが、彼の自由で、私が何か言う権利などない。
それなのに、なぜか胸が痛む。なんでなのか、分からない。
「お召しになっていた物は、洗濯してお返ししますね。さあ、フォールス様のお部屋までご案内します」
「あ、はい!すみません色々と……お願いします」
声をかけられ、私は慌てて立ち上がる。彼女に案内され、私はフォールスの部屋の前に到着する。
「では、私はこれで失礼します」
「あ……色々と良くしていただいて、本当にありがとうございます」
私がそう言って頭を下げると、彼女も同じように頭を下げてから来た道を戻って行った。
私は、彼女の姿が見えなくなるまで見送ってから、扉に向きなおりノックする。返事が返ってくると思っていた私の前で扉が開き、向こうからフォールスの顔が覗く。
「フォールス……」
「待ってた。入って」
私は手を掴まれ、引きずり込まれるように部屋へ入ると、フォールスは性急に扉を閉め、すぐに私を抱きしめた。
「遅いから、ちょっと心配した」
「ごめんなさい、心配かけて。でも、皆さんが、丁寧に綺麗にしてくださったの」
私がそう言うと、彼は少し体を離して、私の顔を見つめ手の平で触れてくる。私の頬を親指で撫でてくる。手の冷たさと撫でられるくすぐったさに、少し首がすくむ。
「たまには、君からしてほしい」
「私から……何を?」
何をねだられたか分からない私。彼は、答えない代わりに口づけをしてきた。
「これ」
「……私から、するの?」
私の問いに、無言で頷くフォールス。彼の顔は真剣で、熱のこもった視線を感じた。
私は躊躇するものの、彼には今日だけでも数えきれないほどの恩がある。そんな彼の頼みを断れるわけがない。私は、恐る恐る彼に口づけた。
が、すぐ離れようとした瞬間、彼に頭の後ろを押さえられ、離れられなくなってしまう。彼は何度も、私に離れる隙を与えないよう、忙しなく口づけを繰り返す。
私は最初、何とか彼を止めようと、腕で彼を押しのけようとしていた。でも、無駄な抵抗だと言うように、彼はびくともしない。
私が諦めて腕の力を抜いたのを、彼は見逃さなかった。私を抱きしめ、さらに深く口づけてくる。
それだけじゃない。彼の舌が、私の唇に触れてきたのだ。
(なんなの、これ!)
背中を走る変な感覚に、私は震える。彼の舌は、私の唇の隙間に入り、私の上唇と下唇の境目をなぞり出す。
それが少し続き、ようやく口づけが止まったかと思うと、フォールスは言った。
「口……開けて」
「えっ……」
私が声を出した瞬間、彼はまた深く口づける。そして、私の口の中に舌を入れてきた。
「んんっ!」
彼の舌が、私の口の中を動き回る。私はあまりのことに、頭が真っ白になり、自然と涙が流れてくる。
混乱の中、彼が私の中にいるということに、よくわからない感情が押し寄せる。私は、激流に飲み込まれ、なすすべもなく流されているかのようで、逆らうことさえできず、腕の力も抜け、されるがままになっていた。
ようやく彼の唇が離れた瞬間、私はその場にへたり込んでしまう。
「アステ!大丈夫!?」
慌てて私の体を支えるフォールス。私は、慌てた様子の彼をぼんやりしたまま見る。
「ごめん……やりすぎた」
彼も座り込んで、濡れる私の口の周りをハンカチで拭ってから、私を抱きしめ頭を何度も撫でる。
「ごめん本当に……君に触れると、止まらなくなる」
私は、何て返していいかわからないまま、呆然とフォールスを見つめるしかできない。
「もう今日は、これ以上君に触れない。我慢できる自信がない」
そう言うと、彼は私から体を離し、私を立ち上がらせる。
「紅茶入れるから、座って待ってて」
私は頷くと、重い足取りでソファーまで行き、座る。体を動かすのもおっくうで、私は、目だけで彼の姿を追う。
(そういえば、紅茶の入れ方を教わったって、ログさん言ってたわね……)
フォールスの姿を見ながら、そんな事を思い出す。彼のような立場なら、家の者に任せるのが当たり前だろうに。それを、わざわざ自分でやろうと。
