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第3話 地獄の主
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夢を見ている。それだけははっきり分かる。目の前に、まだ私がとても小さいかった時の光景があった。
「私の娘になるかい?」
今よりも若い母が、私を抱き上げながらそう言った。私は、その意味がよくわからないまま、うん、と頷くのだ。
「そうかい。じゃあ、今日からお前は私の大切な娘だ。アステ、私の大切な子の娘……お前だけは絶対に、幸せにしてやるからね……」
嬉しそうに笑う母。そして、息が止まりそうなほど強く抱きしめられた。
それは、苦しいはずなのに、なぜか、とても幸せだった。
…………そこで、夢は終わった。
***
現実へと意識が戻った事に気づいた。
なぜ夢を見ていたのか。まだはっきりしない頭で私は考える。
(扉が開く音で立ち上がったのは覚えてるけど、そのあとは……ああ、そうだわ……あまりのことに耐えきれなくなって、私、気を失ったんだわ)
ああ、母の声が聞こえる。誰かと会話しているようだ。
(誰と話してるのかしら……?とりあえず邪魔しないよう、もう少しこのまま大人しくしていよう)
私は目を閉じたまま、会話に耳を傾けた。
「しかし、父上の件は、大変だったねえ」
「……お気遣いいただきありがとうございます」
「本当に大変だったろうに。……でもまさか、魔王様直々に動くとは驚きだよ。君、一体どうやって取り入ったんだい?」
「…………何のことでしょう」
「ははっ!……まあいいさ、今はこれくらいにしておこう。娘がうまくやってくれるのを信じてるからね……それでも駄目なら、その時は……」
なんの話をしているのか、理解が追いつかない。
(魔王様に取り入る?切り札?どういうこと?)
でも、ひとつだけわかる。これは、決して楽しい話ではない。というか、母が脅迫じみた事を言っているようにしか聞こえない。
このまま、この会話を続けさせてはいけない。そんな気がして、気だるさの残る体を何とか起こした。
「ああ……ようやくお目覚めかい、アステ」
母は、私に失望した時と同じ顔で私を見ている。
「ごめんなさい……私、一体……」
「気を失って倒れたんだよ。……また貧血かい?医者のくせに、自分の健康管理もできなくてどうするんだ」
母に責められ、私は小さく縮こまってしまう。だが、そんな私に、まさかの助け舟が出された。
「ミスオーガンザ……そんなに責めないであげて下さい」
私は声の主を探し、視線を動かす。私の目は、向かいのソファに座り、私を見つめる青年を見つけた。
「……体調は大丈夫かい?」
「…………え、ええ」
驚きで、問いに即答できなかった。
「ならよかった……久しぶりだね、アステ。僕のこと、覚えてるかい?」
「……ええ、覚えているわ……フォールス……」
私が恐れていた地獄の主が、そこにいた。
私の記憶の中の彼が決して見せた事のない、優しい微笑みを浮かべて。
「私の娘になるかい?」
今よりも若い母が、私を抱き上げながらそう言った。私は、その意味がよくわからないまま、うん、と頷くのだ。
「そうかい。じゃあ、今日からお前は私の大切な娘だ。アステ、私の大切な子の娘……お前だけは絶対に、幸せにしてやるからね……」
嬉しそうに笑う母。そして、息が止まりそうなほど強く抱きしめられた。
それは、苦しいはずなのに、なぜか、とても幸せだった。
…………そこで、夢は終わった。
***
現実へと意識が戻った事に気づいた。
なぜ夢を見ていたのか。まだはっきりしない頭で私は考える。
(扉が開く音で立ち上がったのは覚えてるけど、そのあとは……ああ、そうだわ……あまりのことに耐えきれなくなって、私、気を失ったんだわ)
ああ、母の声が聞こえる。誰かと会話しているようだ。
(誰と話してるのかしら……?とりあえず邪魔しないよう、もう少しこのまま大人しくしていよう)
私は目を閉じたまま、会話に耳を傾けた。
「しかし、父上の件は、大変だったねえ」
「……お気遣いいただきありがとうございます」
「本当に大変だったろうに。……でもまさか、魔王様直々に動くとは驚きだよ。君、一体どうやって取り入ったんだい?」
「…………何のことでしょう」
「ははっ!……まあいいさ、今はこれくらいにしておこう。娘がうまくやってくれるのを信じてるからね……それでも駄目なら、その時は……」
なんの話をしているのか、理解が追いつかない。
(魔王様に取り入る?切り札?どういうこと?)
でも、ひとつだけわかる。これは、決して楽しい話ではない。というか、母が脅迫じみた事を言っているようにしか聞こえない。
このまま、この会話を続けさせてはいけない。そんな気がして、気だるさの残る体を何とか起こした。
「ああ……ようやくお目覚めかい、アステ」
母は、私に失望した時と同じ顔で私を見ている。
「ごめんなさい……私、一体……」
「気を失って倒れたんだよ。……また貧血かい?医者のくせに、自分の健康管理もできなくてどうするんだ」
母に責められ、私は小さく縮こまってしまう。だが、そんな私に、まさかの助け舟が出された。
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驚きで、問いに即答できなかった。
「ならよかった……久しぶりだね、アステ。僕のこと、覚えてるかい?」
「……ええ、覚えているわ……フォールス……」
私が恐れていた地獄の主が、そこにいた。
私の記憶の中の彼が決して見せた事のない、優しい微笑みを浮かべて。
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