26 / 89
第26話『グラハムの機転』
しおりを挟む
殿下の視線を受け、グラハムはゴクリと喉を上下させた。頭をフル回転させる。
これは事情があって身分を明かしていないのかもしれない。
そうでなければ、クオンも友人などと気安く言わないだろうし、ましてや王子殿下に農作物を背負わせたりしないだろう。
殿下の背中から野菜が生えている。ありえない情景に眩暈がした。
とりあえず、グラハムは膝を折るのはやめた。慎重に口を開く。
「モーリス殿から話は聞いております。近いうちに改めてお屋敷にご挨拶に参ります」
冷や汗が出た。言葉は選んだつもりだ。この対応でよかったのか、恐ろしかった。
すると殿下は口元を和らげ、小さくうなずいた。
「ありがとう。いずれまた」
グラハムは膝から崩れ落ちそうになるのを、必死で堪えた。
よかった、と心底安堵した。自分の機転は間違っていなかったようだ。
グラハムは動揺を隠すため、クオンに体を向けた。これ以上殿下と向き合っていたら、ぼろが出そうだった。
「クオンくん、切り傷用の練薬を持っていたら、分けてくれないかい」
「ああ、あるよ」
クオンは肩から掛けた鞄を一度下ろして、中を探り、丸い入れ物を出した。グラハムは手持ちの黒鞄から出した小箱をクオンに渡すと、彼は持っていた薬をすべて移した。
「半分でいいよ。貴重なものだろう?」
もらいすぎだということを主張すると、
「貴重なのは錬るために使う蜂蜜なんです。この前、大量に手に入ったから大丈夫」
すると殿下が、ぐりんとクオンに顔を向けた。信じられないという表情を浮かべている。
クオンは満足そうに笑っているのを見て、入手先は訊かないでおこうと思った。
「いくら払えばいいかな」
グラハムが練薬の代金を払おうと財布を出すと、クオンは首を横に振った。
「先生からお金はとれない。これはあげます」
「そんなわけにはいかない。手間がかかっているだろうし。受け取ってもらわなければ困る」
グラハムは顔をしかめた。クオンはお人好しなところがあるのだ。
二人して「いらない」「それはダメだ」と繰り返していたら、殿下が「薬屋に卸している値にしたらどうか」と折衷案を出してきた。
グラハムとクオンは顔を見合わし、お互い苦笑しあった。
クオンから卸値を聞くと、グラハムは目を見張った。
「そんなに安く卸してるのか⁉ あの薬がいくらで売られているか知ってるかい⁉」
クオンは頬を掻いてうなずいた。
「もっと高値で卸してもいいんじゃないかい?」
老婆心ながら言うと、クオンは首筋をなでた。
「実は、前にちょっとだけ値段を上げてみたことがあるんです。そしたら、店で売る値段も同じだけ上げられてしまって。……庶民が買えなくなったら、意味がないから」
グラハムは顔に皺を寄せた。
薬屋は足元を見ている。今度、あの店の主人に苦言しておこうと思った。
硬貨を渡したところで、グラハムは二人と別れた。自分はこれからトレイの村の先にある、もうひとつの村に行く。振り返ると、朱い髪と黒い髪の珍しい者同士の組み合わせが並んで歩いている。
二人の後ろ姿を見て、グラハムは道中、殿下はなぜクオンに身分を隠しているのだろうかと思った。
(もしかしたら)
クオンをお抱えの薬草師として雇いたいのかもしれない。
王族にとって薬を提供する者は、信頼に値する人物でなければならない。薬草師は毒草の知識も持っている。解毒の知識もあれば、毒を盛ることだってできる。
殿下はクオンの人となりを探っているのかもしれない。彼は街で認められた薬草師ではないが、その知識は確かなものだ。街の薬草師より詳しいかもしれないと思うことは幾度もあった。
それならば今度、屋敷に挨拶に行ったときにでも、クオンは信頼に足る人物だと推薦しておこう。クオンに新たな出会いがあったことは喜ばしいことだ。
グラハムは父親のような気持ちになりながら、足取り軽く、次の村に向かった。
これは事情があって身分を明かしていないのかもしれない。
そうでなければ、クオンも友人などと気安く言わないだろうし、ましてや王子殿下に農作物を背負わせたりしないだろう。
殿下の背中から野菜が生えている。ありえない情景に眩暈がした。
とりあえず、グラハムは膝を折るのはやめた。慎重に口を開く。
「モーリス殿から話は聞いております。近いうちに改めてお屋敷にご挨拶に参ります」
冷や汗が出た。言葉は選んだつもりだ。この対応でよかったのか、恐ろしかった。
すると殿下は口元を和らげ、小さくうなずいた。
「ありがとう。いずれまた」
グラハムは膝から崩れ落ちそうになるのを、必死で堪えた。
よかった、と心底安堵した。自分の機転は間違っていなかったようだ。
グラハムは動揺を隠すため、クオンに体を向けた。これ以上殿下と向き合っていたら、ぼろが出そうだった。
「クオンくん、切り傷用の練薬を持っていたら、分けてくれないかい」
「ああ、あるよ」
クオンは肩から掛けた鞄を一度下ろして、中を探り、丸い入れ物を出した。グラハムは手持ちの黒鞄から出した小箱をクオンに渡すと、彼は持っていた薬をすべて移した。
「半分でいいよ。貴重なものだろう?」
もらいすぎだということを主張すると、
「貴重なのは錬るために使う蜂蜜なんです。この前、大量に手に入ったから大丈夫」
すると殿下が、ぐりんとクオンに顔を向けた。信じられないという表情を浮かべている。
クオンは満足そうに笑っているのを見て、入手先は訊かないでおこうと思った。
「いくら払えばいいかな」
グラハムが練薬の代金を払おうと財布を出すと、クオンは首を横に振った。
「先生からお金はとれない。これはあげます」
「そんなわけにはいかない。手間がかかっているだろうし。受け取ってもらわなければ困る」
グラハムは顔をしかめた。クオンはお人好しなところがあるのだ。
二人して「いらない」「それはダメだ」と繰り返していたら、殿下が「薬屋に卸している値にしたらどうか」と折衷案を出してきた。
グラハムとクオンは顔を見合わし、お互い苦笑しあった。
クオンから卸値を聞くと、グラハムは目を見張った。
「そんなに安く卸してるのか⁉ あの薬がいくらで売られているか知ってるかい⁉」
クオンは頬を掻いてうなずいた。
「もっと高値で卸してもいいんじゃないかい?」
老婆心ながら言うと、クオンは首筋をなでた。
「実は、前にちょっとだけ値段を上げてみたことがあるんです。そしたら、店で売る値段も同じだけ上げられてしまって。……庶民が買えなくなったら、意味がないから」
グラハムは顔に皺を寄せた。
薬屋は足元を見ている。今度、あの店の主人に苦言しておこうと思った。
