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第1話 地獄へと揺れる馬車
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母とともに、馬車の中。揺られながら、窓の外をぼんやりと眺めている。景色など、全く目に入ってこない。
(地獄に連れて行かれる罪人の気持ちって、こんななのかしら……)
先にあるのは拷問ばかり、救われることのない場所。今の私が向かう先も、似たようなもの。
「……そんなに気が乗らないのかい?」
そんな様子の私に、母が声をかけてきた。娘の心中などいつも気にせず事を進める母が、珍しく気にかけてくることに驚く。
だが「子供の頃に酷い事を言ってきた相手との結婚なんて嫌」なんて言ったところで、くだらないと一蹴されるのがオチだ。
私は本音を無理矢理飲み込み、無難な返事を選択した。
「いいえ……突然のことで、驚いているだけです」
「そう、ならいいわ」
途端に私への興味を失ったのか、母の視線が逸れた。私も、視線を窓の外に戻す。
(でもアステ……よく考えてごらんなさいよ……私なんかと結婚なんて、あちらも絶対に断るはずよ……だって、あんなに人間の血を忌み嫌っていたんだから)
そう……あの家は、亡くなった前領主が、人間との親和政策に反対していたと聞く。だから、息子である新領主も、幼い頃から私にあのような態度を取っていたのだろう。
そんな家が、混血の私なんかを妻に迎えるわけがない。
(でも……母様が、そんな事に気づかないわけないわ。一体どういう事……?)
しばらく思考の海に潜っていた私だったが、母の声で、現実に引き戻された。
「……そう、あの子の事で、愉快な話を聞いたぞ」
「愉快な……話?」
あの子とは、おそらく、新しい領主のこと。母は、若い男をそう呼ぶことが多い。
一体何かしら、そう思った私は、まさか、衝撃的な内容だとも知らず、呑気に続きを待った。
「魔王城で働き出したものの、そこで失恋したんだと。人間の娘に」
「……え?」
耳を疑った。失恋?……人間の……娘?あの、人間の血を穢らわしいと言ったひとが?
魔王城は、この国をまとめる中枢。相当優秀でないと入れないと聞く。そこで勤めていた事にも驚きだ。
「しかも相手は、魔王様の唯一の弟子」
(あれ……魔王様の唯一の弟子って……)
前に、どこかで聞いたことがある。魔王様が、人間の娘を引き取って育てていると。たしか、年も、私とそう変わらないはず。
(……ありえないわ)
私の頭はそういう結論を弾き出した。
「冗談、ですよね?」
そう、本当にありえない話。信じろという方が無理だ。だが、母の表情は真面目だ。
「私が冗談など言うと思うか?」
「ご……ごめんなさい」
鋭い眼光に、思わず怯んでしまう。
そうだ。母は、様々な人脈を持っている。知ろうと思えば、なんだって調べ上げるひとだ。そうやって、女ひとりでのし上がってきた。
くだらない冗談など言うわけもない。まるでゴシップ記事のようなこの話も、全て本当の事……。
「私は、不可能な提案はしない。……今のあの子なら、お前を妻に迎える可能性は充分ある」
「そう……ですか」
逃げられない。
本能がそう告げる。私には、母が示す方向に進むしか、道はないのだ。
(地獄に連れて行かれる罪人の気持ちって、こんななのかしら……)
先にあるのは拷問ばかり、救われることのない場所。今の私が向かう先も、似たようなもの。
「……そんなに気が乗らないのかい?」
そんな様子の私に、母が声をかけてきた。娘の心中などいつも気にせず事を進める母が、珍しく気にかけてくることに驚く。
だが「子供の頃に酷い事を言ってきた相手との結婚なんて嫌」なんて言ったところで、くだらないと一蹴されるのがオチだ。
私は本音を無理矢理飲み込み、無難な返事を選択した。
「いいえ……突然のことで、驚いているだけです」
「そう、ならいいわ」
途端に私への興味を失ったのか、母の視線が逸れた。私も、視線を窓の外に戻す。
(でもアステ……よく考えてごらんなさいよ……私なんかと結婚なんて、あちらも絶対に断るはずよ……だって、あんなに人間の血を忌み嫌っていたんだから)
そう……あの家は、亡くなった前領主が、人間との親和政策に反対していたと聞く。だから、息子である新領主も、幼い頃から私にあのような態度を取っていたのだろう。
そんな家が、混血の私なんかを妻に迎えるわけがない。
(でも……母様が、そんな事に気づかないわけないわ。一体どういう事……?)
しばらく思考の海に潜っていた私だったが、母の声で、現実に引き戻された。
「……そう、あの子の事で、愉快な話を聞いたぞ」
「愉快な……話?」
あの子とは、おそらく、新しい領主のこと。母は、若い男をそう呼ぶことが多い。
一体何かしら、そう思った私は、まさか、衝撃的な内容だとも知らず、呑気に続きを待った。
「魔王城で働き出したものの、そこで失恋したんだと。人間の娘に」
「……え?」
耳を疑った。失恋?……人間の……娘?あの、人間の血を穢らわしいと言ったひとが?
魔王城は、この国をまとめる中枢。相当優秀でないと入れないと聞く。そこで勤めていた事にも驚きだ。
「しかも相手は、魔王様の唯一の弟子」
(あれ……魔王様の唯一の弟子って……)
前に、どこかで聞いたことがある。魔王様が、人間の娘を引き取って育てていると。たしか、年も、私とそう変わらないはず。
(……ありえないわ)
私の頭はそういう結論を弾き出した。
「冗談、ですよね?」
そう、本当にありえない話。信じろという方が無理だ。だが、母の表情は真面目だ。
「私が冗談など言うと思うか?」
「ご……ごめんなさい」
鋭い眼光に、思わず怯んでしまう。
そうだ。母は、様々な人脈を持っている。知ろうと思えば、なんだって調べ上げるひとだ。そうやって、女ひとりでのし上がってきた。
くだらない冗談など言うわけもない。まるでゴシップ記事のようなこの話も、全て本当の事……。
「私は、不可能な提案はしない。……今のあの子なら、お前を妻に迎える可能性は充分ある」
「そう……ですか」
逃げられない。
本能がそう告げる。私には、母が示す方向に進むしか、道はないのだ。
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