たったそれだけの事で、自惚れだと分かっていても、彼への想いが募る。でも、この想いに幸せな結末は用意されていない。それでもいいと割り切れるのか。それは無理だと、終わらせられるのか。
頬に涙が伝う。慌てて拭う。彼に気づかれてはいけない。
(彼と出会ってから、泣いてばかりな気がする。ずっと、我慢してこれた筈なのに)
でも、我慢しようと思えば思うほど、余計に涙が流れてしまうようになってしまった。今もそうだ。拭っても拭っても、止まらない。
「……すっかり泣き虫になったね」
やっぱり気づかれてしまった。フォールスは困ったように言うと、私の前に紅茶を置く。
「違うの……そう、目にまつ毛か何かが入っただけよ」
「はいはい。そういう事にしておくよ」
彼は、苦笑しながら私の隣に座る。
「強がる君も好きだけど、僕の前だけで弱い所を見せてくれる君も好きなんだから」
そんな事を言われると、また涙腺が緩んでしまう。このひとは、どうしてこう私の心を揺さぶるのだろう。
「……あなたたちと会うまで、泣いた事なんてなかったのに。今じゃもう、ちょっとした事でもすぐ出てきてしまうわ。困らせてしまうって分かっているのに、止められない」
「困ったりなんかしないよ。それどころか、もっと甘やかして、幸せにしてやりたくなる」
「そんなわけないでしょう?ふふ、あなた、おかしいわ」
「おかしくて結構。ああ、今日はもう触れないなんて言わなければよかった。撫で回したくて仕方ない」
彼は、欲求を紛らわすかのように、大きく伸びをする。私はクスッと笑う。
「もし触ったら、また、さっきみたいになってしまうんでしょう?嵐の中に放り込まれたようで、私の身が保たないわ」
「……嫌だった?」
「分からない……この世にないと思っていた物を見てしまったような気分よ。怖いけど、見てしまわずにはいられないような……ねえ、あんな事、誰でも当たり前にしている事なの?」
私の問いに、フォールスは困った顔をする。変な事を聞いてしまったのかと、思わず身構えてしまう。
彼はしばらく考えてから、ようやく口を開いた。
「そりゃあ他の奴もやってるだろうけど……限られた相手にしかしていないとは……思う」
「あなたも、今までしてきた事はあるのよ……ね」
「……うん」
私の問いを肯定するフォールスの答えに、私の心が痛む。その理由がわからず、困惑する。
「そうよね、あなたみたいなひと、引く手あまたよね……そう……私とは違う……他にいくらだって」
考えがまとまらないまま、言葉がどんどん漏れ出す。その時。
「むぐ」
私の口に、お菓子が突っ込まれる。思わず口に入れ、咀嚼してしまう。私にお菓子を与えた張本人は、怒った顔で私を見ていた。
「それは全部過去の事!今はもう誰ともしていない!そしてこれからは、君としかしない!嫉妬されるのは嬉しいけど、誤解だけは解かせてくれ!」
「……嫉妬?」
「そう、嫉妬。君なら説明しなくても分かるだろう?」
「……これが、嫉妬?」
その瞬間、すとんと腑に落ちた。私が心を痛めていた理由が。
(私にも、誰かを羨ましいと思う気持ちが、あったのね……)
持たない物、自分の手で掴めない物を、決して欲しがってはいけない。そう思い込んで、思い込んで。でも、自分の心だけは正直だったのだ。この胸の痛みが、それを物語っている。
「そうよ……私、あなたが他の女性と、あんな事しているのが嫌だったんだわ……そう……嫉妬よね……これ」
呟くような私の言葉に、フォールスが呆れた顔をする。それはそうだろう、きっと誰もが当たり前の事を、こんな年齢になってようやく気付いたのだから。
「もう……君はどこまで捻くれてるんだろうね。僕なんて、ずっと前から嫉妬しっぱなしだっていうのに」
「あなたが?なぜ?誰に?」
彼がそんな風に思っていたなど、考えもしなかった。私には、彼以外の男性に心動かされた記憶など、全くないのだから。
「言わなきゃいけない……?」
「聞きたいわ」
即答すると、フォールスは大きくため息をついた。仕方ないと言った表情で私を見ると、言った。
「……スクルにだよ」
「そ……そうなの?」
スクルの名前が出て、私は驚く。確かに、フォールスといる時一緒にいた男性は、スクルしかいない。
「そうだよ!君は、スクルの前だといつも楽しそうに笑って話してるじゃないか!それを見るたびに嫉妬してた!ああ……言うつもりなかったのに……」
(確かに、おもちゃの取り合いのようになっていた気もするけれど……そんなまさか)
私は、彼が顔を赤くしているのに気づき、驚きよりも、おかしさが込み上げてきてしまう。
「ちょっとあなた……ふふ……あはは!やだフォールス!あなたそんな風に見ていたの!?あ、もうだめ……あはは!」
「笑うなよ!こっちは、いつ君がスクルに心傾くんじゃないかって、気が気じゃなかったんだからな!」
「あはは!だ、大丈夫よ!彼のことは、お兄さんみたいにしか思っていないもの!あははっ!もうだめ……お腹痛い……ふふっ!」
不機嫌そうに膨れるフォールスと、笑いが止まらない私。さっきまでの重い空気は、一気になくなってしまった。
「ご……ごめんなさい……はあ……笑いすぎよね私……はあ、もう大丈夫……ふう……」
「……ほんとだよ。僕はとても怒ってる」
「ご、ごめんなさい……」
私は慌てて、彼の手をとる。仲直りの印のような気持ちで。その瞬間、フォールスの目が怪しく光った。
「今は、君から触ったんだから」
そう言うやいなや彼は、私によける暇も与えないくらいの速さで口づけをしてきた。すぐに離れたかと思うと、彼は更に言葉で追い打ちをかけてきた。
「油断したら、最後までしてやるからな!」
「!!!」
私は思わず、彼の手を放り投げるように離したのだった。
私は、彼の家の下働きの女性たちに、あれよあれよと言う間に浴室へ押し込まれ、浴室から出た途端にあれこれと手入れをされ、気づけば私の体はすっかり綺麗に整えられていた。
下着まで新しいものが用意されていて、あまりの用意の良さに驚いた私に、世話をしてくれた女性が教えてくれた。
「フォールス様の伯母様が、よく家出してこちらに駆け込んでいらっしゃるんです。だから、いつ来てもいいように準備だけはしてあるんですよ。フォールス様が女性を連れていらっしゃるのは初めてなので、心配なさらないで下さいね」
(あ、そうか……私が、私以外の女性を連れ込んでいるのかを心配してると思われたのね……)
でも、フォールスが女性を家に連れ込む事の何が問題なのか、私には分からなかった。彼が誰と何をしようが、彼の自由で、私が何か言う権利などない。
それなのに、なぜか胸が痛む。なんでなのか、分からない。
「お召しになっていた物は、洗濯してお返ししますね。さあ、フォールス様のお部屋までご案内します」
「あ、はい!すみません色々と……お願いします」
声をかけられ、私は慌てて立ち上がる。彼女に案内され、私はフォールスの部屋の前に到着する。
「では、私はこれで失礼します」
「あ……色々と良くしていただいて、本当にありがとうございます」
私がそう言って頭を下げると、彼女も同じように頭を下げてから来た道を戻って行った。
私は、彼女の姿が見えなくなるまで見送ってから、扉に向きなおりノックする。返事が返ってくると思っていた私の前で扉が開き、向こうからフォールスの顔が覗く。
「フォールス……」
「待ってた。入って」
私は手を掴まれ、引きずり込まれるように部屋へ入ると、フォールスは性急に扉を閉め、すぐに私を抱きしめた。
「遅いから、ちょっと心配した」
「ごめんなさい、心配かけて。でも、皆さんが、丁寧に綺麗にしてくださったの」
私がそう言うと、彼は少し体を離して、私の顔を見つめ手の平で触れてくる。私の頬を親指で撫でてくる。手の冷たさと撫でられるくすぐったさに、少し首がすくむ。
「たまには、君からしてほしい」
「私から……何を?」
何をねだられたか分からない私。彼は、答えない代わりに口づけをしてきた。
「これ」
「……私から、するの?」
私の問いに、無言で頷くフォールス。彼の顔は真剣で、熱のこもった視線を感じた。
私は躊躇するものの、彼には今日だけでも数えきれないほどの恩がある。そんな彼の頼みを断れるわけがない。私は、恐る恐る彼に口づけた。
が、すぐ離れようとした瞬間、彼に頭の後ろを押さえられ、離れられなくなってしまう。彼は何度も、私に離れる隙を与えないよう、忙しなく口づけを繰り返す。
私は最初、何とか彼を止めようと、腕で彼を押しのけようとしていた。でも、無駄な抵抗だと言うように、彼はびくともしない。
私が諦めて腕の力を抜いたのを、彼は見逃さなかった。私を抱きしめ、さらに深く口づけてくる。
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「口……開けて」
「えっ……」
私が声を出した瞬間、彼はまた深く口づける。そして、私の口の中に舌を入れてきた。
「んんっ!」
彼の舌が、私の口の中を動き回る。私はあまりのことに、頭が真っ白になり、自然と涙が流れてくる。
混乱の中、彼が私の中にいるということに、よくわからない感情が押し寄せる。私は、激流に飲み込まれ、なすすべもなく流されているかのようで、逆らうことさえできず、腕の力も抜け、されるがままになっていた。
ようやく彼の唇が離れた瞬間、私はその場にへたり込んでしまう。
「アステ!大丈夫!?」
慌てて私の体を支えるフォールス。私は、慌てた様子の彼をぼんやりしたまま見る。
「ごめん……やりすぎた」
彼も座り込んで、濡れる私の口の周りをハンカチで拭ってから、私を抱きしめ頭を何度も撫でる。
「ごめん本当に……君に触れると、止まらなくなる」
私は、何て返していいかわからないまま、呆然とフォールスを見つめるしかできない。
「もう今日は、これ以上君に触れない。我慢できる自信がない」
そう言うと、彼は私から体を離し、私を立ち上がらせる。
「紅茶入れるから、座って待ってて」
私は頷くと、重い足取りでソファーまで行き、座る。体を動かすのもおっくうで、私は、目だけで彼の姿を追う。
(そういえば、紅茶の入れ方を教わったって、ログさん言ってたわね……)
フォールスの姿を見ながら、そんな事を思い出す。彼のような立場なら、家の者に任せるのが当たり前だろうに。それを、わざわざ自分でやろうと。
たったそれだけの事で、自惚れだと分かっていても、彼への想いが募る。でも、この想いに幸せな結末は用意されていない。それでもいいと割り切れるのか。それは無理だと、終わらせられるのか。
頬に涙が伝う。慌てて拭う。彼に気づかれてはいけない。
(彼と出会ってから、泣いてばかりな気がする。ずっと、我慢してこれた筈なのに)
でも、我慢しようと思えば思うほど、余計に涙が流れてしまうようになってしまった。今もそうだ。拭っても拭っても、止まらない。
「……すっかり泣き虫になったね」
やっぱり気づかれてしまった。フォールスは困ったように言うと、私の前に紅茶を置く。
「違うの……そう、目にまつ毛か何かが入っただけよ」
「はいはい。そういう事にしておくよ」
彼は、苦笑しながら私の隣に座る。
「強がる君も好きだけど、僕の前だけで弱い所を見せてくれる君も好きなんだから」
そんな事を言われると、また涙腺が緩んでしまう。このひとは、どうしてこう私の心を揺さぶるのだろう。
「……あなたたちと会うまで、泣いた事なんてなかったのに。今じゃもう、ちょっとした事でもすぐ出てきてしまうわ。困らせてしまうって分かっているのに、止められない」
「困ったりなんかしないよ。それどころか、もっと甘やかして、幸せにしてやりたくなる」
「そんなわけないでしょう?ふふ、あなた、おかしいわ」
「おかしくて結構。ああ、今日はもう触れないなんて言わなければよかった。撫で回したくて仕方ない」
彼は、欲求を紛らわすかのように、大きく伸びをする。私はクスッと笑う。
「もし触ったら、また、さっきみたいになってしまうんでしょう?嵐の中に放り込まれたようで、私の身が保たないわ」
「……嫌だった?」