硬貨を渡したところで、グラハムは二人と別れた。自分はこれからトレイの村の先にある、もうひとつの村に行く。振り返ると、朱い髪と黒い髪の珍しい者同士の組み合わせが並んで歩いている。
二人の後ろ姿を見て、グラハムは道中、殿下はなぜクオンに身分を隠しているのだろうかと思った。
(もしかしたら)
クオンをお抱えの薬草師として雇いたいのかもしれない。
王族にとって薬を提供する者は、信頼に値する人物でなければならない。薬草師は毒草の知識も持っている。解毒の知識もあれば、毒を盛ることだってできる。
殿下はクオンの人となりを探っているのかもしれない。彼は街で認められた薬草師ではないが、その知識は確かなものだ。街の薬草師より詳しいかもしれないと思うことは幾度もあった。
それならば今度、屋敷に挨拶に行ったときにでも、クオンは信頼に足る人物だと推薦しておこう。クオンに新たな出会いがあったことは喜ばしいことだ。
グラハムは父親のような気持ちになりながら、足取り軽く、次の村に向かった。
1
お気に入りに追加
83
あなたにおすすめの小説
モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中
risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。
任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。
快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。
アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——?
24000字程度の短編です。
※BL(ボーイズラブ)作品です。
この作品は小説家になろうさんでも公開します。
捕虜のはずなのに 敵国の将軍が溺愛してくる
ユユ
BL
“お前のような出来損ないを
使ってやるのだから有難いと思え!”
“それでも男か!
男なら剣を持て!”
“女みたいに泣くな!気持ち悪い!”
兄王子達からずっと蔑まされて生きてきた。
父王は無関心、母は幼い娘に夢中。
雑用でもやっていろと
戦争に引っ張り出された。
戦乱にのまれて敵国の将軍に拾われた。
捕虜のはずなのに何故
僕を守ってくれるの?
* 作り話です
* 掲載更新は月・木・土曜日
* 短編予定のつもりです
期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています
ぽんちゃん
BL
病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。
謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。
五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。
剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。
加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。
そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。
次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。
一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。
妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。
我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。
こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。
同性婚が当たり前の世界。
女性も登場しますが、恋愛には発展しません。
三度目の人生は冷酷な獣人王子と結婚することになりましたが、なぜか溺愛されています
倉本縞
BL
エルガー王国の王子アンスフェルムは、これまで二回、獣人族の王子ラーディンに殺されかかっていた。そのたびに時をさかのぼって生き延びたが、三回目を最後に、その魔術も使えなくなってしまう。
今度こそ、ラーディンに殺されない平穏な人生を歩みたい。
そう思ったアンスフェルムは、いっそラーディンの伴侶になろうと、ラーディンの婚約者候補に名乗りを上げる。
ラーディンは野蛮で冷酷な獣人の王子と噂されていたが、婚約者候補となったアンスフェルムを大事にし、不器用な優しさを示してくれる。その姿に、アンスフェルムも徐々に警戒心を解いてゆく。
エルガー王国がラーディンたち獣人族を裏切る未来を知っているアンスフェルムは、なんとかそれを防ごうと努力するが……。
【完結】僕の大事な魔王様
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
BL
母竜と眠っていた幼いドラゴンは、なぜか人間が住む都市へ召喚された。意味が分からず本能のままに隠れたが発見され、引きずり出されて兵士に殺されそうになる。
「お母さん、お父さん、助けて! 魔王様!!」
魔族の守護者であった魔王様がいない世界で、神様に縋る人間のように叫ぶ。必死の嘆願は幼ドラゴンの魔力を得て、遠くまで響いた。そう、隣接する別の世界から魔王を召喚するほどに……。
俺様魔王×いたいけな幼ドラゴン――成長するまで見守ると決めた魔王は、徐々に真剣な想いを抱くようになる。彼の想いは幼過ぎる竜に届くのか。ハッピーエンド確定
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/11……完結
2023/09/28……カクヨム、週間恋愛 57位
2023/09/23……エブリスタ、トレンドBL 5位
2023/09/23……小説家になろう、日間ファンタジー 39位
2023/09/21……連載開始
オメガに転化したアルファ騎士は王の寵愛に戸惑う
hina
BL
国王を護るαの護衛騎士ルカは最近続く体調不良に悩まされていた。
それはビッチングによるものだった。
幼い頃から共に育ってきたαの国王イゼフといつからか身体の関係を持っていたが、それが原因とは思ってもみなかった。
国王から寵愛され戸惑うルカの行方は。
※不定期更新になります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる