67 / 89
第67話『悪夢』
しおりを挟む
庶民の住宅街から貴族街に入る道は一本しかない。その境目となるところにレヴィンは立っていた。フードを目深にかぶっているので、視野は狭い。住宅街には目を向けず、数歩先の地面を虚ろな目で見ていた。
「レヴィン?」
呼ばれて顔を上げると、クオンが住宅街から向かってきた。
「悪い、勝手に外出て。探したか」
素知らぬ顔で話しかけられ、レヴィンは小さく口端を上げた。
「いや……なにかあったのか」
「……何も。外の空気を吸いたくなっただけだよ」
レヴィンはぎゅっと拳を握った。
あっただろう! と問い詰めたかった。
使用人扱いされたことや、ロッドに会ったこと。
(なぜ……言ってくれないんだ)
レヴィンが口を引き結んでいると、クオンが不思議そうに首をかしげた。
「どうした、変な顔して」
感情を消そうとしたが、うまくできなかった。レヴィンは下手な笑顔を作り、首を振った。
「少し……疲れたみたいだ」
「そっか。これからどこか行きたかったんだろ。今日はやめとくか?」
言葉通りに受け取ったクオンが気遣うように言った。
「……そうだな。またにしよう」
頬が強張っているのが自分でもわかる。気取られないよう、丘の上の屋敷に足を向けた。クオンが横に並んだので、レヴィンは無意識にフードの端を引っ張った。
「…………」
ヨーク家でひとりにしてしまったことを謝ろうと思って追いかけたのに、言葉が出てこない。
緩やか坂道を歩いている間、クオンは話しかけてこなかった。ちらと横目で窺いみると、クオンも思案顔だった。
何を考えているのか怖くなり、すぐに視線を外した。
屋敷に戻るとモーリスが出迎えてくれた。レヴィンは慣れた手つきで脱いだコートを渡す。
クオンが着替えて帰ると言ったら、モーリスは残念そうにした。
「お似合いですのに。お召しになられたままお帰りになられては?」
「そうしたいんですけど、帰る途中に藪があったりするんで、汚したくないんです」
森の家に行くには枝をかき分けるので、どうしても生地をひっかいてしまう。上質な服を着て通るような場所ではない。
クオンが二階の部屋で帰り支度をしている間、レヴィンは一階の応接間で待っていた。モーリスに連れられて、いつもの麻の服で現れたクオンが言った。
「帰るよ」
藍色の絹の服は薬草茶を売りに行くいつもの鞄に入れているようだった。レヴィンは玄関前まで見送りに出た。クオンの背中越しにぼそりと言った。
「明日は……行けないと思う」
森の家には行かない。クオンが向きなおった。
「うん。品評会の後始末もあるだろうし、ゆっくり休めよ」
それには答えなかったレヴィンだったが、クオンは気にせず、モーリスに挨拶をした。
玄関扉を閉めると、モーリスが何か言いたげに振り返ったので、レヴィンは声を低めて言った。
「呼ぶまで来ないでくれ」
今は一人になりたかった。
二階の奥の自室に戻ったレヴィンは、飾り立てられた服を脱ぎ捨てた。軽装になると、そのままベッドに倒れ込む。腕で顔を隠し、きつく奥歯を噛みしめた。
ロッドとの会話が頭から離れない。
クオンは自分を特別扱いしないと思っていた。彼はずっと、そういう態度だった。だがそれは表面上のことで、心の中では線を引いていたのだ。そのことに気付かないでいた。
身分など関係なく、対等だと思っていたのは、自分だけだった。しかも、クオンはレヴィンと一線を画そうとしている。
レヴィンは片耳を枕に押し付け、布団をかぶった。
二人の話の内容はわからないこともあったが、クオンはまだロッドのことが好きなんだと思った。胸が締め付けられて、悲しくて、苦しかった。
レヴィンはすべてを忘れたくて、眠ることにした。睡魔はすぐにやってきた。抗うことなく、すぐに意識を手放した。だが、そのとき夢を見た。
クオンがどこかに行こうとする夢だ。
慌てて引き留めたら、腕を振り払われたので、抱き締めた。「行かないでくれ」と言うと腕の中で暴れられたので、「好きだ」と言って強引にキスをした。クオンは顔を背け、レヴィンを見てくれなかった。頭にきて、嫌がるクオンを抑えつけ、情欲のままに犯した。
目が覚めたときは真夜中だった。おぞましい夢にレヴィンは両手で顔を覆った。
夢の内容を思い出し、吐き気がした。レヴィンは自分が恐ろしくなった。
いつか本当に夢のようなことをしてしまうのではないかと思った。
レヴィンの心はもう限界だった。
「レヴィン?」
呼ばれて顔を上げると、クオンが住宅街から向かってきた。
「悪い、勝手に外出て。探したか」
素知らぬ顔で話しかけられ、レヴィンは小さく口端を上げた。
「いや……なにかあったのか」
「……何も。外の空気を吸いたくなっただけだよ」
レヴィンはぎゅっと拳を握った。
あっただろう! と問い詰めたかった。
使用人扱いされたことや、ロッドに会ったこと。
(なぜ……言ってくれないんだ)
レヴィンが口を引き結んでいると、クオンが不思議そうに首をかしげた。
「どうした、変な顔して」
感情を消そうとしたが、うまくできなかった。レヴィンは下手な笑顔を作り、首を振った。
「少し……疲れたみたいだ」
「そっか。これからどこか行きたかったんだろ。今日はやめとくか?」
言葉通りに受け取ったクオンが気遣うように言った。
「……そうだな。またにしよう」
頬が強張っているのが自分でもわかる。気取られないよう、丘の上の屋敷に足を向けた。クオンが横に並んだので、レヴィンは無意識にフードの端を引っ張った。
「…………」
ヨーク家でひとりにしてしまったことを謝ろうと思って追いかけたのに、言葉が出てこない。
緩やか坂道を歩いている間、クオンは話しかけてこなかった。ちらと横目で窺いみると、クオンも思案顔だった。
何を考えているのか怖くなり、すぐに視線を外した。
屋敷に戻るとモーリスが出迎えてくれた。レヴィンは慣れた手つきで脱いだコートを渡す。
クオンが着替えて帰ると言ったら、モーリスは残念そうにした。
「お似合いですのに。お召しになられたままお帰りになられては?」
「そうしたいんですけど、帰る途中に藪があったりするんで、汚したくないんです」
森の家に行くには枝をかき分けるので、どうしても生地をひっかいてしまう。上質な服を着て通るような場所ではない。
クオンが二階の部屋で帰り支度をしている間、レヴィンは一階の応接間で待っていた。モーリスに連れられて、いつもの麻の服で現れたクオンが言った。
「帰るよ」
藍色の絹の服は薬草茶を売りに行くいつもの鞄に入れているようだった。レヴィンは玄関前まで見送りに出た。クオンの背中越しにぼそりと言った。
「明日は……行けないと思う」
森の家には行かない。クオンが向きなおった。
「うん。品評会の後始末もあるだろうし、ゆっくり休めよ」
それには答えなかったレヴィンだったが、クオンは気にせず、モーリスに挨拶をした。
玄関扉を閉めると、モーリスが何か言いたげに振り返ったので、レヴィンは声を低めて言った。
「呼ぶまで来ないでくれ」
今は一人になりたかった。
二階の奥の自室に戻ったレヴィンは、飾り立てられた服を脱ぎ捨てた。軽装になると、そのままベッドに倒れ込む。腕で顔を隠し、きつく奥歯を噛みしめた。
ロッドとの会話が頭から離れない。
クオンは自分を特別扱いしないと思っていた。彼はずっと、そういう態度だった。だがそれは表面上のことで、心の中では線を引いていたのだ。そのことに気付かないでいた。
身分など関係なく、対等だと思っていたのは、自分だけだった。しかも、クオンはレヴィンと一線を画そうとしている。
レヴィンは片耳を枕に押し付け、布団をかぶった。
二人の話の内容はわからないこともあったが、クオンはまだロッドのことが好きなんだと思った。胸が締め付けられて、悲しくて、苦しかった。
レヴィンはすべてを忘れたくて、眠ることにした。睡魔はすぐにやってきた。抗うことなく、すぐに意識を手放した。だが、そのとき夢を見た。
クオンがどこかに行こうとする夢だ。
慌てて引き留めたら、腕を振り払われたので、抱き締めた。「行かないでくれ」と言うと腕の中で暴れられたので、「好きだ」と言って強引にキスをした。クオンは顔を背け、レヴィンを見てくれなかった。頭にきて、嫌がるクオンを抑えつけ、情欲のままに犯した。
目が覚めたときは真夜中だった。おぞましい夢にレヴィンは両手で顔を覆った。
夢の内容を思い出し、吐き気がした。レヴィンは自分が恐ろしくなった。
いつか本当に夢のようなことをしてしまうのではないかと思った。
レヴィンの心はもう限界だった。
1
お気に入りに追加
83
あなたにおすすめの小説
モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中
risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。
任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。
快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。
アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——?