「分からない……この世にないと思っていた物を見てしまったような気分よ。怖いけど、見てしまわずにはいられないような……ねえ、あんな事、誰でも当たり前にしている事なの?」
私の問いに、フォールスは困った顔をする。変な事を聞いてしまったのかと、思わず身構えてしまう。
彼はしばらく考えてから、ようやく口を開いた。
「そりゃあ他の奴もやってるだろうけど……限られた相手にしかしていないとは……思う」
「あなたも、今までしてきた事はあるのよ……ね」
「……うん」
私の問いを肯定するフォールスの答えに、私の心が痛む。その理由がわからず、困惑する。
「そうよね、あなたみたいなひと、引く手あまたよね……そう……私とは違う……他にいくらだって」
考えがまとまらないまま、言葉がどんどん漏れ出す。その時。
「むぐ」
私の口に、お菓子が突っ込まれる。思わず口に入れ、咀嚼してしまう。私にお菓子を与えた張本人は、怒った顔で私を見ていた。
「それは全部過去の事!今はもう誰ともしていない!そしてこれからは、君としかしない!嫉妬されるのは嬉しいけど、誤解だけは解かせてくれ!」
「……嫉妬?」
「そう、嫉妬。君なら説明しなくても分かるだろう?」
「……これが、嫉妬?」
その瞬間、すとんと腑に落ちた。私が心を痛めていた理由が。
(私にも、誰かを羨ましいと思う気持ちが、あったのね……)
持たない物、自分の手で掴めない物を、決して欲しがってはいけない。そう思い込んで、思い込んで。でも、自分の心だけは正直だったのだ。この胸の痛みが、それを物語っている。
「そうよ……私、あなたが他の女性と、あんな事しているのが嫌だったんだわ……そう……嫉妬よね……これ」
呟くような私の言葉に、フォールスが呆れた顔をする。それはそうだろう、きっと誰もが当たり前の事を、こんな年齢になってようやく気付いたのだから。
「もう……君はどこまで捻くれてるんだろうね。僕なんて、ずっと前から嫉妬しっぱなしだっていうのに」
「あなたが?なぜ?誰に?」
彼がそんな風に思っていたなど、考えもしなかった。私には、彼以外の男性に心動かされた記憶など、全くないのだから。
「言わなきゃいけない……?」
「聞きたいわ」
即答すると、フォールスは大きくため息をついた。仕方ないと言った表情で私を見ると、言った。
「……スクルにだよ」
「そ……そうなの?」
スクルの名前が出て、私は驚く。確かに、フォールスといる時一緒にいた男性は、スクルしかいない。
「そうだよ!君は、スクルの前だといつも楽しそうに笑って話してるじゃないか!それを見るたびに嫉妬してた!ああ……言うつもりなかったのに……」
(確かに、おもちゃの取り合いのようになっていた気もするけれど……そんなまさか)
私は、彼が顔を赤くしているのに気づき、驚きよりも、おかしさが込み上げてきてしまう。
「ちょっとあなた……ふふ……あはは!やだフォールス!あなたそんな風に見ていたの!?あ、もうだめ……あはは!」
「笑うなよ!こっちは、いつ君がスクルに心傾くんじゃないかって、気が気じゃなかったんだからな!」
「あはは!だ、大丈夫よ!彼のことは、お兄さんみたいにしか思っていないもの!あははっ!もうだめ……お腹痛い……ふふっ!」
不機嫌そうに膨れるフォールスと、笑いが止まらない私。さっきまでの重い空気は、一気になくなってしまった。
「ご……ごめんなさい……はあ……笑いすぎよね私……はあ、もう大丈夫……ふう……」
「……ほんとだよ。僕はとても怒ってる」
「ご、ごめんなさい……」
私は慌てて、彼の手をとる。仲直りの印のような気持ちで。その瞬間、フォールスの目が怪しく光った。
「今は、君から触ったんだから」
そう言うやいなや彼は、私によける暇も与えないくらいの速さで口づけをしてきた。すぐに離れたかと思うと、彼は更に言葉で追い打ちをかけてきた。
「油断したら、最後までしてやるからな!」
「!!!」
私は思わず、彼の手を放り投げるように離したのだった。
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