上 下
5 / 77

第3話 地獄の主

しおりを挟む
 夢を見ている。それだけははっきり分かる。目の前に、まだ私がとても小さいかった時の光景があった。

「私の娘になるかい?」

 今よりも若い母が、私を抱き上げながらそう言った。私は、その意味がよくわからないまま、うん、と頷くのだ。

「そうかい。じゃあ、今日からお前は私の大切な娘だ。アステ、私の大切な子の娘……お前だけは絶対に、幸せにしてやるからね……」

 嬉しそうに笑う母。そして、息が止まりそうなほど強く抱きしめられた。

 それは、苦しいはずなのに、なぜか、とても幸せだった。

 …………そこで、夢は終わった。

***

 現実へと意識が戻った事に気づいた。

 なぜ夢を見ていたのか。まだはっきりしない頭で私は考える。

(扉が開く音で立ち上がったのは覚えてるけど、そのあとは……ああ、そうだわ……あまりのことに耐えきれなくなって、私、気を失ったんだわ)

 ああ、母の声が聞こえる。誰かと会話しているようだ。

(誰と話してるのかしら……?とりあえず邪魔しないよう、もう少しこのまま大人しくしていよう)

 私は目を閉じたまま、会話に耳を傾けた。

「しかし、父上の件は、大変だったねえ」
「……お気遣いいただきありがとうございます」
「本当に大変だったろうに。……でもまさか、魔王様直々に動くとは驚きだよ。君、一体どうやって取り入ったんだい?」
「…………何のことでしょう」
「ははっ!……まあいいさ、今はこれくらいにしておこう。娘がうまくやってくれるのを信じてるからね……それでも駄目なら、その時は……」

 なんの話をしているのか、理解が追いつかない。

(魔王様に取り入る?切り札?どういうこと?)

 でも、ひとつだけわかる。これは、決して楽しい話ではない。というか、母が脅迫じみた事を言っているようにしか聞こえない。

 このまま、この会話を続けさせてはいけない。そんな気がして、気だるさの残る体を何とか起こした。

「ああ……ようやくお目覚めかい、アステ」

 母は、私に失望した時と同じ顔で私を見ている。

「ごめんなさい……私、一体……」
「気を失って倒れたんだよ。……また貧血かい?医者のくせに、自分の健康管理もできなくてどうするんだ」

 母に責められ、私は小さく縮こまってしまう。だが、そんな私に、まさかの助け舟が出された。

「ミスオーガンザ……そんなに責めないであげて下さい」

 私は声の主を探し、視線を動かす。私の目は、向かいのソファに座り、私を見つめる青年を見つけた。

「……体調は大丈夫かい?」
「…………え、ええ」

 驚きで、問いに即答できなかった。

「ならよかった……久しぶりだね、アステ。僕のこと、覚えてるかい?」
「……ええ、覚えているわ……フォールス……」

 私が恐れていた地獄の主が、そこにいた。

 私の記憶の中の彼が決して見せた事のない、優しい微笑みを浮かべて。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

処理中です...