24000字程度の短編です。
※BL(ボーイズラブ)作品です。
この作品は小説家になろうさんでも公開します。
捕虜のはずなのに 敵国の将軍が溺愛してくる
ユユ
BL
“お前のような出来損ないを
使ってやるのだから有難いと思え!”
“それでも男か!
男なら剣を持て!”
“女みたいに泣くな!気持ち悪い!”
兄王子達からずっと蔑まされて生きてきた。
父王は無関心、母は幼い娘に夢中。
雑用でもやっていろと
戦争に引っ張り出された。
戦乱にのまれて敵国の将軍に拾われた。
捕虜のはずなのに何故
僕を守ってくれるの?
* 作り話です
* 掲載更新は月・木・土曜日
* 短編予定のつもりです
期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています
ぽんちゃん
BL
病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。
謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。
五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。
剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。
加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。
そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。
次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。
一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。
妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。
我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。
こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。
同性婚が当たり前の世界。
女性も登場しますが、恋愛には発展しません。
三度目の人生は冷酷な獣人王子と結婚することになりましたが、なぜか溺愛されています
倉本縞
BL
エルガー王国の王子アンスフェルムは、これまで二回、獣人族の王子ラーディンに殺されかかっていた。そのたびに時をさかのぼって生き延びたが、三回目を最後に、その魔術も使えなくなってしまう。
今度こそ、ラーディンに殺されない平穏な人生を歩みたい。
そう思ったアンスフェルムは、いっそラーディンの伴侶になろうと、ラーディンの婚約者候補に名乗りを上げる。
ラーディンは野蛮で冷酷な獣人の王子と噂されていたが、婚約者候補となったアンスフェルムを大事にし、不器用な優しさを示してくれる。その姿に、アンスフェルムも徐々に警戒心を解いてゆく。
エルガー王国がラーディンたち獣人族を裏切る未来を知っているアンスフェルムは、なんとかそれを防ごうと努力するが……。
【完結】僕の大事な魔王様
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
BL
母竜と眠っていた幼いドラゴンは、なぜか人間が住む都市へ召喚された。意味が分からず本能のままに隠れたが発見され、引きずり出されて兵士に殺されそうになる。
「お母さん、お父さん、助けて! 魔王様!!」
魔族の守護者であった魔王様がいない世界で、神様に縋る人間のように叫ぶ。必死の嘆願は幼ドラゴンの魔力を得て、遠くまで響いた。そう、隣接する別の世界から魔王を召喚するほどに……。
俺様魔王×いたいけな幼ドラゴン――成長するまで見守ると決めた魔王は、徐々に真剣な想いを抱くようになる。彼の想いは幼過ぎる竜に届くのか。ハッピーエンド確定
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/11……完結
2023/09/28……カクヨム、週間恋愛 57位
2023/09/23……エブリスタ、トレンドBL 5位
2023/09/23……小説家になろう、日間ファンタジー 39位
2023/09/21……連載開始
オメガに転化したアルファ騎士は王の寵愛に戸惑う
hina
BL
国王を護るαの護衛騎士ルカは最近続く体調不良に悩まされていた。
それはビッチングによるものだった。
幼い頃から共に育ってきたαの国王イゼフといつからか身体の関係を持っていたが、それが原因とは思ってもみなかった。
国王から寵愛され戸惑うルカの行方は。
※不定期更新になります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる